野球の神様 ~試験勉強編~
日本の国には、昔からたくさんの神様たちがいらっしゃいます。山の神様、お酒の神様、さらには学問の神様や笑いの神様などなど。これは、そんな神様たちの一人、球子と名乗る「野球の神様」の物語です。
少女が机から顔を上げると、部屋に見知らぬ女の子が入り込んでいた。
「夢?」
「いいえ、現実っすよ」
見知らぬ女の子が答えた。綺麗な黒髪のおかっぱ頭している、十歳前後の女の子だった。可愛いのに、なぜか不釣り合いな金属バットを持っている。
……どうやら夢の中のみたい。頭がぼぉーっとする。期末試験前、今夜は徹夜で勉強しようと決意したのに、眠っちゃったんだ。
「どうして寝ちゃうんだろう。徹夜で勉強すればなんとかなる、気がするのになあ」
夢の中でつぶやくと、女の子は苛立ちげに「だから夢じゃないっす!」と、バットを置いて小さな腕を振り回した。その腕が身体に触れて、少女はようやく自分が目覚めていることに気付いた。同時に、目の前の女の子が実在することも。
一見すると座敷わらし。けれど普通座敷わらしって、押入から出てくるものでは? ベランダからバット片手に入ってくるのは、強盗だ。全然そんな風には見えないけど。
「えっと、あなたは、誰?」
「よくぞ聞いてくれたっす。我が名は、吉野球子。大吉の吉に、野球っ子と書くっすよ。そして知る人ぞしる、野球の神様なのっす!」
「はぁ……」
神様なのに俗な名前だなぁと思う。
「お困りのようでしたから、神様である球ちゃんが現れたっす。さぁ、どんな願い事でも、かなえてあげるっすよ」
願い事をかなえてくれるらしいけど、あんまり期待できそうにもない。そもそも神様ってこと自体、怪しいのに。ただ、きらきらした目を見ていると断るのも悪い気がして、願い事というより、相談といった感じで、球子に話した。
「今あたし、期末テストの勉強しているんだけど……」
「期末のテスト、それって12球団合同トライアウトのことっすね」
「よく分かんないけど、違うと思う」
つっこみをいれると、球子はがっかりとした様子を見せた。
「うっ、違うっすか。まぁどんな願い出もばっちこいっすよ」
球子は、右手を掲げて叫んだ「隠しバッ――」
そのまま固まる。
「――って、おとーさんに同じネタに頼りすぎると、一発芸人になるって言われてたっす」
なにやら右手を天井に向けたまま、ぶつぶつつぶやいているかと思ったら、いきなりキレた。
「って、球ちゃん、お笑い芸人じゃないっす!」
「えっと……」
これって、ノリツッコミってやつ? ほめた方がいいのかなあ。でもお笑い芸人じゃないって言ってるし。
「……けどまぁ球ちゃんの博学をお見せするいい機会かもしれないっす。ここは普通にお勉強するっすよ。明日のテストはなにがでるっすか?」
「一時間目は、歴史――日本史だけど」
「おやすいご用っす。野球は明治27年、中馬庚によって名づけられたっす」
「あ、あの、テストに野球のことは……」
「話は最後まで聞くっす。その年の総理大臣は、初代総理大臣っすけど、このときは二次政権だった伊藤博文っす。彼は……」
「それっぽくなってきた」
「野球が大好きだったらいいなと、球ちゃんは思うっす」
「希望なのっ?」
「まぁあのころは生まれたてのルーキーっすから、球ちゃんもまだ青かったので、よくわからないっす。そもそも百年前のことなんてよく覚えてないっすよ。球ちゃんは現在にいきる神様なのっすよぉ」
「はぁ……」
「よって歴史なんてくそくらえの場外ファールっす。次の試験はなんっすか?」
「数学、だけど」
「おやすいご用っす。マウンドからホームベースまでの距離は、18.44mっす。仮にピッチャーが時速140kの直球を投げた場合、計算するとっすね、18.44mが0.001844km、これを140で割ると、0.000131714時間っす。一時間は3600秒っすので、これをかけると、0.4741704っす。つまりピッチャーが投げてから、0.47秒ほどでホームベースにたどり着く計算っすね」
「……よく分かんない」
「まぁ、実際はリリースの位置の違いもあるっすから、誤差はあるっすけどね」
「へー」
なんとなく感心したけど、テストには役に立ちそうもなかった。
「さぁ次はなんっすか」
「英語です」
「余裕っすね。すべての用語は野球に通ず、っす。アウト、セーフ、フライにライナーとか。野球用語を覚えれば自然に英語も身に付くのっすよ」
「あ、そうかも。あたしもアウェーって言葉、サッ――」
少女の鼻先にバットが突きつけられた。
「球ちゃんの前でその言葉は口にしちゃ、いけないっす」
「そ、そうなの……」
「そうっす。さぁ気分を取り直して次いくっすよ」
「明後日になるけど、次は、古典かな」
「おやすいご用っす。野球という言葉が生まれたのは、明治……」
「えと、それ、前にもやったけど……」
そんなこんなで、夜が更けて。
気づくと、窓の外が明るくなって、鳩がホーホーッホホと鳴いていた。
少女は落胆した。
「……結局、なんも勉強にならなかったよ」
球子が現れてからは、つっこみしていたことしか記憶にない。
恨みがましい目つきで球子を見る。しかし彼女は反省した様子を見せることなく、むしろ胸を張って答えた。
「なに言ってるっすか。球ちゃんちゃんと願いを叶えたっすよ。お望み通り徹夜できたじゃないっすか」
…………
「あ、そっか」
徹夜しようにも睡魔に負けてばっかりだった自分。けれど今あたしは乗り越えたのだ。徹夜という壁を!
なんか急に秀才になってきた気がした。だって、10時間も勉強したんだもん。
「これでテストもばっちりっす。明日は逆転ホームランっすよ」
「うん♪」
少女がだまされたと気づいたのは、意味不明の答案用紙見ていたら、強烈な睡魔に襲われ、気づいたらテストが終わっていた一時間目の休み時間の時だった。
「球ちゃんちゃんと、『明日は』逆転ホームランって、言ってるっすよ♪」
当然ですが、明日逆転ホームランが出る保証はありません。
この日よりは、ましでしょうけど(笑)




