表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/69

04

 アクヤは、無我夢中で走っていた。


 脳裏に先程の地獄絵図が焼き付いて離れない。

 まるで、次はお前の番だと告げられているようだった。


 あの血の匂いが、良からぬものを呼び寄せるであろうことは、アクヤでも容易に想像できた。


 少しでもあの場から離れなければならない。その一心で足を動かした。


 膝は笑い始め、自分が何処から来て、何処にいて、何処を目指しているのかすら、もう、分からなくなっていた。


 それでも走り続けていると、幅10メートル程の通路に、大小様々な岩々が点在する地帯に行きあたった。

 一際大きな岩の陰に飛び込む。

 体を極限まで縮め、気配を押し殺した。


 幸いこの洞窟は、足元に光る石があるだけで、そこまで明るくはない。

 アクヤの潜む場所はちょうど影になっているため、遠くからでは気付かれないだろう。


 加えて、真正面数メートル先にも、一回り小さい岩が鎮座している。

 そのお陰で、完全に身を隠すことができた。


 逆に言えば、逃げ場がないということだが、アクヤの実力では、見つかった時点で終わりだ。如何せん、戦闘経験など皆無なのだから。


 アルマニア王国の貴族子女は、基本的に戦闘には参加しない。これは、王立学園でも、だ。


 当然、学園内では王子とアクヤは別行動になる。しかし、聖女はこの限りでなかった。

 実際に従軍することになる彼女らは、最低限の護身術を身につけねばならない。

 いざと言う時のために、男性陣が聖女を守る訓練も必要だ。

 加えて、高い魔力が保有する聖女は、優秀な魔術師にもなりうる。


 結果として学園がある日は、アクヤと王子よりも、レイラと王子の方が行動を共にする時間が長かった。

 そう考えると、ジョゼフ王子とレイラが急接近し、アクヤとの溝が深まったのは、必然だとも言えた。


 いや、今更そんなことは、どうだっていい。


 脱線しかけた思考を戻すべく、アクヤは緩く頭を振った。手元にある短剣に、そっと視線を落とす。

 これの意味するところは、自死だろう。

 魔物に嬲り殺されるぐらいなら、と、恩赦のつもりかもしれない。


 そんなことが赦されたのなら、アクヤは王家に憎悪の念を抱きながら死ぬことになりそうだ。

 お兄様が命を賭してまで、守ろうとなさった王家に対して。


 そんな最期は耐えられない。


 恨みをゼロにすることは、できないだろう。

 それならば、せめて明るいところで、欲を言えば、お兄様との楽しい思い出がたくさん詰まった、そして、一度はこの身を捧げることを誓った、誓えることさえ誇りに想った王城を、望める位置で晴れやかに逝きたい。


 アクヤは心を決めた。


 これから先は、その為だけに生きよう。

 例えその過程で命を落としても、それを希望した自分のせいだと納得できる。


 もう、過去を嘆くのはやめる。

 前を向いて、目的達成のために突き進むのだ。





 と、決めたはいいものの、結局その場から動けずにいた。


 流石に疲労困憊だった。幽閉されて以来、何も口にしていない。その上、ここまで休まず動いてきた。

 何か栄養源となるものを口にしたかった。


 それにしても、衣服が不快だ。

 相変わらずベタベタで、なにより、首にくっ付いた襟の辺りが、妙にゴツゴツとして痛かった。


「ん!?」


 指でなぞってみる。

 折り込まれた部分に、何かを縫い込んであるようだ。

 周囲をそっと見回す。幸い、殿方は居ない。

 上衣をさっと脱いで、短刀の刃を縫い糸に対し垂直に滑らせる。


 中から、数本のひょろ長い干し芋と、大きな丸い透明な石の嵌められた指輪がでてきた。

 ゴツゴツと不快だったモノの正体はコレであったようだ。


 お母様とアンが密かに忍ばせてくれたのだろう。


 アンはアクヤ専属の侍女だ。幼い頃から傍に仕えてくれる彼女は、アクヤのとってかけがえのない存在だった。


 二人とも無事だろうか。

 自らの身の上を考えると、とてつもない不安に襲われた。


 指輪が襟元に隠されていたことから、二人はアクヤの追放先までは知らないようだ。


 この指輪は日常的にお母様が嵌めていた。

 クレイ公爵家に代々受け継がれてきた逸品で、相当貴重なもののはずだ。


 きっと、何かあった時にコレを換金しなさい、という事のなのだろうが、当然、ここでは使えない。

 娘が魔物の巣窟に捨てられると知っていたら、もっと別の物を忍ばせる気がする。

 例えば、殺傷能力のある魔道具とか……。


 何処かの街に追放だとか、体良く伝えられているのなら、もしかしたら、公爵家はそこまで重く裁かれていないかもしれない。

 あくまでも、希望的観測でしかないが……。


 アクヤは、無くさぬよう指輪を指に嵌め、干し芋を齧ることにした。

 野盗のことを考えると、人目につかぬ所にしまっておくべきかもしれないが、幸いこの巣窟には魔物しかいなそうだ。

 それに、そんなに都合よく小物をしまえる場所もなかった。


 思考を巡らせながら、芋を口に運ぼうとした瞬間、その異変に気づいた。


 頭上が幾分明るい。

 視線をあげると、向かい側の岩の上で、水色に揺らめく水玉がゆらゆらと輝いていた。人の頭ほどの大きさだ。


 それは、とても美しかった。


 思わず見蕩れ──ては、いられなかった。

 その幻想的な玉が、非現実的な速度で、アクヤ襲いかかってきたためだ。


「きゃっ!! 」


 咄嗟に回避する。

 座った体勢から、そのまま前にダイブした。

 地面に転がる岩で、強かに手を打ち付けることになったアクヤは、思わず呻き声をあげた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ