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「むむぅ……」
「いつまでそうしてんだ? そろそろ、奴らが来る時間だろ」
穴から這い出したオニオーが、穴をせっせと埋めながらニヤニヤと問いかける。
アクヤはというと、奥の部屋で、スライムクッションをもぎゅもぎゅしながら、ミズタンベッドに突っ伏していた。
もう既に魔衆も起き出し、思い思いに活動し始めている。
「むむぅうぅ……」
相変わらず、奥の部屋からは、短い唸り声しか返ってこない。
アクヤは、堂々巡りの難題から抜け出せずにいた。
ビーナは許せ無い。
命は奪いたく無い。
超回復毒の、代わりになるものは無い。
ビーナの、ビーナを守りたい。
でも、それでは、ビーナを許せ無い。
でもでも、命は奪いたく無い。
でもでもでも、代わりは無……
むむっ無無無無無無っ……
「お客さんがおいでのようだよ」
お婆ちゃまが、にこにこと微笑みながら言った。
「だーーーーっ! 」
奥の部屋から凡そ女性のソレとは思えない野太い咆哮が上がった。
自分は間違っていないっ!
堂々巡りから抜け出せないのなら、堂々としていればいいじゃないっ!
アクヤがキレ、いや、吹っキレた。
「皆の者、道を開けなさいっ! 」
ビュッ!
アクヤを乗せたミズタンベッドが、舞い上がる。
「謁見を許可しますっ! 入りなさいっ!」
巣窟のど真ん中、燦然と輝く女王が、玉座の上で足を組み凛然と言い放った。
「こちらが、献上のお品にございます」
魔執事が片膝をつき、恭しく香水瓶のようなものを突き出してきた。
シェフが受け取り、アクヤへと渡す。
天使の輪を縦に立たせたような構造のその瓶は、上部に可愛らしい蓋が取り付けられ、中心(輪の開口部分)はガラス細工で妖艶に絡み合う男女(多分、妖精と悪魔)が描かれていた。
輪の形の容器部分には、黄金の液体が満たされいる。そして、その中を、紫色の液体がゆっくりと渦巻いていた。
「 お婆ちゃま、これが超回復毒で間違いありませんか? 」
「そうだねぇ。1滴でヒトを腐らせるとも言われる妖精毒を、よくもここまで集めたものねぇ。魔の雫が混ざっているようだけど……」
ギロッ!
「ひぃっ! 」
女王の一睨みに、悪魔が飛び上がる。
「申し訳ございません。つい……」
「魔の雫の効果は、状態異常無効では無かったかい? アクヤちゃんが作りたい超回復薬には、むしろ、良さそうだねぇ? 」
なんでもお見通しのお婆ちゃまが、悪魔をフォローする。
「……まぁ、いいでしょう。その効果は後ほど調べるとして、納期は迷宮が落ち着いてから決めましょう」
早く終わらせたいアクヤが、終わりを告げる。
……。
が、下がろうとしない悪魔たち。
「どうしたのです? もう、下がってよいですよ? 」
たまりかねたアクヤが促す。
「おっ、お待ちください! 私から、お詫びしたいことがございます! 」
悪魔が叫んだ。
「魔の雫のことでしょう? それは、許すと……」
「違います。
わっ、私は、アクヤ様というものがありながら、ビーナを愛してしまいました 」
「は、はぁ」
「アクヤ様は、私に、約束を守りビーナの力になるように、と、おっしゃいました。
でも、私にはアクヤ様がいますっ!
私は、私目は、どうすればっ!! 」
「……分かりました。
ビーナの気持ちはどうなのです? 」
ビーナが、はっ、と顔を上げた。
「……バズを愛しております」
「えっ? 」
「バズを、愛しておりますっ! 」
ビーナが、顔を真っ赤にしながら答えた。
どうやら、魔執事はバズという名前らしい。
「それなら、何を迷うことがあるのです。
契りを結びなさい」
「えっ? いや、しかし、私にはアクヤ様が……」
「契りを結んで、夫婦共々私に仕えなさい。
二人なら、きっと、愛し合えると信じておりました」
アクヤがにっこりと、満足げに微笑んだ。
(……どの口がほざいてやがるんだ)
ギロッ!
(ひぃっ!)
その夜、小鬼巣窟ではパーティが催された。
シチューや肉っ葉巻き、ゆで卵を囲んだ程度のものだったが、それでも魔衆は大いに喜んだという。




