強襲
水地涙にそう言われたが心当たりなんてものは当然ない。
「ある訳ないだろ。理事長には一度世話になったがそれっきりだ。それ以上は話した事すらない」
「それは分かっていますが、あの母が男性に興味を持つと言うのが私としては非常に驚く事態でしたので申し訳ありません」
「勘違いだと分かってくれたんならいいが……何でそんな勘違いを起こす?普通母親が男子生徒とちょっと関わったからってそんな発想にはならないと思うが」
俺が気になったのはそこ。普通母親がどこかの男子生徒と関わったところで何か関係を疑う事なんてないだろう。
何故そのように考えてしまったのか不思議だ。
それを聞くと水地涙は目を逸らしながらぎこちなく言う。
「その、母は男性と全くと言っていいほど付き合いがないのでちょっと疑ってしまいまして……少し聞いてみるとあなたの名前が出たものですから……」
「それだけでか?」
「はい。それだけです」
それだけ聞くと本当に水地涙の暴走と言う表現が正しいように感じる。
と言うか何であいつは俺の事を調べていたんだ?現在の俺に特に警戒させるような事はしていないはずだ。あえて目を付けられたと言うとしても龍化の呪いで戦った事くらいだろう。
だがそんな何度も俺の名前が出てくるような事だっただろうか?いや、滅多に出会わない事を考えると当然なのかもしれないのか?
何の力もないはずの一般人が呪いにかかった獣人を倒した、それは確かに驚く事かもしれない。でもそんなにいつまでも言われるほどかと聞かれると疑問が残る。
「まぁ勘違いならそれでいいか」
深く聞く必要もないだろうと思いながら話を切った。
本当にそれだけなら何の問題もない。
「すみません。それだけのことにここに呼んでしまって」
「その代わり迷惑料として奢ってもらうぞ」
「どうぞ。それくらいの事はさせてもらいます。それからカエラさんもあまり緊張しなくて大丈夫ですよ」
「いや、普通緊張するでしょ。私貴族の皮をかぶった一般人なんだからね」
なんて話している間に注文した紅茶とジュース、そして水地涙が注文したと思われる菓子がテーブルの中央に置かれた。
銀色のケーキスタンドの上には一口大のシュークリームやケーキ、スコーンなどが並べられている。並び方一つをとっても非常に丁寧に作業されているのが分かる。
俺はスコーンを手に取りイチゴジャムを少し乗せて食べる。
うん。甘すぎずしつこくない。
その後紅茶を一口飲んで口の中をさっぱりさせる。
「…………」
「……何だよ」
何故かカエラから恨みがましい視線が向けられている。
聞いてみるとカエラはむすっとしながら言った。
「何で堂々と食べられるの?こんな本物の高級店で」
「図太いだけだ。高級店なんてあまり気にし過ぎるな。食器鳴らしたり音立てながらすすったりしなければいいだけだ」
「その考えだけで普通に食べられるの羨ましい……」
そう言いながらカエラは緊張しながらケーキをフォークで切って食べている。
その様子を見ながら水地涙は微笑ましそうにする。
「初めてなら仕方がありません。しかしやはり柊さんはこういった場になれているんですか?所作が非常に自然であり、大きなマナー違反もしていません。やはり経験がおありで?」
「ある訳ないだろ。ザ・庶民の俺が出来る事と言ったら俺でも知っている知識をフル稼働しながら虚勢を張る事だけだ。だからこんないい店は来た事がない。と言うかこう言う所が本物のレストランって言うんだろ」
「そうですね。ですがここはこういった軽食、そしてデザートを提供する店なのでレストランと言うよりはデザート専門店と言った方が正しいでしょうか。この店のプリンが好物でして」
へ~、ここのプリン好きなんだ。
そう言いながら水地涙はプリンを食べる。
うん。俺が居なかったら女子会と呼ぶにふさわしい場所だったんだろうな。
それなのに遠くで邪魔なのが居るな。しかもこっちに向かって来てる。
「ごめん。ちょっとトイレ」
そう言って席を立つとウエーターさんに場所を教えてもらった。
トイレに向かうふりをして俺は店を出る。
どうやらここは48階の店であり、さらに上の階が存在するようだ。
それならと思い最上階、50階までエレベーターで移動し、そこから鍵開けの魔法でさらに上、屋上に出れる扉を解錠した。
よく分からない奴がこちらに到着するまでおよそ1分。屋上に出たら姿が見えるだろう。
「『アイズ』」
隠し持っていた魔導書を使って視力を強化すると何かがこちらに向かって超高速で飛んできてる。
それは薄い赤いオーラに包まれたハーピーでおそらく龍化の呪いにかかっている可能性が非常に高い。しかも鳥である部分が多いからかめちゃくちゃ速い。
そしてその目はクラスメイトの時と同じように俺に懇願するような、苦しみながら助けを求めているような視線を向けてきた。
「『サンダー』」
おそらくクラスメイトの時と同じように俺に助けを求めて攻撃してくるのは間違いないと思った俺はすぐに迎撃に動いた。
雷の初級魔法サンダーは前方に電撃を放つ魔法だが命中率の悪さが本当にネックだ。電気なので魔力量を多めにすればどれだけ距離が離れていても問題ないと言われる事もあるが、実際には空気中の水分やら塵やらに邪魔されたりするので、飛距離と言うよりは確実に命中させるには1メートル以内でないといけないとまで言われる魔法だ。
それならスタンガンでも持って迎撃した方がよっぽど現実的だし、ピストルで撃った方がよっぽど当たるだろう。
それでも何もしないよりはマシ程度の攻撃。
だがオーラによって阻まれてしまい命中率なんて関係なかった。
「『メイク』『ビルド』」
今度の魔法は手で触れた個所を変形させる魔法と身体強化の魔法。
今回触れたのは屋上のコンクリートなのでコンクリートの形を変形させて壁を作った。それを二重三重と作りタイミングを計って跳ぶ準備をする。
普通に動いては逃げる事すらできないので身体強化の魔法でさらに動きやすくした。
秒数を数えながら壁に激突する瞬間に俺はコンクリートの壁から跳んで逃げた。
するとすぐにコンクリートが破壊される音と共に衝撃が俺を襲った。
おそらくソニックブームだろう。音速を超えて飛行していたのは分かり切っていたので衝撃波に備えていたと言う方が正しい。
自分で跳んだだけではなく衝撃波によって俺はさらに吹き飛ばされハト小屋にぶつかって止まる。
みっともなくひっくり返っている状態で飛んできた存在を詳しく確認するとやはりハーピーのようだ。
腕ではなく翼、人間の足ではなく鳥の脚。明らかにハーピーだ。
だが一言でハーピーと言っても普通の鳥のように様々な種類が居るが、猛禽類のような肉食系には見えない。
だが龍化の呪いによってドラゴンのオーラに包まれているハーピーはワイバーンのようなオーラを放っている。おそらく腕がない事からこのような形になったのだろう。
起き上がり何時でも動ける状態になってから俺は拳を握った。
ハーピーも怒ったような表情を向けながら威嚇し、両腕の翼を大きく広げるのだった。