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「何度も、何度もっ」
ドッカンッ!
「アタシの邪魔をしてーっ」
ドカ、ドカーンッ!
「その度に処刑されて、追放されてっ」
ドカドカ、ドカーーン!
「いい気味だったのにっ! 」
ドゴーーーーンっ!
「やっとゼフリード様と結ばれる、この世界に辿り着いてっ! 」
ドカーン、ドカーン、ドッカーーン!
「そのルートも見つけられたのにっ! 」
ドカーーン!
「よりにもよって、このタイミングで、アンタが、アンタなんかがっ、なんでこのアタシの前に立ちはだかるーっ?
そんなの絶っっ対にっ、許せないっ! 」
レイラが発狂している。
その怒りに呼応するように、抉られた地面が白く輝き始めた。
乱発していると見せかけて、その攻撃は計算し尽くされていたようだ。
各々の輝きはちょうど籠目紋の頂点に位置し、ボスモフをその中央へと追い込んでいた。
数珠を胸に抱いたレイラが、主への祈りを唱えだす。
地上を光の線が駆け巡り、籠目紋が結ばれていく。
ぼんっ。
「きゃっ!! 」
ボスモフの変化が解けた。
投げ出されたアクヤが、地面に膝をつく。
「ちょっと、大丈夫?」
チビモフモフが、膝の上で丸まった。
息も絶え絶え、苦しそうだ。
「わぁっ、 可愛いっ!! 」
視線を上げたレイラが、顔を綻ばせた。しかし、それも直ぐに歪む。
「なんで、アンタばっかり。
従わせて許してやろうと思ってたど、やっぱり、辞めた」
眉間に深い皺がより、口角は歪に釣り上がる。そして、大きな瞳が光を失いどす黒く濁った。
「全ての迷いを捨てあるべき姿にもどりなさいっ、六根清浄っ!! 」
レイラが叫んだ。
籠目紋が輝きだし、アクヤ達を呑み込んでいく。
(このままでは、ボスモフが保たないっ!! シェフっ、聞こえますかっ? )
そっと、ボスモフを抱きしめた。必死に、天に祈る。
と、傍の空間が少しだけ縦に裂け、指が伸ばされた。
さっと、ボスモフを渡す。ボスモフの身体を捕らえた指が、さらに、周囲を探ろうとした。
(これ以上は、危険です。ボスモフのことをお願いします)
小さな体を、裂け目の向こう側へと押しやる。指が、もう一度伸びてこようとした。
ごっ!
次の瞬間、真っ白い光に体が包み込まれた。光は天高く伸びてゆく。
アクヤは、それを眺めながら意識を手放した。
(きもちいぃ)
またまた、大好きな胸の中にいた。
またまた、転寝を──はっ!?
「よかった。気が付いたようだね 」
美しいご尊顔が、アクヤを心配そうに見つめている。
「お兄様っ!? 」
「ごめん、僕は聖女の力を見誤ったみたいだ。アクヤを危ない目に合わせてしまった」
お兄様の表情が曇る。
苦悶を称えるその表情も、また、美しかった。
「大丈夫です。こうして迎えに来て下さったではありませんか」
「もう少し早く来たかった」
お兄様が唇を尖らせる。
「教皇様は? 」
「捕らえて、ゼバスチャンに預けてきた」
「セバスチャンさん、とは?? 」
「あー、そうだ。魔執事だったね」
「バスの本名? って、セバスチャンだったのですか」
「そーだよ。てっきり、ゼバスからきてるんだと思ってたけど、違うの? 」
「いえ、ビーナがそう呼ばれていたので……」
「……セバスチャンって、結婚してたんだ」
「色々とありまして……」
「ふーん。おっと、いけない。
アクヤと居ると、時間を忘れちゃう。
まずは、目の前の敵を成敗しなくっちゃ」
「……あの、今の状況は?」
アクヤがおずおずと尋ねる。
「レイラが聖魔法を使ったみたいだ。全てのモノから迷いを取り去り、あるべき姿に戻すんだって。
アクヤが白い光に包まれ、天に登って行きそうな所を、慌てて僕が介入して、今に至るってわけ」
「私、そのままだったら、天に召されたのでしょうか? 」
「どうだろう。レイラがどんな意図でこの魔法を使ったのか、分からないけど、少なくとも今のアクヤのあるべき姿って、『死』では無いと思うけど。アクヤは、どう有りたいの? 」
「私は、王家をお支えして……」
「うん、それで」
「お兄様のお傍に、これからも、ずっと居たいです」
「なるほど。この気持ちいい胸の中に、これからもずっと居たいわけだ」
「えっ!? 」
お兄様の言葉に、アクヤが慌てる。一気に顔が火照ってきた。
「さっき、呟いてたよ。『きもちいぃ』って」
「お兄様の、意地悪っ!」
アクヤの顔が火を噴く。
「やっぱり、アクヤは可愛いなぁ」
「可愛くなんか、ありませんっ」
ぷいっ。
それを見たお兄様が、また、いたずらっ子の様に笑った。
「おっと、いけない、いけない。また、楽しくなっちゃった。
聖女レイラがお待ちかねだ。
僕が、ぶっ飛ばしてやりたい所だけど、それじゃーつまらないよね。昔、沢山練習した成果を、今こそ見せつけてやらなくちゃ」
お兄様が、片目を閉じて微笑む。そして、大きく息を吸い込んで叫んだ。
『スケさんっ、カクさんっ、もういいでしょうっ!
こちらにあそばせるご淑女を、何方とあそばせるっ! 恐れ多くも先の王子妃にして、現冥王様であらせらるアクヤ・クレイ公爵家ご令嬢、その人であそばせるぞっ! お目が高いっ! 控えおろう』
ば、ばーーーーんっ!
霞が晴れ、後光が差す。
「キョ、キョエーーーーッ! 」
兵士たちを伸した魔衆が、一斉に平伏していった。
「何、この茶番っ! ふざけんなっ!!
っ!? なんでっ!? どっ、どうしてっ、ゼフ様がアクヤなんかを抱いているの? ゼフ様の胸は、私だけの場所なのにっ!!
なんで上手く行かないのっ? 可哀想だった私に、ヘテプ様がお力を与えてくださったはずなのにっ!! 」
レイラが喚く。そして、数珠を両手で握りしめ、頭上に掲げた。
「何もかも、浄化してやるっ!! 」
頭上で白い光の玉が急速に成長し始めた。
「ヘテプ様っ、お願いっ! 私に力を貸してっ!! 」
自身の5倍は有りそうな、その弾をアクヤ目掛けて放った。
「……素直に跪けば、許しを乞う機会を与えたものを」
アクヤが呟いた。
「控えなさい、無礼者っ!
神の加護だか、なんだか知りませんが、今、現に、この世を統べるモノは、この世界の貴族であり、この冥王ですっ! 何人たりとも、貴族をっ、王家をっ、蔑ろにし、王国民を脅威に晒すことは、許しませんっ!! 」
アクヤの目の前ので、光の玉が消失した。
ゴッ!
静寂を切り裂いて、金色に輝く小さな光の玉がレイラに向かって放たれた。
目にも止まらぬ速さで脳天に吸い込まれて行く。
きゃぁぁぁぁぁーーっ!
貫かれた瞬間、レイラの周囲直径1メートル程度の範囲で、光の柱が天高く登って行った。
「あらっ? 」
「どうかした? 」
アクヤの呟きに、お兄様が問う。
「いえ、なんでもありません」
紺色のワンピースを着た女の子が、光の柱に呑み込まれた気がしたのだ。
(……きっと、気の所為よね)
胸に赤いリボンを結い、三本の白い線で縁取られた襟は、背中の方まで伸びていた。
そして、スカートにはひだひだの折り目が規則正しくつけられていた。
それは、これまでに一度も目にしたことのない、とても不思議な格好だった。




