戦う
◇
「陛下。お逃げください!ここは我々が食い止めます!」
ネッガー将軍がジョンを馬に押し上げた。そして息子に王を託す。
「ノルド!必ずお守りしろ!」
「はいっ!」
アーノルドも馬に跳び乗った。将軍の奮戦に後方の敵は止まった。騎士の半分が王を守って敵陣の突破を試みる。
「新手です!」
だが伏兵がいた。ジョンと近衛は四方を囲まれ、絶体絶命となった。ルナ。君に会う時が近い。王は剣を握りなおした。その時ー
「ジョン!!!」
幻聴か。まるで生きているかのように、はっきりと彼女の声が聞こえた。戦場に大きな影が落ちる。バサリ、と風が土煙を巻き上げた。
「陛下!上を!」
将軍の声に空を見ると、青い空に黒い竜がいた。昔、地下神殿で拝謁した竜神だった。
♡
ジョンを助けるために、ルナは竜のまま戦場に転移した。もうバレても良い。彼の笑顔が見られなくなるのは嫌だ。ノルドやネッガー将軍が傷つくのも嫌だ。
「どいてっ!」
風圧でジョンの周りの敵兵を吹き飛ばすと、ドンッとルナは地上に降り立った。雛を守る親鳥のように王と騎士たちを腹の下に入れる。
「ルナ!?」
ジョンが見上げて呼びかけてきた。
「すごい。よく分かったね。ちょっと待ってて」
ルナは長い尾でぐるりと壁を作り彼らを守った。そして防音の結界を張ると、息を吸った。
「ジョンに手を出すなーっ!!」
思い切り吠える。竜の本気の咆哮だ。敵兵は脳震盪を起こして気絶した。1人残らず倒したことを確認し、ルナは魔法で敵将を探した。“鑑定”で隣国の将軍という男を見つけた。
◇
黒竜の尾の壁が解かれた。戦場に立つ敵兵はいない。竜はふわりと羽を広げて飛んだ。そして敵陣から立派な鎧を着た貴族を咥えて戻ってきた。ぽいとジョンの前に投げ落とす。
「はいこれ。将軍だって」
ルナの声で竜が言う。王も近衛も固まって動けない。竜はじろじろと彼らを見た。怪我をしている騎士に“治癒”の魔法をかけてくれる。
「ジョンは大丈夫?怪我してない?」
「あ…ああ。大丈夫だ」
ようやく声が出た。これがルナだというのか。黒い瞳が遥か上からジョンを見下ろす。
「君は…竜神さまだったんだな」
「…騙してごめんね。あなたと仲良くなりたかったの」
ジョンを山で拾った時、本当は一瞬で治せる傷をわざと治さなかった。呪いで倒れた後も死んでなかった。眠って力を回復していた。そう言ってルナは謝った。
「もう良いんだ。ルナ。君が生きていて嬉しいよ」
ジョンは大きな前脚に触れた。色々と謎が解けた。竜の頭が地上まで下げられる。
「じゃあ、私たちまだ友達?お城遊びに行って良い?」
不安そうに竜が訊く。大きな図体で細かな心配をするものだ。ジョンは笑った。
「もちろんだとも。ルナ。君にまた助けられたな。ありがとう」
「王子殿下と遊んでもいいの?」
「君がいなくて寂しがっていたよ」
黒い瞳が輝いた。竜は顔をそっとジョンに押し付けた。彼もそっと黒い鱗に口付けた。
「わっ!」
とたんに竜神は掻き消え、美しい巫女が立っていた。
♡
ルナはびっくりしすぎて人間化してしまった。見下ろしていたジョンに見下ろされる。彼も驚いていた。
「なんで急に変身したんだ?」
「…王様がキスしたから?」
そんなお伽話がなかっただろうか。ジョンは大笑いをした。素敵な笑顔だ。
「全く君ときたら。…ルナ」
温かい大きな手が彼女の手を取った。彼は跪いた。晴れた青空の瞳が戸惑う巫女を映す。
「結婚しよう。俺の妃は君しかいない」
「え?」
やはり彼はルナを好いていた。
「でも私は竜だよ」
「大丈夫。言わなければ分からん」
「ウォッホン!」
ネッガー将軍が咳ばらいをした。近衛騎士たちも困った顔で見ている。既に50名以上の人間にバレていた。
◇
プロポーズの返事はうやむやのまま、王は迎えに来た自軍と共に帰った。敵の将軍を人質にするまでもなく、隣国は降伏した。人身御供として王女が差し出されたが断った。ジョンは王族を全員追放した。隣国は実質属国となった。
「ルナ様とのご婚儀の件ですが。来月の凱旋パレードと同時開催で宜しいですか?」
宰相が執務室に来た。戦後処理でくたくたのジョンは書類の山越しに返事をした。
「待て。まだ返事をもらってない」
「早くしてください。準備が間に合いません」
同じく戦後処理でげっそりした宰相は王を急かした。
♡
「返事を聞かせてくれないか?」
ルナは城に滞在して毎日王子殿下と遊んでいる。そこへジョンがやってきた。目の下に隈がある。凄く疲れているようだ。
「本当に竜と結婚する気?」
「ああ。君がいないとダメなんだ」
ネッガー夫人も侍女たちも。ルナの正体を知りながら普通に迎えてくれた。ジョンも受け入れてくれると言う。
(結婚…したら楽しいかも)
ルナが長く寝るのは退屈だからだ。ジョンと結婚したら起きていられる気がする。ルナは決心した。
「分かった。する」
「ありがとう!ルナ!」
ジョンは大喜びでルナの手を取った。2人は正式に婚約を交わし、1か月後の凱旋パレードの日に式を挙げることになった。