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「……そっ、そろそろぉっっ……戻らないとぉっっ 」


「もぉちょっと、もぉちょっとだけ、『お花さん』とお話するのぉ~ 」


『お花さん』抱きつき、のぼせ上がっているアピスを、メリサが引き剥がそうと試みる。

 そのメリサ自身も、ふらふらだ。


 二人にとって『お花さん』の『蜜』は、必要なものだ。しかし、長時間吸い続けていると意識が混濁し始める。


 妖精蜂の栄養源であり、魔力や体力の回復効力もあるらしいソレは、凄まじい力を秘めているようだった。





 アピスとメリサは、時折、今みたいに『お花さん』に『蜜』を分けて貰いにいく。


『お花さん』が二人を呼ぶのだ。


 アピス曰く『甘い香り』がするのだそうだ。メリサは、近くまで来ないと分からないなのだが、アピスは迷宮のどこに居ても、その香りが分かる。


 それに誘われるように、毎度異なる道を突き進んでいくと、『お花さん』が、いつも同じ場所で待ってくれている。


 こじんまりとしたドーム状の洞穴の中央で、大輪の花を咲かせキラキラと輝いているのだ。

 花びら1枚1枚が、淡く透き通る紫色の結晶でできていて、この世のモノとは思えぬ程美しかった。


『お花さん』に手をかざすと、じんわりと身体が温もりはじめる。

 やはり、アピスの方が影響を受けやすいようで、次第に、しがみつき独り言をぶつぶつと呟きはじめる。

 後で聞くと、『お花さん』と会話をしているのだと教えてくれた。


「『メリサっ!! このままだと、大変なことになるんだって!

『お花さん』が枯れる前に、明桜様が『真実の愛』を見つけられなかったら、明桜様も魔衆(わたしたち)(ケダモノ)になっちゃうんだって!! 」


 蜜を分けてもらう度に、アピスは顔面蒼白で言う。


「……明桜様って、誰? 」


「知らない。きっと、『お花さん』のお友達でしょ」


 アピスに問うと、彼女らしい返答が返ってきた。


 そう言われてよく見ると、『お花さん』の周りには、小さな結晶が沢山散らばっていた。それは、花びらが落ちて割れた痕のようだった。





「『お花さん』大丈夫だよぉ。きっとぉ、アタシがぁしんじつのあいをぉ……」


 今もまた、アピスは、『お花さん』とお話しをしている。



 ガヤガヤガヤガヤガヤガ


「っ!?」


 洞穴の向こう側が、ザワツキ始めた。


 今、気付いたのだが、いつもソコにある筈の重厚な扉が跡形もなく消え失せていた。

 無理やり抉られたかのようにポッカリと口を空けている。

 その向こう側には、こちらよりずっと広い空間が広がっているようだ。


(誰か来る)


「アピスっ! シチューがなくなっ」


「あたしのっ、シチューっっ!! 」


 飛びかかってくるアピスを、慌てて受け止め影に身を潜める。

『お花さん』から蜜を分けてもらっていることは、三人の秘密だ。


「はっ!? あれっ、アタシは……」


「……誰か来る」


 正気に戻ったアピスに、メリサが告げる。


「あれ、アイツらじゃん? 」


 アピスの視線の先には、小鬼(ゴブリン)やら骸骨戦士(スケルトン)がいた。


「というか、何? この綺麗な空間」


『お花さん』の美しさに霞み、今の今まで気づかなかったのだが、隣の広間は真っ白に輝いていた。

 そして、入口から『お花さん』まで、長いふかふかのレッドカーペットが伸ばされつつあった。


 魔政婦(メードデーモン)の仕業のようだ。今も、至る所で忙しなく働いている。


「アタシたちも、紛れるわよ」


 アピスが掃除をする振りをしながら、合流を試みる。

 入れ替わるように、魔政婦(メードデーモン)たちが、入り込んできた。

 こちらまで、綺麗にするようだ。


「おっ、お前ら、今まで何処にいたんだっ! 」


 オニオーが話しかけてきた。


「どこだっていいでしょっ! お花さんとお話ししてただけよっ! 」


「……ふーん」


 オニオーが、『またソレか』という顔で言う。それ以上の追求はしないようだ。


「アンタ達こそ、こんな所で何してんのよ? というか、その格好は、なに? 」


「これか。カッコイイだろ? ばばぁが編んでくれた。

 今日は、特別なんだって」


 オニオーが手を広げて見せてくれる。

 他の小鬼(ゴブリン)骸骨戦士(スケルトン)も同じ格好をしていた。

 もこもこの糸で編まれたソレは、まるで、人間の貴族が身につけている衣服 に近かった。


「俺達も、魔執事(バトラーデーモン)にここに集まるよう言われただけ……」



「なんですのっ?

  この素敵な空間はっ!?

 これぞまさしく、噂に違わぬアルメニア大名宮ですわっ!! 」


 甲高い女の声が、オニオーの言葉を遮った。

 シックなドレスに身を包んだ若い女が、バズに連れられてやってくる。目をきらきらと輝かせ、やたらと興奮気味だった。


「なっ、なんで、人間が迷宮(ここ)にっ !? 」


「彼女はアクヤのご学友らしい。アクヤが呼んだんだろ。アクヤだって人間だしな。

 アクヤの親父やお袋を救ってくれた恩人でもあるんだ。間違っても、攻撃すんなよ」


 絶句するアピスに、オニオーがさも当たり前のように返す。


 その後ろに、壮年の紳士や淑女が続く。オニオーの言葉から察するに、ご学友とアクヤのご両親なのだろう。


 さらに、音楽隊がぞろぞろと入ってきた。

 キョロキョロと辺りを見回す彼らは、若干不安げだった。




「みなさんっ!! 今日はお忙しいところ、お集まり頂き、ありがとうございます。」


 人々が定位置についたところで、バズが叫んだ。

 レッドカーペットは、『お花さん』まで伸ばされ、隣の小部屋も真っ白だ。


「それでは、冥王様、冥王妃様のご入場ですっ! 」


 いつの間にか閉ざされた入口が、バズの宣言で勢いよく開く。


 眩い光の差すその向こう側では、鮮やかな橙のドレスに身を包んだアクヤが、真っ白なスーツ姿のイケメンと腕を組み立ち竦んでいる。





「……明桜様と……明桜妃……さま? 」


 アピスが、その二人をキョトンと見つめ、呆然と呟いていた。

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