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ドーン──パラパラパラ
ド、ドーン──パラパラ
ド、ド、ドーン─パラパラ、パラパラパラ
お腹の底に響く振動が、空間を揺らす。天井からは、砂埃が降り注いだ。
「え……?」
ミズスケの胸に収まるアクヤに、スケさんの左腕が差し迫ってきた。
ミズタンとの意思疎通が崩れたように、筋骨だけがゆっくりとアクヤの体を掴もうとする。
残されたスライムボディが張力を失い、だらし無く垂れていく。
ビュッ!
突然、ミズタンがスケさんから飛び出した。アクヤも一緒に絡め取られる。
スカッ!
アクヤを掴もうとしていた、スケさんの左手が空を切った。
「どっ、どうなってんだ? 」
緊急離脱したミズタンの周りに、オニオーとカクさんが集まる。二人ともアクヤを庇うように、背を向けていた。
魔衆の様子が、どうも、おかしい。明らかに、アクヤたちを襲おうとしていた。
ドーン、ドーン、ドーン
振動が、小刻みに、より大きくなっていく。
「ぐおぉっ! ぐぬぬぬぬぬっ……」
少し離れたところで、バズが頭を抱え蹲り始めた。
「だっ、大丈夫っ!? 」
「こっ、来ないでください……。自我が……たっ、保てそうに……ありません 」
慌てて駆け寄ろうとするアクヤを制する。
「おっ、おいっ! あれ……」
オニオーが魔衆の額を指し示す。
「なんですって!? 」
そこに、浮かんでいるはずの金色に輝いていた公爵家の紋章は、無残にも書き換えられていた。
禍々しく紫色に輝く、王家の紋章に……
キョェェェエーッ!!
ドッカーーーーンッ!!
魔衆が、今正に襲いかからんとしたその時、最奥の扉が吹き飛ばされた。
「おわっ!? 」
その爆風に巻き込まれ、魔衆共々、オニオーまでもが、弾け飛ぶ。
咄嗟に、カクさんが覆いかぶさってくれたことで、アクヤは無事だった。
ドスン、ドスン、ドスン
何者かが、近づいてくる。
舞い上がる砂埃に、巨大な影が浮かび上がった。
明らかに、人間のソレではない。
ふっさふさに逆立った鬣、異様に発達した胸筋・二の腕・太もも、そして、それらから映える大きな拳と長い鉤爪を備えた足。
全長はカクさんより二回り程小さかったが、却ってそれが洗練されて見え、とても不気味だった。
精神をいたぶる様に、ゆっくりじっくり、砂埃から抜け出てくる。
釣り上がった双眸は赤黒く濁り、理性の光を欠片も感じさせない。
そして、何より、この迷宮にそぐわぬその恰好が、異質さを際立たせていた。
濃紺色の上質な燕尾服を、完璧に着こなしているのだ。
この魔獣が、冥王様なのだろう。
床に転がる魔衆のことなど気にも止めない様子で、踏み潰し、蹴り転がし、真っ直ぐと突き進んでくる。
それに対し魔衆も、人形のように無反応だった。
ドッカーーーーンッ!
アクヤを庇うように、前に歩み出たカクさんが、次の瞬間、吹き飛ばされ壁に激突する。
ミズタンが、アクヤを連れて再び緊急回避した。
しかし、呆気なく間合いをつめられ、掴みあげられる。
にゅるんっ。
ペシャーンッ!
冥王様が不機嫌そうに、床に叩きつけた。
アクヤを掴んだつもりだったようだ。
(皆を、護らなければ)
頭ではそう思っているのだが、全く、体に力が入らなかった。
喉がきゅっと窄まり、声さえでない。
そうしている内に、冥王様が虚空から長剣を抜きさり、高々と振り上げる。
「やめろ……」
「きゃ!! 」
オニオーに突き飛ばされ、アクヤは尻もちをついた。
アクヤを庇うオニオーは、既に血だらけで、気力だけで立っている有様だった。
『 ギャーーーーっ!! 』
何時ぞやの、断末魔の叫び声がフラッシュバックする。
血の海に沈んでいるその身体は、とてもとても小さかった。
「いやぁぁぁっ! 」
振り下ろされる剣先を見つめ、思わず叫んだ。
無力にも今のアクヤには、それ以外、他にできることは何もなかった。




