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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第4章 砂塵舞う王国
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第85話 砂塵を駆ける牙


「王を討つとか、唐突すぎて意味わかりません。つーか誰ですかアンタら」


「失礼、名乗りもせずに助力を請うなど―――どうか無礼をお許しください」


 エイミーに促されるまま、男は自らの正体を明かした。


「私の名はジャワ、こちらは妹のパーリと申します。我ら兄妹は乱心した王から元のサン・クシェートラを取り戻すために結集したレジスタンス、砂塵の牙のリーダーを務めている者です」


「砂塵の牙‥‥私それ知ってる!兵隊さんに捕まりかけたとき、ローブを着た人たちに助けてもらったよ!」


 目をキラキラと輝かせながら、スピカは興奮した様子で訴えかけて来た。


「あんた達がスピカを助けたのか?」


「私ではありませんが、我が同胞であることは間違いないでしょうね。我らは王の狂気より民を守るためならば、血を流す覚悟。いたいけな少女を災いの子として貶める王の蛮行は、見逃せません」


 この王国には、ホルに住んでいる人たち以外まともな人間はいないと思っていたけど―――どうやらそうでもないらしい。スピカを災いの象徴とする王に対し、異を唱える存在がいる。それだけで、僕は何故だか安堵に近い感情に包まれた。


「我らはずっと待っていました。たとえ暴力的な手段を使わずとも、抗議を続けていれば王は自らの過ちに気づき、より良く国を治めてくれると―――しかし、そうはならなかった」

「建国以来信じられてきた神話を否定し、巨大な魔物を神獣として祭り上げるばかりか、生贄などという野蛮な行為を信仰するようになってしまったのです。もはやこれ以上は見過ごせません‥‥我らの平和の為には、王を討つ以外他に方法は無い」


「それで、どうして僕なんだ」


 何故彼らは、この国の民でもない部外者である僕を頼ろうとするのだろう。


「あなたはあの強く恐ろしい神獣を打ち倒した。その腕と勇気を見込んで、我らと共に肩を並べていただきたいと思ったのです。あなたが協力してくれるならば、同胞たちの士気も上がります」


「王を―――殺すつもりなのか?」


「他に、道が無いのであれば」


 ジャワは僕の瞳を真っ直ぐに見据えて、そう言い放った。


「テロリストに協力してやる必要なんてないですよジル様、こんなの危険なだけで私たちに得がありません。他を当たってもらいましょう」


「そ、そんな‥‥お待ちください!王を打ち倒し、王国に平和が訪れた時には必ずやご恩をお返しします!」


「そんなこと言われてもですねぇ。ぶっちゃけレジスタンスが王様の親衛隊たちにやられる未来しか見えないというか‥‥」


「私たちに協力しなければ、お前達も不幸を見ることになる」


 エイミーの言葉に腹を立てたのか、沈黙を保っていた女性のレジスタンス―――パーリが不機嫌そうに口を開いた。


「王は明日、隣国であるハビンへと戦争を仕掛ける。ハビンが戦場となれば、砂漠へ足を踏み入れる時に預けた荷物は全て戦利品として兵隊どもに回収されてしまうぞ」


「な!?」


 砂漠を渡るために、僕たちはほとんどの食料や荷物を馬車と共にライーネの町に預けて来た。確かアカネの話では、荷物は後から砂漠の出口にあるハビンという町に送り届けられる手筈だと言っていた。本来であれば今頃僕たちはとっくに砂漠を抜けている予定だったし、これだけ日が経てばもう荷物はハビンに届いているだろう。


 つまり、王がハビンに侵攻すれば僕たちの荷物も無事では済まないと言うことだ。


「クク、もはや我らは運命共同体―――観念して協力するがいい」


「パーリ、そのような口の利き方をしてはなりません。あくまで我らはお願いベース、そのような物言いは無礼に値します」


 兄に叱られ、パーリはきまりが悪そうに眼を逸らした。


「・・・」


 侵攻が明日であるなら、まだ猶予はある。今から全力でハビンへ向かって荷物を回収して砂漠を出ればいい。だが、そんな面倒な手を使うくらいなら彼らに協力した方がずっと良いに決まってる。うまくいけば地下牢に居た彼や、いわれのない風評被害からスピカを救えるかもしれない。


「分かった、協力する――――僕は何をすればいい?」


 悲壮な表情を浮かべるエイミーを無視して、僕は二人へと問いかけた。


「おお、ありがたい!今の我らの喫緊の課題は王国軍のハビン侵攻を食い止めること‥‥ジル殿にはその要になってもらいたいのです!」


「細かい事情は後で話すから、今は取り敢えずついてきて」


 ジャワとパーリに導かれるまま、僕たちは居住区を後にした。






「また厄介なことを引き受けてしまいましたねぇ‥‥」


「仕方ないだろ、ハビンを侵略されちゃあ僕たちも困るんだし」


 ジャワたちに案内されたのは、郊外の交易所だった。そこには彼らの同胞が多く潜伏しているらしく衛兵たちの目を盗んで容易に脱出できるらしい。僕たちは予め用意されていた牛と馬の混合生物のような生物に乗り、作戦の拠点であるハビンに向かっている―――という状況だ。


「スピカ一人で大丈夫かなぁ」


「ご安心してください、同胞の何名かを彼女の護衛につけました。有事の際は、彼が命を賭して守るでしょう」


「同胞って、レジスタンスの―――砂塵の牙のメンバーのことだよね。全部で何人くらいいるの?」


「ざっと260人くらいでしょうか、そのうち20名ほどが隊長と呼ばれる戦闘を専門にした腕利きたちです。他のメンバーは諜報や救助、資材確保など、様々な任に就いていますね」


 それを取り纏めているのが、この二人―――か。まだ随分と若そうなのに、無茶苦茶しっかりしてるなぁ‥‥。


「ねぇ、あんた」


「ん」


「神獣を―――アバジャナハルをぶった切ったとき、どんな感じだった」


 静かな声で囁くように、パーリは僕に問いかけた。


「どんなって‥‥質問の意図が良く分からないけど、別に大したこと無かったよ。デカくて怖かったけど、斬れば殺せる相手だったし」


 それに比べてアダマント・ゴーレムは本当に恐ろしい相手だった。僕が昔見たヤツよりかなり古びていて、サイズも小さかったからまだ良かったけど‥‥ヤツが作られた当初の万全の状態だったなら勝てなかったかもしれない。


「そうか―――頼りにしてるぞ」


「‥‥?」


 何故そんなことを聞くのか聞き返したかったが、彼女は強引に会話を終わらせた。何となくやきもきした気分のまま、僕はハビンへの道を急いだ。




~ハビンの町~



 デンデラ大砂漠の最東端に位置する小さな町ハビン。そこで僕が目にしたのは、驚くべき光景であった。


「部隊の編制は終わったか!?連中は明日には攻めてくるんだぞ!」


「武器の数は足りているか?足りなければ西門へ来い、そこで配給する!」


「敵の数は‥‥ううむ、やはり多いな」


 町の住民が、一人もいない。いるのは武装した衛兵たちと、ジャワ達と同じローブを纏ったレジスタンスらしき人影のみ。彼らがそこら中を慌ただしく駆け回り、戦に備えて準備をしているようである。町と言うよりも、軍の防衛拠点とでもいうべき風景がそこには広がっていた。


「何か、思ってたのと違う」


「町の民は全員安全な街へと避難させました。ハビンに残っているのは我らのように戦う意志のある者だけです。一から状況を説明して差し上げたいところですが、生憎と今は時間がありません、さぁこちらへ」


 ジャワの後をついていくと、大きな教会の前へと辿り着いた。どうやら、ここが砂塵の牙の作戦本部らしい。


「帰ったぞ!開けてくれ!」


 ジャワの声が響いた瞬間、轟音と共に重厚な教会の扉がゆっくりと開いていく。恐る恐る中に足を踏み入れると、そこにはローブ姿のレジスタンスが地図を広げて議論を交わしていた。


「おかえりさない、ジャワさん!もしかして、その隣にいる方々は―――?」


「ああ、ジル殿とそのお連れの方たちだ。我々に協力し、戦線に加わってくださることになった」


「おお!あの神獣殺しが味方とは、なんと心強い!ともに王国軍を打ち倒しましょうぞ!」


「ど、どうも‥‥」


「ジル様ちょっとした有名人ですね、私も鼻が高いです!」


 いや、こういう皆から期待される立場って凄く苦手なんだけど‥‥どうしよう、もう帰りたくなってきた。


「では早速ですが、作戦の概要をお伝えします」


「は、はい」


「宮殿に忍ばせている同胞からの情報によれば、王国軍は明日の正午ごろにハビンへ侵攻を開始します。兵の数は3000、中には少なくとも2人以上の親衛隊が含まれている。我々はこれを座標αにて奇襲をかけ、総大将の首のみを狙う」


「こちらの戦力は‥‥?」


「砂塵の牙200人、ハビンの衛兵550人、そして――――外征騎士アズラーンの騎士団100人、これが我々の全戦力です」


「アズラーン‥‥」


 そうか、地下に居たのは―――。


「アズラーン!?まさか、外征騎士が一緒に戦ってくれるの!?」


 やはり最初に喰いついたのはリリィだった。エルネスタに痛い目に遭わされたというのに、彼女はやはり外征騎士に並々ならぬ熱意をもっているようだ。


「残念ですがアズラーンは偉大なる六人(レデントール)に敗れ、地下牢に幽閉されています。協力してくれるのは、彼の解放を願う団員の騎士たちです」


「そ、そっか‥‥」


「町の衛兵に外征騎士の騎士団、それにレジスタンス‥‥何とも異色の組み合わせですね。こんな異種格闘技みたいなメンバーどうやって集めたんです?」


 僕が聞こうとしていたことを、一足早くエイミーがジャワへと尋ねた。


「我々とハビンは、以前から協力関係にありましてね。もちろん公的なものではありませんけど―――有事の際はこうして手を取り合うことを確約していたのです。ハビンの衛兵達は、町を守るために‥‥我々は王の蛮行を止めるために、剣を取って戦う」

「外征騎士の騎士団も同じです。自らの君主を救うために剣を取る、今回は偶然三者の利害が一致したということですね」


「外征騎士の騎士団‥‥戦力としては申し分ないけど、何か気に食わないわ。まぁでも、敵と間違えて燃やしちゃったらそれは事故よね?」


「うん、事件だね」


 ヘイゼルの場合絶対わざとだもん。


「こんな大規模な真似しなくても、直接王を暗殺すりゃあ済む話なんじゃねーの?」


「ちょ、カイン言い方」


 この場に居る全員を敵に回すような物言いは勘弁してほしい。


「バカかお前は、王の居室はどんな攻撃も通用しない太陽の加護で守られている。クヌム王を殺すなんて、親衛隊を殺すより難しいぞ。というか、簡単に暗殺できるなら最初からやってる」


 パーリはマシンガンの如きスピードでカインへの反論を言い放った。


「バカ?あいつバカって言ったいま?!」


「言ってない言ってない」


 話が進まないから座っててくれ。全く、どうしてうちのメンバーはこうも口やかましい連中が多いのか。


「で、結局僕は何をすれば?」


 一から聞くのが煩わしくなった僕は、直接的な回答をジャワへと求めた。作戦の概要は何となく分かった。細かい実働的な内容は、僕が聞かなくても彼らで何とかするだろう。僕は僕の動きだけ理解できればそれでいいのだ。


「ジル殿には相手の総大将、親衛隊長メリアメンの相手をしていただきたい」


「‥‥!」


 親衛隊長―――その男を、僕はこの王国で最も厄介な相手として記憶していた。屈強な肉体をもち、燃え盛る炎の槍を振るう王国最強の男。1度目は生贄の祭壇で、2度目は地下牢で僕はアイツと戦った。そして、どちらも手痛い結末を迎えている。彼と戦うならば、相当な覚悟が必要になるだろう。


「護衛には私とパーリが。我らの同胞たちが王国軍へ奇襲をかけ、攪乱している間にメリアメンの首を狙います。総大将が倒れれば、いかに数が多くとも王国軍は総崩れになるでしょう」


「あいつを倒すくらいなら、兵士3000人相手にした方がマシな気がする」


「おい弱音を吐くなバカ。お前は神獣を打ち負かすほどの戦士だろう、メリアメンなんぞにビビってどうする」


 後ろ向きな僕に腹を立てた様子のパーリが、またも手厳しく言い放った。言っておくが、僕は別にビビっている訳では無い。ただ単純にヤツを倒せるのかどうか心配なだけだ。


「作戦の実働は全て我らで行います、ジル殿はただメリアメンを倒すことだけに集中していただきたい。ジル殿の勝利のためならば我ら兄妹―――命を捨てる覚悟に御座います」




~サン・クシェートラ王国・居住区・ホル~



「ジルさんたち、しばらく帰ってこないのかなぁ」


 日が沈み、涼やかな風吹く大砂漠の夜。一人残されたスピカは、悲しいほどに静かな部屋でぼんやりと夜空に浮かぶ月を見つめていた。さっきの二人は、ジルさんたちを砂塵の牙に勧誘しようとしていたのだろうか、それともただ単純に助けを求めていたのだろうか。


 どちらにせよ、砂塵の牙に協力するなら王国軍との争いはさけられない。スピカは心の底から、ジル達の身を案じていた。


「外に出ないように言われてるけど‥‥少しくらいなら、いいよね」


 ジャワが護衛として配備させた二人の男は、家の外ですっかり眠りこくっている。これを好機と見たスピカは、まるで妖精のような軽い身のこなしで物音一つ立てずに家を抜け出した。


「うう、今夜はやけに冷えるなぁ」


 家に一人でいるのは辛い。どこでもいい、人の沢山いる場所に行きたい。帽子を深くかぶり、スピカは夜の街を散策する。楽しそうに笑う人々の声、暖かく輝く外灯に美味しそうな匂い。昼のはち切れんばかりの活気も魅力的だが、夜の優美な街の雰囲気も、負けないくらい魅力的だ。少女は光に吸い寄せられる蝶のように、ひらひらと街中を歩き回った。


「ふふ、何だかみんな楽しそう」


 誰かが嬉しそうにしている光景は好きだ。楽しそうなのはもっと好き。でも、何故だか今は――――そんな光景を見ると無性に哀しくなる。おかしいな、今まではこんなこと、思ったこと無かったのに。


「ちょっと、寂しいな」


 誰に聞かせるでもない独り言を、少女は溜息と共に吐き捨てた。


「おい、そこのキミ。こんな時間に一人で何を出歩いている?」


「!」


 夜の見回りをしていた衛兵が、不自然に街を歩くスピカに声をかけた。


「あっ‥‥!」


「その帽子まさか―――おい、ちょっと待て!」


「いや、離してください!!」


 逃げ去ろうとしたスピカの腕を、衛兵の太い腕がガシリと掴む。まさに絶体絶命。暴れるスピカを押さえつけ、衛兵は遂に彼女の帽子へと手を伸ばした。


「小麦色の髪‥‥!やはり貴様、災いの―――」


「そこまでだ」


 帽子をはぎとり、声高らかに叫ぼうとした衛兵を背後から突然何者かが襲った。黒いローブで身を包んだ謎の人物は、手刀の一撃で衛兵を昏睡させ、奪い返した帽子をスピカへと素っ気なく手渡した。


「何故出て来た‥‥ホルヘ帰れ」


「その声――――ヨミ、なの?」


 少女の問いかけに、ローブの人物は何も答えない。彼は倒れている衛兵を軽々と担ぎ上げると、人間離れした跳躍力で家々の屋根を飛び越えて、夜の闇へと消えてしまった。


「ヨミ‥‥」


 一人取り残された夜の街で、少女は静かに月を見上げる。災いの象徴とされる彼女にも心を許せる友がいた。その友人の名はヨミ。誰よりも強い戦士になるとだけ言い残して彼女の元を去った、獣人の弓使いである。




~ハビンの町・休息所~



「命を捨てる覚悟、ね」


 ジャワたちの話をひとしきり聞いた後、僕たちは明日まで体を休めるための休息所を用意された。簡素な宿屋のような個室が人数分あてがわれており、僕とエイミーは同じ部屋で休息を取っている。明日の戦いの前に、僕は疲れ切った頭の中をゆっくりと整理していた。


「サン・クシェートラから進軍してくる王国軍を、砂塵の牙と共に迎撃する。そこまでは別にいい、でも王様を討つっていうのはちょっと発展しすぎだよな‥‥」


「そうですかねぇ。スピカさんを災いの子として迫害したり、こんな小さな町にいきなり戦争をしかけてきたり―――訳の分からない神話を妄信する王なんて、ロクなものじゃないと思いますけど」


 ベッドに大の字になって寝転びながら、エイミーは興味なさげに言った。


「まぁ、それはそうだけど・・・」


「レジスタンスと共に悪徳大王から王国を救った勇者―――うまくいけばジル様の名が広まること間違いなしですよ?」


 確かにそれは魅力的だ。勇者として世間で評判になれば、これからの旅先で大きなアドバンテージになる。


「でもそうなれば、また外征騎士を敵に回しそうだな」


 聖都は勇者という概念そのものを否定している。外征騎士という絶対的な力の象徴を脅かすような存在が現れれば、すぐにでも粛清に動くだろう。彼らが何故そこまで勇者を毛嫌いしているのかはよく分からないけど‥‥手を結ぶことは難しそうだ。


「いいえジル様、これは外征騎士に恩を売る大きなチャンスですよ?」


「チャンス?」


「砂塵の牙と共に王国軍を撃退、そして勢いそのまま王を打ち倒し、囚われのアズラーンを救出できれば―――」



聖都(われわれ)に貸しを作れる、ですか」



 突然、僕とエイミーの会話に割り込むように謎の人物が部屋へと入って来た。


「‥‥部屋には鍵がかかっていたはずですけど」


「そんなものは魔法でどうとでもなりますよ、素人さん」


 謎の人物は、そう言って部屋のソファに―――つまり、僕の真横にどっしりと腰かけた。身長は約2m。スラリとした細いラインが特徴的な美しい鎧で全身を覆っており、素肌は一切見えない。はっきりとは断言できないが、声質的に女性だろうか。


「部屋を間違えた‥‥ってワケじゃなさそうですね。さっきの発言から察するにアズラーンの騎士団の方とお見受けしますが、一体ジル様に何の用ですか?」


「いえ、別に要件があった訳では無いのですが―――あの砂塵の牙のリーダーが、()()()()()()どんな切り札を用意しようとしたのか、少し気になってしまいまして。町を去る前に一目見ておこうと思っただけです」

「‥‥まさかこんなに若い人間の男一人と、小さな妖精一匹だったとは思いもしませんでしたけれどね」


「町を去るって、アンタは戦わないのか?」


「そうですが、何か?」


 さも当然そうな口ぶりで、騎士は僕へと開き直った。


「アズラーンは騎士団のリーダーだろ?仲間が捕まってるに、放っておくのか?」


「彼は騎士団に何も告げず、単身でサン・クシェートラへと乗り込んだ。自らの力を過信し、成果を急いだ結果がこのザマです。そんな奔放な男の為に、剣を取る必要はありません」


 他の騎士団員は、そうは思っていないようですが。と騎士は不満げに呟いた。


「貴方達の目的が聖都に恩を売ることだというのなら、あの身勝手な騎士よりも他の有力な外征騎士―――エルネスタあたりにでも恩を売ったほうが何倍もマシでしょうね」


「別に聖都のご機嫌とりなんてするつもりは無いよ。砂塵の牙に手を貸すのはほとんど成り行きだし。それに‥‥アズラーンに恩があるのは僕の方だ」

「彼はわざわざ僕を逃がすためだけに、メリアメンと戦った。石室の扉が開かれていたあの状況だ―――彼なら容易く一人で逃げきれていたはず。それなのに‥‥彼は僕の元へと駆けつけた」


 自らの自由を捨ててまで、アズラーンは騎士として剣を取ることを選んだ。その崇高な騎士の覚悟に、僕は報いたい。


「彼が、見ず知らずの人間を助けた‥‥?」


 心底信じられないといった風に、騎士は首を傾げた。


「え、ちょ!ジル様が地下牢で会った囚人って、外征騎士アズラーンだったんですか!?」


「あれ、言ってなかったっけ」


「初耳です!!」


 そうだっけか。まぁなんでもいいや、彼を救うのに身分も称号も関係ない。


「フフ、そうですか。彼が人助けを‥‥ね」


 そう言って騎士はソファから立ち上がった。その声色は、何故だか少し弾んでいるように感じられた。


「では私はこれで―――明日の戦い、勝てると良いですね」


「ちょっと待って」


「要件があるなら手短に、私は明日にはこの町を発たねばならぬのですから」


「僕の名前はジルフィーネだ。アンタの名前を教えてくれ」


「何故?」


「アズラーンに会えたら、アンタが死ぬほど心配してたって伝えなきゃいけないからな」


「・・・フ」


 ドアノブから手を離して、半ば呆れたように騎士は堂々と僕の方へと振り返った。


「私は皇帝の外征騎士、アズラーン様に仕える騎士団唯一の副団長。名は‥‥そうですね、サンドリヨンとでもお覚え下さい」


 流れるような所作で深く礼をし、サンドリヨンは部屋を出た。




~サン・クシェートラ中央教会~



「バカな!!アダマントゴーレムが破壊されただと!?」


「ええ、粉々に粉砕されて再起不能とのことでした」


 部下であるデネボラからの耳を疑うような報告を受け、イリホルは焦っていた。彼が地下遺跡の中で発見した遺物の中で最も強力であった切り札が、たった三人の流れ者によって倒された。全てが上手く運んでいたのに、突如として歪みが生まれる。


 その事実が、彼にはとても耐えがたいものであった。


「おのれ‥‥無視しても良かったが、このまま放っておいてはやがて障害になるか‥‥!奴らの居場所は分かっておるのか?」


「密偵からの報せによれば、レジスタンスである砂塵の牙と合流し、現在はハビンに居るそうです」


「砂塵の牙と‥‥?クク、そうか‥‥そういうことか。なればこの好機存分に利用してやろう!」

「太陽石の準備をしておけ!あの忌々しいメリアメンと共に、愚かな神獣殺しも消し炭にしてやるわ!」


 不敵な笑みを浮かべ、イリホルは声高らかに叫んだ。


 




~翌日~

~デンデラ大砂漠・巨大遺跡の残骸付近~



「ジル殿、最後にもう一度作戦の確認をしておきます。王国軍が座標α、即ち遺跡群付近を通過し始めた頃に、第一部隊が事前に仕掛けておいた罠、魔物や弓、ありとあらゆる手段を用いて奇襲をしかけます。その後、混乱に乗じて第二部隊であるアズラーンの騎士団が先頭にいるメリアメンと王国軍本隊を完全に寸断し、ヤツを孤立させる。その後、第三部隊である我々がメリアメンを討つことで戦いは終わります」


「つまりは時間との勝負だな。戦いが長引けば長引くほどこちらが不利になる、お前がいかに早くメリアメンを殺せるかが勝負というわけだ、神獣殺し」


「ぜ、善処します‥‥」


 ジャワとパーリ、そして僕とエイミーの4人。それがメリアメンと戦う第三部隊のメンバーであった。第一部隊にはヘイゼルが、第二部隊にはカインが参加しており、町の防衛にはリリィが残っている。みんな散り散りになってしまったせいか、何だかとても心細い。


「狼煙はまだ上がらない‥‥何かあったのか‥‥」


 不安そうに、パーリが独り言を漏らす。予定時刻を過ぎたと言うのに、先に向かった第一部隊と第二部隊から、作戦決行の報せが届かないのだ。赤の狼煙は好機、白の狼煙は決行、黒の狼煙は失敗の意味だと言っていた。作戦をやめにするにしても、黒の狼煙が上がるはず。何も上がらない、なんてことはありえないのだ。


 座標αは、巨大な遺跡の残骸が砂漠から突き出した見晴らしの悪い“遺跡の森”のような場所だと聞いていたが、まさか隠れているのがバレたのか?


「ジル殿、今言うべきことでは無いのですが――――先に謝らせて欲しい」


 座標の方角を厳しい表情で見つめながら、ジャワは突然言い放った。


「我らが同胞の中に、貴方の勝利を疑っている者は一人もいない。しかし‥‥此度の戦いは神獣を制した腕を持つジル殿でも、かなりの苦戦を強いられるでしょう。貴方の仲間も同様だ。戦いの中で傷つき、もう二度と太陽を拝むことが出来なくなってしまうかもしれない」

「王国を救うためとはいえ、部外者である貴方達を巻き込んでしまったことを―――どうか許して欲しい。今更になってからでしか、このようなことを打ち明けられぬ我が心の弱さを、どうか―――」


「大丈夫だよ、ジャワさん。僕は負けるつもりは無いし、僕だって目的があってこの戦いに参加したんだから」


「ジル殿‥‥」


 サン・クシェートラの王が心を入れ替えなければ、スピカは永遠に災いの子のままだ。それに、王国軍がハビンを攻め滅ぼせば、預けている僕たちの馬車や荷物も無事では済まない。だから、戦う―――それだけだ。


「巻き込んだなんて、そんな他人行儀な言い方しないでください」


「―――ありがとう」


 何かを噛み殺したかのように、ジャワは深く瞳を閉じて感謝の意を述べた。


「この戦が終われば、貴方にはぜひこの国の‥‥」


「上がったぞ!!兄貴!赤色の狼煙だ!!あいつら、予定より上手くやりやがった!!」


 興奮した様子でパーリが叫んだ。狼煙が上がった――――つまり、僕の出番だ。


「赤色―――でかした!」


 砂漠の高速移動に適応した巨大な狼のような生物、デザートウルフに跨り、ジャワは僕へと手を伸ばした。


「参りましょうジル殿、我らの手で王国に真の太陽を!!」


「ああ、行こう!!」


 強く手を握り、僕は飛び乗るようにデザートウルフへと跨る。


「悪いけど、超高速で行かせてもらう。兄貴も神獣殺しも、振り落とされるなよ!!」


 砂漠を駆ける風のように、僕たちを乗せた狼は走り出す。目指す先は、数百m先の戦場。総大将メリアメンが待ち受ける、遺跡の森である。



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