入学
『消えないで!!』
その声で俺は目を覚ます。
相変わらずすっきりしない目覚めにうんざりしながらも、仕方なく起きる。
家を出てジャージを着てランニングに向かう。
いつものルートを走り、体力を付けるように努力する。少しずつ加速して、最高速度を維持して一歩でも長く走れるように努力し続ける。
息を切らしても体力の限界まで走り続ける。
そして体力の限界まで走り、息を切らし、吐き気を必死に抑えながら息を整えた。
今日の距離は……昨日よりも距離短いな。
昨日よりも短いのに息を切らしているのは単に疲労が溜まっているからか?それとももう体力が落ち始めているのか?
なんにせよ、体力を維持できなくなっているのであれば一からトレーニングのやり直しだな。
そう思いながら俺は家に戻る。
さすがに始業式に間に合わない訳にはいない。学生なのだから学校に遅れる訳にはいかない。
それに汗をかいたからシャワーも浴びたいし、着替えたり色々あるから少しは止めに戻らないと。
そう思いながらまた走って帰る。
家に戻って汗を流して飯を食う。そして始業式の準備に初めて制服に袖を通す。
これがこれからの新しい俺の日常。
常人にできる限界まで自分を追い込んで力を付けるしかない。
大抵の力を得るために犠牲になるのは時間だ。時間を消費して力を得る。
だからこそ効率を求める。
少ない時間で少しでも強くなるための工夫であり、当然の事だ。
と言っても俺はどこにでもいる男子生徒A、どれだけ鍛えてもプロのスポーツ選手より強くなることはない。
精々普通の人より体力があるくらいの物だ。
それにこの世界には人間よりもよっぽど強い種族が非常に多い。
この世界には人間だけではない。
妖怪、精霊、魔物、聖獣、天使、悪魔、神様、仏様が存在している。
だからその中で人間とは最弱の存在だ。
何せ人間がどれだけ鍛えたところで到達できない領域、まぁ簡単に例えるなら100メートル走で10秒を切る人間が出てこないのが普通だが、そんな人間以外の存在はそれをあっさり超えてしまう。
走力だけではなく単純な筋力、寿命、魔法の適性、ありとあらゆる面で人間は超常の存在には一切勝てない。
それが当然であり、絶対の理だ。
だから人間である俺がどれだけ頑張ったところで無駄に終わる。
つまり種として圧倒的に劣っているのでどれだけ頑張ったって彼らには勝てない。
無駄だ。
俺の目標は彼らに勝てるようになる事。だが本当はどれだけ努力しても勝てない事は理解できている。
だから俺がやっているのはあくまでも生き残るための技術。殴られ、蹴られ、魔法を使われても生き残れるための努力。
情けないが勝てないなら生き残れるだけの実力だけは最低限欲しい。
だから今やっている努力は生き残るための努力。どうしてもそうしなければならない事情に近い。
そして俺の話だが、前世の記憶という奴がある。
いや、記憶とは言えないか。誰とも共有できない記憶は何の価値もない。
おそらく正しくは記録……も違うか。妄想の方が正しいか。
とりあえず、妄想と言って変わりない前世の記憶とかなり大きな違いが1つだけある。
それは“龍化の呪い”と言われる呪いが広がっている事だ。
龍化の呪いは俺が死んで後くらいから世界規模でごく稀にかかる呪い。
血筋、つまりドラゴンの血が混じっているわけでもないのに突然体の一部がドラゴンの物に変化する呪い。
呪いにかかるのは平均4歳から10歳までの子供である事、そして将来有望な才能あふれる子供である事だ。
子供と言うのは人間だけではなく、他の種族の少年少女も関係なくだ。
しかも呪いにかかるとドラゴンの性格に近付いてしまう。つまり凶暴性とか、コレクション趣味とかに走りやすくなるらしい。
つまり肉体だけではなく精神的にもドラゴンに近付いていってしまう呪い。それが世界規模で広がっている。
最初にごく稀と言ったように呪いにかかる奴は滅多にいない。
だが個人差は当然あるが、呪いと相性がいい場合今までの性格と大きく変わってしまうほどだと聞く。
まぁこれに関しては本当に個人差なんだろうが。
そしてメリットとしてはドラゴンに近付く事でかなり強くなれる事だ。
今の俺にとっては非常にうらやましい事なのだが……運悪く、いや運良く呪いにかかる事はなかった。
何故そんな呪いが広がっているのかは分からない。
もしかしたら俺が関係していたりしないよな?っという不安が大きい。
だからそれを確認するためにこれから俺が望んだ学校に入学する事を選んだ。
「柊!そろそろ行くよ!」
「今行く!」
俺は両親に言われて車で学校に向かう。
これから入学式が行われる学校は俺が前世の頃にも通った学校だ。
そこでは一応様々な種族が交流を深めるという名目だが、人間は極端に少ない。その理由こそが人間が最弱だからだ。
人間より優れた種族が多くいるので授業内容もそんな他種族に合わせて作られている。そのため人間では取得する事が出来ない項目も数多く存在する。
もちろん最初は両親に猛反対された。
いくら勉強が出来ると言ってもそれが通じるのは入試試験まで、その先の授業は絶対について行く事すらできないと言われている。
そのため人間の身で入学できるとすれば英雄の子孫、もしくは精霊やら何やらの加護がある人間だけだ。
ごく稀にそういう運のいい連中がいるのだ。
俺はその運のいい連中ですらないけど。
学校に着くと俺は両親と分かれて指定された教室に向かう。
当然だがその教室でただの人間なのは俺だけ。他の連中は不思議そうに、もしくは物珍しそうに俺の事を見る。
こんな人が他種族がごちゃ混ぜの世界で純粋な人間の定義もあやふやだが、とりあえずただの一般人という枠組みではあるけど。
そんな周囲からの視線を無視して俺は入学式に挑んだ。
と言ってもまぁ、くだらない校長先生とかの話を聞き流すだけだが。
『続いて、理事長からの祝辞です』
ん?理事長なんていたっけ?
まぁ俺がいた時代とは違うのだから理事長という役職が増えてもおかしくない。のか?
一体どんな人だろうと思っていると、スーツを着た女性が壇上に上がった。
その女性を見て俺は驚いた。
『新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私は理事長の水地雫と申します』
………………そっか。普通そうだよな。
俺は途中で死んで人生やり直しだったけど、他のみんなは普通に年を食って大人になっていくんだもんな……
あいつがこの学校の理事長をしていたことに関しても驚いたが、元気そうで何よりだ。
そして当然俺はもうただの他人であいつとは一切関係がない。
ある意味やりやすいが…………まぁその方が良いか。
俺はあいつらとはもう二度と関わっちゃいけねぇ。死人は死人らしく、今を生きてる連中の邪魔をしちゃだめだもんな。
『続きまして、在校生代表、生徒会長からの祝辞です』
前世の知り合いの顔を意外なところで見て安心した後、まさか理事長の後にも言葉をもらうとは思ってなかったな……
そして俺は二度目の驚きに包まれた。
『在校生代表、3年生生徒会長、水地涙です。これから皆さんは――』
ま、マジか……子供いたのか。
その顔はあいつと瓜二つで娘と言われればあっさりと納得できるほどにそっくりだ。
強気な目に腰まで伸ばした髪、本当に学生時代のあいつにそっくりすぎて驚いた。
ただ気になるのは髪に赤いメッシュが入っている事。他は黒髪なのにはっきりと赤と分かる深い紅。おしゃれなのかどうか分からないが、あいつの娘なら完全に真っ黒だとばかり思っていた。
それにしても、もうみんな子供がいるのが自然なくらい大人になってたんだな。
少し考えれば分かる事なのになぜ気付かなかったんだろう。
いや、きっと目をそらしていただけだ。
無意識にあいつらと俺は変わらないと思い込もうとしていたのかもしれない。
全く………………未練がましいにもほどがある。
でもあいつとその娘を見てようやくはっきりと分かった。
俺はこの世界に本来いてはいけない存在であり、俺はあいつらの邪魔をしてはいけないから近付いてはいけない。
その事をしっかりと受け止め、入学式が終わるのを待つ。
入学式が終われば後は教科書など必要な物を受け取って終わりだ。
まぁそれでも明日から始まる授業に対して両親は心配そうにしていたが、まぁ前世の知識とは言え一応授業内容は覚えている。
それにその種族的に不可能な授業は基本見学になるから問題ない。
その代わり筆記の試験でちゃんといい点を取らないといけないが。
明日からの授業に心が躍るなんて事はないが、まぁ今の学校がどうなっているのか楽しみにしておこう。