俺の試合 後編
武器を構えて精霊たちの出方を探っている時、急に呼吸が出来なくなった。
言葉を出そうと思ってもゴボリと水の中で息を吐き出したような音が出るだけでしゃべれず、呼吸が一切できない。
おそらくこれはウンディーネによって肺の中に直接水を発生させられたのだろう。
初手に即死技使ってくるとかマジで躊躇いがない。
シロガネの中にしまっていた種を口の中に入れてツーに種の成長を調整してもらいながら俺は走り出す。
無呼吸状態での激しい運動なんてやりたくないが、もし今のが動き回っている事で回避できるのであれば動くしかない。
口の中に入れた種はすぐに発芽し、根が俺の肺の中に侵入。肺に溜まった水を吸収して外に出す。
「殺す気か!!」
口の中から蔓が出てはたから見ればおぞましい状態かもしれないがこうでもしないと死ぬ。
『貪食』を使用しながら切りかかると流石に避ける精霊達。
だが俺の目標が変わらず嬢ちゃんだと分かるとノームが盾で阻む。
「姫様には指一本触れさせんぞ!!」
焼き物で作った盾のような見た目なのに非常に硬い。
しかも精霊の力だけではなく土と言う物理的防御も兼ね揃えているのでやはりこれを崩すのは少し難しいか。
「いい加減しつこい!!」
俺の脇腹に当たったのはシルフがフルスイングした槍だ。
みしりと骨がきしむ音がしたかと思うと風の力もあり一気に吹き飛ばされる。
更に容赦なくサラマンダーが少し距離を置いた地点から拳の形をした炎を連発。
流石に数十単位の炎の塊を切り伏せるのは少し難しいと考えた瞬間ツーがシロガネを短剣に形状を変化させてくれた。
これで素早く剣を振り炎を払いながら突っ込む。
「ワンパターンすぎ」
ウンディーネがそう言いながら鉄砲水で攻撃してくる。
今度はシロガネを槍に変化させて鉄砲水を切り裂く。
「人技『大車輪』」
本来は空中で回転しながら相手に槍を叩きつける技だが、今回は鉄砲水に槍を当てる事で上に飛ぶ。
そこにはシルフが槍を構えて待っている。
「終わりなさい。人の子」
まっすぐ俺の心臓に向かって伸びてくる槍が俺に触れた瞬間、『貪食』が発動。
槍は俺にダメージを与える事なく魔力を回復させるだけに終わった。
その結果に眉をひそめて面倒だと顔が語っているがこちらも攻撃しない訳がない。
振った槍はシルフの足を食らい消失させるが飛んで逃げるだけで特に痛みも何も感じていなさそうだ。
着陸してツーに聞く。
「分析は」
『残り48%』
「もうちょい必要か……」
流石に精霊4体分の分析となると時間がかかるな。
更に分析しながら俺の魔法による補助もしているのだから当然かもしれない。
となると少しでも分析できるように戦闘を続けるしかないか。
もう少しだけ魔力を上げてスピードを上げる。
周りを走ってかく乱と言う意味ではないが足を止めるとまた肺に直接水を入れられる可能性があるので少しでも避けたい。
なんて思っていたのに不意に俺の体が浮く。
どうやらシルフが俺の周りを風で浮かせたらしい。
そこにサラマンダーが旋風の下から炎がちらついた瞬間俺は息を止めた。
次の瞬間、引き起こされた魔法は火災旋風。
火災が起きた時に風が強いと稀に起こる自然現象。
それをあっさりと行使してくるとかやっぱり精霊は強いな。
ツーが俺に重力付与の魔法を行った事で地面に着地し、火災旋風から無理矢理脱出する。
咳き込みながら歩くといきなり足が取られた。
それと同時に感じる強い痛みを確認すると、俺の足にトラバサミによって足に深く刃が食い込んでいる。
鉄製ではなく土製であると言う事はノームが用意したトラップなのだろう。
防御だけだと思っていて油断した。
トラバサミを破壊しようとシロガネをハンマーにして壊すとシルフが槍を俺の首に近付けながら冷たく聞いてくる。
「何故姫を狙うのです。彼女に戦う意思はない」
…………都合がいいか。
「そりゃ教えておかないといけないからな。弱者なりの戦い方って奴を」
「それは今あなたが私達に挑んでいる状態の事ですか。それなら姫だけではなく他の者達にも実現不可能だ。精霊に喧嘩を売るなど正気ではない」
「教えたいのはそんな事じゃない。教えたいのは弱いからって何もしなくていいって訳じゃないって事。弱いなら弱いなりに逃げるべきだろ?」
「今は逃げれないからこうして仕方なく戦いの場に居るのです」
「仕方なく戦場に立つバカなんていねぇよ。もし居るとすれば相当な死にたがりだな」
「私達、精霊と契約する力があると言うだけでウェールズ騎士学園に入学させられたのです。本当は少し探せばどこにでもいる普通の女の子。そんな彼女にこれ以上恐怖を与えないでください」
「残念だがそれはできない。恐怖を与えてでも教えないといけない事がある」
「一体何を教えると言うのです」
「弱者なりの強くなり方」
きっとシルフは俺が思っている考え方と違う答えを思い浮かべているだろう。
でもこれだけは本当に教えておかないといけない。
そうじゃないとあの子は死ぬ。
シルフが言ったとおり、望まないまま戦場に立たされて、何も出来ずにただ死んでいく事になる。
それを回避するためにも教えないといけない。
『解析完了。起動します』
ツーの言葉に反応した俺は口から種を吐き出した。
シルフはただの種では傷付ける事も出来ないのになぜこんな事をするのか分からないっという表情をしている。
もちろんただの種ではないがこれは攻撃するための物ではない。
吐き出された種はステージの中央で発芽、即座に成長し歪な木になった。
まるで複数の蔓が絡まり合って木の形をしているような木を見てさすがの精霊達も困惑している。
「この木は、いったい?」
「俺は確かに弱い」
俺がそう話し始めると精霊達はみな俺に注目する。
これで仕込みは終わった。
後は情けないがツーに任せるだけでいい。
「でも俺にだって心強い精霊ちゃんみたいなのがいるんだよ。お前ら終わったな」
「一体何を――」
「ぐお!?」
「キャ!」
「な、なんじゃこれは!?」
シルフ以外の精霊達がみな期の蔓に捕まりグルグル巻きにされていた。
普通の木ではそんなことできるはずがないのに出来ている。
それだけでこの木の異常性は分かるだろう。
サラマンダーは蔓を燃やし、ウンディーネは体を変形してすり抜け、ノームは力尽くで引きちぎって蔓から脱出する。
だが次々と現れ、捕まえようとする蔓にサラマンダーとウンディーネは逃げながら攻撃するが、ノームだけは嬢ちゃんを守らないといけないため思うように動けずにいる。
「こ、これは一体!?」
「こいつはツー。ユグドラシルの枝を俺好みに魔改造して生み出したヤドリギ。と言ってもこいつは本体じゃないが」
俺の説明に驚くシルフ。
その表情は驚愕と言う他ないだろう。
「バカな!ユグドラシルが個人を贔屓するはずがない!!」
「だから言ったろ?俺好みに改造して生み出したヤドリギだって。そもそもユグドラシルは巨大な木であって蔓なんてどこにもない。安易にユグドラシルツーなんて名付けたが、本質も性質もかなり違う。大元がユグドラシルってだけで全くの別物だよ」
「ちっ!」
シルフは舌打ちをした後高速で飛びながら蔓を切り倒していく。
だが切られた蔓はステージで根を張り再び精霊達を捕まえようと伸びる。
これでもう勝ちパターンは確定した。
「何でこんな細い蔓が燃やせない!!」
サラマンダーは理解できないと叫ぶ。
日本は様々な自然災害から身を守るために木を意図的に植えたりして身を守ってきた。
そしてツーはそんな植物のデータを全て保有しており、その場その場で自身を自己改造する事で環境に適合して生き残る。
今回責めてきた精霊達に対して火、水、風、土の耐性が非常に高くなっている。
火に関しては蔓に含まれる水分量が見た目以上に含まれている事で少し焦げたとしても中の水分が燃えるのを抑えるし、燃えた先から早期に新しい芽が生えてまるで燃えていないように見えるほどのスピードで回復、成長している。
これらは耐火樹と言われる木の特性で火に非常に強い事が特徴だ。
だからどれだけ燃やそうとしても次々と新芽が生えて火を無力化する。
「風の刃でも切れない!?」
シルフがそう言うが風なんて最も分かりやすいだろう。
木は土に根を張り多少の風ではびくともしない。
例えしなったとしてもいつもと変わらない姿を現すのだからその強固さは最も分かりやすい。
そして刃が通じない理由は蔓が樹皮のように固くなっている事だ。さらに年輪の様に何重にも重なった蔓はそう簡単に斬る事も千切る事も出来やしない。
「これならどうです!」
そうウンディーネは木の根元に大量の水を与えるがその程度ではまだまだ少ない。
確かに植物は水の与え過ぎで根が腐ってしまう事があるがそのくらいの事は最初から想定されている。
他にも塩害など細かいものはあるだろうがどれだけ水を吸っても新しい蔓を生み出すための栄養になってしまうし、蔓の水分量が増えるだけ。
蔓はより大きく太く、さらに急速に成長する。
「ならばその木を倒す!!」
そう言ってノームは木に向かって地割れや液状化で木を倒そうとするがもう既に遅い。
成長するまえであればその攻撃が最も危険だったが、もう既にそれを危険視する状態は脱却している。
もう既に土にしっかりと広く、複雑に根を張っている以上土を動かすのもそう簡単ではない。
土砂崩れを抑えるために多くの木を崖などに植える事で防ごうとしてきたのだからそう簡単にはいかない。
ノームの土操作を妨害して気を倒す事はできなかった。
「おい。これマジでヤバくねぇか」
「まさか、こんな事が」
「ユグドラシルを元にしたから、かもしれんな」
「人間!!なんて恐ろしいものを生み出したのですか!!」
総合すると、木と言う存在以上に大自然に適応した存在はいない。
もちろん極端な地域、砂漠や火山地帯、氷の世界では木は育つ事はできないがそんな極端な地でなければ当然のようにその環境に適応して生息区域を広げてきたのが植物な訳である。
そしてツーはこの精霊達の攻撃を環境の一種として情報を収集。
この場で無事に育つよう自己改造をした結果彼らを圧倒している訳である。
精霊達は捕まらないように逃げながら攻撃するが、最も大切である嬢ちゃんに関してはノームしか守っていない。
守りたいと思っても守れない状況になってしまった。
特にノームとツーの相性は最悪だ。
「くっそ!姫様!!」
ノームはツーの蔓によってグルグル巻きにされ、空中に吊るされる。
土と言う属性である以上地に足が付いていないとほとんどの能力を発揮できない。
もちろん他の精霊が嬢ちゃんを守るために駆け付けようとするが、ツーがそれを狙って蔓を伸ばす。
もう守ってくれるのは妖精5体のみ。
妖精たちは近付く俺に向かって妖精の鱗粉をかけようとするが――
「ぶえっきし!」
「「「「「キャー!!」」」」」
くしゃみ一つで飛んで行ってしまう。
ようやく落ち着いて話が出来る状況になったので、怯える嬢ちゃんの目線に合わせながらしゃがんで言う。
『もう守ってくれる精霊はいなくなったな』
『……悪い人じゃないの?』
『悪い人ではないが怖い人ではある。こうして現実を、悪意にさらされる事を教えているんだ。怖い人なのは間違いない』
怯えながらも、嬢ちゃんは顔を上げて俺を見る。
『なんで逃げない』
『だって試合中だから……』
『この試合その物から逃げるべきだったな』
『どうやって逃げればいいのか分からなかった……』
『がむしゃらでもいい。適当でもいい。とにかく逃げるべきだった』
『……それが弱者の力?』
『そんなところだ。弱いのなら逃げたって良い、泣いたって良い、情けなくて良い。と言っても本当の弱者の力ってのは生き残る力の事だ。生き残るためにたまには何かを捨てないといけない時もある。住んでいる場所、宝、友人。俺はそれらを捨てる事ができないから強くなるしかなかった。ただの人間だけど』
『…………私は、みんなが、居ればいい。精霊の、友達のみんながいればいい』
『それじゃ聞く。勝利を捨てられるか?』
『元々要らない。参りました』
嬢ちゃんの宣言で俺が勝ち、嬢ちゃんが負けとなった。
ツーの疑似的な体である蔓の木はあっという間に枯れて土になる。
もうあの土にはユグドラシルの力は一切含まれていないどこにでもあるただの土だ。
ツーから解放された精霊達は嬢ちゃんの心配をしているのでさっさと帰ろうとすると声をかけられた。
「ねぇ」
声をかけてきたのはシルフ。
何だろうと思いながら振り返る。
「姫様に逃げる事は恥じゃないって教えるために姫様を怖がらせてたの?」
「まさか。弱いなら弱いなりに立ちまわる方法があるだろって言いたかっただけ。でないと本当に悪い人にどんな目に遭うか分からないから事前に訓練させておきたかっただけ」
「それは私達も懸念していた事。姫様は優しい。優しすぎる。私達精霊にも優しくするくらい」
「……だからこそ、現実の厳しさを教える必要があった」
そう言って帰ろうと思ったが一つ思い出した事があったので言っておく。
「そうだ。怖がらせた詫びとして菓子奢るから、あとで校門の前にきてくれ」
そうシルフに伝えて試合会場を出た。




