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ペロペロペロペロ……
「きゃ、ちょっ、うふふっ」
顔中を舐めまわされる。
お腹を見せ気持ちよさそうに目を細める仔犬の像が結ばれた。美しい水色の毛並みは、柔らかくてふわふわだ。
短い手足を器用に伸ばし、膝の上を必死に死守する姿が、何ともかわいい。
時折、くるっと振り返り、小さいお尻を振り振りしてくる。
実の所は、下に威嚇しているのだが、その姿にさえ癒された。
意識が浮上し始める。
グゥーグゥー、グゥグゥグゥー
それに伴い不気味な程大きな鼾が聞こえてきた。
不思議と、安心感がある。
ペロペロペロペロ……
『 もぅ、起きてるってば 』
誰に言うでもなく、心の中で呟く。
そこで初めて、自分が寝ているであろうことに気付いた。
グゥーグゥー、グゥグゥグゥー
グゥーグゥー、グゥグゥグゥー
グゥーグゥー、グゥグゥグゥー……
鼾が次第に小さくなっていった。
『 あ゛ぐやーーッ! おーいっ、おいおいおい、おーーいっ、おいおいおい』
『 煩いわねっ! ちょっと、そこを退きなさいっ! 』
……あまい。
次なるお馴染みの喧騒を通り抜けると、目いっぱいの甘味に身も心も包み込まれた。
ただ甘いだけでなく深いコクもある、その甘さには味覚えがあった。
遠い昔、お兄様がお土産として持ってきてくれた飴の味によく似ていた。
あまりの美味しさに、勿体なくて食べられずにいると、アンが小さく割り砕いてくれた。嫌なことや悲しいことがあった時、それを一欠片口に含むと、忽ち元気が湧いてきた。
しかしそれも、お兄様が居なくなってからは、食べられなくなった。無くなってしまったら、今度こそ本当に、お兄様が消えてしまう気がして……。
それは今も、クローゼットの奥深くに閉まってあるはずだ。不思議とこの飴は、いつまで経ってもダメにならない。
それなのに、……おかしい。
今正に、その味が、口いっぱいに広がっているのだ。
寂しさの余り気が変になって、知らず知らずのうちに、大切な飴を食べてしまったのだろうか。
(……お兄様)
「きゃーっ!? ちょっと、泣き始めたじゃないっ!?
はっ!? わたしの紅飴がそれほどおいしかったということねっ!! 」
相変わらずの騒がしさに、一気に現実へと引き戻されていく。
焦点がゆっくりと定まり始めた。
チェリーブラウンの髪をショートボブに纏めた少女が、目をキラキラと輝かせながら、覗き込んでいた。
オニオーたちが、その周りを取り囲んでいる。
「アピスの紅蜜だったのね」
「そうよ。特別に濃厚な飴状に練ってあげたんだから、感謝しなさい! 」
「とても美味しかったわ。ありがとう」
「ふにゅ……///っ!?
ふんっ! そんなのっ、当然でしょっ!! 」
真っ赤に染めた頬を必死に引きしめながら、アピスが慌ててそっぽを向いた。
「相変わらず、素直じゃねーなー」
「何よっ! あんただって、さっきまで泣きじゃくってた癖にっ! 」
「なっ!? 泣きじゃくってなんかっ、ねーっ! ! 」
目を真っ赤に晴らしたオニオーが、叫ぶ。
「ほらほら、アクヤちゃんは、目覚めたばかりなんだから、二人とも静かにしないかねぇ」
おばあちゃまの優しい声が聞こえてきた。
ふーーっ、ふーーっ
その隣では、ベビリンが頬を一生懸命膨らませている。
「アクヤ様。シチューは食べられますか? アピスの紅飴のお陰で魔力は回復された様ですが、体力を取り戻さねばなりません」
バズがそっと抱き起こしてくれた。口元に匙が運ばれてくる。
はむっ。
一口で、身体中がポカポカと暖まる。
複雑な旨みが舌の上で広がり、すーーっと吸収されていった。
「ベビリン、ありがとう。とても美味しいわ」
キュイーーンッ!
ベビリン嬉しそうに叫んだ。
ペロペロペロペロ……
空気を呼んで膝の上で『待て』をしていたイチゴウが、待ってましたとばかりに、アクヤに飛びかかってきた。
「貴方が、私達を起こしてくれたのね。ありがとう」
くぅーーん
だき抱えてお礼を言うアクヤを、まだ、舐め足りないとばかりに、イチゴウが尻尾をふりふり鳴いた。
(こんなに想われるのは、何時ぶりかしら)
魔衆の表情が、お兄様やお母様、アンのソレに重なる。じんわりと込み上げてくるものがあった。
「おいっ、どうしたっ!? 何処か痛いのかっ!? 」
「えっ、えっ!? まだ、飴が足らないのっ? 」
ふっーーーーっ、ふーーーーーーっ!!
ペロペロペロペロ……
「……ありがとう。皆の優しさが嬉しかっただけよ」
イチゴウに目頭を拭われながら、アクヤが微笑む。
「俺達がっ!? 」「「「優しいーーっ!? 」」」
魔衆が顔を見合わせた。
「そんなの当然だろ? お前は小鬼の女王なんだから」
「はぁっ? 妖精の女王よっ!? 」
「いえいえ、悪魔の女王です」
グゥーグゥー、グゥグゥグゥー
カタカタカタカタカタカタッ!!
ペチャペチャペチャーーーーンッ!!
キュイーーーーン
くぅーーん。
魔衆が、アクヤを包み込む。
「やっぱり、アクヤちゃんは、とんでもない娘だねぇ」
その後ろでお婆ちゃまが、コロコロと笑っていた。




