第76話 呪いの石室
暗く、冷たい石の密室。
他の罪人とは一線を画す大罪人のみが収容されるその石室は、一切の光が存在しない漆黒の檻。太陽を神として崇拝しているサン・クシェートラにとって、古来より太陽の日差しが届かない暗闇は恐怖や不吉の象徴であった。
この石室へ投獄された者の末路はあまりに悲惨で、死ぬことすら許されず永遠に苦痛を味わい続けることで裁きを受けるという‥‥。
「あれ―――どこだ、ここ」
そんな生き地獄ともいえる闇の中で一人の少年が目を覚ました。
「何も見えない‥‥」
360度、どこを見渡しても際限のない闇、闇、闇‥‥。本当に目を開いているのか自分自身を疑いたくなるほど、周囲は真っ暗で何も見えない。そのうえ異様な静寂さに包まれていてひどく不気味だ。僕はどうしてこんな場所に居るのだろう‥‥?
「確か僕たちは砂漠を渡っていたはずだ」
そしたら突然助けを呼ぶ悲鳴が聞こえて、生贄の少女を助けようと祭壇に飛び込んで、でかい蜥蜴と戦って、それで‥‥。
「ああ、そうだ」
彼女が‥‥アカネさんがやって来たのだ。
「ヘイゼルは―――みんなはどこだ?」
この暗闇に人の気配は一切感じない。近くには居ないのか?うまく逃げきれたのならいいんだけど―――すごく心配だ。特にヘイゼルは僕と一緒にアカネさんに敗北した。あの場に居なかったリリィ達はともかく、彼女は僕と同様に何らかの処置を施されているかもしれない。
「くそ‥‥出てこいアカネ!リベンジマッチだ、今度は本気でぶっ飛ばしてやる!どうせどこかで覗き見ているんだろ!?相手になってやるから出てこいよ!」
僕は大袈裟に声を荒げ、中学生のような挑発を繰り返した。アカネさんはどこかで僕を監視しているはず。もう一度彼女に会うことが出来れば、この状況を打開できる糸口が掴めると考えたのだ。
「あ!?もしかしてビビってる!?そうだよなぁ、よく考えればアンタは僕の原種の力が解除されてからあの場に現れた。弱った僕を卑怯な不意打ちで運よく仕留められただけのチキン野郎だもんなぁ!!ばーかばーか!雑魚アカネ!」
ジルは悪口を唱えた!しかし、何も起こらなかった。
「おいコラ!聞いてんのかバカ野郎!!アカネえええええ!!!!!」
どれだけ叫ぼうが、アカネさんは姿を現さない。
しかし‥‥暗闇へ虚しく消えたはずの僕の声は、彼女ではない何者かへ向けてしっかりと届いていた。
「うるせぇな―――バカみたいに騒ぎ立てるんじゃねえよ。こっちは寝起きで頭がジンジンしてやがんだ。ちったぁ静かにしてくれ」
「あ、すいません‥‥誰か居たとは思わなくて」
やばい。絶対頭おかしいやつだと思われた‥‥恥ずかしい。
「じゃなくて!!え!?誰かいるの!?」
僕は男の声の聞こえた方向へ視線を移すが、相変わらずの暗闇ばかりで何も見えてこない。人の気配は全く感じないが‥‥間違いない。この空間には、僕以外にも誰かが居る。
神獣を殺した大罪人と相席できる、何者かが。
「探しても無駄だ、この部屋には視界へ干渉する系統の呪いが充満してやがる。お前程度の魔力じゃ、この空間をどれだけ見渡しても“闇”としか認識できねーよ」
「呪いって‥‥!何なんだよここは‥‥つーかアンタ誰だ?」
僕は声しか聞こえない誰かに、己の正体を問うてみた。どんな返答が返って来ても今の状況を知る有益な情報には変わりない、さらに協力を得られれば文句なしだ。
「一度に二度も質問すんじゃねー、脳みそがバグっちまうだろ。ったく‥‥寝起きだっつたろうが」
「ご、ごめん」
「ここは大国サン・クシェートラにある牢獄だ。それも俺たちの居るこの石室は超がつくほどの罪人しか入れねぇVIPルームらしい。首を刎ねられるまでの待機室、もしくはこの部屋自体が処刑場、みたいなもんだろうよ」
刺々しい口調とは裏腹に、男は真面目に僕の疑問に答えてくれた。
「アカネさんの宣言通り、僕は本当にサン・クシェートラに連れてこられたってワケか‥‥」
しかもVIP用の牢獄とは―――心の底から泣けてくる。服はそのままだけど、持っていたものは全部回収されてしまったみたいだし、本当に外との連絡手段が一切ない。知らない国で孤立無援とか‥‥考えるまでも無くヤバイ状況だ。
「で?お前は何をしでかしてこの牢獄に放り込まれたんだ?ただの強盗や殺人じゃこの石室には入れない‥‥相当な悪事を働いたはずだ。王国の要人でも殺したか?」
「そんなコトするワケないだろ。女の子を助けようと化け物みたいな大蜥蜴を斬ったら、ここに連れてこられた、それだけだ」
苛立ちと、少しの後ろめたさの入り混じった声色で僕は男の声に答えた。あの子を助けるためとはいえ、皆があれだけ信仰していた大蜥蜴を殺したことに少なからず罪悪感はある。第三者の目では怪物でも、この国では一応神獣様らしいし。
「大蜥蜴って、アバジャナハルを斬ったのか?!マジかよ‥‥怖いもの知らずというか、何というか‥‥善良そうな顔してる癖に以外と凶暴だな、お前」
「そ、そっちこそ何でこの牢屋に居るんだよ」
「良くねぇコトをしたからだよ、それ以上でもそれ以下でもない。それよりさっきお前、アカネって名前を呼んでいたな‥‥あの女の知り合いか?」
「知り合い、というか何というか―――砂漠のガイドとして僕たちを案内してくれるって話だったんだけど、裏切られたっていうか‥‥」
一言で説明するには少し難しい。それに、厳密にいえば裏切ったという表現も適切ではないかもしれない。祭壇へ向かうなという彼女の忠告を無視して大蜥蜴に挑んだ結果がこのザマだ。もしあの場で生贄の少女を見捨てていれば、今頃はもう砂漠を抜けていたかもしれなかったのにな‥‥。
ま、その選択だけは論外だけど。
「ハッ、そりゃあお前の人を見る目がないってもんだ。あんな血生臭い女がタダのガイドな訳ねーだろ、一目見りゃわかる。あれは関わっちゃならねえタイプの狂人さ」
「そこまで悪い人じゃないと思う―――多分」
彼の持論を、僕は否定した。僕自身が、そう心の底で思い込みたいだけなのかもしれないけれど‥‥短い時間しか一緒に居なかったが、それでも彼女が悪人であるとは思えない。
「アンタの方こそ、彼女と知り合いなのか?」
「んな訳あるか!敵だよ敵!俺がこんな薄暗い牢に入れられたのも全部アイツのせいだ‥‥次会ったら絶対にボコしてやる」
怒りに震える男の声が暗闇に恨めしく響き渡る。どうやら彼は、アカネさんと浅からぬ因縁があるようだ。
「確かに彼女は恐ろしく強かったな、動きを捉えることすらままならなかったよ。しかもまだ本気出して無さそうだったし‥‥僕の力では到底敵いそうになさそうだ」
「たりめーだ、バカ。相手はあの“レデントール”だ。ただの一般人が手を出していいような輩じゃねえ」
「レデントール?」
聞きなれない単語が飛び出し、僕はすかさず男の声へと聞き返した。普段ならやんわりと聞き流していただろうが、アカネさんの素性ともなるとそうとも言っていられない。彼女の正体にはとても興味がある‥‥もしろくでもない連中なら、すぐにでもこの牢を出てヘイゼルたちを探しに行かないと。
「“偉大なる六人”だよ、まさかお前知らねえのか?」
「知らない」
「はぁ‥‥どんだけ世間知らずなんだよ。偉大なる六人ってのはギルド連盟を牛耳ってる最高幹部のことだ。一人一人が恐ろしく強い祝福を持ち、ヤツら六人だけでギルド連盟の総戦力に匹敵するほどの力があるらしいぜ。おまけに誰も見たことの無い未知の技術を扱うって話だ」
「流石に盛りすぎじゃねーの、それ」
ギルド連盟って、ほぼ全ての冒険者が加入している超組織なんだろう?その総戦力をたった六人で補うことができるなんてあるはずがない。しかも未知の技術を扱うって‥‥噂に尾ひれがついた感マシマシなんだが。
「奇遇だな、俺も少し前まではお前と同じ考えだった。いかにヤツらが強くても“人間の想像の範囲内”だと思っていたのさ。どんな生物にも限界はある、人は空を飛べねーし、火の海を泳ぐことも、嵐を打ち払うこともできない。だがヤツらは‥‥」
ヤツらは――とっくに人間の想像範囲を超えてやがった、と男は静かに呟いた。
「‥‥アンタ、彼女と戦ったのか」
「さぁ―――どうだろうな」
男の薄ら笑いを皮切りに、突如として暗い闇の中にうっすらと光が差し込んだ。何者かが、この牢獄の扉を開いたのだ。
「神獣殺しの男は貴様だな?」
牢の扉を開き、光溢れる世界から現れたのは“獣人”の男だった。男は真っ直ぐに僕の元へ詰め寄ると、腕をつかんで強引に引っ張り上げた。
「立て、黙って私について来い」
「また何ともいいタイミングで入って来やがったな‥‥さてはお前、俺たちの会話聞いてやがったな?」
暗闇の囚人の声など気にも留めず、獣人はさっさと歩き出す。僕は彼に腕を引かれるまま、暗闇の石室を後にした。
「‥‥僕をどこに連れていくつもりだ」
「黙ってついて来いと言っただろう。騒げば殺すぞ」
男に連れられて歩き出してから10分ほどが経過した。地下牢を彷彿とさせる暗い廊下を、見知らぬ獣人とひたすら歩く―――なんだこの状況、地獄か?
「手、痛いんだけど」
手錠をかけるように、獣人はがっしりと僕の両腕を片手で握っている。囚人を逃がさないために当然と言えば当然だが、そろそろ力加減を弱めて貰わないと手首より先が壊死してしまいそうだ。
「が、我慢しろ」
「あ‥‥ちょっとゆるくなった」
「だから声を出すなと言っているだろう!」
耳をピンと突き立てて、男は怒りの表情を露わにした。
「ご、ごめん」
僕と同い年くらいだろうか。黙れとか殺すとか怖い口調の割には‥‥動作や力使いは変に優しい。僕を痛めつけない様に気遣っているのがひしひしと伝わってくる。
「‥‥分かればいい」
端正でクールな顔立ちをしているが、以外と親しみやすそうでもある。彼の正体は一体‥‥?
「貴様―――何故あの生贄の女を助けようとした」
「・・・」
「おい、聞いているのか?」
「黙れって言われたから、黙ってたんだけど」
「―――そうか」
「いっ!?」
ミシっ、と僕の両腕を拘束する力が極端に強くなる。若いといえど相手は獣人、ただの人間との力の差は歴然だ。もし彼の機嫌を損なえば途端に捻り殺されてしまうだろう。
「別に理由なんか無い‥‥助けを求めていたから助けようとしただけだ」
「ついたぞ、この石碑を見ろ」
「無視かよ」
男に案内された場所は、薄暗い石造りの祭壇のような場所だった。一切の装飾の無い殺風景な広間にポツンと石碑のようなモノが建てられていて、異様な神々しさを放っている。だが、手入れはされていないのか―――ところどころに苔が生え始めていた。きっと、遥か昔に作られたモノなのだろう。
「この石碑が何なんだよ」
「刻まれている文字を読み上げて見ろ」
「文字?」
石碑をよく見ると、たしかに何やら小さな文字が刻まれている。ミミズがのたくったような拙い字だが―――読めないことは無さそうだ。
「ところどころ削れていて読めないけど‥‥」
「読めるところだけでいい、早くしろ」
「へいへい」
ここで反抗心を見せたところで何のメリットも無い。僕は仕方なく石碑に書かれた文字を男に聞こえるよう読み上げ始めた。
「えーっと‥‥我、古き言葉にて悪しき太陽の封神を書き記す。我と王――――小麦色の――災厄の化身―――三匹の大蜥蜴を率いて戦い、多くの―――――黄金宮殿の更に地下深く、古代遺跡にて―――その心臓は永遠に―――目覚める前に、小麦色の髪をした少女を―――しか、王国を救う方法は無い―――探し続け――――再び、太陽の輝きを――――」
「‥‥読み取れるのはここまでだな」
駄目だ、石碑に削れている部分が多すぎて文章が成立していない。何が何だかさっぱりだ。でも、この石碑の削れ具合―――自然に劣化したというよりも、故意に文章だけを削り取った風に見えるような‥‥。
「―――その言葉に偽りは無いな」
「こんなとこで嘘ついてどうなるってんだよ。つーかそんなに気になるなら自分で読めばいいだろ?」
「その石碑は呪言の碑と呼ばれる曰くつきのモノでな。石碑の文字を解読したものは数日のうちに呪い死ぬらしい、故に貴様に読ませた」
「は?」
さらっとえげつない発言が聞こえた気がするんだが?
「まぁ、仮に呪いを恐れずとも―――俺にはあの石碑を読むことはできない。古代文字を読める者など、この国では宰相のイリホルくらいしか居ないだろう」
「古代文字‥‥?あそこに書いてた文字が?」
どういう意味だ?町中に書いてある文字と変わりない、何の変哲も無い言葉だったと思うのだが‥‥。
「よそ者である貴様が何故古代文字を解読できるのか、今は問わぬ。だが貴様のその力、もう少しだけ私の為に役立ててもらいたい」
「‥‥」
「だが今日のところはここまでだ、囚人を連れ出しているところを誰かに見らたら面倒だからな。牢に戻るぞ―――ついて来い」
沈黙を肯定の証と認め、男は先ほど通って来た道を僕の手を引いて再び戻り始めた。
「ジルフィーネ・ロマンシアだ」
「なに?」
「名前だよ。僕を利用するのは構わないけど‥‥せめて名前くらいは教えてれないか」
「――ヨミだ。別に覚えなくてもいい、私は馴れ合いをするつもりはないからな」
不愛想に名乗りを上げると。ヨミは突き放すようにそう言い放った。どう見ても僕を毛嫌い委し、深く関わることを拒否している様子だ。
「ヨミ‥‥か。ふーん、いい名前だな」
「囚人に褒められても微塵も嬉しくないな」
だけど―――僕の両腕を締め付ける彼の力は、簡単に振りほどいてしまえるほど弱くなっていた。
「メリアメンよ、今の報告は全て真実なのだな?」
砂塵舞う大国サン・クシェートラ。デンデラ大砂漠という超自然を圧倒的な国力と軍事力のもとに支配する、太陽に愛されし王の治める国。
ひとたび王国に足を踏み入れれば、豪華絢爛でありつつも伝統的かつ格調高い建築物が多く並び―――その歴史的町並みを一目見ようと、連日多くの観光客で賑わっている。ここでは全ての来訪者が王の客人であり、臣民だ。崇高なる王へと謁見する為に、膨大な量の貢ぎ物を用意する旅人たちも少なくない。
まさに自他共に認める大砂漠の所有者、その威光は太陽の如く世界を照らし―――王国に永久の繁栄をもたらし続けるであろう。
尤もそれは‥‥太陽の威光がサン・クシェートラの上に輝いていればの話だが。
「はい。太陽の御遣い‥‥神獣アバジャナハルは儀式へと乱入した謎の賊の手によって殺害されました。生贄の女は行方をくらまし、現在も捜索中であります」
黄金宮殿の最も神聖なる場所―――即ち玉座にて、大砂漠の王は臣下から耳を疑うような報告を受けていた。王国の守護者とも言える偉大なる大蜥蜴アバジャナハルが死んだ、それは一国の象徴が破壊されたに等しい。このデンデラ大砂漠において大蜥蜴の死とはその言葉以上に大きな意味を持っていた。
「何と言うことだ、これはいかん。いかんぞメリアメン‥‥!神獣が死に、小麦色の災いが生き残った。全ての物事は悪い方へと進んでいる‥‥間違いない!ああ、偉大なるサン・クシェートラの行く末に太陽の翳りが見えるぞ‥‥!親衛隊長たる貴様が居ながら、神聖なる儀式に賊の侵入を許すなど―――全くもって度し難い!!」
砂漠の王は放心し、激昂し、焦心した。
されど‥‥問い詰められているはずの親衛隊長は誰よりも冷静に、狂ったように叫ぶ王を静かに見つめていた。何も語らず、ただ固く口をつぐんでいる。
「賊はどうした?!無論首を刎ねたのだろうな?!太陽の御遣いを殺めるなど‥‥不届きものにもほどがある!!」
「いえ‥‥ヤツは牢に幽閉しています」
「幽閉だと?メリアメンよ、なぜ賊を殺さない!?奪った命には命を以て贖うのが道理であろう!まさか貴様も―――」
「落ち着いてくだされ王よ‥‥私は正気です。先日の外征騎士の襲撃や作物の凶作、そして神獣アバジャナハルの死―――ここ数日でサン・クシェートラでは災いばかりが巻き起こっている。災いの使徒である賊を拷問にかけ、ヤツらの真意を探り原因究明に尽力すべきです。殺してしまっては、また次の不幸を指をくわえて待つことしかできなくなってしまう」
「それに‥‥神話によれば神獣を殺した者は三日と立たずに祟りによって死ぬといいます。我らが直接手を下さずとも問題ありません」
「しかし‥‥!いや、うむ――貴様が言うのなら‥‥それが正しいのやもしれぬ」
王の懐刀である親衛隊長メリアメン‥‥王国最強の戦士直々の進言を受けて、王はひとまずの落ち着きを取り戻した。
「よかろう――賊の始末は貴様に一任する。だがアバジャナハルが殺されたという事実は口外してはならぬぞ。賊に我が国の神獣が殺害されたなど‥‥国民にとってあまりに心労が過ぎる。民達へはアバジャナハルは天寿を全うし、太陽へ還ったと説明することにしよう」
「はっ、王の御心のままに‥‥」
メリアメンは王へ深々と頭を垂れると、神妙な面持ちで玉座を後にした。
「おやおやァ?誰かと思えば親衛隊長サマじゃねえか!儀式をしくじったばかりか神獣まで殺されちまった癖に、まだ首を刎ねられていないのはどういうこった?あァ?」
「黙りなトトメス。隊長と喧嘩しにきた訳じゃないだろう」
玉座を出るなり、メリアメンは自身を待ち構えていた二人の戦士と遭遇した。
「トトメス、ネチェレト‥‥こんなところで何をしている」
「何って、隊長を心配してやって来たに決まってるだろ!?聞いたよ、神獣様が賊に殺されたんだって?それもまだ子どもの賊だって話じゃないか」
「・・・」
「アンタほどの人がそんなヘマするなんてありえない!なぁ、もしかして祭壇で何かあったのか?もしかしてまた外征騎士がやって来たとか‥‥」
「ヤツはただの賊ではない」
隊長の身を案じ、慌てふためくネチェレトを前にメリアメンは、見せびらかすように自身の右腕を差し出した。
「なんだよその腕!?」
サン・クシェートラ王国最強と謳われる親衛隊長メリアメン。多くの猛者を屠って来た英雄の剛腕は、ありえない方向に折れ曲がっていた。骨折、などというレベルではない。
「あの賊は―――俺の槍を剣で受けた瞬間、衝撃の何割かを受け流し、何倍にも増幅させて俺へと放った」
「キハハハハ!!賊に腕一本持ってかれるとは、情けねえな親衛隊長!!」
「全くだ。あれは間違いなく無意識の反射だった、ヤツは俺に怪我を負わせたことすら認識していないだろうが‥‥お陰で利き手はこのザマだ。上位の回復魔法で癒さない限り、しばらくは使い物にならん」
「隊長‥‥」
「お前達も精々気をつけろ。この国には今―――良くない“何か”が渦巻いている」