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アーチ状の通路を抜けると、そこは広い空間になっていた。
「ごめんねぇ。折角来てくれたのに、何にもしてあげられないよ。
最近は体が言うことを聞かなくてねぇ。身の回りのこともままならないんだ」
二人の小鬼に支えられながら、お婆ちゃまがそう言う。ギャーギャーと小煩い小鬼どもに比べ、体の線か幾分丸く物静かな二人だった。女の子なのかもしれない。
お婆ちゃまが言う通り、そこは、お世辞にも綺麗とは言えなかった。
誰かのおやつやお粗相の残骸が、そこかしこに残されている。
ここ数日間の過酷な生活を経験していなければ、即座に発狂していたかもしれない。
だがしかし、今のアクヤはそんじょそこらのお嬢様ではなかった。なんと言っても、小鬼どもの女王なのである。
「お気になさらないでください。
不肖、アクヤっ! お婆ちゃまの手足となり、女王としての責務を全うすることをお約束しますわっ!! 」
(おいっ!? )
にっこりと微笑みながら、アクヤはそう宣言した。脳内を誰かのツッコミが響いたが、アクヤの耳には届かなかった。
「それは頼もしいねぇ」
お婆ちゃまはコロコロと笑っていた。
◇ ◇ ◇
目の前には、木の実が盛られた木製の器が置かれている。
お婆ちゃまの提案で、今日のところは食事をとって早く体を休めることになった。
そして、食事というのが、この木の実だ。
お婆ちゃま曰く、元来、魔物は魔素を取り込んで生きており、食事は必要ないらしい。ただし、子供の時は、まだ、 魔素を上手に取り込めず、それを補うために食事を必要とするのだそうだ。
ある程度大きくなると、食事はおやつ感覚になるらしい。
美味しいものを好むのは、人間と同じようだ。
それこそ、お婆ちゃまが元気だった頃は、色々と料理をして小鬼達に食べさせていたという。
「料理は体力を使うし、火やら水やらは魔力で生み出さなければいけないだろう? 今のあたしにゃ、とてもじゃないけど無理なんだよ」
向かい側に座ったお婆ちゃまが、寂しそうに言った。
今では、各鬼が思い思いに食べたいものを食べたいときに取ってきているらしい。
ねずみ、もぐら、うさぎ、かえる、ミミズ……etc
その結果が、この広間の惨状というわけだ。
ちなみに、木の実は常備食として、大量に保管されているのだそうだ。
アクヤも一つ摘んで、口に放り込んでみた。
かんだ瞬間、口の中にエグ味が広がる。
乾燥したためであろうか、実らしい実はついておらず、種の周りに薄っぺらい皮がついているだけだった。
「うっ」
思わず、吐き出しそうになる。
周りの小鬼達を盗み見ると、種ごとガリガリとやっている。器用な子は歯で種を開いて、中の身を食べていた。
それは、アクヤ顎の力では到底真似できる技ではなかった。
「やはり、口に合わないかねぇ。困ったものだねぇ」
「いいえ、大丈夫です。今日ぐらい食べなくても、へっちゃらです」
お婆ちゃまを安心させようと、そう、言った時だった。
急に、アクヤの後方の空間がねじ曲がるような感覚に襲われた。
慌てて振り返る。
そこには、片膝立ちのシェフが、頭を垂れたまま控えていた。左手で支えられているカッティングボードには、ゆで卵と肉っぱ巻が並べられ、右手は胸にあてられている。
「まぁまぁ、アクヤちゃんは、また、大層なモノを手懐けたもんだねぇ」
目を細めながらシェフを見つめたお婆ちゃまは、また、コロコロと笑っていた。
◇ ◇ ◇
「皆さん、寝ますよー」
キャー、キャー
キュー、キュー
アクヤの声は、小鬼たちの絶叫でかき消される。
食事の間はそれなりに落ち着いていたと思う。その後、ミズタンベッドを広げたのがいけなかった。
小鬼達が我先にと飛びついたのだ。ぴょん、ぴょんと、飛び跳ねながら遊んでいる。
その数の多さに、流石のミズタンも苦しそうだ。
「寝るわよ」
キャー、キャー
キュー、キュー
パツっ。
「ミズタン、ヤっておしまい」
……。
アクヤの長い1日が終わった。
アクヤの周りを、チビモフモフとクリクリモフモフが埋めつくしている。
クリクリモフモフは、その名の通り目が大きくクリクリっとした、手のひらサイズの鬼だ。ふわふわの毛が体を覆い、丸っこくて可愛い。
(チビモフモフ魔法は、何でもモフモフにするのね)
アクヤは、沢山のモフモフに癒されながら、深い眠りに落ちていった。
─とあるS級冒険者の鑑定眼─
【名前】 シェフ Lv.50
【種族】 魔族悪魔目 魔料理人
【ステータス】 中位悪魔、 階層守護者、女王の料理番
【スキル】 幻惑魔法、満腹中枢破壊
肉熟成、火炎魔法
水魔法、美食家、調理、狩人
山菜採取、時空魔法、千里眼




