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どっどど、どどうど、どどうど、どどう
まるで、風になった気分だった。
(私は、どこにだって行ける)
気持ちよくなりすぎて、ボスモフの上に居るにもかかわらず、両腕を広げてしまう。
「危ないよ」
見かねたお兄様が後ろから、そっと、抱きしめてくれた。
アクヤたちは魔衆を引き連れ、ランデンブルグ辺境伯領へのむかっている。
なんでも、聖女レイラと教皇聖下が反逆罪を理由に、全アルマニア国王軍を引連れ、辺境伯領を包囲しているのだという。
それの救出にむかっているのだ。
「大丈夫でしょうか? 」
「もう、勝った気でいるみたいだから、大丈夫だろう。
天幕で、優雅に祝杯をあげているくらいだ。それが終わったら本格的に攻撃を仕掛けるみたいだけど、フルコースだから、まだまだ、余裕があるだろう」
お兄様には、魔晶石を介して、何となく状況が見えているらしい。
「もう少ししたら、我々が乗り込むよ。見ものだね」
その声は弾んでいた。
狼の疾速に加え、魔導師の風の加護のお陰で、あっという間に辺境伯領へと入った。
道筋は、魔晶石が照らしてくれているのだから、もはや、無敵だ。
道中襲ってくる表情の欠落した一般兵は、軒並みチョウさんが眠らせていく。
「海を超えた東の果ての国ではね……」
お兄様が、お話を聞かせてくれる。
アクヤも大好きな、東の果ての国のお話だ。
そこでは、王国では考えられないような事が繰り広げられていた。
久しぶりのことに、わくわくと胸がときめく。
今回のお話は、ヲケハザマの闘いという題名だった。
ちょうど、アクヤたちと同じように、大群と合間見えるヲダとその仲間たち話だった。
二万人の国王軍を、二千人を率いるヲダが撃破したのだという。
途端に勇気が湧いてきた。きっと、お兄様もそれを見越して、このお話を選んだのだろう。
「私達のように一人一人が特別だったのですね」
「サルやキジまで仲間につけていたと言うから、相当危ない集団だったのだろうね」
「さるっ!? 」
「国王軍には、タヌキがいたらしいよ」
「たっ、タヌキ!? 」
思わず、教皇様のご尊顔を思い出し、吹き出してしまった。
お兄様も、同じことを考えていたようだ。
「そして何より、ヲダは天候まで操作していたらしいから、侮れないよ。東の果ての国は」
「いつか、いってみたいものですね」
うっとりと呟いてしまった。
狼ではなく、サルやキジの背中に乗って飛び回るのは、どういった気分なのだろう。考えただけでも、わくわくした。
「敵陣が見えてきた」
小高い丘の上に、陣幕が張り巡らされている。きっと、この丘から、辺境伯の館が見下ろせるのだろう。
「弛でいるなぁ。妨害障壁も設けられていないみたいだ。
このまま、一気に天幕まで駆け上がる。僕が教皇聖下を引きつけるから、アクヤは聖女レイラをお願い」
「分かりました」
ボスモフが一気に加速する。そして、張り巡らされた陣幕を突き破り、陣地内に突っ込んでいった。
グオォォォォーーンッ!!
ボスモフから飛び降りた、お兄様が魔獣に変化した。
ギャーッ!
ワーッ!
スッ、スタンピードだっ!
騒然とする国王軍。
魔獣は次々と兵士を薙ぎ倒し、宣言通り、天幕へと直進して行く。
パニック状態に陥った兵士達は、何故か皆一斉に、同一方向へと逃げ始めた。
アクヤもその後を追って、天幕へと向かう。
ドッカーン!
と、次の瞬間、足元の地面が弾け飛んだ。既の所で、ボスモフが身体をひねり回避した。
「なんでアンタがっ、ゼフリード様と一緒にいるわけっ!! 」
凡そ、聖女とは思えない鬼の形相のレイラが、顔を醜くゆがめながら肩を震わせていた。




