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「あそこが、冥王様のお部屋? 」
「そうだと思われます」
アクヤの問いにバズが答える。
「そうだと思われるって……。貴方、直属の悪魔でしょ? 入ったことは無いの? 」
「えーーっと、私の役割は下層の守護でして、普段、冥王様にご面会することも少なく……」
「貴方、誰のために何時も、食器やグラスを磨いていたのよ? 」
「本能……いや……はっ!? 来るべきアクヤ様のため、でしょう!! 」
バズが、真理を得たとばかりに顔を輝かせた。
「……」
「偵察してきたが、誰もいなかった。奥に扉があったから、その先で冥王が眠っているのだろう」
呆れて絶句するアクヤの背後に、黄金に輝く般若面が、ぼぉっと、浮かび上がる。
「ふっ。
何方が、何処に居られようとも、関係ないわ 」
気を取り直すように、アクヤがそっと笑う。そして、息を吸い込んだ。
「クレイ公爵家の名の元、アクヤ・クレイが命じるっ!我は、迷宮を統べる者、世界の司る者なりっ!
汝、胸に剣を抱き、道無き道を斬り開けっ!
さすれば、我の加護を与えんっ! 」
魔衆の額が黄金に輝き、クレイ公爵家の紋章が浮かび上がる。
『Yes, your highness! Yes, your Majesty! Yes, my Lord! Yes, your highness! Yes, your Majesty! Yes, my Lord! Yes, your highness!Yes, your Majesty! Yes, my Lord!Yes, your highness! Yes, your Majesty! Yes, my Lord! 』
古の呪文により狂戦士化した一団が、ランランと目を輝かせながら行進を始める。
その片隅では、一人の悪魔が磨き抜かれた鉄鍋に映る己の額を確認し、うっとりと見悶えていた。
「ふむ。本当に、何方もいらっしゃらないわね」
アクヤ達は天井の高いドーム状の部屋に行き当たった。
目線数メートル先では、重厚な造りの扉が固く口を閉ざしていた。
ぽたっ……ぽぉ
「えっ!? 」
天井から落ちた一雫が波紋を描き、神秘的な音を奏でつつ、紫色の円陣を浮かび上がらせた。複雑な幾何学模様で構成され、外側にはミミズが這った様な文字が刻み込まれている。
ぽたっ、ぽたっ、ぽたぽたぽたぽたぽた……
ぽぉぽぉぽぉぽぉぽぉ……
次の瞬間、無数の雨が降り注ぎ、アクヤ達を取り囲むように魔法陣が出現し始めた。
全ての魔法陣から光のカーテンが溢れ出す。とんがり帽を目深にかぶり、ぶかぶかのコートを羽織った魔衆が、床石からゆっくりと登ってきた。右手に白い手袋をはめ、仰々しい杖が握りしめられていた。
「アクヤ様っ! お下がりくださいっ! 」
バズの悲鳴に近い叫び声が聞こえてくる。
真っ赤な炎が差し迫ろうとしていた。
(魔法って詠唱まで時間がかかり、咄嗟には撃てないって聞いたけど、違うのね)
悠長にもアクヤは、そんなことを冷静に考えていた。




