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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第4章 砂塵舞う王国
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第88話 王国最強の戦士メリアメン



「どうした、三人がかりでその程度か?」


「くそ、やっぱ滅茶苦茶強い!!」


 人数的には圧倒的にこちらが有利なのに、ヤツに指一本触れることすらできないなんて鬼畜過ぎる。こうなったらヘイゼルでも呼び戻すか…!?


「やはり、この姿では相手にすらなりませんね」


「―――やるのかよ、兄貴」


「ええ、背に腹は代えられませんから」


「二人とも何を言っているんだ‥‥?」


 ジャワとパーリが何やらぶつぶつと話し込んでいるが、話の内容がまるで分からない。


「ジル殿‥‥今より我らの真の力をご覧に入れます。ですがどうか、このことはご内密に。これより先に見た光景は、貴方の胸のうちにだけ秘めておいていただきたい」


「え?それってどういう―――」


「やりますよ!パーリ!」


「ええい、ちょっと目を閉じてろ神獣殺し!」


 ジャワとパーリの体が、突如として眩い光に包まれていく。やがて光が晴れた頃には―――二人の容姿に驚くべき変化が訪れていた。


「二人とも、その姿は‥‥!?」


 トゲトゲしい鱗の爬虫類のような肌に、肉を断つ鋭い鉤爪。そして人間とは一線を画す魔力―――もしかして、この兄妹は―――。


「竜人、なのか?」


 二人は何も答えない。静かに微笑みを浮かべ、目にもとまらぬスピードでメリアメンの元へと襲い掛かった。


「異形の兄妹とは驚いた‥‥人間に化けて我が王国を乗っ取るつもりか?」


「黙れ!私たちの国を取り返すために、お前は邪魔だ!」


 常人離れした筋力で振るわれるパーリの刃を、メリアメンは正面から受け止めた。しかし、その背後をジャワの鋭い一撃が襲う。


「後ろか―――!」


「遅い!」


 咄嗟に回避するメリアメンの横腹を、ジャワの槍が穿った。


「王国は‥‥サン・クシェートラは解放されなければならないのだ!かの王国を統べるべきはクヌム王ではない!真の王の復活を‥‥我らは命を賭してでも成し遂げる!!」


「ほざけ‥‥!」


 メリアメンによって、周囲に高火力の爆炎が巻き起こされた。チリチリと焦げ付いた匂いが鼻腔を刺激する。


「サン・クシェートラの王はクヌム王以外にあり得ない!偽りの神話を妄信する異端者どもは全て、このメリアメンが排除する!」


「偽りの神話を妄信しているのはお前らの方だ!」


「パーリ!挑発に乗るな!」


 不用心にメリアメンの間合いに入りかけたパーリを、ジャワは制止した。しかし、僅かにできた彼女の隙を見逃すメリアメンでは無かった。


太陽閃(サン・スラッシュ)!」


「しまっ―――!」


 極大の炎を纏った槍が、パーリの肉体を呑み込むように襲い掛かった。


「させるか!!」


 しかし、メリアメンの炎は咄嗟に放たれたジャワの防御魔法でかき消されてしまった。


「兄貴‥‥すまない!」


 体勢を整えたパーリが、剣を振り上げメリアメンの首を狙う。それと同時にジャワの槍が再びメリアメンを穿たんと唸りを上げた。


「こざかしい連中だ」


 しかし、メリアメンはその全てを予期していた。ジャワの突きを軽々と回避し、パーリの刃を軽々と素手で受け止める。


「今です!ジル様!」


「そこだ!!」


 だが、豹変した二人に気を取られるあまり彼は見落としていた。ジルという、取りに足りぬ少年の存在を。


「ッ!!」


 ジルの斬撃が一直線にメリアメンの胸部へと振りかざされる。刃は滑るように彼の肉体を切り裂き、大きな隙を生んだ。


「パーリ!」


「分かってる兄貴!」


 メリアメンに受け止められた剣を捨てるように、パーリは身を翻し―――その鋭い爪でメリアメンの腕部を切り裂いた。


「ぐ‥‥!炎熱槍(フレアニル)!」


「させません!!」


 燃え盛る炎を、ジャワの防御魔法が包み込むように受け止める。だが破壊されるのは時間の問題だ。僕たちメリアメンから距離を取り、息を整えた。


「さっきの一撃はナイスだった、助かったぞ神獣殺し!」


「ええ、素晴らしい戦闘センスです!」


「二人が斬り込んでくれたお陰だよ」


「いや、私の的確な指示のお陰ですよね?」


 うるさいエイミーを無視し、僕は再びメリアメンへと向き直った。原種の力が無くても、ヤツの肉体に傷を負わせることができた―――やり方次第ではメリアメンを倒せるはず。だが―――気のせいだろうか、さっきから徐々にメリアメンの魔力が上昇しているような気がするのだけど‥‥。


「ようやく、体が温まって来たな」


 自らの傷口をじっと見つめながら、メリアメンは独り言のように呟いた。そうして僕はあまりにも恐ろしい光景を目にすることになる。


「な‥‥嘘だろ!?」


 メリアメンの傷口が、何事も無かったかのように塞がってしまったのだ。


「神獣殺しがつけた傷が再生した―――?!どうなってるんだ兄貴!」


「私に聞かれても困ります!ですが恐らくは、彼の祝福に由来する力でしょうね‥‥能力が分からない以上何とも言えないところではありますが」


「その通りだ、賊ども」


 狼狽える僕たちを諭すように、メリアメンは呟いた。


「我が祝福“太陽の子(サンドール)”の能力は何も小難しいものではない。照り付ける太陽の光をそのまま魔力に変換し我が力とする。言わば太陽そのものを力とする聖なる御業、我が頭上に太陽の輝きがある限り―――この私が倒れることは無い」


「無限太陽光発電とかっ‥‥そんなのアリかよ?!」


 太陽光を魔力へと変換するってことは、この灼熱の砂漠では無限に魔力が尽きることがない―――いや、それどころか無限大に増幅していくってことだ。まともに戦っても絶対に勝ち目はない‥‥全く、祝福持ちってのはどいつもこいつもチート野郎ばっかりじゃないか!


「太陽が沈むまで逃げ続ければ貴様らにも勝機があるかもな」


「よし!逃げましょうジル様!」


「うるさいなエイミー!」


 実力差は歴然―――クソ、こんなヤツ相手にどう戦えばいいんだよ。




~デンデラ大砂漠・遺跡の森付近・第一部隊方面~



「トトメス殿が突破口を開いたぞ!我らも続け!!」


「砂塵の牙どもは遺跡の残骸に身を隠している!狼狽えずに攻め滅ぼすのだ!」


 雄叫びをあげ進軍する王国軍の兵士たち。戦闘が始まり1時間―――戦局は次第に変わりつつあった。


「しまった、矢がもう尽きた―――誰か補給を!」


「こっちはもう手一杯だ!戦線を維持できない!一旦退かねばやられる!」


「馬鹿野郎!どこに逃げ場があるってんだ!」


「アズラーンの騎士団が苦戦している‥‥相手は誰だ!?」


 体勢を立て直し始めた王国軍の勢いに圧され、数で圧倒的に劣る砂塵の牙は次第に追い詰められていく。負傷者の数はとどまらず、戦意を喪失したものは戦線を放棄した。仕掛けた罠も全て破壊され、使役していた魔物も討ち破られた。


 勝ちの目は完全に消えた、もう戦えない。しかし――――。


「戦う気が無いなら下がりなさい、邪魔よ」


 全てを諦め、心が折れかけた戦士たちの前に―――勝利の女神は降臨した。


「ヘ、ヘイゼル殿‥‥!」


「ふん、情けないわね」


 ヘイゼルの杖から視界を全て覆うほどの強大な炎の渦が吹き荒れた。苦悶の声と共に倒れ行く王国軍の兵士たち。圧倒的な魔法の力を前に近づくことすらできず、その有様は戦いというよりも蹂躙に近い。200年を生きる魔女を相手取るには、彼らはあまりにも脆弱すぎたのだ。


「ジルの魔力がさっきから弱くなってる―――本当はこんな戦場放っておいて今すぐ駆け出したいけど、そんなことしたらアイツはきっと私を叱りつける」


 だから。


「シャキっとしなさいアンタたち!アイツが命張って戦ってんのに、勝手に諦めるとか許さないんだからね!」


「お、おう!戦いはまだ終わってない!」


「すまねえ‥‥!ヘイゼル殿の言う通りだ!!」


 ヘイゼルに喝を入れられ、士気を取り戻した砂塵の牙たちは見違えるように奮闘した。守りを固め、負傷者を後方へと下げる。もはや戦意を喪失する必要なんてない。彼らはただ待てばいいのだ、ジルがメリアメンを撃破したという輝かしい報せを。




 ~デンデラ大砂漠・遺跡の森・第二部隊方面~



「キハハハ!やるなァ貴様!!首を何度も刎ねたつもりが、まだ数カ所の切り傷だけて済んでいるとは!!」


「そりゃどうも!てめーこそ、体全身の骨を粉々に砕いたつもりだったが‥‥まだ立ち上がるとは恐れ入ったぜ」


 気味が悪い、とカインは思った。


 このトトメスと言う男―――さっきから何度打ちのめしても笑いながら立ち上がってくる。ダメージは圧倒的にヤツの方が上、こちらは少しの負傷で済んでいる。それなのに何故・‥‥。


 何故、ヤツは笑っていられるんだ?


「トトメス殿!我らも加勢します!」


「要らん、それより貴様らはさっさとハビンに向かえ」


「ですが‥‥」


「いいから行け。先ほどから戦場の雲行きが怪しい、我らが太陽の機嫌を損ねる前に屍の山を積み上げるのだ」


「―――はっ!」


 トトメスの指示を受け、王国軍の一部隊がハビンへと先んじて侵攻した。自らの横を走り抜ける兵士達を止めるでもなく、カインはただじっとトトメスを見据えていた。


「お前、バカそうだけど意外に智将タイプだったりするのか?」


「キハハハハ!!俺はバカではない!親衛隊の中では一番頭がキレると評判だからな!」

「それに、バカさでいうなら貴様の方がバカだ!ハビンに向かった我が部隊を止めることなく、何もせずに見逃したのだからな!」


「まぁ、あの程度の奴らがハビンに向かったところで別に問題はねーよ。ハビンにはとんでもなく頑丈なエルフの騎士様が留守番しているからな」




~サン・クシェートラ王国・居住区・ホル~



「スピカ、そろそろご飯にしようか」


「パニーニ区長‥‥うん、そうだね」


「どうしたんじゃ、浮かない顔して」


 愁いを帯びた瞳でじっと窓の外を見つめるスピカに、区長は心配そうに問いかけた。


「砂塵の牙の人たちがね、ジルさんたちを連れて行っちゃったんだ。今日は兵隊さんたちがバタバタしていたし――――危ない目に遭っていないか心配で‥‥」


「なるほどのぅ―――なら、お天道様にお願いでもしてみるかの」


 そう言ってパニーニは静かに手を合わせ、祈るように瞳を閉じた。


「区長?なにしてるの?」


「ジルさんたちの無事を、お天道様にお祈りしているんじゃよ。彼らが無事でありますように、早くスピカの元に帰ってきますように―――ってのぉ」


「お祈り‥‥」


「わしのような老いぼれの願いはともかく‥‥お前のように優しく信心深い魂をもつ子どもの願いなら、お天道様も聞き入れてくれるはずじゃよ」


「・・・」


 パニーニの見よう見まねで、スピカも静かに祈り始めた。ジルたちが無事に帰ってくること、ただそれだけを胸に――――。


「‥‥はぁ、一応太陽にお願いしてみたけど―――でもやっぱり心配だなぁ」


「ははは、心配せんでも大丈夫じゃ!彼らはきっと、またここに帰ってくるよ。さ、メシだメシ」


「もう、区長はいつもそうやって笑って誤魔化そうとするんだか―――ら」


「どうしたスピカ、はよう食べんと冷えてしまうぞ」


 何かに気を取られるように外の景色に釘付けになっている彼女に、パニーニは呆れながら声をかけた。


「雨、降ってきたみたい」


「――――そうか」


「変なの、さっきまであんなに晴れていたのに」


「それよりスピカよ、お前体調は大丈夫か?変な感じがするとか、痛い所はないか?」


「別にないけど‥‥いきなりどうしたの?」


「いや―――何もないならいいんじゃよ」


「ふーん、変な区長」





 ~デンデラ大砂漠・遺跡の森付近~



「真の姿を解放した我ら兄妹の攻撃すら通さぬとは‥‥」


「諦めるな兄貴、まだ負けと決まった訳じゃない!」


「いいや、お前達の敗北だ」


 燃え盛る太陽の化身は、僅かな希望すら残さぬよう残酷な真実を口にした。


「こうして話している間にも、俺の魔力は上昇しつづけている。今の俺に傷一つ付けられぬお前達では―――絶対に勝つことはできん」


「そんなもの、やってみなくては分からないだろうが!!」


 怒りに身を任せた攻撃で、パーリはメリアメンの肉体へと自身の鋭い爪で切りかかった。しかし、彼女の鉤爪がメリアメンに触れた瞬間―――まるでバターのように先端が溶けてしまった。


「ッ!?」


「無駄だと言っている」


「パーリ!」


 咄嗟に繰り出されたジャワの防御魔法によって守護されるパーリ。しかし―――。


「こんなもの、我が太陽の肉体の前には通用せん」


 メリアメンは強固な結界ごと、パーリの体を炎熱槍で貫いた。


「ごほっ‥‥」


「パーリ!!おのれ‥‥メリアメン!!!」


「待つんだジャワ!冷静さを欠いては相手の思うつぼだ‥‥!」


「おおおおお!!」


 制止するジルの声すら振りほどき、ジャワは怒涛の勢いでメリアメンへと槍を振りかざさす。飛び掛かるジャワをメリアメンはいとも簡単に片手でつかみ取ると、そのまま地面へと叩きつけた。そして‥‥。


太陽爆炎(サン・フレア)


 大気が震えるような爆炎を、倒れこむジャワへと無慈悲に撃ち放った。


「ジャワ‥‥!」


「まずいですよジル様!お二人とも致命傷です‥‥!」


「分かってるよそんなこと!」


 腹を貫かれたパーリと、無防備な体に超高火力の爆炎を放たれたジャワ。どう考えても勝負ありだ。これ以上戦うことなんて出来る訳がない。仇を取ってやりたいが、無策で突撃しては僕まで二の舞になってしまう。


 本当は今すぐ逃げだしたい、でも―――。


「ここで引き下がる訳にはいかない!」


 なけなしの勇気を振り絞り、僕は剣を構えてメリアメンの眼前へと立った。


「なるほど―――貴様は賊ではなく戦士の類いであったか。だが、愚かだ」


「愚かなのはお前の方だ、メリアメン!」


「!?」


 それは突然の出来事だった。


 地面に倒れこんでいたはずのジャワは、いつの間にか姿を消し―――メリアメンの背後へと回っていた。そしてそのまま、メリアメンの動きを封じるように飛びついた。


「完全に気配は消えていたハズ‥‥貴様いつの間に…!離せ!!」


「私たちは純粋な人ならざる人外、接近さえすれば気配を消して不意を突くなど造作もありません!!」


「おのれ、どこまでも小賢しい‥‥!!」


 炎熱槍を振るい、全てを炎で消し飛ばそうとするメリアメン。しかし、槍は彼の意志に反して微動だにしなかった。


「残念だったな―――もう二度と離すかよ」


 腹を貫かれたパーリが、自身の腹から炎熱槍を抜けぬように握りしめていたのだ。これではもう、槍は使えない。


「貴様ら―――!!」


「今だ神獣殺し!メリアメンに―――とどめを!!」


「パーリ‥‥!」


「迷うことはありません!!言ったはずですジル殿!我ら兄妹‥‥勝利のためなら命を捧げる覚悟であると!!」


「ジャワ‥‥!」


 腹を貫かれながらも、超高温の肉体にしがみつき、身を焼かれながらも―――あの兄妹は、とうに覚悟を決めている。


 覚悟が足りないのは―――僕の方だ。


「エイミー!!バックアップ頼んだ!」


 余計なことは考えない。ただ、斬って終わらせる。失敗したらだとか、仕留めきれなかったらだとか―――そんなことは全て、死んでから考えればいい。


「覚悟しろ―――メリアメン!!」


「無駄だ!!貴様如きの剣では我が灼熱の肉体に触れることすら敵わない!その矮小な剣と共に溶け去って終わりだ!!」


「それでも――――!!」


 それでも、僕はお前を斬る!!


「はあああああ!!」


 グシャリ、と奇妙な感触が両手をつたって体全身を駆け巡る。


 力いっぱい振りかざした僕の刃は―――何に拒まれることも無く、メリアメンの肉体を一直線に斬り裂いていた。


「馬鹿な‥‥貴様如きの剣で、何故ッ‥‥!」


「お前の負けだ、メリアメン‥‥!」


 首元から下腹部までにわたる大きな傷口から、夥しい量の血があふれ出し―――ついにメリアメンは膝をついた。


「私は倒れぬ―――太陽が我が頭上で輝く限り、何度でも‥‥」


「いいや、お前の負けだよ」


 彼はもう、立ち上がれない。その答えを残酷につきつけるように――――天より零れた一筋の雫が彼の頬を濡らした。


「これは‥‥」


 雨だ。


 いつの間にか太陽は分厚い雲に遮られ、突如として雨が降り始めたのだ。


「太陽の輝きが無ければお前の祝福は発動しない、その傷はもう―――塞がらないんだ」


 数分前までははち切れんばかりに溢れていた魔力も、今となっては見る影もない。まるで太陽に見放されたかのように―――彼の体は衰弱しきっていた。


「天は貴様らに味方した‥‥か」


 敗北した自分を嘲るように、メリアメンは小さな声で呟いた。


「ジル殿‥‥勝ったのですね」


「やったな―――神獣殺し」


 傷だらけの二人が、ボロボロになりながら僕の元へと歩いて来た。


「なぁ、二人とも。メリアメンのことなんだけど‥‥」


「メリアメン隊長!!」


 僕が言葉を言い終えるより前に、一人の男が突然メリアメンの元へ飛び立ってきた。


「お前は――――」


 ヨミだ。隊長であるメリアメンの魔力が急激に弱まったのを感知して駆けつけて来たのだろう。


「貴様たちがやったのか‥‥!」


「待て‥‥ヨミ。彼らには手出しをするな」


 耳をツンと突き立て、怒りを露わにするヨミをメリアメンは諫めた。


「何故ですか隊長!このようなことが知れたら、我が軍は総崩れになります!」


「それでいい」


「!?」


「我が国のため隣国ハビンを犠牲にする―――その王の決断を俺は最後まで信じ切ることが出来なかった。だから、最初から決めていたのだ‥‥もし俺が何者かに敗れるようなことがあれば、全ての兵を撤退させるとな」


 そう言って、メリアメンはどこか満ち足りたような表情で笑った。


「見るがいい、ヨミ‥‥他国を理由なく脅かす我らの蛮行に、天も泣いておるわ。ここで俺が倒れることが―――いや、そこの彼らの存在こそが、太陽の御意志に違いない」


「何を言っているのです!貴方が倒れれば、サン・クシェートラはイリホルの私物と化してしまう―――だから、生きてくださいメリアメン隊長!!」


「喚くな、ヨミ‥‥俺の跡はお前が継げ‥‥そして我らが王を‥‥命に代えても‥‥」


「メリアメン隊長!!目を開けてくれ―――メリアメン隊長!!!」


 かたく瞳を閉じたメリアメンの体を、ヨミは何度も何度も揺さぶった。天が泣いているのは、きっと―――サン・クシェートラの蛮行を嘆いているばかりではない。最期まで王国の為に殉じた王国最強の戦士を、その勇姿を―――もう二度と見ることが出来ぬことに涙しているのだ。


「・・・・・」


「ジル様、いまの状況で親衛隊と戦えば―――」


「分かってる、エイミー」


 ヨミがどう動くは予想がつかない。でも、きっと彼なら‥‥無駄な血を流すようなことはしない。


「安らかに眠ってくれ、隊長。たとえ死せるとも‥‥王国最強は貴方だけのものだ」


 ヨミは静かにそう呟くと、倒れこむメリアメンを優しく抱き上げた。そうして、首元の小さな通信石を介して全部隊に命令を告げ始めた。


「全軍に告ぐ―――総隊長であるメリアメン殿が、砂塵の牙の手によって討ち取られた。これ以上の戦いは無用だ―――各員、直ちに戦闘行為を終了し、本国まで撤退せよ。繰り返す―――」


「・・・」


 本当なら、ヨミは今すぐにだって僕たちを殺したいだろう。だが、彼は己の意志よりも隊長の言葉を優先した。その気高さは、潔く敗北を認めたメリアメンとよく似ていると僕は思った。


「ヨミ‥‥」


「何も言うなジルフィーネ。お前達が勝ち、我らが負けた―――それだけだ」


 そう言い残すと、降りしきる雨をものともせず、ヨミはメリアメンを抱えてどこかへと消え去った。


「ふぅ‥‥戦闘になればどうしようかと身構えていましたが―――余計な心配だったようです‥‥ね」


「兄貴!?」


 バタリ、と突然ジャワが倒れこんだ。よく見るとその体は―――目も当てられぬほどに傷を負っていた。


「おい兄貴!しっかりしろ!!」


「パーリ、戦闘が終わったなら元の姿に戻りなさい。その姿は通常時より多く魔力を消耗してしまいますよ」


「どうだっていいだろ、そんなこと!!さっさとハビンに戻るぞ、そこで治療を受けるんだ!」


「応急処置ならエイミーでも‥‥!」


 僕は助けを求めるように、急いでエイミーの方へ振り返った。


「ジャワさんは―――メリアメンの動きを封じる為に、ずっとメリアメンの灼熱のごとき身体を抑え込んでいました。この傷は、もう‥‥」


 この傷はもう、なんだ。


「おい、嘘だろエイミー‥‥」


「いいのです、ジル殿。この結末は‥‥最初から予期していたものでしたから」


「諦めるなよ‥‥アンタにはまだやるべきことが残っているんだろ!?」


 王国をより良い方向に変えていくなら、むしろこれからが本番じゃないか。リーダーである彼が居なくなってしまえば‥‥後に続く者達はどうなってしまうんだよ‥‥!!


「そうだ兄貴―――砂塵の牙には、兄貴が必要なんだ!」


「これからは‥‥お前が皆を導くのです、パーリ」


「無理だよそんなの!私は兄貴みたいに上手にできない‥‥一人じゃだめなんだ…!」


「それでも、やらねばならない。砂塵の牙のリーダーとして父の跡を継いだあの日から‥‥我らの使命は決まっている」


「兄貴‥‥」


「ジル殿、どうか――サン・クシェートラに真の太陽を。我が妹を、どうか――」


 それ以上‥‥彼が言葉を紡ぐことは無かった。


「ジャワ‥‥!!」


「兄貴‥‥!!兄貴!!!!」


 王国軍と、レジスタンス連合軍。デンデラ大砂漠の遺跡の森でぶつかり合った両軍の戦いは、王国軍の撤退という形で一応の決着を見た。しかし、互いに欠けがえのない指導者を失った―――両軍には、重く、苦しい空気が流れていた。




 ~サン・クシェートラ王国・黄金宮殿・王の間~




「メリアメンが敗れた――――だと」


「はい、我が軍は既に撤退を始め―――」


「何故だ、メリアメン」

「お前だけは―――死ぬまで私の元を去らぬと言っていたではないか‥‥!」


 イリホルの報告を聞き終える間もなく、王は感情を爆発させた。あろうことか、王は作戦の失敗よりも―――ただ一人の男の喪失を嘆いていたのだ。


「王よ、幼少の頃より親交のあった彼の死を憂うのは分かります。ですが―――今こそ決断の時ですぞ」


「決断だと!?貴様に進言をうけて行ったこの戦争も、我らの敗北に終わった!そればかりかメリアメンまで失う始末‥‥!!もはや太陽は我らを見捨てられたのだ、この王国は、もう―――!」


「気を確かに、王よ。報告はまだ終わっていません」


「なに‥‥?」


「先ほど、聖都より文が届きましてな―――何でもアズラーンめを解放しなければ、5人の外征騎士を派遣し、我が国を殲滅すると、そう脅してきたのです」


「外征騎士が‥‥5人だと?!」


 外征騎士5人に攻められれば―――サン・クシェートラは地図から消え去ってしまうだろう。いかに強力な国力を持つ大国といえど、外征騎士の脅威には敵うべくもない。


「ア、アカネを呼べ!|ギルド連盟に要請し、偉大なる六人レデントールを結集させろ!我が国を守らせるのだ!!」


「そうしたいのは山々なのですが‥‥」


「な、なんだ!申せイリホル!!」


「実はあの女‥‥つい先日からまるっきり部屋に帰らず、どこかへと姿を消してしまったようなのです」


「な、なんと――――」


 お終いだ。もう、この国に未来はない。そう言いかけた彼を説き伏せるように――妖しくイリホルが囁いた。


「王よ、この国を救う方法ならまだあります―――」


 追い詰められた王は、もはや藁にも縋るしかない。


 イリホルの提言を受け、王は静かに首を縦に振った。


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