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「貴方は他者の自由を奪い、その心と体の両方を傷つけ、尊厳を踏みにじり長期に渡り想像を絶する苦痛を強いたのです!
スケさんや骸骨戦士、貴方に死役されたモノの、苦痛が如何ばかりか理解できますか?
戦いたくないのに戦わされ、味わいたくない痛みに耐え、しかし、その痛みから逃れられない、その絶望が、わかりますか?
貴方の罪は、到底、一度の断罪などで許せるものではありません。
その不死身を持って、反省なさいっ!! 」
アクヤが、縛り付けられた赤黒い魔石に言い放った。ちょうど、人の拳程の大きさのソレが、フルフルフルッと揺れる。
天井と床から伸びた無数の糸により、ソレは中央で固定されていた。天井から張り出された糸が魔石に収束し、また、床へと放射状に伸びている。
まるで、砂時計のような形だった。
そして、魔石を取り囲むように、無数の細い糸が縦に走っている。さらに、もはや、視認できぬほど細い横糸が垂直に張り巡らされていた。
ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ
魔石が光る。そして、脈打った。
途端に、魔石を核に死霊ノ王の肉体が甦る。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ! 」
──が、劈くような叫び声がと共に、一瞬にして切り刻まれてしまった。
揺れる、魔石。
明滅し、脈打つ魔石。
迷宮に木霊する、大絶叫。
揺れる……、脈打つ……、木霊する……。
揺れる……、脈打つ……、木霊する……。
揺れる……、脈打つ……、木霊する……。
揺れる……、脈打つ……、木霊する……。
「さっ。それでは、参りましょうか? 」
鳴り止まぬ大絶叫を背に、アクヤが満足げに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
「まぁ、いい香りっ! 」
巣窟に帰ると、食欲を唆る芳醇な香りが立ち込めていた。それは、初めて嗅ぐ香りだった。
「あらあら、お帰り。皆疲れて帰ってくると思って、キノコのシチューを作っておいたよ」
キュェエエエエーッ!!
カタカタカタカタカタカタッ!!
お婆ちゃまの言葉に湧き立つ魔衆。
「シェフが材料を?」
「そうそう。あの坊やがキノコと白蜜を、出してくれたんだ。
どうやら、魔力を使い果たしたみたいだねぇ。今は奥で寝ているよ」
お婆ちゃまが視線を奥へと向けた。
「まぁ、大変っ!! 」
「俺が見てくるから、お前は餓鬼たちの飯を用意してやれ」
シェフの元へ向かおうとするアクヤに、オニオーが言った。
たしかに、興奮した魔衆がわちゃわちゃしだし、収集がつかなくなってきている。
アクヤは有難く、その申し出に従うことにした。
「ミズタン。オニオーと一緒に行ってベッドになってあげて」
指輪から飛び出したミズタンが、オニオーのあとを追いかけて行った。
「……おいしい」
思わずうっとりと呟いてたしまった。
口いっぱいにクリーミーなコク深い味わいが広がる。
王国にも、ミルクスープなる似た料理はあったが、シチューは旨みの広がりが桁違いだった。
そして、なにより、このトロトロさ加減が、具材と絶妙に絡まりあっていて美味しさを引き立てている。
「ベビリン、美味しい? 」
「キュィイーン! 」
アクヤの言葉に、ベビリンがハフハフしながら頷く。
「熱いから、火傷をしないようにフーフーしながら食べるのよ」
アクヤの言葉を受けて、ベビリンがふーっふーっと、ほっぺたを膨らませる。
周りの小鬼や爬虫人、骸骨戦士、そして、狼たちにも行き渡り、和気藹々と食べていた。
骸骨戦士が食べられるのか疑問だったのだが、体は異次元空間に繋がっているのか、髑髏に飲み込まれたシチューは忽然と姿を消す。そして、満足そうにカタカタと揺れた。……たぶん、味も分かるのだろう。
(シェフとオニオーにも、持っていってあげよう)
アクヤはキッチンに向かった。
今回の戦闘では、思いの外、シェフに負担を掛けすぎたようだ。あの空間転移は魔力をかなり消費するらしい。それを団体様で何度も行ったために、シェフはダウンしてしまった。
オニオーも、小鬼や爬虫人たちの取りまとめを頑張ってくれた。
(二人には、お礼を言わなければいけないわね)
お婆ちゃまから、シチューを受け取り二人の元へ向かう。
「アンタも、変な女にホレたせいで大変だな」
ケラケラケラっと巫山戯た笑い声が聞こえてきた。
「シェフ、シチューを持ってきたわ」
「……おっ!! うまそーじゃねーかっ!! 」
不自然に叫ぶオニオー。
幾分調子が良くなったのか、シェフはミズタンベッドに腰掛けていた。
「シェフ、大丈夫ですか? 」
アクヤの問いに、シェフがこっくりと頷いた。
そっと器をわたす。
「シェフ。今回は頑張って下さり有難うこざいます。お陰で、被害を出さず勝利することができました」
シェフは器をおき、胸に手を当て跪く。
アクヤがにっこりと微笑んだ。
隣で、尻尾を振りながら、何かを期待するものが、約1名。
「っ!?」
ベッドに戻ったシェフが驚き戦く。シチューが器ごと、ミズタンベッドに吸い込まれていったためだ。
「ちょうど、よかったわ。シェフ、こちらをどうぞ。これを食べて、ゆっくり休んでくださいね」
アクヤが、もう一つのシチューを差し出す。そして、くるりと踵をかえした。
「えっ、 えっ、 えぇっ!? 俺には? 俺には何かないの? ねぇ、ねぇ、ねぇっ!! あっ、アクヤ様ぁぁーっ!! 」
虚しい男の断末魔の叫びは、魔衆の歓喜により掻き消されたのだった。




