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キャッ~、キャッ、キャッ
バスルームから楽しそうな声が聞こえてくる。
時たまオニオーと目が合うと、不自然に逸らされた。心無しか、未だに顔もちょっと紅い。
「あ~、きもちよかったぁ~」
ホカホカの少女達が上がってきた。ミズタンベッドを貸してあげる。
「何っ!? このプニプニ感っ!? 」
キャッ~、キャッ、キャッ
──スーっ、スーっ、スーっ
ミズタンベッドに飛込んだ彼女たちは、暫くはしゃいだ後、そのまま動かなくった。
見知らぬ場所に緊張していたのかもしれない。まぁ、見知らぬ場所で堂々と寝られるのも、ある意味、リラックスしている証拠なのかもしれないが。
「おいっ、いいのかよ? 」
オニオーが問う。
「仕方ないわね。きっと、疲れがでたんでしょ。目を覚ますまで、待つことにしましょう」
結局、彼女たちはその日起きてこなかった。
「あのっ……」
皆が寝静まった夜中、アクヤが1人編み物に励んでいると、銀の少女メリサが話しかけてきた。
「あらっ、起こしてしまったかしら? 」
アクヤの問に、メリサがふるふるふるっと、首を振った。早く寝たために、目が覚めたようだ。
「紅茶を入れましょう」
アクヤが立ち上がろうとすると、何処からとも無く現れたシェフが、片膝をつきながらメイサにティーカップを差し出す。
蜜を奪ってしまったことに対する、反省の意も込めているようだ。
突如として現れシェフに驚いたメリサが、戸惑ったようにアクヤの方を見る。
微笑みながら頷き返すと、メリサが恐る恐るティーカップに手を伸ばした
「かわいい……」
水操玉チェアーに腰掛けたメリサが、カップをマジマジと見つめながらいった。
この巣窟はいつの間にか、水操玉だらけになっていた。ミズタンが呼び寄せているのか、シェフが連れてきているのだと思う。
特に害意もなく、他の魔衆とも仲良くやっているので、そのままにしている。カラフルで可愛いし、椅子やベッドの代わりになってくれるので、もはや、無くてはならぬ存在になりつつあった。
「そうでしょ。お婆ちゃまのダーリンさんが、見つけて来てくださったんですって」
「……ダーリンさん」
「ふふふっ。お婆ちゃまね、若い頃、人間の冒険者と恋に落ちたんですって。そのダーリンさんが、お婆ちゃまにプレゼントしたらしいわ」
「…… 」
アクヤの話を聞きながら、メリサが再び、ティーカップを眺める。心無しか、顔がほんのりと紅い。
「……この迷宮で手に入る? 」
メリサが聞いてくる。
「ええ。宝箱がりぽっぷ? して、その中からごく稀に手に入るらしいわ。
紅茶も、冷めないうちに飲んでみて」
アクヤが勧めると、メリサか恐る恐る口をつけた。
「……」
そして、目を見開いたまま固まった。
「どうかしら? この紅茶も、あなた方から頂いた紅い蜜から作ったのだけれど」
「……おっ、美味しい。アピスの蜜だけど、……それより美味しい」
「えっ? 」
メリサがティーカップを置き、掌をお椀形に重ね合わせた。徐々に白く輝き始める。
そして、ゆっくりと眩さが落ち着くと、乳白色の塊が現れた。お婆ちゃまが、白蜜と読んでいた、シチューの素だ。
「まぁっ、 すごいっ! そうやって作っているのねっ! 」
初めて見る光景に思わず、叫んでしまった。メリサが照れくさそうにはにかむ。
メリサが白蜜を、紅い少女アピスが紅茶の素になる紅蜜を生み出せるのだそうだ。そして、それらを弟妹に分け与えているという。
「昨日の白蜜の件、こちらの紅蜜でもお願いできるかしら? 」
「……うん、大丈夫だと思う。きっと、アピスも好きな味」
どさくさに紛れて、紅蜜の入手も取り付けた。
「あっ、そうだったわ。
貴女、何か私にようだったのでしょう? 」
話しかけられたことを思い出し、アクヤがメリサに問う。
「……」
途端に俯き固まるメリサ。
「えーっと? 」
「……アピスが起きてきてからにする」
戸惑うアクヤを背に、メリサはそれだけ言うと、そそくさとミズタンベッドに戻っていった。
「おい、あれ、絶対なんかあるぜ」
メリサが出ていって暫くしてから、オニオーがやってきた。
「うん。そうね。……貴方」
「なんだよ」
「盗み聞きなんて、趣味悪いわよ」
「うるせーっ! 」
踵を返すオニオー。
「……襲っちゃだめよ? 」
「ぶっ!! 」
オニオーが、盛大に躓いて転んだ。




