第77話 伝説の踊り子と酒場の戦士とモブ妖精と
「ね、ねぇコレ本当にやるの?」
「情報収集するには聞き込み調査が一番だ!そうだろエイミー?」
「確かにカインさんの案は効果的だと思いますけど‥‥そもそも、こんな大きな国でジル様の情報なんて集まりますかねぇ」
「集まるんじゃねえ、集めるんだ」
「あっ、そういう脳筋的な発想はいいですから」
突如として姿を消したジルとヘイゼル、そしてアカネを探すため――リリィ達は砂塵の王国サン・クシェートラへと足を運んでいた。
「そもそも本当にジルたちはここにいるのかな?」
「アイツらはサン・クシェートラの連中の儀式に巻き込まれ、何らかの拘束を受けている―――というのが俺の見立てだ。でなけりゃ丸一日も音信不通になる訳がねぇ、間違いなく二人はここにいるはずだぜ」
「いやー、絶対ないですね。ないない。ジル様だけならともかくヘイゼルさんも居るんですよ?そう簡単に捕まるようなヘマは流石にしないですって」
「もし捕まってたら?」
「砂漠の砂全部飲み干してやります」
カインの考察を嘲笑いながら、エイミーは平然と言ってのけた。
「そうかよ、なら俺も同じ条件でいいさ。ともかく手筈通りよろしくなリリィ、エイミー。俺の方はあんまり期待できそうにもねぇが‥‥お前たちならいけるだろ」
「ち、ちょっと待ってカイン!まだ心の準備が‥‥!」」
リリィの必死の叫びも虚しく、彼は足早に人ごみの中へと消えていった。サン・クシェートラで最も人通りが多く賑やかな“暁の広場”。そこにエイミーと二人ぽつんと取り残された彼女は何故か‥‥蠱惑的な踊り子の恰好をしていた。
「カインさんは酒場で冒険者たち相手に聞き込み、リリィさんは旅の踊り子に扮して広間で聞きこみ――そして私はリリィさんに客の眼を向けさせるモブ役‥‥でしたね」
カインからの指示を復唱し、エイミーはリリィに行動をうながした。さっさと踊れと言わんばかりに、遠回しの圧力をかけている。
「いや、カインとエイミーの負担軽すぎじゃないかい!?ボクだけ体を張らされるなんて不公平だよ‥‥!というか、そもそもボク踊りなんてできないんだけど‥‥?」
「まぁまぁ、何事もやってみなければ分かりませんよ」
エイミーは張り付けたような笑顔のまま、リリィを広間の中心へと手招く。断固として踊りたくないリリィにとって、今のエイミーは自らを死地に引きずり込もうとする死神そのものだった。
「ちょ‥‥ちょっと待ってくれよ。あ、そうだ!話を聞くだけなら踊る必要ないよね?気づいちゃったなーボク、とにかく優しそうな人から声をかけて―――」
「――――」
何も言わず、エイミーはただ無言で笑みを浮かべていた。
その不気味な佇まいがよりリリィの不安を煽り、彼女の焦燥感を逆撫でる。眼は口ほどにものを言うというが‥‥エイミーの場合は口以上に“踊れ”と明確に彼女に告げていた。
「やだよエイミー‥‥こんな肌の露出の多い格好で人前で体をクネクネさせるなんて―――ハレンチ過ぎてボクにはとても出来ない!カインのやつ‥‥こんな服どこで用意してきたんだよ!ほぼ水着じゃないか‥‥!」
「大丈夫です。ヘイゼルさんのようなエロエロボディならともかく、リリィさんみたいに健全な肉体であれば子連れの親御さんたちも安心して足を止めてくれますよ。全く破廉恥なんかじゃありません」
「それあんまり励ましになってないんだけど‥‥」
「まぁモノは試しです、そこまでガチじゃなくていいので適当に踊ってみてください」
「ううぅ‥‥」
ようやく観念したのか、リリィはとぼとぼと暗い足取りで広間の中央に移動した。
「お母さん、ふしだらな娘をお許しください‥‥」
そして小さな溜息をつくと、大きく両手を広げた。衣装にちりばめられた色とりどりの宝石が太陽の光で反射し、より一層リリィを煌びやかに輝かせているようだ。
「いいよ、エイミー!今から舞うから―――皆の注目をボクに集めて!」
「おお!ようやく諦め‥‥決心がついたんですね!分かりました、任せてください!!」
エイミーは飛び跳ねるように人々の波へと駆け出していく。そして小さな体に似つかわない大きな声で、力いっぱいこう叫んだ。
「サン・クシェートラのみなさーん!あそこの広間を見てください!あれに見えますエルフの少女は町から町を股にかけ世界中を渡り歩く伝説の踊り子!!さぁさぁもっと近くに!白日の下、一輪の可憐な踊り子が熱く刺激的なひと時をお送りいたします!!」
「伝説の踊り子?」
「エルフの踊り子って、珍しいね」
「いい筋肉をしているな―――」
御大層なうたい文句を聞いて、ぽつぽつとリリィに通行人たちの視線が集まり始めた。
「頼みましたよ、リリィさん‥‥!」
いかに踊りの素人と言えど、彼女は数年間のギルド冒険者としての経験がある。今まで可憐な踊り子や、見目麗しい貴人たちの舞いを何度も眼にしてきたはずだ。伝説の踊り子とまではいかなくとも、それなりに恰好はつく‥‥そう、エイミーは高を括っていた。
「何だあれ‥‥舞いのつもりなのか‥‥?」
「‥‥伝説の踊り子の割には大したことないな」
しかし―――エイミーの予想とは裏腹に、リリィの踊りはもはや目も当てられぬほど悲惨な出来であった。手と足はあべこべに動き、良く分からない謎の民族儀式のようなその姿に、集まった人々は落胆した。
「ちょ、嘘でしょリリィさん‥‥!」
踊りや舞いというよりむしろ―――宇宙との交信めいた謎の不気味さを感じるほどだ。
「なっはっは!酒場のねーちゃんの方がまだ魅力的だぜ!」
「まずい‥‥折角リリィさんに注目を集めたのに、客足が遠のき始めている‥‥」
エイミーは急いでリリィのもとに駆け寄ると、小型化して耳元で必死に叫んだ。
「何やってるんですかリリィさん!もっとちゃんとやってください!!」
「エイミー?邪魔しないでくれるかな、今良いとこなんだ」
「良いとこも悪いとこもないでしょう!?終始クソですよ貴女の踊り!」
「ク、クソ?!」
「ええ、クソです!体がガチガチ過ぎて全然動きにキレがないし…!その上変にターンとか良く分からない動きはいきなり繰り出すし‥‥なんかもう、へったくそ!!」
「な!?こっちはこれでも一生懸命やってるんだよ!?」
「ならせめて色気を‥‥色気を出してください!!踊れないにせよ、リリィさんにも女の武器くらいは備わっているはずです!!」
「い、色気って――――こう?」
エイミーにまくし立てられるまま、リリィはやたら胸元を強調するポーズをとり‥‥。
「あ、あっはーん」
と、彼女なりの色っぽい女を演じて見せた。
「お、終わった‥‥」
「なるほどな、じゃあそのクヌム王って王様は生贄の儀式で王国に降りかかる災厄を祓おうとしているって訳か」
賑やかな町の喧騒から離れた物静かな酒場に、カインは居た。情報を集めるなら冒険者で溢れかえる大衆酒場よりも、こういう隠れ家的な酒場の方が都合がいい。面倒な酔っぱらいに絡まれるリスクを下げるだけでなく―――日常の孤独を癒すために、訳ありな連中が意図せず集まりやすい場所でもあるからだ。
「ええ、そうよ。神話によると災厄は小麦色の髪をした少女の姿をして現れるらしいわ。この国の人たちの髪色は黒か赤系の色が多いから―――そんな娘がいればすぐに分かると思うんだけどね」
そして店に入るなりいきなり俺に声をかけて来たこの修道服の女‥‥うまく隠しているつもりだろうが、どう見たって殺しを生業としている人間だ。酒の匂いで誤魔化せないレベルで血生臭ぇ。不自然な右太腿のローブの膨らみの下に、一体何を隠してやがるんだか。
「それにしても、貴方この国の質問ばかりね。こんな美女が目の前にいるのに‥‥私ってそんなに魅力ないかしら?」
「いいや、アンタは十分魅力的だ。直接問いを投げなくても見りゃあ分かるさ―――だがまぁ、着慣れない服を着るのは今後はやめときな。ローブの裾、血で滲んでやがるぜ」
「ふふ、意地悪ね。でもその忠告はありがたく頂いておくわ。次シスターに扮して殺しをする時は、もっと丈の短いものにしなきゃ」
わざと見せつけていた、と言わんばかりに女は微笑んだ。見るものを妖しく死へと誘う―――魔性の笑みだ。
「気にくわねぇな、その眼」
「あら、この眼の何が不快なのかしら?」
「殺戮を愉しんでやがる狂人の眼だ」
「フフ、おかしなことを言うのね?殺戮は楽しいものでしょう?」
「そうかい‥‥じゃ、俺はもう行くわ。色々教えてくれてありがとな」
カインは会話を半ば強引に切り上げると、女から逃げるように席を立つ。これ以上会話しても有益な情報は得られないと早々に判断したのだ。
「生意気、ね」
それは流れるようにごく自然な動作だった。カインが背を向けた途端、女は音もなく立ち上がり―――右太腿に潜ませていたナイフを取り出したのだ。
いつも通りナイフを握り、いつも通り首元を掻っ切る。何百という死体を積み上げて来た彼女にとって、人殺しは息をするのと大差ない。気に入らない相手は、いつもこうやって黙らせてきたのだから。
「ああそうそう、一つ言い忘れてたが‥‥」
「!?」
しかし―――その男は殺し屋である自分よりも、何枚も上手であった。
女がナイフを手に踏み込んだ瞬間、カインは指一本で彼女の攻撃を受け流し‥‥。
「長生きしたきゃ相手を選びな、お嬢さん」
もう片方の手に握りしめていたデーブルナイフを女の首元へと突き立てた。
「ッ‥‥!」
強い―――自分より何倍も手練れている。到底敵う相手ではないと、女は恐怖した。
「さて、そろそろリリィたちの様子でも見に行くかな‥‥っと」
呆然と立ち尽くす女の横を、カインは堂々と通り過ぎていく。
「この国に関する情報も少しだが入手することができたし、ジル達の居場所も何となく予想がついた。問題はどうやって接触するかだが‥‥」
「見ろ!小麦色の髪の娘だ!!」
心地よい静寂に包まれていた酒場に、張り裂けるような男の叫び声が突如として響き渡った。
「なんて不吉な‥‥!誰か早く捕まえとくれよ!この悪魔を神獣様の元に連れてかないと!」
「サン・クシェートラに災いを呼んでどうするつもりだ!」
「今に太陽の裁きが下るぞ‥‥!」
騒がしい。狂ったような怒号が次々と溢れかえっていく。声の方向に目をやると、そこには十数人規模の人だかりが出来ていた。そして何より驚くべきことに、暴徒と化した人々に取り囲まれていたのは‥‥年端もいかぬか弱き少女であった。
「私の帽子‥‥返せ!」
「災厄の申し子が、太陽の民である俺たちに命令すんじゃねえ!!」
男は小麦色の髪をした少女から帽子を無理やり奪い取ると、乱暴に彼女を突き飛ばした。哀れなほど華奢な少女の体が、勢いよく酒場のカウンターへと衝突する。打ちどころが悪かったのだろう、頭部からは血を流しているようだ。
「かえせ‥‥」
しかし―――ふらふらとよろめきながらも、少女は男の手に握られた帽子へと再び手を伸ばした。
「嫌だね!忌み子は忌み子らしく、その醜き素顔を太陽へと晒すがいい!」
少女の言葉は誰にも届かない。男は少女の帽子を床へ叩きつけ、何度もその足で踏みにじった。
「私の帽子‥‥!お願い、やめて…!」
「やめるか!これは制裁だ!災いをもたらし、サン・クシェートラを滅ぼさんとする貴様への――」
「おい」
そしてその蛮行は、とある戦士の逆鱗に触れた。
「あぁ?誰だおま‥‥ブバァッ!!」」
男の顔面に突如として炸裂するカインの右ストレート。尋常ではない力で放たれた一撃は窓ガラスを突き破り、男の体をやすやすと店外へと吹き飛ばした。
「チッ、胸糞悪いったらありゃしねぇ。おい―――大丈夫かお前」
「な、何をしているんだお前ぇ!!災いの娘を助けるなんてどうかしてるぞ?!」
「イカれてやがる‥‥!早く衛兵を呼べ!こいつも災厄の手先に違いないぞ!」
少女を庇ったカインへの報酬は、ありったけの侮蔑と聞くに堪えぬ罵詈雑言であった。
「どうかしてるのはテメーらの方だ。いい大人が小さな女の子に寄ってたかって詰めよるなんて―――みっともなくて見てられねえなぁオイ」
「よそ者の癖に…くだらない正義感を振りかざさないでちょうだい!」
「小麦色の災いは滅ぼさねばならぬのだ!」
「―――あぁ、なるほど。さっきの女が言っていたのはこういうことか」
カインは独り言のようにそう呟くと、足元でへたり込む少女に視線を移した。しわだらけになってしまった帽子を震える体で大切そうに抱え―――何も言わずにカインを見つめている。
こんな幼気な少女が、災厄を呼ぶ存在なハズがない。
「お前、立てるか?」
「え‥‥?」
「頭ケガしてるだろ。癒しの魔法を使えるやつを知っている、そいつに診てもらうぞ」
「でも―――」
カインの提案を前に、少女は後ろめたそうに下を向いた。どうやら彼女には、他人との関わりを避けねばならぬほどに深い事情があるようだ。災いの象徴とされる―――その理由が。
「そこまでですよ罪人たち、大人しくお縄にかかりなさい」
混沌とした酒場に真新しい男の声が静かに響き渡る。声の方角を振り返ってみると、そこには金属と皮の鎧で武装した戦士風の男がカインを睨みつけるように立ち尽くしていた。
「私の名はペトー、このサン・クシェートラ王国で衛兵長を務めています」
「衛兵長だ!衛兵長が来てくれたぞ―――!」
衛兵長ペトーの登場に人々は歓喜した。先ほどまで浮かべていた恐怖の眼差しはどこかへと消え、英雄を讃える羨望の眼差しへと変わり果てている。
彼が現れたことによって、酒場の空気は一転した。それほどまでにこの男は信頼される“実力”を持ち合わせているということだ。
「俺は別に喧嘩をしたい訳じゃないんだがね」
「そちらにその気がなくても、こちらには戦う理由がある。災いの娘に手を貸すなど不届き千万‥‥貴方は宮殿へと連行し、しかるべき裁きを受けて頂く」
「髪の色で差別するなんて、クヌム王は大砂漠の王を名乗っている割に意外とみみっちいヤツなんだな。それに何の疑問も無く付き従うお前らも同レベルの大バカ野郎だが」
「娘の髪自体が問題ではない、問題は“小麦色の髪をもつ人間がこの王国で生まれた”という事実です。全ての物事が、神話の通りに進み始めている‥‥たとえ少女の形をしていようとも、災厄は葬らなければならない」
「話は通じねえみたいだな」
得物である棍を構え、カインは臨戦態勢に入った。サン・クシェートラの民とは根本的に考え方が異なっている。どれだけ議論をつくしても、そこに解決する余地は無かったのだ。
「あくまで抗う、か。では覚悟しなさい異邦の戦士よ―――太陽に逆らったことを後悔しながら無様に散ると良い!」
「全く‥‥格下をいたぶる趣味は無いんだがな」
~暁の広場~
「最悪だ‥‥もうお嫁にいけない‥‥死にたい‥‥」
「まぁまぁそう落ち込まないでくださいよ、誰にだって失敗はあります」
「失敗の沼に引きずり込んだ張本人に言われたくないんだけど…?」
暁の広間にて舞いを舞っていた伝説の踊り子(自称)は絶賛傷心中であった。物陰の隅にしゃがみ込み、らしくもなく自暴自棄になっている。だがそれも仕方のないことだろう、自信満々に披露した踊りが笑いものにされた挙句、通行人の誰からも情報を聞き出すことができなかったのだから。
「ていうか、よく見るとエイミーって意外と可愛い見た目してるよね。どうする?コレ着ていっぺん踊ってみる?もしかしたら人を見る目の無い可哀想な人たちがフラフラと集まって来るかもよ―――?」
「ちょ、死んだ目でそんなこと言わないでください‥‥本気で怖いです」
「よぉお前ら、そんな端っこで何やってんだ?」
「あ、カインさん!お帰りなさい」
「何だカインか、ジルだったら良かったのに―――って、え?」
何食わぬ顔で現れたカインの隣には、見慣れぬ少女の姿があった。きまりの悪そうな表情を浮かべ、カインに隠れるように佇んでいる。
「カ、カインが女の子を攫ってきたああ!?」
「何言ってんですかリリィさん、カインさんがそんな外道みたいなこと‥‥って!本当に女の子いるううう!?ちょ、誰か警察!警察呼んでくださいッ!!」
「落ち着けお前ら!!ちげぇから!!逆、むしろ逆だから!困ってたところを助けてやったんだよ!!」
無駄に狂乱する二人を何とかなだめることに成功したカインは、ことの成り行きをエイミーたちへ報告した。
「なるほど、そういうことですか。いやぁまだ若いのに災難でしたねぇ‥‥さ、こっちへ来てください癒しの魔法をかけてあげましょう」
エイミーは少女の額に優しく触れると、傷口を魔法で塞いでやった。戦闘での切り傷や魔法による損傷レベルの傷は治せないが、擦り傷くらいなら彼女の腕でも十分に治療可能なのだ。
「凄い‥‥あ、ありがとうございます」
始めてみる魔法に驚きながらも、少女は気恥ずかしそうにぺこりとお辞儀をした。
「別にいいですよ、このくらい。それよりカインさん―――さっきの話本当なんです?」
「あぁ、マジだ。どうもこの国では立て続けに“良くない事”が発生しているようでな。それを祓うために、災厄として神話に描かれているという小麦色の髪をした少女を生贄として捧げるつもりらしい」
「神話は神話だろ?馬鹿馬鹿しい‥‥そんなことで国が救えるなら、誰も苦労はしない。そんな何の根拠もない盲信者たちの為に彼女が傷つくなんて間違ってる」
「リリィさんの言う通りですね、この国からは何かイヤな予感がするので早いとこ退散したいんですけど」
「ジル達の居場所が掴めない限りは、まだ出ていくわけには行かないな。この王国の内情を知ることはできたが、アイツらに関する情報はからっきしだったんだよなァ‥‥ま、アテが無い訳でもないが」
「お兄さんたち‥‥誰か探してるの?」
困り果てているカインたちが気になったのか、少女は小さな声で問いを投げた。
「黒髪のガキと銀髪の女を探してんだ、二日ほど前にはぐれちまってな。この国に転がり込んでねーかと探しに来たんだが‥‥お嬢ちゃん何か知ってるか?」
「黒髪と銀髪――――」
「ざっつい説明ですねぇ、そんなので伝わる訳ないでしょう」
「知ってる‥‥多分、私その二人の事知ってると思う‥‥!」
「えええ!?」
「マジかよオイ、言ってみるもんだなぁ!」
「感心してる場合じゃないよ!ねぇ、キミ!知ってるってどういう意味?二人をどこかで見たのかい?!」
「え、えっと―――」
過激な衣装でがっつくリリィに若干怯えながらも、少女ははっきりとした物言いで自身の知る限りの情報を話し始めた。
「私が生贄として神獣様に捧げられそうになってたところを二人が助けてくれた‥‥でも、その後にやって来た“あの女”に襲われて――――目が覚めた頃には誰も居なくなっていたの」
「あの時の儀式‥‥!そうか、あれは生贄の儀式だったのか‥‥じゃあそのジルたちを襲った女が今の状況を作り出している犯人ということだね。アカネさんもジルたちを追いかけて儀式に乗り込んだみたいだし、三人とも襲撃犯の所に居るのかな?」
「お嬢ちゃん―――今襲撃犯のことを“あの女”って言ったな。ソイツのこと知ってんのか?」
「知ってる‥‥多分、サン・クシェートラの民なら“アカネ”を知らない人の方が少ないと思うし」
そして何の前触れもなく、まるで世間話でもするかのような軽快さで―――少女の口からあまりにも衝撃的な事実が告げられた。
「え?今なんて‥‥?」
「お姉さんたち知らないの?“アカネ・トウジョウ”偉大なる六人の一人にして先日の外征騎士の襲撃からサン・クシェートラを護った英雄―――黒髪の彼を襲ったのは、彼女だよ」
「アカネさんがジル達を―――?!しかも正体は偉大なる六人だって!?訳が分からない‥‥一体どうなってるんだよ‥‥!」
「あの女、やっぱりタダもんじゃ無かったか。こんなことなら早々に仕留めておくべきだったぜ」
「それは辞めておいた方が良いよお兄さん、彼女の力は他の誰とも次元が違いすぎる。お兄さんもさっきの衛兵長を軽々と倒してたし、普通の人より強いみたいだけど―――それでもアカネには勝てない‥‥彼女は本物の怪物だよ‥‥」
少女は見えない何かに怯えながら、アカネに対する最大限の畏敬の念を口にする。その口ぶりから察するに彼女は一度、アカネの力を直接目の当たりにしているようであった。
「流石に偉大なる六人を相手取るのは無謀すぎますね、パーティ全滅待ったなしです。彼女とは戦わず、ジル様とヘイゼルさんを回収して逃げる方向が一番手っ取り早いかと思いますが」
「簡単に言わないでよエイミー、そもそもアカネさんのもとから二人を回収するのが難易度高すぎるんだけど‥‥」
「あの二人は多分、アカネの所にはいないと思うよ。もしまだこの国に居るとすれば、宮殿の地下牢が怪しい気がする―――私に関わった人たちは、皆あそこに連れていかれちゃったから」
そう言って少女は深々と帽子をかぶり、そそくさと歩き始めた。
「ついて来て、お兄さんたち。宮殿の地下牢に繋がる抜け道‥‥教えたげる」