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野球の神様 ~試験勉強編~

作者: 水守中也
掲載日:2009/10/29

 日本の国には、昔からたくさんの神様たちがいらっしゃいます。山の神様、お酒の神様、さらには学問の神様や笑いの神様などなど。これは、そんな神様たちの一人、球子と名乗る「野球の神様」の物語です。


 少女が机から顔を上げると、部屋に見知らぬ女の子が入り込んでいた。

「夢?」

「いいえ、現実っすよ」

 見知らぬ女の子が答えた。綺麗な黒髪のおかっぱ頭している、十歳前後の女の子だった。可愛いのに、なぜか不釣り合いな金属バットを持っている。

 ……どうやら夢の中のみたい。頭がぼぉーっとする。期末試験前、今夜は徹夜で勉強しようと決意したのに、眠っちゃったんだ。

「どうして寝ちゃうんだろう。徹夜で勉強すればなんとかなる、気がするのになあ」

 夢の中でつぶやくと、女の子は苛立ちげに「だから夢じゃないっす!」と、バットを置いて小さな腕を振り回した。その腕が身体に触れて、少女はようやく自分が目覚めていることに気付いた。同時に、目の前の女の子が実在することも。

 一見すると座敷わらし。けれど普通座敷わらしって、押入から出てくるものでは? ベランダからバット片手に入ってくるのは、強盗だ。全然そんな風には見えないけど。

「えっと、あなたは、誰?」

「よくぞ聞いてくれたっす。我が名は、吉野球子。大吉の吉に、野球っ子と書くっすよ。そして知る人ぞしる、野球の神様なのっす!」

「はぁ……」

 神様なのに俗な名前だなぁと思う。

「お困りのようでしたから、神様である球ちゃんが現れたっす。さぁ、どんな願い事でも、かなえてあげるっすよ」

 願い事をかなえてくれるらしいけど、あんまり期待できそうにもない。そもそも神様ってこと自体、怪しいのに。ただ、きらきらした目を見ていると断るのも悪い気がして、願い事というより、相談といった感じで、球子に話した。

「今あたし、期末テストの勉強しているんだけど……」

「期末のテスト、それって12球団合同トライアウトのことっすね」

「よく分かんないけど、違うと思う」

 つっこみをいれると、球子はがっかりとした様子を見せた。

「うっ、違うっすか。まぁどんな願い出もばっちこいっすよ」

 球子は、右手を掲げて叫んだ「隠しバッ――」

 そのまま固まる。

「――って、おとーさんに同じネタに頼りすぎると、一発芸人になるって言われてたっす」

 なにやら右手を天井に向けたまま、ぶつぶつつぶやいているかと思ったら、いきなりキレた。

「って、球ちゃん、お笑い芸人じゃないっす!」

「えっと……」

 これって、ノリツッコミってやつ? ほめた方がいいのかなあ。でもお笑い芸人じゃないって言ってるし。

「……けどまぁ球ちゃんの博学をお見せするいい機会かもしれないっす。ここは普通にお勉強するっすよ。明日のテストはなにがでるっすか?」

「一時間目は、歴史――日本史だけど」

「おやすいご用っす。野球は明治27年、中馬庚によって名づけられたっす」

「あ、あの、テストに野球のことは……」

「話は最後まで聞くっす。その年の総理大臣は、初代総理大臣っすけど、このときは二次政権だった伊藤博文っす。彼は……」

「それっぽくなってきた」

「野球が大好きだったらいいなと、球ちゃんは思うっす」

「希望なのっ?」

「まぁあのころは生まれたてのルーキーっすから、球ちゃんもまだ青かったので、よくわからないっす。そもそも百年前のことなんてよく覚えてないっすよ。球ちゃんは現在にいきる神様なのっすよぉ」

「はぁ……」

「よって歴史なんてくそくらえの場外ファールっす。次の試験はなんっすか?」

「数学、だけど」

「おやすいご用っす。マウンドからホームベースまでの距離は、18.44mっす。仮にピッチャーが時速140kの直球を投げた場合、計算するとっすね、18.44mが0.001844km、これを140で割ると、0.000131714時間っす。一時間は3600秒っすので、これをかけると、0.4741704っす。つまりピッチャーが投げてから、0.47秒ほどでホームベースにたどり着く計算っすね」

「……よく分かんない」

「まぁ、実際はリリースの位置の違いもあるっすから、誤差はあるっすけどね」

「へー」

 なんとなく感心したけど、テストには役に立ちそうもなかった。

「さぁ次はなんっすか」

「英語です」

「余裕っすね。すべての用語は野球に通ず、っす。アウト、セーフ、フライにライナーとか。野球用語を覚えれば自然に英語も身に付くのっすよ」

「あ、そうかも。あたしもアウェーって言葉、サッ――」

 少女の鼻先にバットが突きつけられた。

「球ちゃんの前でその言葉は口にしちゃ、いけないっす」

「そ、そうなの……」

「そうっす。さぁ気分を取り直して次いくっすよ」

「明後日になるけど、次は、古典かな」

「おやすいご用っす。野球という言葉が生まれたのは、明治……」

「えと、それ、前にもやったけど……」


 そんなこんなで、夜が更けて。

 気づくと、窓の外が明るくなって、鳩がホーホーッホホと鳴いていた。

 少女は落胆した。

「……結局、なんも勉強にならなかったよ」

 球子が現れてからは、つっこみしていたことしか記憶にない。

 恨みがましい目つきで球子を見る。しかし彼女は反省した様子を見せることなく、むしろ胸を張って答えた。

「なに言ってるっすか。球ちゃんちゃんと願いを叶えたっすよ。お望み通り徹夜できたじゃないっすか」

 …………

「あ、そっか」

 徹夜しようにも睡魔に負けてばっかりだった自分。けれど今あたしは乗り越えたのだ。徹夜という壁を!

 なんか急に秀才になってきた気がした。だって、10時間も勉強したんだもん。

「これでテストもばっちりっす。明日は逆転ホームランっすよ」

「うん♪」


 少女がだまされたと気づいたのは、意味不明の答案用紙見ていたら、強烈な睡魔に襲われ、気づいたらテストが終わっていた一時間目の休み時間の時だった。




「球ちゃんちゃんと、『明日は』逆転ホームランって、言ってるっすよ♪」


当然ですが、明日逆転ホームランが出る保証はありません。

この日よりは、ましでしょうけど(笑)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全部♪ [一言] 大好きな球ちゃんをありがとうございます。 満願の笑みを浮かべ読ませていただきました。
[一言] これは『さすが』の一言でした。 シリーズモノとしての体もさることながら、単体としての面白みも十分に備えているところにこそ、しっかりとした意気込みを感じますね。 それにしても、バットを出さない…
[良い点] 球ちゃん [気になる点] 隠しバットが出てこなかったのはさみしいですが、球ちゃんには一流のお笑い芸人・・・いえ、野球の神様になっていただくためには、試練も必要ですね。 [一言] 楽しかった…
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