01
コン、コンッ
控えめにノックをすると、部屋の主である冥王様から返答があった。そっと、部屋に入る。
「紅茶をお持ちしました」
「ありがとう」
冥王様が、書類に目を向けたまま応じる。
「お休みのお時間ですよ。お体をもう少しお労りください」
冥王様は放っておくと、寝る間も惜しんで仕事を続ける。
国内のゴタゴタがやっと落ち着いて、重要な時期である事はよく分かる。
今回の騒動で、多くの貴族家が粛清され、お取り潰しの憂き目にあった。その数の多さに、代替わりや分家の再興により、恩赦にされた家も他数あったという。如何せん、厳格に罪に問えば、九割方の貴族家が無くなるという事態に陥りかねなかったのだそうだ。
そんな事になれば、いや、その事後処理だけでさえ、冥王様のお身体が保ちそうにない。
「アクヤも疲れているだろうに。先に寝てくれて良かったのだよ」
冥王様がくるりと振り向き、微笑みながらそう言った。
「1人だと寂しいのです」
しまった。
思わず本音を漏らしてしまった。
これではまるで、仕事の邪魔をしに来たようなものだ。心配していると、言い訳をしながら。
俯くアクヤを、冥王様が不意に抱き寄せた。
髪を撫でられ、額にキスをされる。
途端に、顔が火照る。
「僕のことを、欲してくれたの? 」
「いえっ、あのっ…」
しどろもどろになるアクヤ。
それを、冥王様が楽しんでいるのが分かる。胸の高まりまで筒抜けになっているであろうことが、恥ずかしさに拍車をかけた。
「ふふっ、嬉しいな。
もうすぐ終わるから、ソファでまっててよ」
「はい」
冥王様が書類の海に戻っていく。
離れていく温もりが、なんとも名残惜しかった。
窓際にある、ふかふかぷよぷよのソファが、この時間のアクヤの定位置だ。
街は眠りにつき、夜空には無数の星々が瞬いている。
気を取り直して、読書に励むことにした。
これから少しずつ、冥王様の仕事を覚えていく予定だ。お傍で冥王様を、お支えする。
それができれば、冥王様も余裕が出てくるはず。
そのためには、もっと知識を付けなければならなかった。
アクヤも、文字の海に潜って行った。
そっと髪がなでられた。
意識が浮上していく。
いつの間にか転寝をしてしまったようだ。
「……かわいいな」
冥王様が耳元で囁いた。
口角が緩みそうになるのを、必死に堪えた。
先程のお返しに、寝たフリを決め込む。
ふわりと体が浮いた。
アクヤの大好きなアレだ。
冥王様の程よく鍛えられた胸に、頭を預ける。
かけがえのない浮遊感とその温もりに、身も心も委ねることにした。
部屋の中央に自生する大輪の薔薇が、そんな2人の背中を優しく見守り、キラキラと輝いていた。