side水地涙 身の程知らずの末路
私、水地涙は少々強引ながら佐藤柊さんをお茶に招待する事が出来た。
その理由はお母さんが何故か佐藤柊さんに対して奇妙な行動をしていたから。仕事に影響を与えたり、他の事がおろそかになるほどではないけれど、どうしてか気にしている。
柊さんに言った男性に全く興味のないお母さんが自分のいる生徒1人に対してあまりにも気にし過ぎなので何かあるのではないかと考えてしまった。
もちろんそれが恋だ愛だなんて言うものだとまでは思っていない。
お母さんは長い時間おじさんにずっと求婚されているし、他の純血の種族の男性から求婚されることだって珍しくない。
でも全て袖にしている。お母さんは本当に結婚と言う物に興味がないらしく、なぜ私が生まれたのか全く分からない。
結婚願望はないけど子供は欲しかった、単純にその程度の事なのかもしれないが前に一度私にはお父さんがいないのかと聞いた時、奇妙な顔をした。
一瞬何か思い当たるような表情をしたかと思えば、すぐにそれは違うと言う表情をしてやっぱりお父さんはいないと言われた。
でもそれならさらに別な問題が発生する。
私のDNAには確かにお母さんだけではなく、お父さんの血も混ざっている。
ウロボロス。見た目は自分の尻尾を丸飲みした間抜けな蛇の姿で描かれる事が多いが、永遠とか無限を象徴しているのだから仕方がないとする。もう少しかっこいい描き方がある気がするけど。
ウロボロスと言う種は非常に希少ではあるが、増えようと思えばいくらでも増えることだってできる。だがそのほとんどはただの蛇の姿であり知性はほとんどなく、本体と言える生み出した存在の命令に従うだけだ。
だが単為生殖が出来ない訳ではない。
1体で完璧な存在として描かれているからこそ他の種と交わる必要がない。つまり他の生物のように性交で子孫を増やすメリットが存在しないからそうなった。と言う表現が正しいと聞く。
だからこそ私は気になっていた。
完璧な存在で他の種から優れた部分を取り入れる必要がないのに、なぜ私にはウロボロスだけではない他の血が混ざっているのか、どうしてはお母さんはお父さんの事を黙っているのか、非常に気になる。
そして私自身お父さんがどんな人なのか知りたい。
そんな気持ちでお母さんの仕事をほんの少しの手伝いとして学校運営の手伝い、生徒会長として私は少しでもお母さんの事を知ろうとしている。
そんなお母さんが気になる存在。それはもしかしてお父さんに関係する何かを持っているのではないかと私は柊さんに興味を持った。
お母さんはカエラさんに柊さんの行動を見張るように依頼したみたいだし、絶対に何かある。
そう思ってお気に入りの店に連れ込むことは出来たが、当たり前と言えば当たり前の返答が帰ってきた。
柊さんの事を調べているのはお母さんの勝手だし、柊さんはそれに全く気が付いていないのだからその反応も当然だ。
それに詳しい話をすると、本人にとってはかなり気持ち悪いと感じてしまう内容だから……あまり話せない。うちのお母さんがあなたにストーカーまがいの事をしていますって言えない。と言うかこうして考えてみると完全にストーカーだよね?
なので深く話す事も出来ずお茶をすることにしたけど……柊さんって本当に何者?
今紅茶を飲んでいる姿だけど、カップの輪っかに指を入れずにちゃんと持ってる。実はこれマナーで失敗するよくある奴で紅茶とかコーヒーカップの持ち手に指を入れて持ってはいけないと言うマナーがある。
有名な引っかけ問題みたいなものだけど偶然知ってただけ?カエラさんも言っているけど随分様になっていると言うか、場慣れしていると言うか……
お菓子を食べる時も特に大きなマナー違反はない。ジャムを取るためのバターナイフの使い方も問題ないし、本当にただの普通の人にしては所作がしっかりしすぎているような?
「ごめん。ちょっとトイレ」
そう言って部屋を出てすぐに私のスマホが震えた。
何だろうと思っていると通話先の相手の名前を見てすぐに気を引き締めた。
相手は龍化の呪い研究所に所属する生徒からだった。
「はい、もしもし」
『会長申し訳ありません。呪いにかかった人が発見されました』
「その人はどこ?」
『それが……ハーピーの人が呪いにかかってしまい、すでに発生した地点から飛び立ってしまい現在高速移動中で今必死に追っています』
「予想到達地点は」
『予想地点は…………え?会長が居るビル群です』
「分かったわ。あとどれくらいで来そう?」
『残り1分と言う所です』
「ではこちらで避難誘導を始めます。それから警報を」
『すでに問い合わせています』
それならこっちがやるべきことは早く終わらせないと。龍化の呪いにかかった人のためにも。
「カエラさん。お茶はここまで、呪いにかかった人がこちらに向かって飛んできています。避難誘導を始めますよ」
「え!?なら早く食べちゃわないと」
そう言ってカエラさんはお皿の上のケーキを手づかみで一口で食べた。
緊急事態だけどあまり行儀がいいとは言えないね……
そして避難誘導を開始する前に柊さんを呼びに行こうと思ったがさすがにトイレなので呼びに行けなかったので先に始めていると警報が鳴る前に呪いにかかってしまった人が到着してしまったらしい。
飛行に特化しているからか想像以上に速く、被害が大きい。ビル群であったせいか衝撃波で他のビルの窓も割れてしまい、あちこちで悲鳴が上がる。
非難している人達は大慌てで緊急用避難階段を下りていくが柊さんの姿が全然見えない。さすがにまだトイレにいるとは思えないがそれでも心配だ。
きっとこの人混みで見落としてしまっただけだろうと自分に言い聞かせ、避難誘導をできるだけ円滑に行う。
その間にも呪われてしまった人が暴れているのか上の方で壊れるような音が響く。
全ての人をビルの地下に避難させた後、私とカエラさんは対龍化の呪いチームの人達と地上で合流した。
「現在の被害は」
「現在被害は出ていますがほとんどが窓ガラスが割れて事による切り傷を負った人達が多いです。現在は応急処置のみですがその後各病院にて精密検査を受ける手筈になっています」
「分かりました。直接襲われてしまった人はいますか?」
「それは……あれを見た方が早いかと」
そう部隊長が指さした先には私達が居たビルの近くの空を飛び回っている呪われてしまった人と、誰かが頭の部分にしがみついている。
よく目を凝らしてみてみると、柊さんが捕まっていた。
「な!なんであんなところに!?」
「詳細は不明ですが彼が時間稼ぎをしてくれていたと予想されます。その後戦闘に発展し現在の状況になったのではないかと」
「すぐ助けに行きます!」
「いけません!!いくらあなたが雫様のご息女であろうともいけません!!まだ涙様は飛行戦闘になれてないのでしょう?」
「それは、そうですが!!」
「それに何よりあなたはまだ学生です。ここは我々大人にお任せください。現在対空戦闘員が準備をしています」
諭すように言う部隊長の言葉に私は歯噛みする事しか出来なかった。
縦横無尽に飛び回るハーピーに必死に掴まっている柊さんが無事に帰ってくる事を願っていると、突然急上昇した。
一体何をする気かと思っていると一直線にビルに突き刺さる様にとてつもない衝撃波と共にビルの中に消えた。
そして1階に落ちたと思うと私は走り出す。
「涙様!!」
部隊長さんが声をあげた直後、墜落とは違う衝撃が私達を襲った。
まさかまた柊さんが攻撃を食らったのかと思い再び駆け出すと、そこにはうつぶせで倒れているハーピーさんと、あおむけで倒れた柊さんが居た。
「う、うええぇぇぇ」
あまりにも酷過ぎる柊さんの状態を見てカエラさんが吐き出してしまった。
柊さんのお腹は大きな穴が開いており、大量の血と共に内臓や骨が飛び出している。しかも目に精気は宿っておらず、これは誰の目から見ても――
「重症患者はここね。本当に無茶するわね」
そう言いながら現れた人に私は声をあげた。
「た、タマお姉ちゃん!!」
「救助の方はほとんどガラス片が突き刺さった軽症患者ばっかりだったからこっち来たわよ。それにしても久しぶりにこんなバカで度胸のある患者は本当に久しぶり」
金毛タマ。
お母さんの友達であり世界最高の女医である。普段は東京にある大学病院で勤務しているがこういった災害の際に緊急医として活躍してくれている。
タマお姉ちゃんは普通なら死んでいると言われる人でも治療して蘇生する事から、地獄から患者を引っ張り上げる女医と言われている。
タマお姉ちゃんは煙草を咥えたまま周囲を見て柊さんとハーピーさんの様子を見る。
「そっちのお嬢ちゃんに関しては大丈夫ね。それより問題は彼か。これ久々に本気出さないと流石に死ぬわね」
そう言ってタマお姉ちゃんは狐の耳と9本の金の尻尾を出現させた。
タマお姉ちゃんは九尾の先祖返り、人間だけど高位の妖怪の力も使える稀有な人材だ。そして妖術だけではなく仙人が使える仙術も使えるが、一番得意なのはそれらを使った医療である。
本人の生命力とタマお姉ちゃんの気、そして妖術と仙術を使ってアレルギーなどの反応を起こさず治療し、メスもなにも使わずに治療するその腕は世界でもタマお姉ちゃんしかいない。だから普段は一切傷を付けない内科医として毎日忙しそうにしている。
「それにしても本当に大きな穴ね。ほらそこでぼさっとしてる木偶の坊共。さっさと救急車持ってきな」
「な、治せるんですか?」
「あったり前でしょ。救えるから助けるの。救急車が来れないなら私が運ぶから」
そう言ってタマお姉ちゃんは9本の尻尾で柊さんの顔だけを出した状態でグルグル巻きにしてまたポケットに手を突っ込んで外に出ようとする。
「タマお姉ちゃん!!」
「外ではタマ先生って呼びなっていつになったら覚えるのよ。それから煙草の匂いも移るわよ」
「柊さん、助けられそう?」
「私の腕でもギリギリかな~。でも本人が死ぬ気ないみたいだから現在治療中。ま、本人がまだかすかに意識があるのが幸いだっただけだし、私がこの場に居なかったら多分死んでたね」
「柊さんの事、お願いします」
私がそう言うとためお姉ちゃんは目を大きくした。
変な事を言った覚えがないけど、何を驚いているのだろう?
「……もしかして彼、彼氏?」
「え?ち、違いますよ!!柊さんはよく分かんないけどお母さんが気にかけてる生徒で、後輩だけどそんなに知り合ってすらいませんから!!」
「本当?別に私にまで隠さなくていいじゃない。学生なんだから恋くらいした方が良いわよ。私なんて――どうだったっけ?」
「タマお姉ちゃんの学生時代の恋は知らないけど!助けられるんだよね?」
「一度助けると言ったんだから助けるわよ。治療費はしっかりもらうけどね~」
タマお姉ちゃんの言葉は軽いけど、その背中は私にとって非常に頼もしく思った。