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シャッ、シャッ、シャッ、シャッ
ズン、ズン、ズン、ズン
びゅーーーーーーん!
シャッ、シャッ、シャッ、シャッ
ズン、ズン、ズン、ズン
びゅーーーーーーん!
「ふぅっ。
魔政婦、一先ず、これで終わりにしましょう」
一息付いたアクヤが、魔政婦に声をかける。
この数日、アクヤは魔政婦を従え、迷宮のお掃除革命に乗り出していた。
例の
『暗くてジメジメしているのなら、カラッと明るくさせればいいじゃないっ! 』作戦だ。
魔家政の頑張りで、そこかしこが見違えるようにピカピカだった。光石の優しい光を浴び、床や壁が真っ白に輝いている。
天井には火球が浮かび、湿度と気温、そして、光量を一定に保っていた。
それでも、魔政婦は動きを止めない。
一つの汚れも許してはならない。
その姿からは、そんな強い意志が見て取れた。
1人の魔政婦がアクヤの元に進み出る。
以前、魔執事の元へと案内してくれた彼女だ。
胸とお尻が一段と大きくなり、威厳が増している気がする。
彼女はエプロンの裾を掴むと、優雅に淑女の礼をとった。
『ここは私ども任せ、アクヤ様はお休み下さい』
まるで、そう言っているかのようだった。
「あっ、アクヤっ! ここに居たのか。
うおっ! ここに来るまでもそうだったが、迷宮が生まれ変わったようだ」
ちょうど、そこへお兄様がやってきた。
「魔政婦のおかげです」
「彼女達も以前より、ずっと、生き生きしているみたいだ。戦闘よりも清掃の方が、性分に会うのだろう」
お兄様が優しい笑みを浮かべながら言った。
「アクヤは、もういいのかい? 」
「ええ。取り敢えず一通り、綺麗にできました。あとは、お外が見えれば、よいのですが……」
「アクヤなら、そう言うと思った。
はい、僕からのプレゼントだ」
お兄様が、嬉しそうに微笑んだ。
バズとシェフが金属の枠を2人がかりで運んでくる。2メートル四方の大きな枠だった。
「取り敢えず、ここでいい? 」
「へ? あ、はい」
お兄様の言葉にワケも分からず頷いてしまう。壁に枠が嵌め込まれた。
パチンっ。
シェフが指をならす。
次の瞬間、迷宮の壁が消え、アルマニアの街並みが写しだされた。
「まぁっ! 素敵」
思わず、身を乗り出してしまう。心地よい風が、アクヤの髪を靡かせた。
「危ないよ」
お兄様が、後ろから抱きしめてくれる。
「シェフの空間転写魔法だ。どうだい、僕の、いや、僕らからのプレゼントは。
気に入ってもらえたかな? 」
「はいっ! 」
クルッと振り返ったアクヤが、お兄様に飛びつく。
「これは、もっと、数を増やせます? あっちにも、こっちにも、あそこにも、そして、あちらにも、あと50、いや、100個は欲しいですわ」
「ふふっ。
窓枠は魔鍛冶師に頼もう。あとは、シェフ次第だけど……」
お兄様が、シェフに視線を移す。
アクヤも、釣られてそちらを見た。
「聞かずもがな、だったね」
バズの隣に控えたシェフは、跪き恭順の意を表していた。
「あの、魔鍛冶師とは? 」
アクヤが問う。
「実はこの迷宮には、アクヤが会っていない悪魔が、まだ他にもいるんだ。
魔鍛冶師も、その内の一体で、主に魔剣や魔具を作ってくれている」
「まぁ、お会いしたいですわっ! 」
「うーん、どうかな。
彼ら、アクヤのことを怖がっているみたいだから、追追かな? 」
「なっ!? 怖がられているですって? なぜです?
まっ、まさか、貴方達っ!? 」
ひぃっ。
アクヤにきっと睨まれた悪魔が、恐れおののく。
「彼らが直接言った訳ではないようだよ。ただ……」
「ただ? 」
「『いつの間にか骨抜きされる』だとか、『意に 沿わないと、体を差し出させられる』とかいった噂が、まことしやかに囁かれていて……」
「なっ!? 」
アクヤが絶句する。
当たらずとも遠からず、なところが余計に痛かった。
「ああ、でも、これから、その内の1人と会う約束をしているんだ」
ヘコむアクヤを見て、お兄様が慌てたように言う。
「でも、私が怖いのでしょう」
「大丈夫。僕が、アクヤが如何に可愛いかという事を力説しておいたから。彼女、可愛いものには目が無いんだ。彼女がアクヤと仲良くなれば、他の悪魔もイチコロだよ」
お兄様はそう言うと、アクヤをひょいっと抱きかかた。
「それじゃ、いくよ」
そして、シェフが新たに作り出した扉へと入っていく。
「まぁっ! アンッ!! 」
扉の向こうには、アンが控えていた。
「まさかっ、アンが悪魔っ!? 」
「はははっ、さすがにそれは、無いだろう」
お兄様が、吹き出した。
「まずは、身だしなみを整えておかないと」
「最近は、水浴びもお洗濯も頻繁に行っておりますよ? 」
「彼女は手厳しいんだ。徹底的に綺麗にしておかないと。
……それに、今日は特別だから」
お兄様が意味深に笑う。少し緊張しているようだった。
「それじゃ、アン。あとは、よろしく頼むよ」
「ええっ! お任せ下さい。
最上級の状態にお仕上げしておきます」
アンが胸を張る。
「アクヤ様っ! 」
お兄様が消えた瞬間、アンが抱きついてきた。そう言えば、辺境伯邸では、殆ど、会話らしい会話を交わせていなかった。
「まさか、お嬢様がこの様な所に捨てられていようとは。
何もして差し上げられなかったことが悔しいです。いっその事悪魔になって、お傍にいれたらどんなによかったか」
「……アン。
そんなことないわ。
縫い付けてくれた干し芋と指輪に、私がどれだけ救われたことか。
それに、お父様とお母様をお支えしてくれてありがとう」
「うう~っ、お嬢様~。
また、お嬢さまとお話出来てよかった~。
あのっ、私は、またお嬢様にお仕えできるのでしょうか? 」
「私、迷宮から出られないの。アンは、こんな所にずっといるのは、嫌でしょう? 」
思わず、上目遣いで聞いてしまう。
そんなアクヤを、アンが、ぎゅーーーっと抱きしめた。
「嫌なわけ、ないです。
例え、お嬢様が地獄の溶岩に浸かっていようとも、私はお供します。
もう、絶対に離しません」
「……ありがとう。
でも、私、地獄にいくの? 」
「いっ、いやっ、例えです、例え。
お嬢様は、天国……いや、何処にも行かせませんっ! ずーーーっと、私の隣ですっ! 閻魔様にもっ、ヘテプ様にもっ、お渡ししませんっ! 」
アンが、ふんすっと、そう言った。
ふふっ。
アクヤが思わず、笑ってしまう。
それを見て、アンも、幸せそうに笑ってくれた。
「あっ、そろそろ、お風呂に入りましょう。今日は特別な日なのですから」
「特別? 」
アクヤが問う。そういえば、お兄様も、そう言っていた。
「ええ。
何といっても、久しぶりに、アクヤ様の体を、この私が洗って差し上げられるのですからっ! 」
「おの~、もう、1人で大丈夫よ。この1ヶ月、自分で洗ってきたわけだし」
「ダメですっ! 私が磨き抜いて差し上げますっ! 」
そうこう言っている内に、アクヤよりも体の大きなアンに、衣服を剥ぎ取られた。
「やっ、ちょっ、ちょっと、くすぐったい。きゃ~、ちょっと、やぅ、やめて~」
「まだまだまだ~、1ヶ月分の汚れを落としませんとっ!! 今日は特別なのですっ! 」
それからアクヤの入浴タイムは数時間続いた。
磨きに磨きぬかれ、迷宮と同じくピッカピカの真っ白なお肌に生まれ変わったらしい。




