占う
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即位式後もルナは城に居続けた。忙しそうなジョンには滅多に会えないが、たまにお茶や食事を共にする。その他の時間は1人で城内や城下をフラフラしていた。
ある日、ルナは騎士の訓練を見物していた。若い連中を赤毛の上官が揉んでいる。その赤毛と顔立ちに見覚えがあった。亡くなったジョンの護衛騎士に似ていた。
赤髪の中年騎士が振り向く。彼はルナを見て顔を顰めた。不機嫌な声で追っ払おうとする。
「陛下の寵姫か。女の来るところではない。去れ」
「失礼ね。ジョンは友達よ。あなた、ノルドのお父さん?」
騎士は目を見開いた。当たりのようだ。
「なぜ…」
「私が彼を埋葬したの」
屈強な騎士の体が揺れた。そしてルナを見つめ、一人息子の最期を教えて欲しいと乞うた。
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ルナがジョンを見つけた時、護衛騎士たちは既に息絶えていた。ノルドの父親はどんなことでも良いから知りたいと言った。
「矢が沢山刺さっていたわ。彼が最後まで戦っていたみたい。ジョンが落ちた崖の側で倒れていたから。多分、胸を槍で突かれたのが致命傷だった」
ネッガー将軍の執務室でルナは語った。固く目を閉じた将軍は微動だにせずに聞いている。
「あなたの息子は勇敢だったわ。だって背中には何の傷も無かったもの」
決して敵に背を向けなかった。それが慰めになるのか。ルナには分からない。話し終えた巫女はそっと部屋を出ようとした。ふいに将軍が言った。
「…今の話を、私の妻にもしてくれないか?」
「奥さんに?」
「頼む」
ルナはネッガー家を訪れることになった。
◇
王は夕食にルナを誘おうとした。しかし巫女は留守だった。侍女によるとネッガー将軍の自宅に招かれたらしい。彼は慌てて馬車を用意させ、将軍邸に向かった。
(夫人にノルドの最期を聞かせるつもりか)
先触れもせずに押し入るように門をくぐる。執事に案内される途中、女の金切り声が聞こえた。
「嘘よ!!あの子は死んでないっ!」
遅かった。一人息子を失ったネッガー夫人の狂疾は有名だった。ジョンは何度か足を運んで説明したが、その度に怒り狂った夫人に追い返されたのだ。
「生きてるっ!あの子は生きてるの!」
ドアの前で王は立ち尽くした。内乱で多くの貴族が死んだが、王族を非難するものはいない。夫人は唯一人、ジョンを断罪する人だった。会うのは辛い。意を決して彼は部屋に入った。
「うん。今は生まれ変わってるね」
ソファに座ったルナがさらりと言う。向かいに座る夫人と将軍、背後のジョンは固まった。
「転生したノルド、見る?奥さん」
「ルナ?何を…」
バカな事を言ってるんだ。言いかけて口をつぐむ。竜神の巫女に常識は通じない。彼女は執事に地図と鏡を用意するように頼んだ。夫妻はルナの異様なオーラに気圧されてる。
「竜神の巫女が問う。ノルド・ネッガーの魂は何処か?」
ルナが厳かに唱えると、テーブルに広げられた地図に赤い十字が浮かび上がった。王都だ。次に鏡に命じる。
「今のノルド・ネッガーを映せ」
すると赤毛の少年がくっきりと映し出された。痩せて薄汚れているがノルドの面影がある。夫人は泣き出した。
「ノル!ああっ!ノルだわ!」
母の手が愛おし気に鏡を撫でる。父親は青ざめている。いかさまだと思ったのか。地図も鏡も将軍邸のものだ。細工をする時間は無かった。
ルナは鏡の上で人差し指と親指を閉じたり開いたりしている。その度に像が遠のいたり近づいたりする。
「王都っていっても広いしなぁ。どこ?ここ」
どうやら場所を特定しようとしている。ジョンも鏡を覗いた。少年の背後にある窓から橋が少し見える。王都の西にある貧民街を流れるドブ川にかかる橋だ。
「西スラムの私娼窟だ」
「…詳しいね」
冷ややかな声のルナに、ジョンは慌てて言い訳を並べる。
「貧民に紛れて逃げたこともあるんだ!本当だ!」
「あっ!」
その時、鏡の中の少年が倒れた。夫人が叫んだ。音は聞こえないが大人が力任せに殴ったのだ。両腕で顔を守る少年に馬乗りになり、男は暴力を振るい続けた。
「止めて!ノル!ノル!」
ルナがぱちりと指を鳴らした。すると男が消えた。少年は腫れた顔で周囲を見回している。巫女は将軍夫妻に訊いた。
「あんまり幸せそうじゃないね。どうする?」
◇
王と将軍夫妻は平民に身をやつした。巫女は庶民の娘のようなブラウスにスカート、胴衣姿だ。4人で地味な馬車でスラム街へと向かう。
「ジョン、お仕事良いの?忙しいんでしょ?」
街並みがどんどん怪しくなっていくが、ルナはまるで気にしていない。ジョンを気遣う余裕がある。
「君を1人でスラムに行かせるより良い。仕事は明日頑張る」
護衛も密かについてきているはずだ。
「陛下。今からでも遅くありません。城にお戻りください」
将軍が口を挟む。
「黙れ。そもそも将軍がルナを連れ帰ったせいではないか」
「こんなことになるとは思わなかったのです」
生まれ変わったノルドを探すはめになるとは。男2人はため息をついた。ルナと夫人は仲が良くなっていた。
「私たち、どんな関係に見えるかな?」
「親子じゃないかしら。息子夫婦とその両親とか」
夫人の見立ては妥当だ。ジョンは頷いた。
「ジョンが女衒で私が売られる娘。娼館の主人夫妻ってのは?」
「…」
先ほどの失言が尾を引いている。王は唇を噛んだ。そうこうしているうちに馬車が目的地に着いた。