強くなるきっかけ?
「また古臭い練習して……いい加減スポーツ科学でも学んだら?」
体感重量2倍の状態で基礎訓練をこなしている俺に対して呆れ返っているのはタマ。
古臭いトレーニング方法に呆れ返っているようだ。
「俺にはこう言うのが性に合ってるんですよ」
「もう少し効率的にやれって言ってるのよ。時間がないって言いながら無駄な事をしているのが気に入らない。それに医師として少しでも体への負担が少ない物を推奨したいし」
「それは分かりますけど、これだって良いじゃないですか」
「その修行エコノミー症候群みたいな事になりかねないからやらせたくないの」
重が普段以上にかかっているという事は血が頭まで巡らず、足元で止まってしまう可能性が高い。
完全に止まってしまう事はもちろんないが、それでも頭に血が巡らなければ思考が低下したり、視界不良を起こす。
なので定期的に寝て血の巡りを正常にしなければならない。
「まぁ無理はしませんよ。次は低酸素でもやります?」
「まだその方が安全でいいわね」
そう言ってくれたので重力を解除して次は低酸素状態に設定。
その状態で有酸素運動をしてスタミナの上昇を狙う。
「全く。一さんも意地悪しないで修行つけてあげればいいのに」
「どうしてもいやだったんでしょ。仕方ないです」
「でもこのままじゃ普通に訓練を続けているだけで神薙邸に来るほどの物じゃないじゃない。他のみんなは滅技の習得頑張ってるっていうのに」
「それじゃタマ先生が俺に教えてくださいよ。そうすれば来た意味はあるんじゃないですか?」
「でも私そう言う技を教えるのは苦手なの。基本的に感覚と反復練習だけだったから」
そう言えばこいつはそう言うタイプだった。
九つの尻尾を操る戦闘スタイルも自力で覚えたような物だし、それを教える必要もない。
妙には教えていたかもしれないが……それ以外に戦い方を教えていたなんて聞いた事がない。
「そもそも俺狐ですらないですしね……」
「狐だから、妖怪だからできるっていう訳でもないけど。なんにせよ普通は無理。普通は」
「何でそんなに普通を強調するんですか?」
「教える気はないから」
そう言ってそっぽを向くタマ。
何かしたっけ?っと思いつつ思い出そうとするが……何にも分からない。
低酸素での基礎練習を繰り返していると、突然扉が開いた。
「こんな所に居たのか!!」
そう言って指をさすのは阿修羅一族の子供だ。
立派な神様の子供が一体何の用だろうと思いながらタマに視線を送るが、タマは知らないと首を横に振る。
「九尾じゃなくて人間の方!ここで会ったが百年目!!本当の実力を見せてやる!!」
そう言いながら何故か俺に襲い掛かってきた。
訳が分からないが呪いの力を解放しながらパンチを受け止める。
しかし右手を受け止めてもまだもう一本ある。そっちはオーラで作った腕で受け止めた。
「突然なんだ?俺とお前会うの初めてだろ??」
「初めてじゃない!!今度こそ勝って僕の強さを認めさせてやる!!」
何て言うが神と戦う場面なんてなかったはず。
それが例え子供であったとしても出会う事すらまずない存在。そんな存在が俺に怒りか恨みを持って戦いを挑んで来るとか普通にあり得ない話だ。
しかし目の前の男の子は明確に俺の事を敵として戦いに来ているので非常にやり辛い。
だがこのまま殴られるというのも正直いやだ。
それならほどほどに戦いながら落ち着かせるのが良いだろう。
だがそうなると厄介なのが四本腕。
二本止めたとしてもまだ二本残るんだよな……
どうするか悩みながらチラッとタマを見て思いついた。
そうだ、タマのまねをしよう。
タマの九尾のオーラを形だけ模倣し、尻尾を使って相手をする。これなら手数はこっちの方が多いし、扱いやすい。
そう思ったら即実行。
オーラを九尾の物に形を変えて尻尾だけで戦ってみる。
「ちょっ!!」
オーラの精密な操作、必要な場面にオーラを集中させるなど、学べる場面は多い。
しかもそれを同時に9つ操る必要があるのだからさらに難易度は高まる。
だが俺には経験と知識がある。
経験はタマと合体をして実際に尻尾を動かした時。知識は今までずっとタマの動きを見てきた自信。
だからタマがどのように尻尾を動かしているのかよく知っている。
タマの尻尾がスムーズに動いている理由は慣れだろう。
自分自身の体の一部で動かせるのが当然と言える。
例えるなら飯を食う際に手に持つ箸の動きに気にするのではなく、しっかりと食べ物に目を向ける。
箸を持った手は自然と動き強く意識していない。
手足を動かす際にいちいち考えていないのと同じ。だからこの尻尾も動かそうとして動かすのではなく相手を見ながら自然と動かす。
「な、なんだよこれ!?尻尾が、オーラでできた尻尾が邪魔してくる!!」
相手の動きを見て尻尾でいなす。受け流し、逸らすだけでいい。
相手は神と言ってもまだ子供で直接殴ったりするよりはいいはず。何よりこの尻尾を動かす方に集中しているので攻撃に出られない。
まだ慣れていないからここから慣らして……
「ああクソ!ちゃんと戦え!!あの時みたいにちゃんと戦え!!」
あの時とはいったいいつの事なのか全く分からないが、とにかく攻撃をいなし続ける。
そうしている間に子供はクタクタになって膝に手をついて息を切らしていた。
「はぁ……はぁ……クソ!」
本気で悔しがっている子供だが、何故そんなにも悔しがっているのかが分からない。
俺の中ではこの子供と初対面のはずなのに、もしかして本当に依然会った事があるのか?
何て考えているとトレーニングルームの扉が開いた。
「あまりその子を虐めないでくださいね」
扉を開けてきたのは神薙凛音。
その後ろには阿修羅の男女が一緒に入ってきた。
その男女が入って来た瞬間子供はびくりと体を震わせる。
その姿はまるでイタズラがバレた時に怒られると思った子供の反応そのものだ。
「我が子よ、来なさい」
言われるがままに子供は父親の元に行き、頭を撫でられた。
「悔しいか」
「はい。悔しいです……」
「ならば強くなれ。それ以外に道はない」
短く子供に言うと、子供を母親が抱っこした。
そしてなぜか俺に頭を下げる。
「今回は申し訳ありません。この子を使ってあなたの事を確かめていました」
「いえ、神様に頭を下げられるような事はしていませんから」
「しかしあなたは本当に人間とは思えない強さをお持ちですね」
「そうでしょうか?人間なりに頑張っては来ましたが」
「それじゃ話は上でゆっくりしましょう。お茶も出しますから」
阿修羅の両親と俺の会話に入って茶を飲む事を提案してくれる神薙凛音。
誘われるままに上に戻る際タマに言われた。
「あなたいつの間にあんなオーラの操作覚えてたのよ」
「いや……なんとなく」
「なんとなくでできるようになられたらこっちの立つ瀬がないの。どうやったの?」
どうやったと聞かれると答えられることは一つだけ。
「先生の動きとかを色々思い出しながら操作してみたら出来た」
ぶっちゃけこれしかない。
その言葉にタマは呆れながら言う。
「やっぱりセンスじゃない」
それは違うといおうと思ったけどやめた。
前世の頃からよく知っているからだと、少し言いかけたから。
だからその言えなかったところだけ、口をパクパクと動かすだけだった。




