力をかき集める
阿修羅親子と分かれた後、普通の道場で俺は瞑想していた。
目的は俺が強くなるための鍵のような物があの戦いの中にあった気がしたから。
その鍵は俺の中にある。
より正確に言うと俺のオーラの中にある。
自問自答するときに自分の内面に意識を集中し、潜っていつもの景色を見る。
死体で作られた山に降り立ち強くなるための鍵を探す。
いつものように俺が前世の頃に殺した連中が俺の足を引っ張り、隙あればこの死体の山の中に引きずり込もうとしてくる。
そんな連中を蹴飛ばし、踏み潰しながら探し続ける。
どれくらい探し続けただろうか。
気が遠くなるくらい探した気がするし、そこまで長い時間探していたわけでもないような気がする。
だが結局強くなるための鍵は見つからず、気のせいではないと思いながらもさらに探した。
さらに時間が過ぎてふと顔を見上げると、そこにはリルがいた。
現実世界のリルとは違い、俺が知っている昔の人型のリル。
リルはやっと気が付いてくれたという感じでほっとした表情を浮かべた。
「……何だよ。恨み言でも言いに来たか?」
そう聞くがリルは首を横に振り違うと言う。
「ならなんだよ」
自然と態度が悪くなってしまっているが、これはリルが嫌いなのではなく自己嫌悪だ。
俺の我儘に一番振り回されてきたであろうリルを今もこうして振り回している自分自身が嫌いなのだ。
もちろん目の前にいるリルは本人ではないが、それでも俺の願望がこうしてリルを振り回しているのだとすると、俺は本当にどこまでクズなんだろうと思う。
そんな俺の想いとは裏腹にリルは気にした様子もなく俺の手を引っ張る。
そのリルに引っ張られるままにその方向に歩いていくと、みんながいた。
学生時代に友達と呼んでいたみんなと、”はぐれ”の時に出来た仲間、そしてこっそりと支援してくれていた家族や神仏達みんなが揃っていた。
彼らはこの死体の山には触れておらず、空中に浮いた状態で俺の事を見下ろしている。
その視線はどれも冷たく、殺意に満ちている。
久々に見たけど当然か。俺は彼らに対してそれだけの裏切りを行ったのだから。
そして彼らの口は動いているが、俺の耳には届かない。
こそこそ話しているとかそう言う事ではなく、何故か俺の耳には声として届かない。
全くの無音。
おそらくこれは俺が彼らの言葉を無視して行動してきた結果なのだろう。
前世の頃彼らの言葉を無視して独りで奇跡の神に向かっていき、死んだのだから当然だ。
あの時みんな俺の事を止めようとしてくれた。言葉で、態度で、脅してでも一人で戦うべきではないと言って一緒に戦おうとしてくれた。
だが俺はそんな俺の事を主って言ってくれた言葉をすべて無視し、勝手に独りで戦い、死んだ。
だから今更彼らの声が聞こえないのは前世の頃の過ちでしかない。
今更彼らの声を聴こうとしても聞こえない。
自業自得だ。
だというのにリルの手は温かい。
そしてここに連れてきたのは一体なんだろう?
まさかここに強くなるための鍵があるのか。
「リル。いったい何がしたいんだ?」
聞こえなくても聞こうとするとリルはただニコニコとするだけ。
何故そんな顔が出来るのか、何故俺にそんな感情を向ける事が出来るのか、さっぱり分からない。
裏切り続けた俺に何故笑いかける事が出来るのか理解できない。
この状況を理解しようとしている間に、俺が最も愛した彼女は俺を怯えさせないようにゆっくりと近付いてくる。
別に俺は彼女の事を怖がっている訳ではない。ぶっちゃけ嫌われて当然の事をしたのだから嫌われて当たり前。むしろ俺の前から消えているが当然だ。
なのに今も俺の中に居るのが分からない。
多分みんないるのは前世の頃にもらったみんなのオーラの残滓。
全て使い切ったと思っていたが……まだ残っていたらしい。
そんなみんなは一体俺に何を伝えようとしている。
一体何をしてほしいのか分からない。
彼女は俺の目の前までくると、優しく抱きしめてくれた。
つい俺も抱き返してしまって慌てて手を放すが、彼女は抱きしめる手を放そうとはしない。
むしろその光景を見て他のみんなが呆れたり怒った様子を見せるくらい。
本当に抱きしめていいのかと、恐る恐る抱き返すと彼女は強く抱きしめてくれた。
もう離さないと言っているように。
「…………みんな、ごめん」
そんな言葉が自然と出た。
「俺、みんなの言葉ちゃんと聞こえてたけどさ、やっぱりダメだった。みんなの事大事だし、俺なんかよりも重要な場所に座ってるし、みんないい奴で、いろんな人に好かれてる。だから色んな奴らから嫌われている俺が前に立つべきだってずっと思ってたから、独りで戦った。正直死ぬ確率の方が高いのは分かってたし、みんなと戦った方が死ぬ確率が減るのも分かってた。でもやっぱりダメだった。俺みたいな自由と我儘を間違えてる奴が死んでも何の影響もないって分かってたから、死ぬ事分かっててみんなの事置き去りにした。
だって俺みたいな人間もどきが死んだところで世界に影響ないじゃん。悲しむ人なんて居ないって勝手に思い込んでてさ、みんな俺が死んで清々すると思っててさ、俺の事をまだ好きでいる人なんていないと勝手に決めつけてさ……でも本当は違った。みんな俺の事本気で死んでほしくないって死ぬ寸前に分かってさ、マジで自業自得。きっと俺逃げてただけだったんだよな。みんなから本当にお前はもういらないって言われるのが。だから決めてつけてた。
でもまだここにいるって事は、俺まだやり直せるのかな?またみんなと一緒に居られる未来作れるのかな?」
そう泣きながら聞いてみるとみんな呆れ返っていた。
『当たり前でしょ』
声が、最も愛した女の声がはっきりと聞こえた。
いつも夢に出てくる恨みや悲しみの声ではない。
確かに彼女の意思が感じられる声だった。
『確かにあなたの勝手な行動に私達は呆れた。悲しんだし落ち込んだ。何で頼ってくれないの?何で独りで背負い込むの?そんな疑問ばっかり頭の中で渦巻いてた。でもそれはあなたが不器用で本当に私達の事を大切にしていたいから、傷ついたりする姿を見たくないから意地を張ってたのも分かった。でもやっぱり一緒に居たかったな』
「…………ごめん」
『ううん。きっと私の言葉が悪かったんだと思う。ずっと私は色んな人から求められてきた。その力が欲しいと求められるばかりで誰かに与えられる事を知らなかった。だから身勝手に守られるだけのお姫様になりたかった。私が困ったり怖い目に遭いそうな時助けてくれる王子様を求めてた。きっとあなたがそうやって自分を傷付けてでも私達を守ろうとしたのはそれが切っ掛け。だから私の方こそごめんなさい。私があんな未来にしてしまった……』
「……自分で選んだ。俺の責任だ」
『でも私がそれを望んだのが切っ掛け。だから今度こそ一緒に戦わせて。そして今度こそ物語みたいなハッピーエンドにしたい』
「……分かった。今度こそ、みんなと戦う」
俺がそう言うとみんなの顔から憑き物が落ちたように穏やかな非常になった。
『ようやく認めた』『今更過ぎる』『ずいぶん時間がかかったな』『バカは死んでも治らないっていうし、仕方ないでしょ』っとみんな好き勝手に言う。
だが俺には大きな疑問が残る。
「なぁ、今更だけど本当にみんな俺の妄想じゃないんだよな?どうして意識を保ててるんだ?もしかして転生したのはみんなのおかげか??」
気になっていた事を聞いてみたがみんな微妙な表情をする。
『私達は本物ではないけど、あの日あなたに渡したオーラに混じっていた残留思念のような物。だから本物ではないけどあなたの妄想でもない。意識を保てているのはあなたが私達の事を無意識にあなたの中にいる事を許しているから。これは答えられるんだけど転生に関しては私達の仕業じゃない。あなたの設定どおりみんな消失するはずだった。
でもあなたも知っている通り消失せず転生できたのはあの消失魔法に穴があったから。その穴に関する何らかのバグが発生したから転生できたんだけど……そのバグの正体までは私達も把握できていない。もしかしたらそのバグを修正したらあなたは再び消失するかもしれないし、しないかもしれない。でもどうなるのか誰にも分からないから調べておいた方が良いと思う。もしかしたら本物である私達の記憶も戻るかもしれない』
「それは……ちょっと怖いな」
みんなを置いて死んだのは事実だし、そして現在も何食わぬ顔でみんなの近くに居るのも事実。
もし思い出してあの時の恨み辛みをぶつけようものなら……本当に死ぬギリギリを永遠に繰り返されるかもしれない。
『大丈夫。結局私達はあなたと一緒に行きたいって思っているはずだから。怖がらなくていい』
「うん。ちょっと頑張ってみる」
『それからこれ、飲み込んで』
そう言う彼女の掌の上には小さな蛇がとぐろを巻いていた。
『これは私達の力の一部。元々残留思念で大きな力はあの戦いのときに消失したから本当に小さな欠片だけど、これを飲み込めば私達の力の再現は可能だと思う。基礎中の基礎の技しか使えないと思うけど』
「十分すぎる。でもこんな事して大丈夫なのか?お前達の身に何か起こるんじゃ……」
『本当に小さな欠片だから問題ないって。心配性なのは本当に変わらないね』
「仕方ないだろ。俺自身はどうなろうが知ったこっちゃないが、お前達の事は本当に大切なんだから」
『そう言う考え方がダメなの。今度こそちゃんと本物の私達に頼る事。多分本物の私ももう守られるだけのお姫様なんてもう嫌だって思っているはずだから、一緒に戦ってくれる。あとは……素直になってよ。あなたはずっと意地っ張りの頑固者だから』
「どっちも難しいな。でも頑張ってみる」
『うん。私達もあなたの中から応援してるし、手助けもする。だから気を付けてね』
そう言って彼女は俺にキスをしてくれた。
抱きしめ合ったまま心地よい、安心できるキス。
少し名残惜しいが唇を放して改めて礼を言う。
「ありがとう。許してくれて」
『許してはいないよ。許してほしかったら神としっかり決着をつけた後本物の私達にちゃんと謝ったら許してあげる。その後は……本物の私達の手伝いするんでしょ?』
「そのつもりだ。まぁ何が出来るのかはまだ分からないけど」
『それからあの子、涙って子の事気にかけておいた方が良いと思う』
「それは親としてか?」
『それもあるけど……あの子はバグに関するヒントになりそうな気がする。ただの勘だけど』
「お前の勘はよく当たるからもう少し気にかけてみる」
『お願いね、お父さん』
そんな温かい感触に包まれながら瞑想を解いた。
まだ抱きしめてもらった感触と、唇の感触が残る。
仰向けに倒れながら息を吐き出すと本物のリルが終わった?っと顔を向けてくる。
だからリルに向かって言う。
「リル。全部終わったら謝らせてくれないか」
突然の事過ぎて何を謝りたいのか分からないと首を何度もかしげる。
そりゃ分かんなくて当然かと思っていると扉が開いた。
「お父さん。ご飯できたよ~」
「ああ、今行く」
すぐに立ち上がり涙の隣を歩くと、涙は俺の腕に腕を回した。
「何してんだ?」
「親子だからこれくらい良いでしょ?」
「親子で腕組ってするの?俺した事ない」
「私はお母さんとよくするよ」
「マジか。仲いいな」
「もちろん。親子ですから!」
そう言って腕を組むというよりは腕に抱き着いてくる涙に対して少し考える。
あの時消失魔法のバグが発生する条件。
それと涙は一体何の関係があるのか。
もしそのバグの正体に気が付いた時何か起こるのか、それとも何も起こらないのか。
まだ誰も分からない。




