夏祭り
さて、夏休みも終盤に差し掛かり、宿題も無事に終わらせ訓練と体力作りばかりしている夏休み。
特に青春っぽいイベントも特になくゴロゴロしていると涙から電話がかかった。
『あ、お父さん。今度一緒に夏祭りいかない?』
……青春っぽいイベント来たな。
「別にいいが、何時だ?」
『明後日のお昼に迎えに行くね』
「分かった。あ、リルもいいか?」
『分かった。お母さんに伝えておくね』
「え?」
――
二日後、グレモリー家のような常識外れのリムジンで来る事はなく涙達が迎えに来た。
「お父さん久しぶり」
「久しぶり。でも外でそれは止めないか」
「何で?」
「何でって……世間の目が気になる」
一応俺の方が後輩なのに年上からお父さん呼びされている光景はどんな物なんだろうと考えてしまう。
ああ、それから言う事を忘れていた。
「浴衣似合ってるじゃん」
「えへへ、ありがとうお父さん」
涙が着ているのは花柄の浴衣で少し子供っぽいかな?と思う部分もあるが可愛らしいと思う。
そしてもう一人、保護者の方も浴衣で登場した。
「今日は娘の我儘に付き合わせてごめんなさい」
「いえ、どうせ訓練後にゴロゴロしているだけですから、いい思い出になりますよ」
水地雫は黒を基準とした落ち着いた雰囲気の着物を着ている。
何と言うか、こうして見てみると人妻の雰囲気凄いな。
「でも涙。家族で行くんなら俺邪魔じゃなかったか?」
「え?お父さんも家族でしょ??」
いつの間に俺はそこまで深い関係になったんだ??
それについてどう思っているのか、理事長に視線で聞いてみるがまぁ別にいいんじゃない?子供の言う事だし。みたいな雰囲気。
いや、俺後輩。了承したけど外でも普通に言われるとは思ってなかったんだが。
「まぁ……気にしてないならいいか。今日はよろしくお願いします」
「お父さん。敬語いらない」
「いやでも……」
「学校では敬語で話してほしいですが、こういったプライベートでは構わないと思いますよ。その代わり私も普段通りの話し方でもいいでしょうか?」
「え、そりゃ……はい」
まさかの親肯定。
これじゃこちらがどれだけ言おうとも問題ないとされる。
まぁ本人達が良いのであれば、それでいいかと思い直す事にする。
新たに俺を乗せた車は静かに発進した。
「ところでどこの夏祭り会場に行くんですか?」
「それなりに遠くの所だよ。車で30分くらいの場所」
「毎年私達はそこで夏祭りを楽しんでいるの。普段はあまりかまってあげられないから、こういうイベントごとには出来るだけ一緒に参加して楽しんでいるの」
「それ余計に邪魔にならない?」
「ならないしお母さんとも仲良くしてほしいから一緒に行こうって誘ったの」
「それにしても、本当に涙がここまで懐くなんて意外。この子本当は人見知りなのよ」
「え、そうだったのか?」
「人見知りって言うほどじゃないもん。ただすぐに人を信用しないだけ」
「本当は怖かったんだもんね~」
「もう!お母さん!!」
そう言って怒る涙と理事長の微笑ましい親子関係にホッとした。
もし仮に親子仲が悪かったらどうしようと思っていた。
でもそんな悪い妄想は本当にただの妄想で終わったみたいだし、仲がいいのであれば何より。
そう思った後に運転席に座っていたサマエルに言う。
「そう言えばサマエルさん。京都ではお世話になりました」
「はて?いったい何の事でしょう」
「多分サマエルさん経由で俺達の護衛を頼んでいた人がいましたよね。その人が涙の事を守っていたのでお礼を言っておきたくて」
「……それはおそらく私ではありません。ちなみにその者の姿を見ましたか?」
「見てませんが、おそらく猫かと」
俺がそう言うとサマエルは意外そうに眉を上げた。
「サマエルさん?」
「何でもありません。懐かしい知人が元気そうで何よりと思っただけですので」
どういうことだ?
もしかしてあいつはもう在籍していないのか??
面倒くさがりなあいつの事だからてっきり今も在籍しているんだとばっかり思っていた。
「お父さん猫って?」
「あ、いや、何でもない」
サマエルが把握していないとは思えないが、口に出さないのであれば俺も口を出さない方がいいだろう。
車の中で談笑しながら30分くらいすると夏祭り会場に到着した。
全員車から降りて会場に行くと、様々な屋台が並んでいた。
「へ~。最近食べ物の屋台ばっかりの所もあるのに、ここは色々あるな」
「ここは昔からの屋台が多いから、涙も思いっきり遊べるの。昔からこういう雰囲気の所が好きでつい来ちゃうの」
「納得。最近近くの夏祭り食い物の屋台しか置いてなかったからつまらなかったんだよな~」
「お父さん!!早く行こ!!」
俺の手を掴み走り出す涙に引っ張られて屋台が並ぶ夏祭りに参加した。
一緒に射的をしたり、水風船釣りをしたり、時々屋台の食べ物を食べながら楽しむ。
もちろん俺達だけではなく理事長もリルも一緒になって遊ぶ。
サマエルに関しては夏祭りで散財しないように注意深く理事長と涙を厳しく見張っているため、考えながら何を食べるか選んでいたように感じる。
一通り遊んだ後、サマエルが事前に調べていたと言う花火が見れる小さな神社で買った食べ物を並べていたのだが……
「すぅ……すぅ……」
涙が俺の膝の上で静かに寝息を立てていた……
いや、普通こういう時って母親の膝の上で寝るもんじゃないの?何で俺の膝の上??
いろいろ気になるところはあるが、遊び疲れてダウンするとか子供かよ……いや、一応高校生でも子供っちゃ子供だけどさ。
こんなダウンの仕方小学生くらいまでじゃないのか??
「ふふ。本当に気を許してるのね、お父さん」
「それ人前では本当にやめてくれ。お前のファンに殺される」
夏祭り中楽しむことは出来たのだが、理事長のファンか、涙のファンが俺の事を殺意を込めた視線を送ってきたので時々めっちゃ怖かった。
特に涙が「お父さん」と連呼するので最初は驚く事の方が多かったのだが、次第に俺の事をぶっ殺そうと射的の銃や鉄板焼きのヘラ、たこ焼きをひっくり返すアイスピックみたいな奴を向けられた。
中には「結婚したんですか!?」と直接理事長に聞いてきた人もいたくらい。
その時はっきりと否定してくれればよかったのに、微笑みながら「さぁ?どうでしょう」と意味深な発言していたので途中で崩れ落ちるお客さんも多かった……
「ちょっとくらい良いじゃない。最近求婚の申し出とか多かったし、このままつゆ払いに使わせて」
「使わせてって、俺学生だぞ。普通に教師と生徒の恋愛ってアウトでしょ」
「あら、君私の事好きだったの?どうしようかしら~」
「からかうな。そんなつもりない事分かってるからこうして一緒に居るんだろ」
「まぁ……そうね。あなたは私の事を恋愛対象として見ていない事を分かっているからこうして気軽にいられるって言うのもあるわね……」
なんて話しているとリルは涙を温めるようにそっと涙にくっついた。
何も言わずにただ俺達の話を聞きに来たようにも見える。
そしてサマエルは理事長の隣に腰かけた。
サマエルも話を聞くだけで参加するつもりはないらしい。
「でもあなたなら本当に結婚してもいいかも」
「冗談も休み休み言ってくれ。普通に無理だろ。お互いそういう目で見てるわけじゃないんだから」
「でもこの子がここまでお父さんを欲しがることはなかったから、それもいいかな~って」
「涙がよくたって理事長自身が良いと思える相手を探すべきだろ。結婚するのは涙じゃなくて理事長なんだから」
「それじゃあなたが涙の夫になってくれるの?」
「そんなつもりは一切ない」
「あら残念。告白してもいないのにフラれちゃった」
そう言いながら俺の膝の上で涎を垂らす涙の頭を優しく撫でる。
その姿は母親の物で、俺の知らない顔だった。
「そんなにじっと見てどうしたの?」
「いや、何でもない」
「何でもないって事はないでしょ。何を感じたの?」
「……別に大した事じゃない。ただ、本当に母親をしっかりとしてきたんだなって思っただけだ」
「それは当然でしょ。女手一つで頑張ってきたんだから、余計に可愛く思えるんだから」
「……そうか」
「と言ってもまぁ本当は色んな人に手伝ってもらいながら育てたんだけどね。タマとか渉君とか、いろんな人に助けられながら育てたの。だからこの子は本当にみんなのアイドルって感じ」
そう思うと本当に涙はみんなに愛されて育ってきたのだと分かる。
それにこれは予想だが、渉は本気で涙の父親になろうとしていたのではないだろうか。
渉は本気で雫と結婚したがっていたし、そのために涙を娘として愛することくらいは普通にするだろう。
でも涙は渉を父親とは見ず、兄のように慕っていたようだ。
「本当に周りに愛されて育ってきたんだな……」
「当然でしょ。可愛い可愛い私の子供なんだから」
「でも何でそこまで思うんだ?」
「何でって……親が子を愛するのに理由が必要?」
「そうじゃなくて、ウロボロスの場合単為生殖に近い生まれ方をするはずだよな?しかも自分の意思で産む産まないを自由に決められる。思考もほぼ自身と同じだって俺は聞いてたんだが?」
「……全部を知ってるわけでもないのね」
「それってどういう意味だ?」
「この子の母親は確かに私。でもこの子には私以外の血が流れてる。ウロボロスとして半端なのはそれが理由なの」
「は?」
――ありえない。
それは俺と同じ存在できない存在じゃ――
「この子の見た目は私に似ているけど、力や性質はあまり私に似てないの。あるいは血が混じった事によって無限の力をうまく制御できてない。無限に干渉するのが下手なの。だから私のように最初から無限の力を使う事ができない」
おい。
それじゃまるで――前世の俺じゃないか。
「この子の父親が誰なのか私にも分からないけど、それでも本気で愛しているわ。覚えてないけど、きっと愛し合った結果だと思うから」
そう言う理事長の言葉は、もうほとんど入ってこなくなった。
あまりにも衝撃的事実。
水地涙は純粋なウロボロスではなかった。
水地雫と誰かとの子供だった……
「あ、花火始まった」
理事長はそう言って花火に視線を向けるが、俺は涙に視線を落とす。
涎を垂らしてのんきに寝ているこの子は一体誰の子なんだ?
水地雫と恋人関係でそこまで発展する関係性を持っていたのは――誰だ。




