迷う
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ジョンの在位10周年記念式典が始まった。ルナの出番は最終日の舞踏会だけだ。王室専属の仕立て屋がドレスを超特急で仕上げてくれた。いつも魔法で適当なドレスを作っていたので新鮮だった。
事前に宰相が招待客の情報が載った分厚いファイルを寄こしてきた。覚えて対応してほしいという。面倒なので魔法で記憶に刻んだ。共通語ができない客との通訳の手配は断った。転生特典であらゆる言語が理解できるからだ。
忙しいジョンとは舞踏会直前に初めて衣装を合わせた。お揃いの赤い軍服と赤いドレスだ。
「赤い服って初めて。どこにいてもすぐ分かるね」
「黒い髪によく似合っているよ」
「ジョンも素敵。すごく王様っぽい」
王様なんだよと微笑む顔が凄く恰好良い。ルナは上機嫌で舞踏会のホールに向かった。
◇
「国王陛下およびご婚約者ルナ様、ご入場!」
美しいルナをエスコートしながら進むと、ざわめきが起こる。ルナの存在は知られていない。派閥の鼻を明かしたようだ。王は笑顔で壇上に登った。
「今宵が最後の記念舞踏会である。皆、存分に楽しまれよ」
開会を宣言し、ルナとホール中央に立つ。初めて王族として最初のダンスをするのだ。
「わあ。緊張する」
言葉とは裏腹にルナは満面の笑みだ。即位式の夜を思い出す。青いドレスの彼女と何曲も踊ったな。
「言い忘れてた。在位10年、おめでとう。ジョン」
踊りながらルナが祝福してくれる。
「ありがとう。また君に助けられたな」
「安心して。媚薬攻撃は寄せ付けないから」
そんな攻撃、一度も受けたことが無い。ジョンは大笑いしながらステップを踏んだ。ルナも楽しそうについてきた。王とその婚約者のダンスは拍手で称えられた。
◇
後は社交だ。目まぐるしく変わる相手と挨拶・会話・挨拶・会話の連続だ。ルナも夫人らを相手に善戦している。数カ国語を流暢に操り、正体を探ろうとする百戦錬磨の外交官夫人と渡り合っている。
「ご心配は無用でしたでしょう?」
空き時間にやってきた宰相が得意げに言う。宰相はルナを買っている。
「何ならこのまま本当にご婚約しても良いですよ」
ジョンは驚いた。人ではないと気づいていないのか。
「ルナは…」
「国法で定められている訳ではありません」
新たに客が挨拶に来たので、宰相との会話は打ち切られた。王の心中穏やかならずとも夜会は続く。ジョンは再び社交の場に戻った。
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「まあ。では平民でいらっしゃるの?」
隣国の王女とやらは蔑んだ目でルナを見た。ジョンとの馴れ初めを語ってもう20回目くらいだ。森で死にかけたジョンを助けた。内乱を鎮めた彼と再会し、恋に落ちた。ざっくりそんな感じの話だ。
「貴族ではないですね。巫女は代々神官ですから」
「やっぱり平民ですわ」
高慢な王女はくどかった。ルナは呆れた。仮にも王の婚約者を貶めるなんて。さては王妃の座を狙っているな。宰相ファイル情報では婚約破棄を繰り返している問題王女だ。
「愛があれば関係ありません」
ルナは受けて立つ。王女の額に青筋が走った。
「下賤な血が入るなんて。お気の毒ですこと」
「ご心配なく。既に王子殿下がいますから」
故王妃の血筋に文句は言えまい。それ以上ルナを貶すことができずに王女は去っていった。
◇
式典は無事に終了した。諸外国の賓客たちは暫く滞在する。隣国の王女からぜひ王と茶会がしたいと申し出があった。
「諦めの悪い姫ですね。ルナ様との仲を見せつけてやってください」
宰相が冷たく言う。その話を聞きつけた大使夫人や貴族令嬢たちが、我も我もと参加を希望してきた。仕方なく、茶会を開くことになった。
◇
よく晴れた日の午後。茶会は王城の庭園で行われた。女性ばかりの参加者に男はジョン・シャルル王1人。
「お見合いなの?これ」
青いドレスで来てくれたルナが訊く。
「王女と令嬢たちはそのつもりでしょう。大使夫人らは野次馬です」
宰相は歯に衣着せず言う。
「ジョンも娘さんたちと話してみなよ。良い人が見つかるかもよ」
ルナに見合いを勧められた。ジョンは少し傷ついた。宰相は憐れみの目で2人を見送った。
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庭園の入り口にアーノルドが警備兵として立っていた。ルナは気軽に声をかけた。
「ノルド。お疲れ」
「はっ!」
にかっと白い歯を見せて大きな少年は笑った。隣に剣聖もいる。
「マスターも?」
「祭り明けで人手が足らんそうだ」
着物に袴姿の剣聖は無表情で答えた。そう言えばジョンとは初対面のはずだ。
「ジョン。この人が剣聖・ムサシさん」
ジョンに紹介する。マスターは頭を下げた。
「ムサシと申す。お会いできて恐悦至極」
「騎士団の指南もしていると聞いた。よろしく頼む」
ジョンは敬意を持って右手を差し出した。マスターと握手を交わす。
「王子殿下の剣術指南も承るが」
「ちょっとまだ早いな…」
嫁をもらってからマスターは稼ぐのに必死だ。5歳までには始めた方が良いとか、根拠の無い勧誘をして引っ込んだ。ジョンのエスコートでバラの花咲く庭園に足を踏み入れる。仕事じゃなかったら良かったのに。またあの嫌味な王女と会うのか。ルナはこっそりため息をついた。