面談
神薙一と共に俺に会いたがっている神がいる場所に向かっていると、足に何かぶつかった。
視線を向けてみると小さな女の子が俺に足にしがみつくようにぶつかっていた。
「おい大丈夫か?」
「うん大丈夫だよお兄ちゃん!」
そう言って俺の事を見上げる女の子の顔を見て内心面倒くせぇ~っと思った。
「ぶつかっちゃってごめんなさい」
「あ、ああ。気を付けるんだぞ」
当たり障りのない言葉でさっさと離れようと思ったが女の子は表情を明るくしながら足にしがみつく。
「お兄ちゃん優しいね!好き!!」
「え、いや、それだけで?」
「だってここにいるおじちゃん達みんな怖いんだもん。ちょっとぶつかっちゃいそうなだけですっごく怖いんだよ。すぐ怒るから嫌い。でもお兄ちゃんは怒らないから好き」
どこまでも子供を演じているこの子供の正体はロキ。
ロキのイタズラは大抵こうして年齢と性別を変える事で全く違う誰かや知人に成りすまし、全く知らない誰かになったり知人に化けて相手を混乱させる。
だから小さな女の子に化けて相手を騙すくらいは普通にやってのける。
そんな彼、あるいは彼女を何故ロキと判断したか。
それはオーラの質や流れから察した。
オーラの質と流れは心音や呼吸する際の癖のような物と同じで意識しなければ変化させることはできない。
言い方を変えれば隠そうとする意志があれば変化させることはできるが長時間は無理だ。
それに今のロキは俺との面識がない。
まさか出会う前から正体を知っているとは思わないだろう。
そんな油断もあったからこそ見抜く事が出来た。
「でもごめんな。お兄ちゃんこれから人と会う約束してるんだ。だからバイバイな」
「え~、私もついてく」
「ついてくって普通にダメだよ。どんな人と会うのかも分かんないんだからさ」
「お兄ちゃんと離れたくない~!!」
だだをこねるロキに対してどうしたもんかと悩んでいると、神薙一は仕方なさそうに言う。
「連れて行くのは良いだろうが、話はさせるな。おとなしくさせてろ」
「本当にいいんですか?それで」
「そいつは言い出したら聞かん」
諦めた感じがもの凄くするが動向を認めた。
という事はこれから会う神様は温厚な人なのか?
それなら俺も助かる。
そう思いながらその神様がいると部屋に行くと俺は驚愕した。
『邪魔なのかいるな。何故そ奴がいる』
ハデスじゃん!!
オリュンポスで最も厳格な神じゃん!!
こいつがロキみたいな愉快犯と一緒にいる事許すとは思えねぇよ!!
「仕方なくだ。黙らせておくから許してくれ」
『……邪魔だけはするな』
そう言ってロキに睨みを利かせるハデス。
骸骨のマスクの奥で光る眼はマジで怖い。
「お兄ちゃん、この骸骨怖いよ~」
あくまでも子供を演じるロキ。
俺は正体を知っているのでよくこんな時まで女の子を演じられるなと神経の図太さに感心する。
だが今はこのおっかない神様と話をしないといけないのでロキを引きはがし、神薙一に押し付けて頭を下げる。
「それでオリュンポスの神、ハデス神が私に何用でしょうか」
『ほう。我を知っているか』
「知らない者の方が少ないかと」
『此度呼び出したのは貴様を見定めるためである。害があると判断した場合、我が鎌で刈り取らせてもらう』
うっわ。
これガチで考えてる奴じゃん。
本当に俺がこの世界にとって邪魔な存在だと思ったら鎌で魂刈り取られるパターンじゃん。
正直逃げ出したいが……逃げる実力すらないんだよな……今の俺。
「分かりました。答えられる事は答えます」
『全て答えよ』
「…………はい」
だから力がないのは嫌いなんだ。
本心では嫌なのに圧力に屈して本当はしたくない事をしないといけない。
これが嫌だから弱いままで居たくないんだ。
『では問う。その力を持って何をなす』
「奇跡の神を殺したいです」
『他の神を殺したいと願うか』
「全然。全く興味ありません」
『かの神を殺した後はどうする』
「そうですね……お世話になった方々の役に立つ生き方が出来たらと思います」
とりあえず今の所は順調だな。
答えられない物じゃないし、隠す必要もない。
このままいけば――
『では貴様は前世の頃我々とどのような関係だった』
「…………」
『答えよ。我々と貴様はどのような関係だった』
……そっちが本題か。
つまり元々俺の未来何て興味ないし、知りたいのは誰も知らない俺の前世。
俺の戦い方や生き方を見て前世は一体どんな人物で、どこでどう暮らしていたのか調べる気か。
意味ないってのに……
「別に何も。あえて言うなら雇い主と雇われただけのアルバイト、とでも言いましょうか」
『雇い主とは我々神々の事か』
「当然です。俺が神様達から仕事をもらって生活してました」
『それだけか』
「それだけです」
どんな嘘をつこうが必ず見抜かれる。
ハデスの場合は相手の魂の色を見る事が出来る。
詳しくは分からないが嘘をつくと魂の色が変わり嘘をついているかどうか分かるらしい。
他にも感情によって魂の色も変わるそうなのでコロコロ変わっているとか。
『…………それだけではないはずだ』
「それは何故そう思われるんです?」
『貴様が消失魔法で神々から記憶を消したとしか思えん事象が起きている。我ら神の記憶を操作する、そんな事が出来る、いや出来たというべき人間にただ仕事を頼んでいたとは思えない。何かしらの関係はあったはずだ』
「…………面倒なのではっきりと言っていいですか」
『なんだ』
俺はずっとわかり切っている答えを聞く。
「誰一人として覚えていない俺の前世、無理に暴く必要あります?」
『ある。貴様のような危険な人間を――』
「それならさっさと殺せ」
はっきりとハデスに向かって言った。
敬語も使わない事に神薙一もロキも意外そうにしていたが続けて言う。
「ここは神薙邸、ここで何をしようが外では何も分からない。そんなに危険視しているのならさっさと殺して世界を守ればいい」
『それはあまりにも短絡的過ぎる』
「世界を脅かす存在に対して随分のんびりした答えだ。そもそも誰も覚えていないのにどうやって立証するんだよ」
その言葉にハデスは黙った。
「人間どころか神も知らない誰かの事をどうやって立証する。誰も覚えていない、誰も知らない、誰も分からない誰かは存在していないって事だろ?俺が転生者だって言うのも俺が言い出した事、誰も立証できない事は全て噓になる。俺の前世の事は全て嘘でしかない。違うか?」
『確かにそう言う見方も出来るだろう。だがその場合貴様は最初から最後まで嘘しかない事になる。それでいいのか』
「別にいい。強くなるために必要だから理事長の提案に乗った。俺の前世の事は俺一人の問題でしかない。お前ら神仏が気にしているのはあくまでのあのクソ神をしっかり殺しきれるのか、その間に各神話体系などに問題を引き起こさないか、それだけだろ。心配しているようだからはっきり言う。俺が殺したいのは奇跡の神だけだ、他の神に関してはどうでもいい。ぜひ俺の見てないところで勝手に幸せになってくれ」
『……最後に問おう。2年後、例の神と戦う際に貴様も死ぬとしたらどうする』
「それでも戦う。俺のやり残した事だ。あいつを確実に殺すまで死ねない」
『もうよい。貴様の事は大体わかった』
そう言ってハデスは浮いた。
そのまま部屋を出ようとする前に顔を合わせずに言う。
『貴様の本質は後悔と使命感。そのために生き急いでいる。そしてこれは神託だ――貴様、死相が出ているぞ』
「だから何」
『もうよい。呆れた。貴様への支援はなしとする。勝手に生き急いで死ぬといい』
そう言って消えた。
神薙一やロキは何か言ってくるか見ていると神薙一も呆れ切ったように言う。
「死なない努力はしないのか」
「別に死ぬのが怖くないって訳じゃないですよ。でも殺せない訳にはいかない。殺せなきゃ、意味がない」
「……修行は止めだ。死にたがりに滅技を教える気はない」
そう言ってまた部屋を出る。
それにしても意外な言葉だ。あの神薙一が攻撃ではなく防御を優先するような発言をするだなんて。
「お兄ちゃん。本当にいいの?」
神薙一を見送るとロキが聞いてきた。
「何がだ」
「死んじゃうかもしれない事」
「そりゃ死にたくないさ。でもあいつを生かして俺の大切な人達を傷付けられる方が嫌だ。だから死んでも生かす。俺のために」
「……歪んでるね。でも異常なくらいまっすぐな気持ちなのも分かる」
「根性ひねくれてるのは前世の頃からだ。バカは死んでも治らないってな」
「でも私からも言わせて。あまり私の子孫を泣かせるような事はしてほしくないな」
そう言ってロキも出て行った。
子孫というのはおそらくリルの事だろう。
フェンリルの親はロキだからな。
部屋に一人いる俺はこの空間がやはり好きだ。
たった独りで居る静かすぎる空間。
やっぱり俺は誰かと生きるのは向いていなさそうだ。




