68 閑話その2
「君たち──クレア様、オニオー、アクヤ──にも、それを聞く義務がある、と、僕は思う。S級冒険者カール、のちの、カール・クレイ公爵閣下について……」
「ちょっと、待ってください。カール・クレイ様と、お婆ちゃまのダーリンさんである、カール様が同一人物だと仰るのですか? 」
「おっ、おい。カール・クレイ公爵って、誰なんだ? 」
「そうだな。順を追って話すとしよう」
早まるアクヤとオニオーを、宥めるようにゼフ様が言う。
「まず、カール・クレイ公爵閣下についてだが、彼は、アクヤの先祖であり、初代クレイ公爵家ご当主だ。優れた剣の使い手として歴史にその名を刻んでおり、アルマニア王国史ではその武勇により公爵位を拝領したと言われている」
「その貴族と、親父にどんな関係があるんだ?
」
「僕は、オニオーのお父上、冒険者カールについて調べていくうちに、こんなものを探し当てた」
バズからすっと差し出された本を、ゼフ様が持ち上げる。それは、とても古く年季の入った本だった。
背表紙のところに、『カールの日記』と書かれている。
「王家の書架奥深くで見つかった。まるで、故意に隠されていたかのようだった。
これには、王家お抱え冒険者であるカールが、アルマニア大迷宮の調査を依頼され、公爵位を拝領されるまでの数ヶ月間が、克明に記されている。
迷宮に住み着く魔衆の生態や階層守護者との死闘、姫への恋慕、小鬼の文明開化、初子誕生の喜び何かが綴られていた。
初めは、王家からの報酬と冒険者としての探究心から、迷宮攻略を目指していたカールだったが、姫と出会い家族をもち、迷宮を守りたいと思うようになったようだ。
詳しくは、読んでもらえば分かる」
「……初子誕生の喜び」
「あの人の可愛がりようと言ったら、それはそれは、目に入れても痛くないようだったからねぇ」
オニオーの呟きに、お婆ちゃまがしみじみと言う。
「そっ、それなら、なんで帰ってきてくれな……、いや、そもそもどうして小鬼巣窟を去ったんだっ!! 」
オニオーが、顔を歪める。
「1つは、お抱え冒険者としての務めを果たすため。もう1つは、先程も言ったように迷宮を人間から守るためだろう」
「迷宮を、人間から守る? 」
「ああ。地上に戻った彼は、時の王に迷宮への干渉を辞めるよう進言した。迷宮にも、迷宮の生活があるのだ、と。
そして、彼自身、お抱え冒険者を辞め、迷宮に残してきた家族とともに過ごしたいと申し出た。
当時から、迷宮を管理していたのは王家だ。定期的に冒険者に解放し、素材やお宝を買い取っていたという。入場料や出土したお宝品の貿易で、巨額の富を得ていたようだ。
それ以外にも、僕のような闇に葬りたい存在を、秘密裏に消す場としも、利用されていたみたいだ」
「……だから、私もここに捨てられたのですね」
「まさか、捨てられた2人が揃いも揃って迷宮を攻略してしまう、とは、思いもしなかっただろうがね。ま、僕の場合、半ば魔力に肉体が犯され、生きて攻略したとは言い難いが……」
ポツリと呟くアクヤに、ゼフ様が笑う。
「そんな都合のいい場所を、王家が易々と手放すはずもなく、カールはそのまま、拘束された」
「なっ、なんだとっ!? 」
「王家は、迷宮だけでなく優秀な冒険者であるカールの血筋も失いたくなかったのだ。
だから、公爵位を与え束縛した」
「なんで、返上しねぇんだよ!! 所詮、権力に目が眩んだんじゃねーかっ!! 」
「当然、カールは返上しようとした、らしい。しかし、王家はそれを赦さなかった。無理やり、王姫をあてがった。
どういう経緯は定かでは無いが、王姫は彼の子を身篭った。もしかしたら、媚薬などが使われたのもしれない。
結局、カールは優しかった。地上に戻ってしまったことからも分かるように、真面目で優しい彼は、王姫とその子を捨てることができなかった。
王姫も王姫で、詳しいことは知らされぬまま、王から言われるがまま、子を宿し産んだという。
政略結婚というものは、そんなものだ。
そんな形で結ばれた二人だったが、クレイ公爵夫妻になってからは、心から愛し合ったという。優しく家族思いのカールのことを、王姫も心から愛した。そして、迷宮での出来事を、彼の口から聞いたようだ。王姫は、カールと、その姫と子を、もう一度会わせたいと思った。カールの笑顔が見たかったのかもしれない。そして、王姫もまた、愛する人が愛した人と、その子供に会ってみたい、と、思ったようだ。
何度も王に陳情したようだが、結局、叶わなかった。
2人は、彼らに対する愛を込めて一組の指輪を作った。透き通るように美しかったという小鬼姫をイメージして、その指輪には、大粒の水晶が嵌め込まれたという。
1つは、公爵が亡くなった時に一緒に埋められた。そして、もう1つが……」
「……クレイ公爵家に代々伝わるミズタンリング」
アクヤが、左手薬指を擦りながら言った。
「王姫が亡くなる時に遺言を残したらしい。『いつの日か、この指輪を姫とその子に届けて欲しい』と。『カール様は、お二人を何時だって愛されていたと、伝えて欲しい』と。」
「貴女方、家族を引き裂いたのは、僕達だ。
すまないことをした」
お兄様が片膝を付き頭をさげた。アクヤも、それにならう。
「おやまぁ、二人のせいじゃないよ。頭をあげとくれ」
「そうだそうだ。それにゼフ達は、親父の願い通り、その想いを俺たちに届け、俺の誤解まで解いてくれたじゃないか」
「えー? なになに、アクヤねーちゃんと、ゼフにぃちゃんを、元に戻すの。
オッケー、みんな、やるぞーっ!!」
「「「せーのっ! それっー!! 」」」
「うわっ!? 」「きゃっ!? 」
ぼふんっ!!
オニオーの目配せで、一斉に群がってきた少年達がアクヤとゼフ様を、水操玉へと座らせた。
「あっー!? また、お菓子がキターッ!」
嵐のように、子供たちが去っていく。
「お婆ちゃま、これを」
「それは、アクヤちゃんが持っておきな」
指輪を差し出そうとするアクヤを、お婆ちゃまが制した。
「えっ、でも……」
「ダーリンの想いは、よーく分かった。そして、アタシたちを思うのと同じぐらい、アクヤちゃんたちの事も大切に思っているだろうということも。
そして、何よりアクヤちゃんは、今、小鬼ノ女王なんだ。いや、冥王妃だったかしらね。
その指輪は、大切なあの人の子孫であり、かつ、その思いをも引き継いだアクヤちゃんが、身に付けるべきだよ。
きっと、アクヤちゃんをここまで導いたのも、あの人の意思なのだろうからねぇ」
お婆ちゃまが、柔和な笑みを浮かべながらいった。その隣ではオニオーが『うんうん』と頷いている。
ゼフ様は安堵の表情を浮かべ、肩の荷が降りたかように水操玉に沈みこんでいた。




