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「待ちなさいっ! 無礼者っ!
人様が真心を込めてお作りになったお料理を、無言で掻っ攫うとは、何事です! 」
黄金に輝くアクヤをみて、小鬼はブルブルと震えながら崩れ落ちた。
肉っぱ巻は無残にも放り出され、地面に落ちている。
アクヤがそっと近づいて行くと、口をパクパクさせながら必死で後ずさる。壁際まで下がり、それ以上進めないことを悟って、首をブンブンふりながら震えだした。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「そんなに、怖がらなくても大丈夫よ。肉っぱ巻が食べたかったのなら、きちんとシェフにお願いなさい。シェフは優しいから、きっと、作ってくださるわ」
ぎゅっと目を瞑る小鬼を抱きしめながら、アクヤが話しかけた。
この間みた小鬼より幾分小さい。人間の二、三歳児程度の大きさしかなかった。
「キュェーーン」
小鬼が堰を切ったよう泣き始めた。
頭を撫でて上げると、腹部がじんわり暖かくなるのを感じた。
キャン、キャン!
キュウ、キュイーーン!
仔犬と仔鬼が戯れあっている。
先程までの怯えっぷりなど嘘のように、ボスモフに飛び乗ったり、取っ組み合いをしたりと、微笑ましい限りだった。
仔鬼の名前はベビリンに決めた。
ベビリンが泣き止んだあと、シェフに肉っぱ巻を無駄にしてしまったことを共に謝った。
「シェフ、申し訳ありませんが、私共にもう一つずつ、肉っぱ巻を作っていただけませんか? 」
ベビリンがぺこりと頭を下げ、アクヤがにっこりとそうお願いすると、シェフは喜んでくれた。
ガクガクと震えながら喜んでいたから、相当嬉しかったに違いない。
シェフが料理を作ってくれている間、アクヤはお粗相の後始末をした。
ベビリンが汚した衣服の洗浄だ。
それは、ふわふわの糸で編まれた布でできていた。
(あれっ? 薄汚れてはいるけれど、これ、私の衣服より、ずっと上等だわ!? )
アクヤは自らの薄っぺら衣服に視線を落とした。
その上、負けず劣らず薄汚れている。若干臭いも気になりだしていた。
洗いたいが、一張羅のためそうもいかない。拭くための布すらないため、水浴びもできない有様だ。
淑女としていかがなものか。
そもそも、淑女がこんな所でお粗相の始末をしていて、いいものなのか。
岩の上でゴシゴシと力を入れて布を揉みこみ、汚れと共に憂鬱な気持ちを、ミズタン水で洗い流す。
ドス黒い水が流れ落ちていった。
10回ほど繰り返すとようやく水が澄み、布も幾分綺麗になった。
そもそも当初の目的は、明るい所で晴れやかに逝くことだったはず。それが、今は、暗いところでも、それなりに楽しく生きていけている。全部、魔衆のおかげだ。
それを考えると、今の状況はそんなに悪くない。むしろ、明るい所に行くと、皆とお別れになる。
(そうだわっ! 外の人にも、魔衆が良い子だと伝えればいいんだわっ! )
そこまで考えて、自分が罪人だったことに思い出した。
(あらやだ、実は、私が一番悪い娘じゃない!)
アクヤは頭を抱えたのだった。
パンッ、パンッ、パンッ!
洗った布を勢いよく叩き、綺麗な岩の上に広げた。しかし、これでは乾かない。
頭を悩ませていると、シェフが肉っぱ巻きを持ってきてくれた。
「あっ、シェフ! 丁度いい所に来てくれました」
乾かす良い方法を尋ねると、シェフが徐に右手を斜め上方へと翳した。
ゴッ!!
凄まじい音と共に、直径10cm程の火球が打ち上げられる。途端に、周りが明るく暖かくなった。
思わぬ凄技に、言葉が失うアクヤだった。
「こらっ、まず、手を洗いなさいっ! 」
逃げ惑うベビリンをやっとの思いで捕まえ、手を洗わせる。そして、待ちに待った肉っぱ巻である。
ベビリンが慌てて被りつく。
「そんなに慌てなくても、肉っぱ巻きは逃げないわ。ちゃんと良くかみなさい」
忠告など全く耳に入らぬ様子で、ベビリンが次々に頰張る。
「ちょっと、ベビリンっ! 落ち着きなさいっ! 」
「キョェェェェーーェエっ! 」
ごくりと飲み込むと、雄叫びを上げる。そして、鼻血を噴き出しながら、盛大にぶっ倒れたのだった。
◇ ◇ ◇
やっと、帰り道である。今日も、昨日の水場で休むことにした。
先頭を、ベビリンを乗せたボスモフが進んでいる。ベビリンは眠ってしまっていた。
鼻血から復活したベビリンはその後も元気一杯で、アクヤの分の肉っぱ巻まで、ぺろりと平らげてしまった。シェフは、それを嬉しそうに見守っていた。
アクヤも一口頂いたのだが、昨日より格段に美味しくなっていた。シェフにそう伝えると、天を仰ぎうち震えていた。
それから、シェフに小さな火球を出してもらい、息で吹き消すゲームを興じた。ミズタンはそれを敢えて飲み込み悶絶して、ベビリンを笑わせていた。
そして、沢山遊んだベビリンが、眠そうにしだしたタイミングで、帰路についたというわけだ。
シェフはへとへとになり、衣服はバッチリ乾いていた。
ゴッ!
突然、ボスモフが成獣化し、デカモフモフがアクヤ達を守るように取り囲んだ。
寝ていたはずのベビリンは、ボスモフにしがみつき震えている。
そして、アクヤの隣にいたミズタンは、人知れず二足歩行形態へと変化していた。
「どうしたの? 」
アクヤの問いかけに呼応するように、周囲の暗闇から無数の赤い目が浮かびあがる。
前方から、大男が歩いてきた。アクヤが見上げなければ視線が合わないほど大きかった。体は筋肉質で、腕がとてもひょろ長い。頭には二本の角が生えていた。それはまさに、鬼大男だった。
右肩に担がれた蛮刀は鈍く輝き、異様なほど不気味さを放っている。
暗闇から小鬼達が姿を現す。
アクヤたちは、完全に包囲されていた。ざっと見ただけでも、数十匹、いや、もっといそうだった。
アゥ、アオーーーーン!
ギャウ、ギャオーーン!
ボスモフと鬼大男が何かを言い合っている。
それは、先程の仔犬と仔鬼のやり取りとは似ても似つかぬ程、恐ろしいものだった。
ボスモフがアクヤに話しかけてくる。
どうやら、鬼大男はアクヤの身柄の受け渡しを要求しているらしい。
(同胞が、その女に殺された。鬼大男がそう言っている)
ボスモフの苦々しげな声が、アクヤの頭の中に流れ込んできた。




