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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第4章 砂塵舞う王国
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第86話 奮わぬ千弓

 ~サン・クシェートラ王国・黄金宮殿~


「王よ、手筈通り我が軍はハビンへの侵攻を開始しました。今頃はメリアメン隊長がうまくやってくれている頃でしょう」


「‥‥そうか」


 イリホルの報告を聞き、クヌム王は辛そうな表情で頷いた。


「はは、そう心配されずとも良いですぞ。王はただ勝利を確信して待っておられれば―――」


「違うのだイリホル、私は戦果を疑っているわけではない。我が国を救うために、隣国を滅ぼす選択しかできなかった己の浅ましさを恥じておるのだ」


「まさか、ご自身の選択を後悔されていると?」


「いいや、後悔などせぬ。我が選択は正しい‥‥正しいはずだ。たが、もし父上や兄上がご存命であったなら―――血を流すことなく救済の道を見出せていたかもしれぬ」


「・・・」


「いかんな、王たる者が弱音を吐くなど‥‥それこそ若くして太陽の元へと昇られた兄上に顔向けが出来ぬ。せめてこの戦いがサン・クシェートラ最後の流血であることを祈ろう」




 ~デンデラ大砂漠・遺跡の森~



「損害状況は?!」


「分かりません!東西南北あらゆる方向から敵が‥‥!魔物まで…!」


「こっちは炎の雨だ!敵は遺跡の森に隠れてやがるぞ!」


「我らの侵攻ルートや部隊の配置、対魔法装備の有無に加え地盤沈下を誘発するほどの(トラップ)―――こちらの情報は全て筒抜けか‥‥!敵の数はそう多くはない、落ち着いて迎撃に当たれ!」


 突然の奇襲に慌てふためいた兵士たちは散り散りとなり、数の優位を捨て各個撃破されていく。砂塵の牙の作戦は、彼らが想定していたよりも効果覿面であった。だが、それは決して奴らの作戦が完璧であったからではない、今回の侵攻に参加した3000人の王国兵―――その練度が圧倒的に足りない。


 熟練の兵の多くは侵攻に参加せず、何故だか若い新兵や経験の少ない者たちばかりで部隊は構成されていたのだ。此度の兵の選出を行ったのは他でもない宰相イリホルであった。


「竦むな!守りを固め反撃の機を伺うのだ!敵はそう多くはない!!」


 今まで一度も軍事には興味を示さなかった男が、この戦にだけは口を出してきた。つまりヤツは、この戦いで私を‥‥。


「舐めるなよ老害が‥‥このメリアメン、必ずや生きて凱旋して見せる!」






「想定よりもかなり混戦している―――流石は聖都の騎士団、数の差をものともしない優れた戦闘技術ですね‥‥!」


「感心している場合じゃないだろ兄貴!!こちらが圧し負ける前に早いとこメリアメンを仕留めるぞ!」


 混沌と化した砂漠の戦場をパーリの操るデザートウルフで駆けながら、僕たちは総大将メリアメンの元へと急ぐ。奇襲が成功したお陰で今はこちらが有利に戦闘を運んでいるようだが、圧倒的に数で勝る王国軍は次第に息を吹き返すだろう。そうなる前に、なんとしてでもこの好機を活かさなければならない。


「なぁ、二人とも。メリアメンと僕が戦闘を始めたら、できるだけ距離を取って援護に徹してくれないか?」


「何を言っているんだ神獣殺し。お前一人で突っ込むよりも三人がかりで挑んだ方が良いに決まってるだろ」


「僕はまだ僕自身の力を制御しきれていない‥‥近くに居れば、メリアメンだけでなく二人まで傷つけてしまうかもしれない」


「そんなこと言っても――――」


「パーリ、ここは彼の言う通りにしましょう」


 食い下がろうとしたパーリを、ジャワが静かに諫めた。


「ジル殿の力になりたいというお前の気持ちも分かる、だがそれで彼の足手まといになっては元も子もないでしょう。大いなる力とは敵味方の区別なく多大な影響を及ぼすもの‥‥お前なら分かりますね」


「‥‥分かった。でも、神獣殺しがメリアメンに負けそうになったらその時は―――」


「ええ、その時は我ら兄妹の力を存分に披露するとしましょう」


「ジャワ、パーリ‥‥ありがとう」


 これで、手加減無しで戦える。


「もうすぐメリアメンの部隊に接触する!!兄貴も神獣殺しも、準備は――――」


「ッ!止まりなさいパーリ!」


 突如としてジャワが張り裂けるような叫び声を上げた。その声に反応し、パーリは半ば反射的にデザートウルフの手綱を力いっぱいに握りしめる。しかし‥‥回避行動をとるには彼らの判断はいささか遅すぎた。


「グオオオッ!」


 聞くに堪えない苦悶の声を上げるデザートウルフ。その瞬間、巨大な何かに衝突されたかのようにデザートウルフの身体は軽々と宙を舞う。


「うわあ!?」


 背中に跨っていた僕たちは空中へと無造作に放り出され、勢いそのまま地面へと落下した。


「ご、ご無事ですかジル殿!!」


 砂まみれになりながら、ジャワが急いで僕に肩を貸した。唖然とした様子で僕はのそりと立ち上がる。この一瞬の出来事を―――僕の脳はまだ処理しきれずにいた。


「いま、何が起こったんだ?」


「長距離から我らの駆るデザートウルフが矢で狙い撃ちにされたのです‥‥!」


「矢で!?」


 今の衝撃は弓矢の射撃というよりも、近代兵器の恐ろしい爆発力を彷彿とさせるレベルのものだったぞ‥‥!?


「親衛隊です!千弓のヨミ‥‥この戦場のどこかにヤツがいる!」


「ヨミ―――?」


 石室から僕を連れ出し、石碑を解読させた獣人の青年。そういえば、彼もメリアメンと同じ親衛隊なのであった。できることなら彼とは戦いたくない―――でも、彼が襲ってくるというのなら――――。


「クソ、四肢を完全に射貫かれてる‥‥兄貴!ウルフはもう歩けないぞ」


 力無く横たわるデザートウルフのそれぞれの脚に、痛々しく矢が突き刺さっている。5mを超える巨大な狼の魔物を矢の力だけで軽々と吹き飛ばすだけでなく‥‥信じられないことに、一度に4本の矢を放ち全て別々の場所に同時に命中させたのだ。


 想像を絶する卓越した技術の狩人(ハンター)、というよりは恐ろしき狙撃手(スナイパー)と表現する方が適切だろう。


「神獣殺し、お前は先に進め!厄介な弓使いの相手は兄貴と私で請け負う!」


「駄目だ、僕も残る!」


「バカかお前は!メリアメンと戦う前に消耗してどうする!?」


「あれほどの狙撃手を前に背中を見せる方が危険だ!遮蔽物や通行人の多い町中ならまだしも、こんなだだっ広い砂漠では逃げようがない!」


「ですが―――相手の場所も分からぬというのにどう戦うと?」


 どう戦うだって?そんなものは決まっている、こんな状況下で僕が切れるカードはこの一枚しかない。


「・・・」


 僕は意識を集中させ、身体の奥底に眠る原種の力を呼び覚ました。体中の臓器がはち切れんばかりに脈動し、血液が踊るように血管を流れていく―――。


「ジル殿、そのお姿は‥‥!?」


「神獣殺し―――お前、魔族だったのか!?」


 豹変した僕の姿を見て、二人の兄妹は驚きを隠せないでいた。だけど今はいちいち説明している時間はない。早々にヨミを抑えなければ。


「‥‥」


 瞳を閉じて耳を澄ませる。ぶつかり合う金属の音、兵士たちの怒号、荒々しい足音―――その全てをかき分け、相手の位置を探っていく。ヨミが次の矢を放てば、必ず風を切る矢の音が聞こえるはずだ。


「―――そこか」


 ジルはそう呟くと同時に、大太刀を横一直線に薙ぎ払う。その瞬間、ジルの周辺に巨大な爆発が巻き起こった。


「ジル殿‥‥!」


「神獣殺しのヤツ――――まさか飛んできた矢を切り落としたのか‥‥!?」


「・・・」


 南南西に約1132m、遺跡の残骸の上から他とは違う不自然な風切り音が聞こえた。間違いなくヨミはそこに居る。しかし、着弾時に爆発する矢を撃ってくるとは想像してなかった‥‥斬るタイミングを誤っていれば僕の方も危なかったな。


「二人とも、なるべく姿勢を低くしてデザートウルフの近くに身を隠した方が良い」


「相手の場所が分かったのですか?ならそこに手練れの同胞たちを向かわせましょう、そうすれば‥‥」


「いや――その必要はなさそうだ」


 ドフン!と、何かが落下する衝撃と共に巨大な砂煙が突如として前方に立ち込めた。そしてその砂煙の中から、堂々と一人の男が現れた。


 対策を練る隙すら与えてくれない――――まさか、たった一度の跳躍でここまで跳んでくるとは。いかに獣人といえど常識外れの脚力だ。


「まさか貴様も砂塵の牙のメンバーだったとはな」


 頭にツンと生えた獣耳に、切れ長の美しい目―――そして人間とは比べものにならないほど強靭かつしなやかな四肢を持つ獣人、ヨミ。彼は僕を一目見た瞬間、吐き捨てるようにそう言い放った。


「ただ協力してるだけだ、別に彼らの同胞だとかになったつもりはない」


「どちらも同じことだ。貴様が剣を振るえばサン・クシェートラの平和が脅かされる、故に―――狩るぞ」


 ほんの一瞬瞳を閉じた瞬間、ヨミが視界から消えた。そうしてもう一度瞬きをした時には、空から雨のように鋭利な矢が降り注いでいた。


「上か」


 僕は大太刀を自在に振り回し、降り注ぐ矢をすべて撃ち払った。しかし―――そこにヨミの姿は無かった。


「下です!ジル殿!」


「!」


 ジャワの叫び声を聞き、咄嗟に回避行動をとる。だがヨミはその回避行動すらもすでに予期していた。


「遅いな」


 ヨミは回避した先に回り込み、強烈な蹴りをジルの懐に炸裂させた。防御すらできぬ完全なる不意打ち‥‥軽々と吹き飛ばされていくジルに狙いを定め、ヨミは更なる追撃の矢を撃ち放つ。


「射貫け、そして死ね」


 わずか一瞬のうちに放たれた矢の数は、実に20本。その全てが炎、氷、雷、毒―――様々な属性を付与された特別な矢。どれか一つでも肌に触れれば大怪我は免れない。


 だが―――20本の矢は全て、残酷にもジルの身体を射貫いてしまった。


「くそ、アイツ神獣殺しを‥‥!」


「パーリ、剣を抜くのです!我らも加勢します!」


「‥‥いや、大丈夫」


 しかし、ヨミへ戦いを挑もうとする二人をジルは制止した。


「このくらい、正直なんともないからさ」


 そして、身体に刺さった矢を次々と強引に引き抜いていった。矢が抜ける度に傷口から真紅の血が噴き出す。だが、血が噴き出すとほぼ同時に傷口も塞がっていく―――たとえ親衛隊一の弓使いの矢であろうと、原種の肉体にとっては矮小な針と何ら変わりないのだ。


「やはり生半可な矢では駄目か」


「いや、案外そうでもない。チクチクして結構痛かったぞ?まぁ、痛いだけで特にダメージは無かったけど」


「そうか―――ならば、とっておきをくれてやる!」


 体全体をバネのようにしならせ、ヨミは空高く宙を舞う。そうして僕の眉間に狙いを定めて矢を構えた。


「また矢の雨を降らすのか?」


「いや、残念だが今度は先ほどの小手調べとは違う。魔力のみで精製された純度100%の魔法矢(マジック・アロー)だ!」


 魔法矢―――確かもともと物質として存在する矢に火や雷などの属性を後天的に付与する属性矢(エンチャント・アロー)とは違い、魔力を綿密に編み込んで1から精製して作られる特別な矢のことだ。


 ユフテルのプレイヤーのほとんどは弓を扱う際は属性矢を使用していた。属性矢は魔法矢に比べてどの職業でも扱いやすく使用難易度も低い。そのうえ拡張性に富んでおり、様々な戦局に対応できるし、大量生産して保存だってきく。


 それに比べて魔法矢は純粋な魔力の塊であるが故に、1本の矢として維持・保存をするのが難しい。ほとんどの場合は戦闘中に精製し、即座に放つ必要がある。ハイレベルな技巧と魔力を持つ、才能に富んだものでなければ扱うことすらできない上級者向けの代物だが―――上記の欠点を孕んででも、魔法矢を使用する冒険者は多い。


「母なる太陽よ、その輝かしき極光を千弓の名のもとに借り受けん」


 何故なら魔法矢は―――属性矢の数十倍以上もの火力を有するからだ。


「!」


 ヨミの弓に、途轍もない密度の魔力が結集していく。やがて魔力は眩い光を放つ一本の矢へと姿を変えた。魔力の量から察するに、あの矢が地面にかすりでもしたら、恐らく数百メートル規模の大爆発が起こるだろう。


「デンデラの太陽―――その光を受けてみるがいい!」


 そしてついに、超極大の光の矢が一寸の狂いもなくジルの元へと放たれた。


「・・・!」


 ヘイゼルの炎の槍(アグニーラ)―――いや、あの矢はそれを優に超えている。原種の肉体を加味しても、傷を負うのは間違いない。流石にとっておきと言うだけのことはある。


「だが―――撃ち落とすのは造作も無いことだ」


 僕は大地を大きく蹴り、迫りくる光の矢めがけて飛翔した。そして―――。


「自ら突っ込んだ‥‥何の真似だ!?」


「ッ!」


 魔力を纏わせた大太刀を振りかざし、レーザービームの如き光の矢を真っ二つに切り裂いた。光の矢は空中で巨大な爆発を引き起こし、その風圧は地上から見上げているジャワ達の身体を大きく揺さぶった。


「馬鹿な、たった一振りで――――!」


「少し痛いぞ」


「!?」


 驚きの余り硬直するヨミに、ジルの踵落としが炸裂する。はたき落されたヨミは防御すらできずに地上へと打ち付けられた。


「ぐ‥‥こんなはずじゃ‥‥」


「もう立つなヨミ、お前とは戦いたくない」


 弓を構え、再び矢をつがえようとしたヨミに僕はそう言い放った。


「ふざけるな、まだ決着はついていない!」


「ああそうだな。でも決着をつける必要もない」


「貴様何を言って‥‥」


「お前―――どうして地下牢で僕に石碑を読ませたんだ」


 何かを言い放とうとする彼の言葉を遮って、僕は言った。


「本当は疑問に思っているんだろ、今の王様のやり方に」


「・・・」


 ヨミは地下牢で、スピカの生贄の儀式を野蛮なものと不快感を示していた。それだけでなく、今の国の現状は神話が捏造されたせいだとも言っていた。彼が僕に石碑を読ませたのは、神話の真実を知ろうとしていたに違いない。


「サン・クシェートラの王が何をしようとしているのかは知らない。だがどんな理由があっても、無意味な殺戮を正当化する理由にはならないはずだ」


「そんなことは分かっている!だが、私にはどうすることも‥‥」


 それは、一瞬の出来事だった。


「ジル殿!!そいつから離れてください!」


「!?」


 目の前が、突如として巨大な業火で埋め尽くされた。燃え盛る炎はやがて消え、その中から姿を現したのは――――。


「よく持ちこたえた、ヨミ」


「隊長‥‥!」


 親衛隊隊長メリアメン、王国軍の総大将にして標的である彼が―――ついにジルの前へと立ち塞がった。


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