69 閑話 その3
「実は、もう1つ聞いておきたい事があるんだ」
紅茶で喉を潤し、一息ついたゼフ様が、再び口を開いた。
「アクヤが使った魔法について」
「アクヤちゃんが、使った魔法かい? それなら、アタシよりそこの悪魔の方が詳しいのではないかねぇ。なにしろ古の悪魔は、現世の器を変えても、その魂と記憶は引き継がれる、と、言われているからねぇ」
お婆ちゃまが、バズに視線を移しながらいった。
「クレア様は、アクヤのステータスが見えているのですか? 」
「ステータス? 」
聞きなれぬ言葉に、思わず、呟いてしまった。
「人や魔衆にはそれぞれレベルや、使えるスキルがあるんだ。それを一部のヒトは、見ることができる。いわゆる『鑑定』というスキルを使って」
「……レベル……スキル。…………カンテイ」
ゼフ様が説明してくれる。
が、さらに、困惑するアクヤ。
「最初の頃は、見せてくれていたのだけれどねぇ。最近は、さっぱりだ。『鑑定阻害』が働いているようだねぇ」
「……そうですか。魔晶石を介せる僕にさえ、見せてくれないのです。バズは? 」
「見えません。ただ、アクヤ様が使われた魔法は、貴魔法だと思われます」
「……やはり、そうか。
貴魔法、別名、貴属魔法とも言われる。
書架を漁ったのだが、その名前を見つけるのでやっとだった。
詳しく教えてほしい」
「悪魔の間に伝わる逸話であり、真偽の程は定かではありませんが……」
「構わない、続けてくれ」
ゼフ様が、促す。
「太古の昔、まだ、地上の覇権を、人族と魔族、そして、悪魔で争っていた頃。
人族の中に、それまでの力──魔力──とは異なる力を行使する者が現れました。彼は、全て物理攻撃を弾き返し、遂には、あらゆる魔法攻撃をも反射した、といわれています。
この力は、のちに、貴力、貴魔法と呼ばれるようになり、それまで拮抗していた三者の力は、大きく人族側に傾いたそうです。
そして、地上の大半を人族が治めるようになった、と言われています」
「しかし、なぜ、その力は人間に引き継がれていないのだ? 」
ゼフ様が、とう。
「それは、私にも分かりかねます。
ただ、貴魔法が扱いづらいからではないでしょうか。魔力を元にする魔法は、魔力適性さえあれば、ほぼ何方にでも行使できます。
一方、貴力を元にした貴魔法は、ごく一部の僅かな人間にしか使えせん。それも、魔力に慣れてしまうと、貴力を使えたであろう御方も、使えなくなるようなのです」
「……魔力に慣れると……使えなくなる」
「はい。やはり、魔力の方が扱い易いのでしょう」
「王国男子は、幼い頃から魔力を鍛える訓練をする。つまり、それが、貴力の発現を抑えていた、と……。そして、アクヤが行使できたのも、その訓練を受けていなかったため、か」
「恐らくは。
王国では、戦力維持のため、万人が扱いやすい魔力を推奨したのでごさいましょう」
「あの、どうして、貴魔法は、それほどまでに特殊な力を有しているのですか? 」
アクヤが問う。
「確かに。魔力も貴力も、魔素を体内で変換しているのだろう? 」
「藪医者が申すには、貴力の方は、エナジーロスが無いのだそうです。一方、魔力の方は、魔素から魔力の変換、そして、物理変換時に大幅なエナジーロスを生じるのだとか」
「むむむ。なるほど」
ゼフ様が唸り声を上げた。
その隣にいるアクヤとオニオーは、きょとん顔だ。
「貴力の方は、100魔素分で、100の力のシールドを作れるんだ。一方、魔力では、100魔素分が、魔力や火力に変換される過程で、50火力になってしまう、ということだよ」
噛み砕いて説明してくれたゼフ様のお陰で、アクヤにも半分位は理解できた……はずだ。
「反射の効力も、そのロスが無いために生じる特殊能力だと思われます。
そしてこれも、藪医者の推測なのですが……ゼフ様が魔獣化されたのも、貴力のせいではないか、と。
迷宮深部の濃い魔素にあてられ、体内に魔力として保持できなくなった余剰魔素が、貴力として蓄積され、思わぬ副作用を生じさせてしまったのだろう、と」
バズが続けた。
「魔力に慣れきった僕の体では、貴力を使いこなすことはできなかった。そして、アクヤが吸い出してくれるその時まで、自我を制御できなくなった、というわけか。
大幅な肉体の強化と、引き換えに……」
「はい。
辺境伯領での戦いの際に、魔獣化を自在に操られていたのも、アクヤ様と繋がられたことで、体内の貴力経路が開かれたため、だそうです」
「……なるほど。
それにしても、バズも藪医者も、僕のことをよく調べているな」
「もちろんです。
ゼフ様の健康保持こそが、悪魔の使命ですので」
バズのドヤ顔に、ゼフ様が苦笑する。
「……そうか。
まぁ、なんにせよ、ありがとう。
これで、アクヤと僕の秘密が解明できた。
……でも、そうなると、王国の学園教育も見直す必要が出てくるなぁ」
ゼフ様が、ボヤく。
「ゼフ様! これ以上お仕事を増やすのは、お体によくありません! 」
「大丈夫だよ。学園の運営は、全部アクヤに任せるから。なんと言っても、貴魔法の先生は、アクヤだからね。
あっ、でも……
……口付けは僕と以外、しちゃダメだよ」
「きっ、口付けっ!!」
耳元で囁やかれたゼフ様の一言に、アクヤが硬直する。その顔は、当然のごとく、真っ赤だった。
「あっ、アクヤが、せんせーっ!? 」
その後ろで、両手を広げ天を仰ぎつつ絶叫するオニオー。
「おいおい、辞めとけ。絶対、生徒をいじめるぞ。
なんといっても、『アクヤクレイジョー』なんだから。あれ、『アクヤクレイジー』だっけ? あれれ、そもそも、アクヤクレイジョーって、なんだ?? 」
「はっ!!
なっ、なんですってーーーー!?
控えなさいっ!! 無礼者ーーーーっ!! 」
オニオーのお陰で、正気を取り戻せたアクヤが叫ぶ。
パツっ。
そして、スイッチが入った。
「ひぃっ!! うわっ、わっ!! ごっ、ごめんなさーーーーい」
──完──




