第93話 太陽の化身
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昔むかし、まだデンデラの砂漠に二つの太陽が輝いていた頃。砂漠の上層は神、中層は魔物、下層は未知の支配する領域でありました。ある時、国を追われ砂漠を彷徨っていた一人の男は輝く二つの太陽にこう言ったのです。“砂漠に人の住める国を作らせて欲しい”その言葉を聞いた太陽たちは笑いました“1年間たった一人で死の砂漠を生き抜くことが出来れば、力になろう”と。か弱い人間が大砂漠で生きていけるはずなどありません。
しかし、男は諦めなかった。上層に住まう神々を殺し、彼らの纏っていた防具から様々な建造物を築き始めたのです。1年が経った頃には砂漠を支配していた神々は消え、人間の住むことができる集落ができあがっていきました。男の力を認めた太陽たちは彼を讃え、大砂漠の王としてデンデラ大砂漠を支配する権利を与えました。太陽たちの加護によってますます繁栄した集落はやがて巨大な王国となり、現在のサン・クシェートラの礎となったのです。
二つの太陽とは、天と地に輝けるモノ。天空の太陽は豊穣と光の象徴であり文化発展と安寧の化身。地上の太陽は戦争と闇の化身であり血濡れの繁栄と屈強な国土の化身。サン・クシェートラ王国の繁栄は、この二つの太陽の力があってこそ。太陽への畏敬を忘れるなかれ。
人々が太陽の均衡を忘れた時、太陽の輝きが消え滅びの光が降臨するだろう。
・太陽神話より一部抜粋・
~サン・クシェートラ王国・黄金宮殿・親衛隊詰所~
ヨミは書物を広げ、ただ一人で小難しい顔を浮かべていた。
「我、古き言葉にて悪しき太陽の封神を書き記す。我と王――――小麦色の――災厄の化身―――三匹の大蜥蜴を率いて戦い、多くの―――――黄金宮殿の更に地下深く、古代遺跡にて―――その心臓は永遠に―――目覚める前に、小麦色の髪をした少女を―――しか、王国を救う方法は無い―――探し続け――――再び、太陽の輝きを――――」
「はぁ‥‥駄目だな」
地下牢でジルフィーネに呪言の碑を解読させたのはいいが、ところどころが欠けていて内容を完全に読み解くことができないとは‥‥何とも歯がゆい。イリホルが誰も近づけないようにしていたことから、重要な内容が書かれているのは間違いないはずだ。スピカを生贄にさせないためにも、どうにか有力な情報を読み解かなければ。
「大蜥蜴は神獣のことを指しているのだろうが‥‥悪しき太陽というのがまるで分からないな。古い文献にもそのような文言は登場しない」
そもそも絶対神である太陽を“悪しき”と表現すること自体が異端なのだ。どこの誰がこの石碑を書き記したのかは分からないが、太陽の封神という強気な言葉からも一線を画した内容であることが窺える。石碑を遺した人間はいったい、後世に何を伝えたかったのだろう?太陽の封神とは一体何を意味している?
小麦色の髪をした少女と記されている以上、スピカ―――もしくは彼女に近い存在が神話に関係しているのは事実だ。だが、彼女が災いの元凶であるという記述は少なくともこの石碑には見当たらない。そして、災いから王国を守る方法すらどこにも‥‥。
「あら?そんなに机を散らかして‥‥えらく勉強熱心なんですね」
「―――貴様に入室許可を出した覚えは無いが」
いやに聞き覚えのある声の方へ振り返ると、そこには怪しげな微笑みを浮かべたイリホルの側近―――デネボラが立っていた。彼女はヨミの机に近づくと、広げられた資料や文献をまじまじと見つめた。
「フフ、そんなに神話を学びたいなら私が教えて差し上げますのに」
「それはありがたい提案だ。だが生憎と、私が知りたいのは偽りの神話ではないのでな‥‥貴様のでる幕はない」
「神話は全て時の権力者が作り上げたおとぎ話、真実も偽りもありません。どれだけ過去を遡ろうと、歴史の真実に辿り着くことは無いんです。それでも本当の答えを得たいのであれば―――貴方自身の命で確かめるしかないでしょうね」
「イリホルは何を企んでいる?貴様はどうしてヤツに協力するんだ」
「さぁ、それを貴方に答える義理はありませんね」
芝居がかった仕草で、デネボラは優雅にソファに腰かけた。イリホルが王と共に霊廟へ降りた途端に、こいつは私の前に頻繁に姿を現すようになった。今だって、わざとらしく私の元へと足を運んでいる。何を狙っているのかは知らないが、この好機を逃す手はない。この女が持っている情報を、洗いざらい聞き出してやる。
「なぁ、少し取引をしないか」
「ヨミ殿ったら‥‥いきなりどうしたんですか?」
「貴様はイリホルの側近だろう、ならばヤツの企みの全容を知っているはずだ」
「情報を売れ、と?」
「ああ、そうだ。私の望む情報を提供してくれるのなら、私も貴様の望む全てを提供しよう」
財宝でも金でも言ってみるがいい。イリホルの悪事を暴き、全てが終わった後に綺麗に回収してやる。
「――――そうですか、では」
デネボラは慣れた動作でローブの裾を捲し上げると、艶やかな生足をヨミの前に差し出した。
「私の足を舐めてください。指一本につき、ヨミ殿の望む情報を一つお答えしましょう」
「な、何の冗談だ」
「冗談?私は本気ですよ?ですがまぁ、取引をしたくないなら結構です。そもそもこんな取引なんて、私にとっては不必要なものですから」
「・・・ッ!?」
イリホルが不在の今しか取引のチャンスはない。だが、この条件は想定外だ‥‥!
「すまないが、それはできない。他に用意できるものはないか?」
「ありません」
「ほ、本当にないのか!?」
「さぁ、やるなら早くしてください。こんなとこ、誰かに見つかったら言い逃れできませんよ?」
「できる訳ないだろう!?やっぱりさっきの話は無しだ!早くこの部屋から―――」
「イリホル様の目的、知りたくないんですか?」
「!」
イリホルの目的を知ることが出来れば、これ以上無駄な犠牲者を減らすことができるかもしれない。私が屈辱を味わうだけでサン・クシェートラに平和が訪れるというのなら、それほど悪い提案ではない――――のか?
いやしかし、這いつくばって他人の足を舐めるなど‥‥親衛隊の名誉に泥を塗る行為だ!とても看過できん!メリアメン隊長が今の私を見れば、きっと落胆されるに違いない!
「・・・」
「フフ、獣人なだけあって四つん這いもサマになりますね」
だが、今は名誉や誇りよりも優先すべきことがあるはずだ‥‥!
「望み通り、足は舐める――――だからイリホルの目的を‥‥教えてくれ」
「フ‥‥フフ」
「?」
「アハハハハハハハ!!」
「い、いきなりどうしたのだ‥‥」
「いえ、あんまりにも真剣な顔をするものですからおかしくって――――つい。フフ‥‥では、私はこれで」
「な!?おい、貴様何処へ行く!?」
「あー、面白かった。ヨミ殿は親衛隊よりも道化師の方が向いているかもしれませんね?」
「さては貴様‥‥最初から取引する気などなかったのか?!わ、私の覚悟を弄ぶだけ弄んで――――絶対に許さんぞ!」
よし、もはやイリホルなんてどうでも良い。まずはこの女から痛い目を見てもらうとしよう。
「仕方ないですね、そこまで言うなら私からヨミ殿に最初で最後の助言を送ってさしあげましょう」
「助言よりも誠意のこもった謝罪が先だ!頭を垂れて深々と私に許しを―――」
「一刻も早くこの国から逃げなさい」
「さもなくば、貴方まで死ぬ羽目になる」
「‥‥」
「では、さようなら。もう二度と―――会うことはないでしょう」
そう言い残し、デネボラは丁寧なお辞儀をして部屋を出て行ってしまった。一人ポツンと取り残されたヨミは、去り際に放った彼女の言葉の余韻に心を奪われていた。今の言葉は余計なことをするなという警告か、それとも適当な戯言か。彼女の振る舞いを考えると、その両方だという可能性も考えられる。
「・・・」
いや、それよりも気になったところがある。さっきまで何も感じなかったのに、最後に助言を言い放った時のデネボラの様子に―――言葉に表しようのない違和感を感じた。私の知っているデネボラでは無く、あの一瞬だけはまるで別人であったかのような――――例えようのない不思議な懐かしさすら感じている。
「デネボラ‥‥やつはいったい‥‥?」
~デンデラ大砂漠・とある地下遺跡~
「・・・」
デンデラ大砂漠には無数の遺跡がいたるところに乱立されており、その総数は千を優に超える。そしてその全ては地下で繋がっていて、大迷路のごとき地下遺跡が蜘蛛の巣のように張り巡らされているのだ。古来よりこの不可思議な遺跡を調査しようと、多くの学者が足を運んだ。
けれど‥‥いつ、誰が、何の目的のために建造したのか、その成り立ちを解明できた者はいない。たいていは遺跡の調査中に遺跡内に仕掛けられた無数の罠によって命を落とすか、内部に住み着いた凶暴な魔物に喰い殺されるかの二択である。
結局、重大な秘密が眠っているとされる地下遺跡の最深部に辿り着くことができた者はおらず――――やがて研究者たちはデンデラの地下遺跡を人喰い遺跡と恐れ、身を退いた。やがてサン・クシェートラの王は他国の研究者たちが地下遺跡に立ち入ることを禁止し、他国の人間が遺跡に潜る際は王直々の許可を得ることを義務付けた。この政策により、地下遺跡研究は一気に下火になる。各国からの研究者や調査隊で賑わっていた大砂漠からは活気が消え、地下遺跡に眠る謎の解明は永遠に訪れないと誰もが思っていた。
しかし―――かつて歴史舞台の裏側で、遺跡の真相の直前にまで迫った者たちがいた。彼らはとある調査団の一員で、団員は総勢50名。全員がサン・クシェートラ王国の出身であったという。調査団は遺跡探索のエキスパートで構成されていて、特に団長であるケレスは10年以上地下遺跡の調査を続けている最高峰の研究者であった。
ケレスによる入念な計画の元、調査団は誰一人欠けることなく遺跡の深部へと到達する。まだ誰も足を踏み入れたことのない未開の世界に胸を躍らせながら、彼らは奥へ奥へと進んだ。
そしてそこで―――――目にしてはいけないモノを、見てしまったのだ。
「調査団は一人を残して全滅、事態を重く見た国王は地下遺跡の調査をこれ以降全面的に禁止した‥‥か。下層は未知の支配する世界とはよぉ言うたもんや。太陽神話を描いたむかーしの人は、地下に触れたらあかんもんが眠ってることも知っとんたんかいな」
暗い、暗い―――地下遺跡の奥底に、アカネはいた。周囲には砕けたアダマントの欠片がゴロゴロと転がっており、それが全て無数のアダマントゴーレムであったことは言うまでもない。
「じきにこの地下遺跡は真の姿を取り戻す‥‥そしてその時、サン・クシェートラは終わる。避けようのない滅びを前にして、どこまで抗うことができるんか―――精々気張れよ、ジルフィーネ」
~ハビンの町・休息所~
明日の決戦に備え、早くも与えられた部屋で眠りにつくジル。そんな彼の部屋に一人の来訪者が訪れた。
「すまないジル、少しいいか?」
「パーリさん、しーっ!ですよ!ジル様は先ほどようやく眠りについたばかりで―――」
「いいよエイミー。通してあげて」
パーリを門前払いしようとするエイミーを諫め、僕はベッドからのそりと起き上がった。昨日のネクロマンサーとの戦いを終えてから、何故だか身体の調子が悪い。原種の力を使用した後はたいてい不調になるものだけど、今回は特にひどいのだ。そんな僕の体調を気遣ってくれたエイミーの優しさに感謝しながら、僕はパーリを部屋に招き入れた。
「顔色が優れないようだが‥‥大丈夫か?」
「ああ、今はなんともない」
「そうか‥‥すまない。どうしても今日話しておかなくてはならないことがあってな」
どうしても話しておかなくてはならないこと、か。何やらいつになく真剣そうな話だ。僕はパーリにソファへ腰かけるよう促すと、ちょこんとベッドに座り込んだ。
「明日の戦いへと臨む前に、私のわがままを聞いてくれないか」
「わがまま?」
「明日の戦いでどれほどの犠牲を払ってでも、必ずヤツを‥‥ヨミを殺して欲しい」
一切の感情を感じさせない、冷たい氷のような声色で―――パーリは僕を真っ直ぐに見つめながら言い放った。
「断る」
「なぜ―――?」
「誰かを殺すためだけの戦いはしない」
僕たちはこの国を変えるために互いに協力していたはず。一人の命を奪うためだけに何人もの命が犠牲になるような、そんな悪辣な戦いには協力できない。たとえそれが、パーリの願いであったとしても。
「ならば‥‥私のために戦ってほしい」
そう言って彼女は何のためらいも無く、するすると衣服を脱ぎ始めた。
「ちょちょちょちょ!何してんの!?」
「お色気で誘惑とか‥‥そんなの僕には通用しないからな!」
「違う、よく見てジル」
「・・・」
真剣なパーリの気迫に負け、僕は恐る恐る目を開けた。そこには上衣を脱ぎ、半裸状態になった彼女がいた。だが、特筆すべきはそこではない。彼女の左胸付近に生々しく刻まれた大きな傷痕‥‥それこそが、パーリが僕に見せたかったものなのだろう。
「その傷は?」
「私がまだ幼かったころ、ヨミの矢によって穿たれた傷だ」
「ヨミに―――?」
「そして私の父は、ヤツの矢で脳天を貫かれて死んだ」
恨めしそうに傷痕をなぞりながら、パーリは言った。
「私の父は砂塵の牙の創設者だったんだ。狂っていくサン・クシェートラの王政を立て直そうと同胞をつのり、王の蛮行に抗い続けた。しかし、我らの声はクヌム王には届かず‥‥多くの同胞たちの命が、親衛隊たちの手によって奪われた」
「‥‥そうだったのか」
今は亡き父の遺志を継ぎ、ジャワとパーリが砂塵の牙のリーダーとして立ち上がった。聞こえはいいが、二人が今までどんなに辛い人生を送って来たのかは想像に難くない。彼女たちが砂塵の牙を継ぐと誓ったその瞬間から、ごくありふれた普通の生活は遠い夢物語になってしまったのだ。
「でも、ヨミを殺す約束はできない。憎しみの為だけに剣を振るえば、それは必ず連鎖する。無駄な血を流してまで手に入れた平和なんて、キミも望んではいないはずだ」
「どうしても、殺さないのか」
「殺すためには戦わない‥‥僕に言えるのはそれだけだ」
「―――そうか」
僕の返答を聞いたパーリは怒るでも悲しむでもなく、ただ一言そう言い放った。
「休んでいるところを邪魔してすまなかった。明日の戦いではジル達の力が必要不可欠だ、今日はしっかり英気を養ってくれ」
「パーリも、あまり肩に力を入れ過ぎないようにな。きみの代わりは、どこにもいないんだからさ」
「ああ―――お休みジル」
パーリは少し微笑むと、静かに部屋から出ていった。彼女がいなくなると同時に、僕は再びベッドに死体のように寝転がった。ほんの数分話をしただけだと言うのに、さっきよりもますます体の具合が悪くなったように感じる‥‥。
「彼女――よく生きていられましたね。あの傷の深さ、どう見たって致命傷ですよ」
何の脈略も無く、ぽつりとエイミーがそう呟いた。
「腕のいい回復術者がいたんじゃないか‥‥?」
耐えがたい倦怠感に襲われながら、僕は適当に返事をした。正直、今はそんなことがどうだっていいくらいに身体がだるい。話なら明日聞くから、正直今はもう眠らせて欲しい。
「えぇ?そうですかねぇ」
「そうだよ」
僕はエイミーとの会話を強引に切り上げると、暗闇の中へ自らの意識を放棄した。
~サン・クシェートラ王国・地下霊廟~
歴代の王が眠る霊廟。王でさえ安易に立ち入ることを許されぬ、この王国で最も神聖な場所―――その最奥に、ソレは居た。
「着きましたぞ、王よ。これこそが建国神話に謳われし“太陽の化身”でございます」
「これは―――」
暗く、広大な石室の中に安置された人型の物体。生物なのか石像なのか、生きているのか死んでいるのか。損傷が激しく、人の形をしていること以外は何も分からない。だがそれでも、一つだけ断言できることがある。
「これを目覚めさせてはいけない」
クヌム王は震える声色を隠そうともせず、独り言のようにイリホルへと言い放った。
「帰るぞイリホル、太陽の化身なぞの力は借りぬ。砂塵の牙どもの要求も、聖都の連中の要求も呑む。その上でサン・クシェートラの安寧を守る方法を考えるのだ」
例え砂塵の牙の手によって我が命が奪われることになろうとも―――コイツを目覚めさせるよりは何倍もマシだ。明瞭な根拠などない。本能が、コレは危険だと告げている。もはやコレが本当に太陽の化身なのか、何者であるのかは問わない。一刻も早くこの場を去り、地下霊廟を未来永劫封鎖しなければならない。
よく見ればこの石室も、宮殿の地下牢にある物と酷似している。間違いない、この部屋はヤツを封じるための檻なのだ。この地下霊廟に安易に立ち入ってはならぬ理由―――その一端が、ようやく理解できた。
「一刻も早くこの場を―――」
「少し気が付くのが遅かったようですな、クヌム王。太陽の化身が封じられし石室は、王家の人間のみが開くことができる。ここが檻だと言うのなら、貴方はもう既に扉を開き―――その内側に居るのです」
「なっ…!?」
「用済みだ、偽りの王よ。真の王の復活の礎となれる幸福を享受して、死ぬといい」