悪魔社会事情
少し待つと再びミスト所長が現れた。
「準備が整いましたのでこちらに移動してください」
そう言われるがままに厳重な扉をカードキーで開きながら通ると、薬物を保管している金庫のような場所に入った。
「随分厳重だな~」
「これくらいの警備は必要なの。元々世間を騒がせている呪いが込められているってだけで危険視されているし、最近は安易に強くなろうとする悪魔達が狙っているって噂もあるくらいだからこのくらいはね。あとはただのドラックとして欲している連中もいるからどうしても金庫の中にしまっておかないといけないの」
ようやくアスモデウスが普通に話し始めた。
これなら俺も話しやすいと思いながら聞く。
「かなり広まってるんだな」
「ええ。悪魔社会は人間が思っている以上に厳しい。生まれた場所によって最初からどう生きるか決まっていると言っていいくらいだもの。貴族に生まれれば日本で例えるなら普通の暮らしが出来る。それ以外の家に生まれたら一生貧乏に生きるか悪徳貴族達のいいように利用されて消えていく、これが悪魔社会の現状。だからこの世界を壊したいって言う悪魔達の言葉は分からなくはないの」
「魔王がそんなこと言っていいのかよ」
「本当はダメよ。でも日本を知っちゃうとね……みんな逃げちゃう理由も分かっちゃう。だってあそこなら真っ当に生きられる。悪魔だからってバレてもそれが何?って感じで受け入れられる。本当に不思議な国よね、日本って」
アスモデウスの奴、日本で暮らしてた頃の事を思い出してるな。
最近の悪魔達は日本に何らかの形で関わるだけでもステータスになるという話を昔聞いた。
その理由は悪魔を唯一受け入れる希少な民族と言う事と、契約相手として信用できる相手とみられているから、らしい。
何故そのように判断したのかは知らないが、前世の頃悪魔のお姉ちゃんによく悪魔社会とのギャップを教えてもらった。
悪魔社会は何事も血筋で大きく決まる。
魔王の血を引いているのか、上級貴族の血筋なのか、そんな貴族に代々仕えてきた血筋なのか、そう言った事ばかり目に着く。
でもそれも仕方がない部分もある。
そのもっとも大きな影響を受けているのは教育だ。
魔王や貴族は当然将来的に領地経営をするのだから、頭が悪ければあっという間に他の貴族に領地を奪われたり自ら崩壊させてしまう。
そしてその貴族に使える使用人達も貴族の要望に応えるためある程度の読み書き程度は覚えておかないと仕事にならないのだ。
貴族なら学校に通わせたり、家庭教師を雇う形で勉強する事が出来るが、使用人に関しては頭のいい親兄弟から直接読み書きを覚える。
これは経済的な問題だけではなく教えてくれる教育施設が用意されていないのが原因。家庭教師は貴族の子供を対象にした講師しかいないので金を払えたとしても貴族ではないというだけで見下され、まともに教育させてくれないまま金だけを搾り取ろうとする。
そんな信用もない事から平民や貴族に使える立場の者達は自分達だけで勉強していくしかない。
だからほとんどの悪魔の平民は日本に逃亡したがる。
日本に来れば悪魔社会の中で生きるよりもよっぽどまともな生活が出来るし、何より勉強ができる。
読み書きと計算が出来るだけでも悪魔の平民の中で頭がいい方と言われる。それだけ教育格差と教育理念が違い過ぎた。
悪魔のお姉ちゃんはよくその事を嘆いていた。
「……でも貴族社会を崩壊させる事も出来ない。だったよな?」
「よく知ってるわね。ええそう、崩壊できない。もし壊したとしても結局教育されていない悪魔ばかりが残ってしまったら悪魔社会じゃなくて悪魔と言う種が滅びる可能性の方が高い。何より老害たちの発言力がいまだに強いのが私達若い世代の大きな悩み、平民向けの学校を作ろうとすれば絶対じゃましてくるから」
「平民が知識を蓄えれば貴族社会を崩壊させられる、か。だから老害悪魔達は教育を整えない」
「そういう事。私達悪魔の寿命は存在するのかどうかも分からないくらい長寿。そのせいで悪魔社会が悪化してくなんて本当に皮肉よね」
自虐混じりに言うアスモデウスはやはり俺の知らない時間を過ごしてきた事を感じさせる。
こいつはこいつで魔王として必死に生きてきたんだろう。
「それじゃここからは一人で入ってもらってもいい?他の人にも呪いが移ると危険だからこの先は柊君しか通せないの」
「分かった。リル」
俺はそうリルに言うとリルは渋々俺の影から出て他のみんなと一緒に行動する。
一人ガラス張りの通路を抜けて部屋に入った。
その部屋の周りにはビニール袋に入ったおそらく呪われた薬物達。100キロという言葉は嘘ではないようだ。
ビニール袋は圧縮機のような物上に乗っている。
『それじゃこれから呪われたドラックを5キロずつ破壊していきます。その際呪いが柊様の方に行くはずです。もし体調が悪くなった際には手を上げて教えてください、すぐに中止します』
ミスト所長の声がスピーカーから聞こえると早速薬物の入った袋ごとプレスされて錠剤が破壊されていく。
そして薬物に込められていた呪いが俺の中に入り込む。
その呪いたちは本当にごく少量であまり呪いの力が強くなった気がしない。
5キロずつ潰されて破壊されていく薬物だが、本当にこんなものに大量の金をかけてまで手に入れる価値はあるのだろうか?
アスモデウスやリリムの話では力のない平民がこれを狙っていると言っていたが……この程度では大した力を得る事も出来ない。
カオスバンクと言うチームの目的はあくまでも金儲けなのは間違いないだろうが、なんだかむなしい気持ちになってくる。
100キロの薬物全てを破壊しても結局大した呪いの力は入ってきた感じがしない。
入っては来ているけど量が少なすぎて感じるのがやっとだ。
これなら呪われてしまった人達から呪いを解放する方がよっぽど力になる。
『100キロのドラックの破壊及び呪いが柊様に入った事を確認しました。本日の作業は終了となります』
そんな言葉が聞こえてきたが思っていたよりも大した価値のない仕事に肩透かしを食らった。
再び通路を通って戻るとリルが心配そうに足に体を擦り付ける。
「大丈夫だ。何ともない」
俺がそう言うとリルは安心した表情をしながら尻尾を振る。
そんな風に和やかにしていたがリリムは怪訝そうな表情をする。
「あなた本当に何ともないの?それなりの量の呪いを受けたと思ったんだけど」
「あの程度なら問題ない。むしろ少なすぎるくらいだ」
「少ないって……アスモデウス様……」
「おっかし~な?常人だったらとっくに呪いの影響でおかしくなっているはずの量なのに、何ともないって私にも柊君の身体調べさせてちょうだい」
「そう言うのはタマ先生に聞いてください。ぶっちゃけそういう話していいのかどうかも分からないので」
「ちぇ~。少しは君のこと知られると思ったんだけどな~」
またふざけた感じに言うアスモデウスに呆れていると、また少しだけ真面目な感じに戻った。
「ねぇ。本当に君の事調べさせてもらえない?ちゃんとタマちゃんに許可をもらってからになるけど」
「タマ先生の許可が下りたらいいですよ。その時は信用して協力しますが、何のために?」
「……柊君が無茶してないか確認したいから。それじゃダメ?」
「……心配してくれてるのにダメとは言えねぇよ」
やはり根っこの部分は俺が知っているアスモデウスと変わらないらしい。
恋に恋するバカ悪魔。
でも悪魔らしくない優しい奴でもある。
「その辺りの事はタマ先生と相談してから決めてください。最近忙しそうなんで」
「ええ。その辺りは雫ちゃんとも話してからきちんと決めるから安心して。そうしたら柊君のあんな所やこんな所も……げへへ~」
「そう言うのが無ければな~」
最後まで残念な部分があるなと思っていると、他のみんなも頷いていた。