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漆黒の闇を明るく照らす一団が、煌々と進んでゆく。
あるモノは和気藹々と。
あるモノは、無言で粛々と。
また、あるモノはお掃除をしながら。
そして、あるモノは周囲を警戒しながら勇ましく。
宛ら、夜空に浮かぶ天の川のように、何処までも長く、そして、美しく。
その先頭では、一際強く輝く女王が 迷いなく突き進んでいた。 指輪から伸びた触手が、クネクネと方角を指し示している。
余談ではあるが、この行軍は後に物語のワンシーンとして後世に語り継がれることになる。
闇をも制した『美女と魔衆』の『百貴夜煌』として。
その物語では、こう結ばれている。
『悪い悪魔に闇へと葬られた女王は、彼女自身が灯台となり、手下の魔獣を次々と見つけ出していきました。
煌々と輝くその一団は、ついに、闇に紛れた悪い悪魔をも照らし出し、光の鉄槌をもって跪かせたのです。
めでたし、めでたし。』
史実には、まだ、続きがあった。物語では語られていない、現実が。
「おいっ、アクヤ。お前、道が見えているのか? 」
「当然でしょ。ミズタンが教えてくれているのだから」
「……たぶん、同じ場所を歩いてる」
「えっ……」
オニオーの一言に、指輪から伸びた触手が花弁を形成する。
そして、しゅんと、萎れてしまった。
ここまでの道程は、記憶しておいた魔衆の魔素を元に位置を特定し、道案内していたようだ。魔執事の魔素は分からないという。
「……だ、そうだ。で、どうする? 」
「道に迷った時は……、ここで待機して助けを待ちましょう! 」
「でも、俺たちは皆、呑み込まれたんだぞ」
アクヤの返答に戸惑うオニオー。
魔衆にも動揺が広がりつつあった。
「おい、お前の嗅覚で悪魔を追えないのかよ? 」
オニオーの問いに、ボスモフが静かに首を振り、悔しそうに項垂れた。次第に、重苦しい闇が辺りを支配しだす。
アオーーーーン!
その闇に紛れ、突如として、遠吠えが木霊した。
皆が一斉に、ボスモフを見る。その顔は、不快そうに歪められていた。
ワォーーーーン
ボフモフが、やれやれといった感じで返答する。
「漆黒狼よっ! 漆黒狼が現れたわっ! 」
(遅くなり申し訳ございません、我が主)
興奮するアクヤの元に、暗闇から、すっーと現れた漆黒狼が跪く。
「……嘘じゃ……ないのか……」
それを見て、オニオーがぼそりと呟いた。
ボスモフはと言うと、ぷいっと、そっぽを向いていた。
「おいっ、 アクヤッ。 奴だぞ 」
オニオーが言う。
シェフとスケさんがサッとアクヤの前へと歩み出た。
アクヤの視界には、まだ、その姿を捕らえることはできなかった。
漆黒狼の後ろに着いて、暫く歩みを続けていると、暗闇の中にぼぅっと、例の悪魔の姿が浮かび上がってきた。
「こちらに気付いて、いない? 」
「その様だな」
最初に出会った時と同様に、今度はリネンで食器を磨いていた。手触りを確かめているのだろうか。その目は閉じられている。
「罠かしら? 」
「そんな面倒なこと、しないだろ。高位悪魔が」
一応、確認するアクヤに、オニオーが予想通りの回答をする。
「で? どうすんだ? 」
「どうするもこうするも、答えは1つでしょ。気付かれるところまで歩み行くのみ、だわ」
流石、上層階を統べる者。
堂々と胸を張ってそう宣言した女王は、妖艶な笑みを浮かべながら、その歩みをより一層早めるのであった。
「おい……」
「本当に気づかないようね? 」
「「……」」
アクヤが、顔の前で、手を振ったり体を揺り動かしたりしている。誰の顔の前でかは、敢えて言うまい。その大胆な行動に、オニオーは冷静に突っ込んでしまい、二体の近衛兵は言葉を失った。
どうやら、空間が隔絶されているようだ。
魔執事を境として、迷宮に繋がって居る。いや、厳密に言うと暗闇からの一方通行で、それもそのまま迷宮に戻れると言うわけでも無いようだ。
アクヤが、すーっと息を吸い込んだ。
「ど」
「クレイ公爵家の名の元、アクヤ・クレイが命じるっ!我は、迷宮を統べる者、世界の司る者なりっ!
汝、我に跪き、その力の全てを我に捧げよっ!
さすれば、我の加護を与えんっ!」
オニオーが止める間もなく、アクヤが叫んだ。
不思議な程スラスラと唱えられた、その呪文に呼応して、瞬く間に、辺り一面真っ白な眩さに包まれたのであった。




