身の程知らず
大きく翼を広げたハーピーは再び空に舞い上がり、上空から俺の様子をうかがう。
「『サンダー』」
再び雷の魔法を使うがやはり効果は薄い。それ以前に遠くに離れすぎて当たる様子すらない。
これ以上の下見は無駄と判断しどうするか少し考える。
前世の俺だったら重力魔法を使うか、飛んで戦おうとしただろう。しかし今の俺には高度の魔法が使えなければ翼もない。ぶっちゃけ今の俺は空飛ぶ相手に対して非力だ。
長距離用魔法もいくつか用意しているが飛距離が遠くなればなるほど威力は落ちるし命中率も下がる。命中率が悪くても威力は変わらない『サンダー』を使っても攻撃力が低すぎて結局使い物にならない。
そうなると向こうが降りてくるのを待つしか、挑発して下りてくるよう誘導するしかないが……あまりいい作戦も思いつかないんだよな。
そう思っている間にハーピーは羽ばたいて俺に向かってオーラを纏った羽を放ってきた。
ただの羽ならばら撒くだけだがオーラに纏われている状態だとまっすぐ飛んで手裏剣の様に突き刺さる。それが散弾のように俺に向かってくるのだから厄介な事この上ない。
「『ファイヤー』」
掌から火炎放射器のように炎を放つことでどうにか攻撃を相殺する。
オーラを纏わせている事である程度の強化はされているがやはり体から離れるとその強度は落ちていた。俺のちんけな魔法でも迎撃する事が出来るのだからその差は明らかだ。
ハーピーもそれを理解したのか羽で攻撃するのをやめ、さっきの様に上空からの突撃に攻撃を変えた。
きっと海の魚が上空の鳥から攻撃される気分はこんな感じなんだろう。日の光で反射してまぶしく、視界に捉えづらい所から高速で突っ込んできて相手を仕留める。
いや、龍化の呪いによって強化されているのだからミサイルが頭の上から落ちてくるという表現の方が正しいのかもしれない。
ハーピーは俺に向かって落ちるように突っ込んできたのを俺はギリギリでかわす。狙ってやっているのではなくただ俺が弱いから結果的にギリギリにっているだけ。
俺の腕の下、脇腹をかすめたのに屋上に突き刺さることなく急上昇してまた空に戻りホバリングしながら様子をうかがう。
こうなったら突っ込んでくるハーピーを捕まえて攻撃するしかない。
単純な作戦ではあるが決して成功率の高い作戦ではなく、むしろ少しの失敗が死につながる。
何せ音速で飛んでくる存在を捕まえようとしているのだから、スピードだけで言えば戦闘機を素手で捕まえようとしているのと変わらない。
普通に考えれば無謀という他ない。
でも現在の俺にはこのくらいの事しか出来ない。
「『アイアン』『グラビティ』」
少し息を吐き出して魔法を使う。
アイアンは自分の防御力を上げる魔法。一応鉄くらいの強度になるが代わりに体が固まって動けなくなるデメリット付き。
グラビティは自分の体重を操作する魔法。今回は体重を増加させてさらに動かないように待ち構える。
最初の時のように壁を用意する事も考えたが、ぶち破られる未来しか見えなかったので止めておく。壊される事が分かっているのであればその破片が俺にあたって余計な傷が増えるのは愚策だ。
いくら魔法で強化していると言っても所詮は補助。魔法でどうにかできるくらいなら最初から魔法で撃ち落とす。
でもそれが出来ないのだから真正面から受け止めるしかない。それに今作れる壁は周囲のコンクリートを使った壁なので相手を確認する事が出来ない。そういった面でもコンクリートの壁は使えない。
ハーピーの方はさらに高度を上げてオーラの形が変わっていく。
頭の部分がドラゴンの物からプテラノドンのようなくちばしがとがった形になり、さらに貫通力に力を注いだような形態になる。
本当にオーラは万能すぎて厄介だ。
いつどのタイミングで襲ってくるかと探っていると、太陽と被った瞬間急降下してきた。
ただ落ちているだけではなく足の裏から魔力を放出して完全にジェット機のようにさらに加速しながら突っ込んでくる。
目だけでは追う事が出来ない。
だが俺にはまだ前世の頃の勘が生きている。そして現在の身体能力のスペックだってもう嫌と言うほど知っている。
だから出来る。
ハーピーがちょうど俺の腹に突っ込んできた瞬間に俺は両手で捕まえる事に成功した。
だが勢いを止めることは出来ず俺の体はあっさりと浮いてそのまま何かにあたる。オーラでできたくちばしをがっしりと掴んで決して落ちないようにさらに力を込める。
何せ足の裏の感覚がないと言うのは体のどこかを失ったなどではない。単に地に足が付いていないからだ。
浮いた瞬間もうすでにビルとビルの間の空。ここで手を離せば墜落死確定だ。
だがハーピーは俺の事情など一切無視して確実に仕留めるため、この音速の状態のままおそらくビルに突っ込み俺の背中にダメージを与えながらくちばしが少しずつ俺の腹に近付いてくる。
おそらくこいつの狙いはただビルに突っ込むだけではなくこうしてくちばしが俺を貫くための衝撃が欲しいのだろう。
背中から感じる強烈な衝撃はオーラ、魔法で防御しているからこそただ硬い物にあたったと言う感覚だけで済んでいるがもしそれが出来なかったらとっくに衝撃と痛みで手を放し、貫かれていただろう。
だからわざとビルに突っ込み少しでも貫けるようにしている。
だが俺だって何も出来ずに貫かれるつもりはない。掴んだくちばしをこれ以上俺の腹に向かってこないよう必死だ。
しかしハーピーはこのままではダメだと思ったのか上空を縦横無尽に飛び始めた。
急激な旋回や上下移動により手を放しそうなGがかかるがそれでも意地を張って必死に掴み続ける。
それでも離さないからか首を動かしながら振り解こうと暴れながら高速飛行を続ける。それはジェットコースターなんてものは全く違い、体のどこか掴まれそのまま高速で振り回されて続けているような、一瞬体の一部に血が集まったかと思うとまたすぐどこかに移動したような感触がする。
だがこのままではらちが明かないと思ったのか、こいつは一気に高度を上げてくる。
一瞬ビルの屋上が見えたかと思うとアッと今にどんどん小さくなり、見えなくなる。
超高速で上空に近付く事で気温が下がり、空気が薄くなり、そして急激な気圧の変化で耳や目に違和感を感じた。だが少しでもその軽減を減らすためにオーラを更に強化して様々な環境の変化を少しでも軽減する。
そして今度は空が見えた。つまりこのまま地上に向かって落ちているという事だ。
気分はまるで隕石。地面に近付いて行くほど背中がおそらく空気との摩擦で熱せられているのだろう。そしてどれほどの高さなのかは分からないが、そこから急に落ちれば当然俺の腹に大きな穴が出来るのは確定だ。
問題はどこに落ちるかだが、これは必殺技の用意が必要だ。
前世の頃に使っていた俺が得意としていた特性はほんのわずかに、塵や埃程度の力が残っていた。
でも必殺技と言ってもそれはあくまでも当時の事であり、現在使ったところで本当に必殺技になるのか分からない。
使えるように訓練した。前世の頃は息をするのと同じくらい当然に出来た事が今では訓練しなくては使えなくなった技。
これほど悲しいと感じたことはない。前世の頃俺と言ったらこの技だったのに。
必殺技のため少し準備する。
まず使っているオーラを右手に集中し、それ以外の部分は必要最低限、この環境によるダメージを軽減するためだけに使う。
次に必要なのはイメージ。絶対に成功する。絶対にこの技で倒す事が出来ると強くイメージし続ける。そして最後に、この技を決めるまで俺は決して死なない。
準備が整った瞬間、背中から強烈な衝撃。意識が飛びそうになっても必殺技の準備のおかげでどうにか意識を保つ事が出来た。
急速に流れていく光景を見て分かった。どうやらビルの中に突っ込んで俺は各階層をぶち抜きながら地面に向かっているらしい。
そしてオーラを右手に集めている影響でオーラと魔法により防御はあっという間に突破された。
くちばしが俺の腹を貫通し階層をぶち抜くたびに傷口は広がり、より深く突き刺さる。
おそらく背骨も貫通して砕かれている。骨だけではなく内臓もぐちゃぐちゃになっているのは間違いない。
腹から感じる血液と言う大切な物が失っていく感覚。骨が砕かれた事により下半身に感覚がない。それなのに傷口だけは燃えているかのように熱い。
でもこいつを倒すために意識だけは手放さない。そして右手に込めたオーラだけは硬く拳を固めながらしっかりと感覚が残っている。
最後の衝撃。1階の床にぶつかってから深々とくちばしが腹に刺さっている事だけは何となく分かる。
くちばしに俺が刺さったまま俺を持ち上げるハーピーは流石に死んだだろうと視線を向けていたが、まだ俺の目に精気が宿っている事に驚愕しているように見えた。
「楽にしてやるよ」
俺の必殺技を食らわせた。
必殺技の名前は『夢現』。俺自身に幻術をかけ、相手を確実に倒す事ができるイメージをし、現実に反映させる技だ。
それならどんな敵もいちころだろうって?前世の頃はそうだったが今は違う。
必要な魔力量が全然足りないからほんの一瞬、一撃繰り出すのがやっとだし、確実に相手を倒すイメージと言うのが意外とイメージしにくく、今の俺は弱いと自覚しているからこその欠点だ。
傲慢と言えるほどの勝利のイメージと魔力量があれば出来るが、問題はさらにその後。
想像した攻撃をした後、その後に待ち受けているのは現実。つまり攻撃の反動だ。
相手が強ければ強いほど、俺が弱ければ弱いほど差は開く。現実との差が大きいほど反動は多い。
例え相手を倒すだけに必要な攻撃力を出す事が出来たとしても、その後現実として手足がどうなってしまうかは分からない。
そして今回イメージしたのはオーラによってできた巨大なドラゴンの右腕。だが色は赤黒い、時間の経った汚らしい血のような色。その腕を思いっきり振り下ろし、ハーピーを潰した。
倒された事によってかハーピーを纏うオーラは消える。
そして俺の傷の穴をふさいでいたくちばしも消えた事で腹から大量の血があふれ地面に流れる。そしてわずかに残っていた内臓や骨の破片も血と一緒に流れて俺の体はなくなっていく。
そして反動によって俺の腕が潰れたような感覚と、水風船が破裂したような音が聞こえた。
ああ、俺もここまでか。
俺は力が全く入らず気を失った。