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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第70話 海老で竜を釣る

「ここがディーネの湖か、何だか普通の自然豊かな湖って感じだね」


 ロンガルクを出て数時間…僕たちは目的地である湖の湖畔に到着した。賢者の潜む湖と聞いて少し構えていたが、実際のディーネの湖の様子はとても平凡なものだった。湖の周囲に番人が居るわけでも無ければ一切の魔力も感じない。本当にこんなところに、竜人のヨムルがいるのだろうか。


「ねぇジル、その―――本当に大丈夫なんだよね?」


 僕の手に握られた釣り竿を見つめながら、リリィは心配そうに尋ねた。


「何が?」


「何がって‥‥賢者ヨムルを釣り竿なんかで釣り上げちゃっていいのかってコトだよ!しかも釣り糸にかかってるのってただの酒臭い生肉だよね!?魔物の餌か何かじゃないのかそれ!?」


「だってこれがヨムルの好物らしいし‥‥バドスが大丈夫ってんだから問題ないんじゃない」


 僕だって本当はこんな馬鹿みたいな方法で賢者に会いたくなかったよ。だけどこれ以外にヨムルに会う方法がないのも事実だ。いや、探せば他に手はあるのかもしれないが‥‥そんな回りくどいことをしている時間は無い。今は何より彼女に会うことが先だ。


「でも‥‥」


「そんなに心配しなくてもいいじゃないリリィ。どうせ賢者なんて釣れっこないし―――まじめに考えるだけ無駄よ」


「ヘイゼルさぁ、やる前からそういう気分を削がれるようなこと言うなよなぁ」


「だって考えてもみなさいな。ヨムルは聖都の連中から身を潜めるために湖の底で傷を癒しているのよ?それをそんな釣り糸に吊るされた肉一切れでわざわざ姿を現すわけないでしょう?」

「それにこの湖、水深は最低でも40m以上はあるわ。アンタの持ってる釣り竿じゃ小さすぎて水底のヨムルまで餌が届かないわよ」


「く‥‥正論過ぎてぐうの音も出ない‥‥!でも、これ以外に方法は―――」


「方法ならあるわ、それもとびっきり簡単なヤツがね」


 そう言ってヘイゼルは、自信満々に笑みを浮かべた。彼女がこういうドヤ顔を決め込んでいる時はだいたいロクなことが起こらない。というか、心の底から嫌な予感しかしない。


「へー、じゃあ聞くけどどんな方法なんだ?」


「私の炎で湖の水を一滴残らず蒸発させる!!」


「アホか!」


 はい、却下。彼女のドヤ顔にほんの少しでも期待をした僕の方が愚かだった。


「な、なんでそんなひどいこと言うのよ!?道中ずっと考えて辿り着いた超超名案なのに!」


 なるほど、馬車の中でずっと難しい顔をしていたのは湖をどうやって湖を蒸発させるか考え込んでいたからということか。あの見目麗しい横顔で、そんな恐ろしいことを何時間も思考していたとは恐れ入る。ヘイゼルの着想自体はありがたいが、やはり自然環境を壊すほどの大掛かりな手段は許可できない。最悪の場合、僕たちを敵だと誤認したヨムルと戦闘になる可能性もある。


「とにかく一度釣り竿を試してみるよ、それでダメならヘイゼルの魔法にお願いするかもだけど」


「ふん、どうせ後で私に頼る羽目になるんだからさっさと蒸発させちゃえばいいのに。ジルのバカ」


 ヘイゼルは不機嫌な様子でその場にしゃがみ込むと指でツンツン地面を突っつき、まるで幼稚園児のようにいじけだした。


「ま、まぁそう怒るなって。一応バドスの顔も立ててやらな―――」


「怒ってません」


 僕の言葉を遮るように、彼女はとげとげしい声色で呟いた。


「・・・」


 まさかの敬語ですか‥‥絶対怒ってんじゃんヘイゼル。


「私の案よりバドスの案を信じるんでしょう?ならさっさとヨムルでも何でも釣って来ればいいじゃないですか、その小さい小さい釣り竿で」


「いや、僕はヘイゼルの案も信じてるよ!?ただちょっとやりすぎかなーって思っただけで!本当はめっちゃいい方法過ぎて感動してるくらいなんだからさ!」


「でもさっき私にアホって言った」


「おっと」


 それを持ち出されると困ってしまうぞ。


「あれは言葉のあやだよヘイゼル、決してキミを馬鹿にしたわけじゃない」


「別にいいです、取り繕わなくても。どうせ私はモノを燃やすしか能がない田舎魔女、勇者様の崇高な思想には添えませんよーだ」


「燃やすしか能が無いって‥‥そんなことない!ヘイゼルにはもっと他にも才能や魅力が沢山あるよ!」


「例えば?」


「え?色々」


「アグニル!」


「へぶばっ!?」


 因果応報、ヘイゼルの放った小さな火球が僕の顔面へと直撃した。


「―――バカ」


 ぶっ倒れている僕へ捨て台詞を残し、ヘイゼルはツンツンとした素振りのままどこかへと歩き去ってしまった。


「おのれヘイゼル、年甲斐もなくスネやがって‥‥」


「うーん、今のはジルの発言にも問題があったような」


 ぐったりと倒れこんでいる僕の顔を覗き込みながら、リリィは苦笑い混じりに呟いた。


「見てたんならフォロー入れてよリリィ‥‥」


「手をかそうか?」


「いや、いい」


 僕は重い体をゆっくりと起き上がらせて大きなため息をつく。そうして仕切り直すように両頬を叩くと、水辺のすぐ近くまで釣り竿を手に歩き出した。水面は風になびいて静かに揺らめきだっている。


「いいですねぇ釣り!やっぱり日本のゲームは釣り要素がないと物足りません!!まさにミニゲームの王様ですね!!!」

「あぁ!血が騒ぐッ!!」


 小型化して僕のポケットに潜んでいたエイミーが鼻歌交じりに大層ご機嫌な様子で姿を現した。どうやら血が騒いでしまうほど釣りが好きらしい。


「急に出てきて大きな声出すんじゃねーよ、魚が逃げちゃうだろ」


 ま、目的はヨムルだから魚は逃げても問題ないのだが。


「おーやおやおや?何だか釣り人のそれっぽいこと言ってますが‥‥ジル様って釣りの経験あるんですか?」


「無いよ」


 “釣り”なんて綺麗な水場がほとんどなくなった地球ではほとんど嗜む者のいない滅びかけの文化だ。電脳世界であるユフテルではそれを完全に再現し、楽しむことができるが‥‥魚を釣ることの何が楽しいのか僕には全く分からない。故に、一度も釣り竿を握ったことはないのだ。


「ふーん、そうですか。では私が教えてあげましょう」


「別にいいよ、こんなの水面に釣り糸を垂らせば済む話だろ?」


「そんな簡単なことじゃありません!全く、ジル様という人は‥‥」


 エイミーは僕に無理やり釣り竿を構えさせると、その間にすっぽりと入り込んだ。


「あの、僕に釣りを教えると言うなら位置が逆では?」


 これでは僕が、釣り竿を握るエイミーを背後から支えているみたいだ。


「ジル様は私より大きいんですから、私が背後にまわると前が見えなくなるでしょう?本当は小舟でも出して湖の真ん中の方まで出た方がいいのでしょうが‥‥今回は仕方ないのでここから糸を垂らしましょう」


「エイミー釣り得意なの?」


「いえ、私も経験自体は初めてですよ。ただデータ上の記録で何度も閲覧したことがあるので、それなりに心得ています」


 なるほど、さすがスーパーAI。というかお前も初心者じゃねーか。


「これでよし‥‥さ、後は気長に待つだけですね」


 何か話しましょうか?と、エイミーは腰を曲げ、のけ反りながら僕の瞳を覗き込んだ。


「お前‥‥その体勢きつくねーの?」


「別にきつくないですけど?」


「――ならいいけど」


「むむ?何だか浮かない顔してますね?何か悩み事でもあるんです?」


「え?」


 心を見透かしたかのように、エイミーは僕の杞憂をぴしゃりと言い当てた。彼女は前々から勘が良いとは思っていたが―――まさかここまでとは。


「無駄に心配性なジル様のことです、どうせ先日のエルネスタのことで悩んでるんでしょう。本当に彼女をあの場で殺さなくて良かったのか―――って」


「‥‥悪かったな、心配性で」


 エイミーの言う通りだ。僕はエルネスタを仕留めなかったことを今になって後悔している。息の根を止めなかった以上、僕が彼女を倒したのはあくまで一時的な対処に過ぎない。傷が癒えればヤツはまた軍勢を連れてロンガルクに攻め入る可能性も充分に考えられる。最悪の場合、彼女以外の外征騎士が戦線に加わるかもしれないのだ。


「悪くなんかないですよ、過去を顧みることができるのは人類の美徳です。逆にあそこでエルネスタを殺していれば、それこそ聖都の連中は躍起になってロンガルクを潰しにかかるかもしれません」

「ジル様はあの時、あの瞬間にできる最善の策を尽くしました、恥じることはなにもありません」


「たとえその結果、ロンガルクに不幸が訪れることになってもか?」


「気に病むのは仕方ありませんが―――ジル様が責任を感じることではありません。貴方は神でもなければ英雄でもない、ただ一人の人間なんですから」


 ただ一人の人間‥‥か。それはこの世界に残ったただ一人の人類という意味なのか、それとも小さな一つの命であるという意味なのか―――その答えをエイミーに問いただすだけの度胸を、今の僕は持ち合わせていない。それに、どっちであっても彼女は正しい―――過ぎたことを悩む暇があれば、ひたすら前へ前進する方がよほど有意義だろう。


「僕もお前ほどドライに物事を考えることが出来たらいいんだろうけどな」


「ふふ‥‥いいえ、ジル様は今のままが一番素敵だと思いますよ?どうでもいいことに腹を立てて、どうでもいいことに首を突っ込む、そういう泥臭い善人みたいなところが勇者として無数のユーザーの中から選ばれたのだと私は思います。人間が私みたいな思考回路になってしまえば―――それこそ終わりでしょう」


 そう語る彼女の背中は何だか儚げで―――とても遠い存在のように感じられた。


「エイミー‥‥」


「ちょ、おっ!?ジ‥‥ジル様!!手ぇ!!竿が凄い力で引っ張られてます!!!」


「え!?」


 いままでの空気感を破壊するかのように、突如としてエイミーのだらしない叫び声が湖畔中へと響き渡った!


「マジで!?待って、リリィとヘイゼル呼んでくるから持ちこたえててくれ!!」


 酒と肉につられて魚がかかったようだが、相当巨大な獲物らしく竿がぽっきりと折れてしまいそうなほどにねじ曲がっている。僕とエイミーの力だけではとても引き上げられそうにない‥‥。


「いや普通逆でしょうが!私が二人を呼んできますからジル様がっ!持ちこたえてください―――よ!!」


「やだね!自慢じゃないけど、僕は泳ぎが大の苦手なんだ!もし湖に落っこちたらその時点で旅が終わってしまう!」


 適材適所、もしくは戦略的撤退というやつだ。


「ジル!エイミー!何か竿にかかったの!?」


 背後からの声に振り向くと、そこには肩で息をするリリィの姿があった。慌てふためく僕たちの様子に異変を感じ、馬車の方から急いで駆けつけて来たに違いない。


「リリィ…!」


 彼女は急いで竿を握ると、獲物を引き上げようと全力で力を加えた。


「うわ―――重いねこれ!」


 ジル、エイミー、リリィ。三名の腕力をもってしても、水面下の獲物は一向に力を弱めない。それどころかむしろ、さきほどより深く食らいついている気さえするほどだ。このままじゃ釣り竿がへし折れるか、僕たち三人が湖に引き込まれてしまう‥‥!


「ジル様本当に力入れてます!?ぜんっぜん釣り上がる気配が無いんですが!!」


「うるさいな!これでも100%全力だよ!!エイミーこそ辛そうな顔してるけど実は大して力入ってないんじゃないの!?」


「はぁ?!さっきからずっと筋肉はち切れるくらい気張ってますけど!?」


「二人とも口より手を動かしなよ!このままじゃ本当に‥‥」


 全力で踏ん張りながら竿を引くのもそろそろ限界だ‥‥バドスには悪いが、この釣り竿を手放すほかに方法は―――。


「アグニーラ」


「!?」


 尊大な魔女の掛け声と共に、突如として上空に巨大な炎の槍が浮かび上がる。炎槍は水面下に潜む魚影に狙いを定めると、巨大な水しぶきと爆音と共に一切の誤差なく正確にその体を穿った。


「ヘイゼル!?助かった…!」


 40度ほどに熱された水しぶきと水蒸気が、僕たちの体をじっとりと濡らしていく。凄まじい熱量と火力を誇るヘイゼルの魔法を喰らえば、どれほどの巨大魚が相手であろうとタダでは済まないだろう。


「力が弱まった‥‥今のうちに引っ張り上げるぞ!!」


 先ほどまではビクともしなかったのに、今は驚くほどに軽い。僕たちはしっかりと腰を入れ、文字通り体全身を使って竿を引き上げる。勢いよく水面から飛び出した獲物は僕たちの頭上を通り抜け、背後へと吹き飛んでいった。


「やったぁ!釣り上げてやりましたよこの野郎!!どんな魚も陸に上がればこっちのモンです、さぁさぁどのように調理してやりましょうか!やっぱりシンプルに塩焼きですかねぇ!」


「待ってエイミー、これって‥‥!」


 数秒前までは、僕もリリィも―――もしかしたらヘイゼルも、エイミーと同じことを考えていただろう。人間に釣られた魚に残された選択肢はそう多くない、大半が食用として消費されるか、その場でリリースされるかの二択に絞られる。当然、僕たちは前者だった訳だが‥‥状況が変わった。


 ひとまずは塩焼きにして食べるのも、湖にリリースするのも無しだ。だってそうだろう、僕たちが湖から釣り上げた生物は魚ではなく―――人の形をしていたのだから。


「‥‥」


 人間にそっくりの生物‥‥体つき的に女性だろうか。水着とも下着とも見受けられる衣装に身を包んでいる彼女は地面に座り込んだまま、警戒した様子でこちらを睨みつけている。


「気をつけなさい、ジル。人の形をしているからと言って人間であるとは限らないわ」


「分かってるヘイゼル」


 彼女がタダの人間であるとは最初から思ってなどいない。水中で活動できるうえに、僕たち三人の力を凌駕するほどの身体能力を持っている。しかもヘイゼルの魔法が直撃したというのに傷一つ負っていない―――あのエルネスタでさえ、ヘイゼルの魔法を受けて相応のダメージを負っていたというのに。


「言葉は通じるかな―――水の中に住む種族って何語を話すの?」


 僕は何となく、リリィにそう問いかけてみた。


「何語?どういう意味?」


「言語だよ、リリィはエルフだし何か知ってるかなと思って」


「言語‥‥?」


 もの凄く不可解そうな表情を浮かべながら、リリィは首をかしげた。


「言葉は通じます、ご心配なく」


「喋った!?」


「言葉くらい話します。先ほどまで黙っていたのはまだ口の中に肉が残っていたからで―――いや、それはいいでしょう」


 謎の女は濡れた髪を払いのけながら、見かねたように呟く。それほど大きな声ではないが、透き通った美しい声はこの場に居る全員の耳に届いた。


(えら)も無ければ(ひれ)も無い―――水棲の種族には見えないけど、アンタいったい何者?どうして水中に居たの?」


 臆することなく、ヘイゼルは女の素性に探りを入れる。自身の魔法が効かなかったことも含めて僕たち以上に警戒しているようだ‥‥。


「別にどこで暮らそうが私の勝手でしょう、他人である貴方たちに教える理由も必要もありません」


「そう?なら私達も獲物であるアンタをわざわざ生かして返す理由は――――」


「すまない、レディ。問いを投げるなら先にボクたちが名乗るべきだった。ボクの名はリリィ、訳あって賢者ヨムルを探しているんだ」


 一触即発状態のヘイゼルたちの間にリリィは自然な仕草で割って入った。荒事には慣れているのか、全く動じている気配がない。


「賢者ヨムルを‥‥?八賢者は皆表舞台から姿を消したはずですが?」


「ああ、だけど聞くところによれば彼女は今も生きていて―――この湖に身を潜めているらしいんだ。キミはずっと水中にいたみたいだけど何か知らないかな?」


「なるほど‥‥誰からその情報を聞き出したのかは知りませんが、とんだ無駄足だったようですね。賢者ヨムルはこの湖にはもういない、つい先日どこかへと飛び去ってしまったのですから」


「飛び去ったって―――それ本当!?」


「ええ、ずっとお世話してあげていた私に何も告げず‥‥ひどいお方です。貴女方の足ではもう追いつくことすら敵わないでしょう」


 諦めろ、と言わんばかりに彼女は会話を半強制的に終わらせた。そしてぴちゃぴちゃと足音をたてながら湖の方へと歩いていく。自身を釣り上げた相手だというのに、僕たちにはまるで興味がないみたいだ。


「すいません、ヨムルが飛び去った方角ってどっちだか覚えてたりしますか?」


 あと一歩で水面に足を踏み入れる彼女に、僕は最後の問いを投げた。


「は?まさか―――追いかけるおつもりで?」


「はい、僕たちはどうしても彼女に会わなければならないんです。飛び去ったというのなら、どこまでも追いかけます」


「何とも恐ろしい執念ですこと、ただの物好きな冒険者と思っていましたが‥‥貴方達はもしかして聖都の回し者だったりするのかしら?」


「いや、僕たちも実は聖都とはあまり仲が良くないというか何というか―――」


「仲が良くない?ああ、なるほどギルド連盟の冒険者でしたか」


「ギルド連盟?それも多分違うかも、僕たちは勇者として魔王ガイアを倒すために旅をしてるから‥‥」


 勇者見習いと言うには実力不足だし、物好きな冒険者!みたいなのが今の僕には一番しっくりくるかもしれない。なんにせよ聖都にもギルド連盟とやらにも属していないことが伝われば問題ないのだが。


「―――勇者?」


 女はぴくりと身体を震わせると、怪訝そうな顔で僕たちの方へ振り返った。そして全員の顔を一通り眺めた後、何かを察したように小さな溜息をこぼした。


「あぁ、そういうこと‥‥どこの誰かは存じませんが、あの鮮血公に大層気に入られたみたいですね」


「鮮血公って‥‥もしかしてバドスを知っているんですか!?」


「ええ、知っていますよ。貴方たちが彼女に出会う遥か前の時代から―――ね」


 まぁ、それはどうでもいいか――と彼女は二、三度咳払いをして僕たちの前に堂々と向き直った。


「いいでしょう。鮮血公直々の客人を無下にしては、後でどんなくだらない仕打ちをされるか分かったものじゃありませんからね。特別に一肌脱いで差し上げます」


「ヨムル探し手伝ってくれるんですか!?」


 もしくは直接彼女の元へ連れて行ってくれるとか?!


「ええ、特別に彼女の元へ案内してあげます」


「マジで!?やったああ!!」


「案内って‥‥わざわざヨムルの居場所までガイドしてくれるってコト?どこへ飛び去ったか分からないんじゃなかったの?」


「ああ、あれは嘘ですよ可愛い魔女さん。ヨムルはこの湖の底にある神殿で傷を癒しています。本来なら面会謝絶ですが、今回は特別に取り計らってあげましょう」


 そう言って彼女はパチン、と指を鳴らした。その瞬間、周囲が夜になってしまったかのように暗転し―――晴れた頃には僕たちは全く別の場所に移動していた。草木の生い茂っていた大地は冷たい石の床へ、美しい湖の風景は殺風景な神殿へと姿を変えている。


「これほどの術をいとも簡単に‥‥」


「凄すぎる!」


 まるで瞬間移動だ。どうやら僕たちはほんの一瞬にしてヨムルの潜む神殿へと辿り着いたらしい。


「いいリアクションですね、わざわざ面倒な術を発動させた甲斐がありました」


 少し上機嫌になった彼女は驚く僕たちを横目に、神殿内に設置された巨大な玉座に寝そべった。


「この神殿、水中にあるのに水は流れ込んでこないのかな‥‥」


「心配には及びませんよリリィ、この神殿には外界に存在する全ての物質を遮断する結界を施してあります。どれほど矮小な微生物であろうと、神殿内に侵入することはできません」


 全ての物質を遮断するとは、何とも堅牢な結界だな。それほどまでにヨムルは誰にも邪魔されず傷を癒す必要があったということか…?


「で、肝心のヨムルはどこにいるのよ」


「ん」


 ヘイゼルの問いかけに対し、玉座に寝そべっていた彼女は静かに自身の顔を指さした。


「は‥‥?」


「ん!」


「いや、ん!じゃなくて…」


「にぶい方々ですね―――私が賢者ヨムルだと言っているのです」


 そしてようやく、謎だらけの彼女は自らの正体を明かした。


「え、ええええええええええ!!!!!??」

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