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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第4章 砂塵舞う王国
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第83話 古き文明の遺産 



「へぇ?ウチの姿見たら直ぐにでも襲い掛かって来るか思うたけど、意外と冷静やんけ。だぁれも先走らへんし、だぁれもウチから目を離さへん‥‥ええで、それでこそや」


「何の用だ」


 一切の油断無く、僕は端的に彼女に目的を問いただした。ヘイゼルも、リリィも、カインも殺気は十分だが、一切動かずにアカネの出方を伺っている。スピカはまだ上で眠っているのだろうけど‥‥本当にこの場にいなくて良かった。


「いやなに、えらい困っとるみたいやからちょっと手助けしたろー思うてな。剣の眠る遺跡やろ?知っとる知っとる、こっから歩いて直ぐや。なんやったら案内したるで?」


「・・・」


「そんな警戒せんでも大丈夫やて‥‥ほら、そもそも考えてみ?キミらも知っての通り、ウチはキミらを単独で壊滅させられるだけの力を持っとる。ハナから危害加えるつもりやったら、騙して罠にはめるっちゅう回りくどい真似なんかせぇへんわ」


 ―――確かに彼女の言うことにも一理ある。僕たちを本気で潰すつもりなら、砂漠のガイドに扮して接触する必要も、こうして言葉を交わす必要も無いはずだ。


「こんなことをして、お前に何の得があるんだ」


「別に得なんかあらへん。ただの気まぐれや‥‥まぁ、信じるも信じひんもキミらの買ってやし好きに決めたらええで?ただし―――NOと答えた時の命の保証はせんけどな」


「結局脅しじゃないか!?」


「彼女の提案に乗りましょう、ジル様」


「え、正気かエイミー!?」


「ミス・トウジョウ。貴女の案を受け入れれば、我々に危害を加えないと約束できますか」


 淡々と、エイミーはアカネに正面から言い放った。


「ハハ、当然や。嘘ついたら針千本飲んだるで?」


「ほら、彼女もそう言っています。他に策もありませんし、ここは口車に乗ってやるとしましょう」


「い、いいのか本当に‥‥?」


 何かよくない展開に転びそうな気がしてならないのだが。


「彼女を信用する訳じゃないけど、ボクもエイミーに賛成だ。何百もある地下遺跡の中を探索するのは不可能だよ」


「私は別にどっちでもいいわ。最後にソイツをぶっ飛ばせるなら、何だって構わないもの」


「‥‥よし、分かった」


 どのみち手段が無いのなら仕方がない。ここは一つ、賭けに出るか。


「案内しろ、アカネ。僕の剣が眠ると言う―――その遺跡へ」





~サン・クシェートラ郊外~



「ついたで、ここや」


「本当にここ‥‥?」


 居住区ホルから徒歩10分、僕たちがアカネに案内されたのは遺跡とは名ばかりの小さな洞穴だった。高さ3m、奥行きは多く見積もっても7mといったところだろう。


「なんか――普通に行き止まりなんだけど」


「騙したわね。よし、やるわよジル」


「ちょ、ストップストップ!そんな怖い顔せんと落ち着き―や!人の話は最後まで聞くもんやで?!」


 殺意マシマシのヘイゼルを諫めながら、アカネはそそくさと洞穴の中に足を踏み入れる。そうして一番奥の壁に触れると、小さな声で何か呪文のようなものを呟いた。


「地の底のソル―――祝福あれ」


 その瞬間、ただの岩の塊に見えた壁に光の紋様が浮かび上がった。


「光った!」


「アカネの魔法‥‥?にしては魔力が微塵も感じられないわね‥‥」


「さ、鍵は開けたで。剣を取り戻したかったらさっさと進みぃ」


 まるで興味が無くなったかのように、アカネはあくびをしながら洞穴から出て来た。


「鍵って、あれ扉だったの?」


「そうや?嘘や思うんやったら手ぇ触れてみ?」


「ふん、馬鹿馬鹿しい。こんなせまっ苦しい洞穴が遺跡に繋がってるわけないじゃない」


 そう言って、ヘイゼルは光を放つ岩の壁へと手を触れた。


「ほらね?何も起きない」

「さ、覚悟しなさい偉大なる六人(レデントール)。私たちを馬鹿にした報いをその身で―――」


 それは、瞬きの間の出来事であった。言葉を言い終えるより早く、ヘイゼルの姿がどこかへと消えた。


「え?あれ‥‥ヘイゼル!?どうしようジル!!ヘイゼルが消えちゃったよ!」


 リリィはひどく取り乱した様子でそう言い放った。


「・・・」


 確かに消えた。突然、何の前触れもなく消えてしまった。


 仲間が一人居なくなった。そんな恐ろしい状況のはずなのに―――僕の心はひどく落ち着いていた。何故なら僕は、あの光る扉のカラクリを何度も目にしたことがあるからだ。


「ハハハ!そんな怖がらんでも大丈夫や、最初はビックリするかもしれへんけど――慣れれば癖になるで?」


 アカネはいきなりリリィの首根っこを掴み上げると、そのまま洞穴の光る壁へと放り投げた。


「え!?う、うわああ!?ジルうううう!!」


 そしてリリィの体が壁へと触れた瞬間、彼女の体は音一つ立てずに消えてしまった。


「―――空間転送、か」


 かつてのユフテルではよく見られた技術だ。町から町への転送、自宅からフレンド宅への転送、ダンジョンへの転送など、そこかしこで機能していた。ユフテルのプレイヤーにとって欠かせない最もポピュラーな移動手段である。魔王ガイアに乗っ取られ、ユフテル内では1万年の月日が経っているというのに‥‥どうやらこの遺跡の転送機能はまだ健在らしい。


 管理エリアが陥落した今、本来であれば運営の管理下にある転送装置は全て使用不能になっているはずだが‥‥。


「これもあんたが用意したものなのか?」


「いや、違う。これはウチが初めてこの王国に来た時から既に存在しとった。まぁ誰が(こしら)えたんかは簡単に想像つくけどな」


 アカネはそう言って妖しく笑った。


「さ、ウチの案内はここまでや。お仲間二人が待っとるで、キミも早ぅ行ったり」


「その前に一つ、聞きたいことがある」


 アカネと僕が二人きりになったのはきっと、偶然ではない。彼女はあえてこの状況を作り出したのだ。僕とアカネ、そしてエイミー‥‥この世界の真実を知る者だけをこの場に残したに違いなかった。


「あんたの本当の目的は何だ、どうやってこの世界で目を覚ました?」


「二つも聞いとるやんけ‥‥まぁええわ。ウチの目的くらいやったら教えたる、そん代わり―――キミにはその妖精もどきの情報を吐いてもらう」


「エイミーの‥‥?」


 それは許可できない。アカネに彼女の情報を渡せば、エイミーが危険な目に合わされるかも知れない。


「構いません、ジル様」


 断ろうとした僕の様子を見透かしたのか、エイミーはきっぱりと制止した。


「‥‥そうかよ」


「交渉成立、やな。まずウチの素性やが―――知っての通りギルド連盟の最高幹部や。普段は偉大なる六人(レデントール)として、テキトーに過ごしとる。せやけど‥‥偉大なる六人はあくまでこの世界で活動するための表向きの顔に過ぎひん」

「ウチらの目的はただ一つ、この電脳世界全ての支配権を手に入れることや」


 口にするのもおこがましい、あまりにも大それたことをアカネは堂々と言い切った。


「支配権って‥‥ユフテルの王にでもなるつもりかよ」


「それも悪くないけど、少しちゃう。王ってのは臣下や民草のために汗水たらすもんやが、ウチはそんな気苦労まっぴらごめんや。支配はするが統治はせーへん」

「ウチは好きなように振舞って、好きなように生きるだけ。それがまかり通る世界に変えるんや、ここを。幸い今は誰も邪魔者はおらへんしなぁ」


「ふん、夢は世界征服ってか?」


「もっとマシな言い方ないんかい‥‥。けどまぁ、中らずと雖も遠からずってところや」

「150億の有象無象で溢れかえってたこの電脳世界は、今や人間の真似事をしとるAIどもが跋扈する奇妙な世界へと変わり果てた。キミやウチみたいに“生きている人間”なんかどこにもおらへん。分かるか?このユフテルには、管理し、支配する存在が決定的に欠けてるんや」


「魔王ガイアを倒せば、世界は元に戻る。それで全て解決のはずだ」


 そんな夢物語を思い描く必要なんてない。


「世界を元に戻す?アホか。せっかく一度綺麗にリセットされたのに、なんで元のクソみたいなヤツらで溢れかえる世界に逆行せなあかんねん。これからはウチらがAIを支配し、好きなように世界を創っていけばええ―――ウチの言ってること、分かるよな?」


「ああ、分かるとも。だが理解はできない」


 アカネの言うことは痛いほどに分かる。だが、理解できない‥‥いや、決して理解してはいけない。彼女の思想は、あまりに危険だ。誰も居なくなった世界をいいように牛耳ろうなんて―――それこそ、魔王ガイアと何も変わらない。ただの暴君だ。


「キミ、少しは考えて発言しーや。ウチと一緒に来れば、この誰も居なくなった真新しい世界を自由に変革できるんやぞ?人間であれば大人でもガキでも際限のない欲望を持ち合わせてる。キミだってそうや―――世界そのものを手に入れるなんて、これ以上の価値なんか存在せえへんで?」


「たしかに魅力的な提案かもしれない、だけどそれは―――」


 だけどそれは‥‥自分が中心に世界がまわっていると考えている、いけすかない人間と同じだ。僕はそんなくだらない大人なんかに成り下がりたくはない。


「ジル様を誑かそうとしても無駄です。彼はこの世界そのものに選ばし勇者―――貴女のような悪党とはわけが違うのです」


「エイミー‥‥」


「ウチが悪党‥‥?」

「はっはははは!!そうかいな、ウチが悪党かいな!けどウチからすればアンタは、目にするのも嫌になるくらい醜い大悪党やで。そんな小奇麗な化けの皮被っとるけど、中身はゲテモン―――電脳世界を維持する為にありとあらゆる汚い真似をしてきた管理者どもの犬っころや」


「それ以上―――エイミーを馬鹿にするな」


 僕は怒りのあまり、アカネの眼前に立ち塞がった。


「彼女は世界を救うために、必死になって戦ってんだ‥‥お前なんかに侮辱される筋合いはない」


「はは、武器も無いくせにカッコいいやんけ。けどな―――実力が足りなさすぎんねん」


 目で追うことすらできぬ超高速で、アカネはジルの額にデコピンをかました。


「痛あっ!!?」


 デコピンとは名ばかりの、頭蓋全体を揺さぶる破格の一撃。僕の体は軽々と吹き飛ばされ、洞穴の奥の壁に激突してしまった。


「ジル様っ…!」


「今回はこんくらいにしといたるわ。けどよう考えや、キミが手を組むべき相手が誰なんかを」


 岩の壁に浮かび上がった光がより一層強くなる。次の瞬きの瞬間には、僕は全く違う場所へと転送されていた。




~地下遺跡~



「ようやく来たわね―――ほんと、待ちくたびれたわ」


「大丈夫かい?何だか額が赤くなってるけど‥‥」


 目を開けるとそこには、倒れこむ僕を心配そうにのぞき込むヘイゼルとリリィの姿があった。


「うん、何とも無い―――大丈夫だ」


 僕はゆっくりと立ち上がると、服についた砂埃を手で払いながら周囲を見渡した。天井はそれなりに高く、壁は丹念に磨かれた石のような材質で造られている。まるで炭坑のような場所だ。同じような景色が数十m向こうまで永遠と続いている‥‥恐らくここが地下遺跡の内部だろう。


「アカネは?あいつはまだなの?」


「アカネは来ないよ、さっき入口で別れを済ませて来た」


「え、まさか本当にボクたちを送り届けただけ‥‥?」


「彼女の真意はともかく、これ以上私たちに接触する気はなさそうでした」


 淡々と、エイミーがそう呟いた。


「ほんと読めない女ね―――ま、追って来ないならそれはそれでいいんだけど」


「ふふ、ぶっ飛ばせなくて残念だったね、ヘイゼル。じゃあ早速先へ進もうか」


「ああそうだな。エイミー、お前のスペシャルなセンサーは何か反応してるか?」


 確か、剣の在処はそのセンサーで何となく分かるだとか言っていたけど。


「は?スペシャルなセンサー?何ですそれ」


「え―――何か言ってたじゃん。スペシャルなセンサーで剣の場所は分かる…みたいな!」


「あー、刃物等鋭利物探知機能のことですか。はいはい、別にそんなスペシャルでもないですけど‥‥ちょっくら電波飛ばしてみますね」


「・・・」


 お前がスペシャルなって言ってたんだろうが。


「微弱ながらセンサーが反応してますね‥‥これはもしかすると、もしかするかもです」


「おお、じゃあどんどん奥へ進んじゃおうぜ!」


 少しの希望を掴めた僕は、足取り軽やかに先を急いだ。密閉された地下空間で少し暗いが、壁が僅かに光を放っているお陰で足元ははっきりとしていた。


「この遺跡って‥‥どのくらい前に造られたんだろう」


 きょろきょろと歩きながら、リリィは独り言のように呟いた。


「壁や天井の摩耗具合から見て数百年以上は確実でしょうね、そこかしこに太陽や動物の紋様が刻まれているから―――昔は巨大な宗教施設だったのかも」


「そんなとこに僕の剣を持ち込んでいったいどうしようってんだよ‥‥」


「ジル様のではなく“私の”ですけどね?」


「別にいいじゃんどっちでも」


 全く、チクチクと小うるさいヤツだ。


「だけど―――さっきのは妙だったわね」


 思い出したかのように、ヘイゼルは言った。


「対象を一瞬で移動させる光る扉‥‥あんなのは初めて見たわ。いったいどんな魔法を使っているのかしら」


「ボクも色んな町を訪れたことがあるけど、さっきみたいなのは知らないな。もしかすると、この地下遺跡にしか存在しない失われた過去の技術なのかも!」

「ね!ジルはどう思う!?」


「‥‥さぁ、見当もつかないや。アカネの魔法だったのかもしれないな」


 白々しく僕はリリィに嘘をついた―――ついて、しまった。


「お!止まってください皆さん!剣の反応が一層強くなりました―――この真下です!」


 後ろを歩いていたエイミーが突如として大声を上げた。


「真下っつっても、まだ通路はずっと続いているぞ?」


 下に降りれそうな階段も無いし、口惜しいが当分進むしかなさそうだ。


「仕方ないわね‥‥床に穴を開けるわ。ちょっと離れてなさい」

「―――アグニル!!」


 ヘイゼルによって放たれた炎は薄暗い廊下を照らしながら、砂にまみれた通路へと激突した。轟音と共に床は粉砕され、更に下層への道が開く――――はずであった。


「なっ!?」


 しかし―――ヘイゼルの魔法を受けても尚、通路の床にはかすり傷ひとつなかった。


「嘘だろ、こんなボロい床なのに無傷なんて!」


「この感じ‥‥なるほど、そういうことね」


 しばらく地面を睨みつけた後、ヘイゼルは何かを見抜いたらしく小さな溜息をついた。


「近道は諦めましょうジル、ここの床―――対魔法コーティングが施されているわ」


「対魔法コーティング?」


「文字通り魔法を軽減する特殊なコーディングよ。その辺のものなら訳ないけれど、これは強力過ぎる。私の魔法の威力を10分の1ほどにまで押し殺すなんて、初めてだわ」


 ヘイゼルの魔法でも駄目なのか‥‥なら面倒だけど、降りられる場所を探すしか―――。


「あれ?ちょっとちょっと、頼れる仲間を一人忘れてないかい?」


「リリィ?でもどうやって?」


「簡単なことだよ。魔法でダメなら―――力で押し切るのみ!!!」


 そう言ってリリィは勢いよく戦槌を振りかざし、力いっぱい地面へと叩きつけた。凄まじい衝撃と破壊音が、肌と鼓膜に痛いほど響き渡る‥‥!


「わ、割れた!でも‥‥」


 ちょっと威力が強すぎるような‥‥。


「見惚れてる場合じゃないわよジル!私たちの足場も崩れるわ―――早く掴まって!」


 ヘイゼルの忠告通り、リリィを中心に地面が崩れていく。僕はヘイゼルの手を取って、落下の衝撃に備えた。




 ~地下遺跡・下層~



「‥‥痛い」


 落ちた先がふかふかの砂のたまり場だったから良かったものの、相当な高さから落下してしまった。もしこれがゴツゴツとした岩場であったのなら―――うう、考えるだけで恐ろしい。


「え、えへへ‥‥ごめん、やり過ぎちゃった」


 リリィは恥ずかし気な笑顔を浮かべながら謝罪した。


「くっ―――!可愛いから許す!」


「か、かわ‥‥!?」


 死にかけたのも事実だが、下の階層へ降りられたのも事実だ。


「ヘイゼルも大丈夫か?」


「何とかね、でもこの砂‥‥柔らかくて気持ちいいけどあんまり長く寝転んでいると沈むわよ?」


「げっ、ほんとだ!何なんだここ‥‥」


 どこかしこも砂だらけで―――遺跡ではなく、まるで砂漠の中に居るみたいだ。そのくせ天井はやたら高く、巨大なホールのように広い。さっきの狭苦しい通路とは違って、えらく開放的な場所だ。


「エイミー、剣の反応は?」


「めちゃくちゃ近いです―――あ、ありましたジル様!!あそこです!」


 エイミーが慌ただしく指さす向こうには、巨大な石の祭壇に突き刺さっている僕の剣があった。


「本当にあった!つーか何かめっちゃ神々しい感じに突き刺さってんだけど!?」


「誰かが意図的にあそこに刺したとしか思えませんね。いったい何の意味があるのかは知りませんが、さくっと抜いて帰りましょう」


「ああ、こんな不気味な場所にいつまでもいたら祟られそうだ」


 僕は剣を取り戻そうと、祭壇へ向けて歩き出した。



「よもやこんな所にまで入り込んでおるとは―――ドブネズミにしてはいささか活きが良すぎるのぉ」



 しかし、祭壇へ向かう僕の足を一人の男の声が止めた。得体のしれぬ悪寒と共に背後を振り返ると、そこには地下牢で出くわしたあの嫌味な老人の姿があった。


 名前は確か―――イリホル、だったか。


「僕の剣をここに運び込んだのは、お前だったのか」


「ジル様、あのお爺さんは一体‥‥?」


「詳しくは知らないが、ともかくこの王国の権力者だ。地下牢で一度会ったことがある」


 どうして、アイツがこんな地下遺跡に‥‥?


「あの剣をかえして欲しいのじゃろう?ワシは一向に構わんぞ、持っていくがいい」


 イリホルはたくわえた髭を手で弄びながら、そう言い放った。


「それより貴様ら、どうやってこの場所を知った?よそ者である貴様らが、何百とある遺跡の中から見つけ出すのは不可能じゃろう。内通者でもおったのか?ん?」


「答えるのはお前の方だ、何だって僕の剣をこんなところまで運び込んだんだ」


「ふん、賊の分際で偉そうな口をきくものじゃ。貴様は目上の者に対する礼儀というものを知らんのか?」


「生憎と、僕はお前を目上の人間だとは思っていないんでね」


「ほぅ、屁理屈だけは一人前じゃのう。見るに耐えん若気じゃ」


「話す気が無いなら、失せなさい」


 イリホルの不愉快な言葉を踏みにじるかのように、ヘイゼルは炎の玉をイリホルの足元ギリギリへと放った。しかし、熱風で揺らぐ彼の顔は、不気味に微笑んでいた。


「ほほ、怖い怖い‥‥神獣様と同じ目に遭わされるのは勘弁じゃ。ワシはここらで立ち去るとしようかのぅ」


 そう言って、イリホルはわざとらしく両手を大きく叩いた。だだっ広い空間に反響する音、それが鳴りやまぬうちに―――異変は起こった。


「なんだ‥‥何か地面が揺れて‥‥」


 間違いない、この巨大な部屋全体がまるで地震でも起きたかのように震えている。


「ここは危険だ、早く剣を回収して脱出しよう!」


 張り裂けるようなリリィの叫び声がこだまする。一刻も早く逃げなければ、この建物が倒壊してしまうかもしれない。


「ああ、砂漠の下で潰れ死ぬなんてまっぴらごめんだ!」


 僕は十数m先の祭壇めがけて全速力で駆け出した。


「あと、少し―――!」


「‥‥!」

「待って下さいジル様!!地下から高熱源反応有り‥‥何か来ます!!」


 エイミーが忠告すると同時に地面が割れ、裂け目から巨大な岩のような何かが伸び出してきた。


「ッ!?」


 僕は慌てて身を翻して、巨大な岩の襲来を回避する。そしてその勢いのまま、祭壇に突き刺さった剣を力いっぱい引き抜いた。


「エイミー!今のは‥‥!?」


 そうして再び背後へ振り返り、剣を構える。その瞬間僕の眼に飛び込んできたのは―――信じがたい光景であった。


「マジかよ‥‥!」


 腕だ。


 さっき地面から飛び出してきたのは岩なんかじゃかった。地下に潜む巨大な“何か”の片腕だったのだ。そしてその腕の持ち主が、轟音と振動を振りまきながら‥‥暗き地下世界よりその姿を現した。


「何なの、コイツ‥‥!?」


「驚くのは後だ!ボクが突貫する、ヘイゼルはジルの援護を!」


「気をつけろリリィ!この化け物は―――!」


 地下より這い出て来た、この岩のような怪物の正体を―――僕は知っている。


「侵入者ヲ排除シマス。敬虔ナル教徒達ハ、安全地帯ヘト退避シテクダサイ」


 ヤツの名はアダマント・ゴーレム。


 かつてのユフテルで、拠点を守護するガーディアンとして作り出された最硬位のゴーレムだ。


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