表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

救う

            ♡




 将軍邸を出たのが夕方だったので、スラムに着いたら日が落ちていた。明るい方が安全だがジョンの都合もある。ルナはノルドの気配を探して先ほど見た橋の近くまで来た。


 暗い路地に入ると客待ちの女たちがジロジロと見る。ジョンや将軍夫妻は小ぎれい過ぎたようだ。貴族のオーラが隠せていない。


「ここらで赤い髪の5歳くらいの男の子、見なかった?」


 とりあえず聞き込みをする。女たちは笑った。


「ガキ買いにきたのかい?そんなら川向こうだよ」


 すかさずジョンが割り込んできた。


「そうじゃない。こんな子を探している」


 ノルドの子供の頃の肖像画を見せる。刑事(デカ)っぽくなってきた。女たちは分からないと言う。そりゃそうだ。肖像画はふくふくとした貴族の子供だ。ルナは面倒になって大声で叫んだ。


「おーい!ノルド・ネッガー!出ておいでー!」


「ルナ。さすがにそれでは…」


 ジョンは呆れたように言う。大丈夫。魂が覚えている。雑に積み重ねたような建物の上の窓から、赤毛の男の子が顔を出した。すぐさま夫人が呼びかける。


「ノル!」


「母上?!」


 ほら。ちゃんと覚えてる。ジョンは呆然としていた。将軍もだ。


「下りておいで」


 ルナは優しく言った。だが少年は首を振った。何か不具合がある。ルナはスカートの下から縄梯子を取り出した。本当は“収納”の魔法だ。それを彼の部屋に投げ入れ、鉤を窓枠に引っ掛けるように指示する。


「ちょっと行ってくるわ」


「待てっ!何でスカートから…いや、私が行く」


 はっと我に返ったジョンが止めた。あれこれ押し問答の末、2人で登っていくことになった。夫妻は下で待つ。ジョンに続きルナが部屋に入ると、信じられない光景が目に入ってきた。


 



            ◇




 少年の足首は鎖で柱に繋がれていた。鏡で見た時と違う。顔は腫れあがり、破れた服から鞭で打たれた傷が見えた。僅か数時間の間にひどく折檻をされている。彼を虐待する大人は1人ではなかったようだ。


「どうして?!さっきの男は消したのに!」


 ルナは素手で鎖を引き千切った。多分魔法だ。そう思いたい。


「殿下…?」


 赤毛の少年がジョンを見て眉を動かした。ああ。ノルドだ。仕草が彼そのものだった。元第3王子は少年を抱きしめた。


「ご無事で…ようございました…」


 小さな姿とまるでそぐわない言葉遣いに、ジョンは泣きながら笑った。その時、部屋のドアが開いた。へべれけに酔った女が入って来る。女は侵入者に気づくと大声を出した。


「誰だよ!そいつを返しな!」


 ルナがパチリと指を鳴らした。女は消えた。これも魔法だろう。


「今のは母親か?」


「いいえ。生まれてすぐにここに売られました」


 ジョンの問いにノルドは淡々と答えた。王国では人身売買を禁じているが、現実は厳しい。ルナがまたスカートの中から何か出した。紐だ。


「帰ろう。ジョン、ノルドを背負って」


 言う通りにすると彼女は紐を使って少年をジョンに括り付けた。2人はまた縄梯子を使って下りた。




           ◇




 路上に下りると将軍が何人かのゴロツキを()していた。金持ちと見て絡んで来たのだろう。ジョンは急いでその場を離れた。治安が悪すぎる。待たせていた馬車に乗り、やっと背からノルドを降ろした。


「ノル!ノル!ああ。可哀そうにこんなに痩せて…」


 夫人は泣きながら子供の手を握った。ノルドは戸惑っていた。


「どうしてここがお分かりに?」


 ジョンは説明した。ルナの占いで生まれ変わったノルドを探し当てた。虐待されていたので助けにきたと。ルナは詫びた。


「ごめん。もっと早く来てれば良かった」


「いいえ。あの地獄から救っていただけました。感謝いたします」


 赤毛の少年は微笑んだ。そしてどこかの孤児院に入れて欲しいと言う。皆言葉を失った。


「…10年お待ちください。殿下。きっと騎士になってお側に上がってみせます」


 ノルドらしい不敵な笑みを浮かべ宣言する。平民が近衛になるのにどれほど努力を要するのか。想像もつかない。そして背筋を伸ばした少年は元両親と向かい合った。


「武運つたなく先立ちましたこと、真に申し訳ありません。父上。母上」


 小さい赤い頭が下げられる。先ほどから将軍が一言も喋っていない。夫人は青い顔をしてぶるぶると震えている。


「じゃあ、ウチ来る?ジョンが暮らしてた小屋あるし。孤児院より美味しいもの食べさせたげるよ?」


 唐突にルナが提案した。近くの村に学校もある。剣の修行は知り合いに剣聖(ソードマスター)がいるから頼んでやる。騎士団の試験が受けられるまで面倒を見る。それを聞いたノルドは目を輝かせた。赤毛の青年と暮らす巫女を想像して、ジョンの気分は沈んだ。2人は楽し気に相談を続ける。


「受験資格って15歳くらい?」


「昔は14でしたね。今も変わりませんか?父…」


「馬鹿者!!」


 急に将軍が大声で怒鳴った。ノルドを引き寄せると、ぎゅうと抱きしめる。


「お前は俺たちが育てる!いいな?マリア!」


 夫人は滂沱の涙を流し、頷いた。


「ノル。お願い。また私たちの子になって…」


「母上…」


 赤毛の少年も泣いた。馬車は孤児院には向かわずに将軍邸へと戻った。ジョンは嫌な想像が現実とならずに済んで安心した。5歳の少年に悋気を抱いたことは秘密だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ