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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第69話 晴天の霹靂



「―――終わったんだね」


 天を仰ぎ見るように横たわるエルネスタを見つめながら、ジルは静かに呟いた。こうして口に出して確認しなければ、目の前に広がるありえざる光景に理解が追い付くはずもない。


 平凡な少年と聖都の外征騎士。本来なら戦いにすらならぬ両者の決闘は、様々な外因と因果を経て少年が奇跡とも言うべき勝利をおさめたのだ。


「少し―――娘と話をさせてくれないか」


 突如として背後から現れたのは傷だらけのバドスであった。


「バドス!?でも彼女は‥‥」


「ジル様」


 エイミーは何も言わず、バドスを止めようとしたジルを制止する。バドスの背を真剣な眼差しで見つめる彼女の様子を見て何か事情があることを察した彼は、それ以上の追及をやめた。色々と聞きたいことはあるが‥‥きっと今はその時ではないのだろう。


「こんなに―――大きくなって」


 バドスは何かに導かれるようにエルネスタの元へ歩み寄ると、優しく彼女を自身の膝に寝かせてやった。


「お前とレオナールと別れてから今日という日まで、お前達のことを考えなかった夜はなかったよ。お前はそうは思わないだろうが‥‥妾は―――お前に会いたかった。ずっとずっと、愛していたのだ」

「だが‥‥妾にはもうお前を娘と呼ぶ資格など無い。殺されても文句は言えぬほどに妾は遠い存在になってしまった、それが幼き日のお前の記憶を奪った妾への代償だというのなら甘んじて受け入れよう。許してくれとは言わない、だが―――」


 眠りにつく我が子をいざなう子守歌のように、バドスは儚げな声で胸に秘めた想いを告げる。


「だがこれだけは忘れないで欲しい、スレイン。お前は決して一人じゃない、お前を何より大切に想う存在は‥‥いつまでもこのロンガルクでお前の帰りを待っている。雨の日も、雪の日も、嵐の日も―――お前の帰りをただひたすらに待っている。聖都での暮らしに疲れたらいつでも帰っておいで。その時は妾が腕によりをかけてご馳走を振舞ってやるからな」


 瞳を閉じたまま、エルネスタは何も応えない。バドスは優しく丁寧に彼女を抱き上げると、改まった様子でジルとエイミーの元へと振り返った。


「ジル、エイミー。本当にありがとう、この戦い―――我々ロンガルクの勝利だ!」




 ~数日後~


「ジル様~!朝ですよ!そろそろ起きてください!!」


「うう‥‥」


 やかましい朝の挨拶と共に、エイミーは部屋のカーテンを手当たり次第に御開帳していく。閉ざされた部屋に差し込む不快な太陽の光はまだ意識の覚醒していない僕の脳をじんわりと暖め始めた。


「ジル様~!朝ですよ!そろそろ起きてください!!」


「分かったからそれ以上叫ぶのをやめてくれ」


 同じ言葉を何度も繰り返しやがって‥‥どうやら最新のAI様はスヌーズ機能まで完備しているようだ。もっとも、朝が苦手な僕にとっては耐えがたい無用の長物でしかないが。


「おはようございます!ジル様!」


「はいお早う」


 僕はのそりとベッドから這い出ると、質素な寝間着から普段の服装へと着替え始めた。


「最初は緊張しっぱなしでしたが…何だかこの部屋での目覚めも随分慣れっこになって来ましたね」


「―――お前は初日からぐーすか眠ってただろ‥‥」


 外征騎士エルネスタの脅威は去った。しかし、彼女はロンガルクの町へ簡単には消えぬ傷跡を残していった。倒壊した家屋に、瓦礫の海と化した外壁や道路‥‥奇跡的に死者は出なかったものの町への被害は極めて甚大だ。


 だが、ロンガルクの住人達は現実に絶望することなくバドスの指導の元に復興作業へと乗り出した。あれからまだ数日しか経っていないというのに、町はもとの活気を取り戻しつつある。僕たちは戦いの功労者として称賛され、バドスの館で傷が癒えるまでお世話になっていた―――という訳だ。


「それより、何で今日はこんなに早起きなんだよ」


 エイミーはいつも早起きだが、今日は一段と早い。具体的に言うと1時間くらい早い。


「それが―――さきほどバドスさんから言伝(ことづて)がありまして」


「バドスから?」


「はい、何やら私達全員に話があるみたいですよ。朝食を終えたら部屋に来くるように‥‥と。ヘイゼルさんとリリィさんは先ほど起こしておきましたので、ジル様も準備が出来次第食堂に向かいましょう!」


 エイミーに連れられるまま、僕は自室を後にした。




「あ!おはようジル!!」


 食堂に着くなり、特大サイズのチキンを頬張るリリィの姿が目に飛び込んできた。


「おはよう、毎朝毎朝すごい食欲だな」


「そういうジルはいつも小食だね…朝から食べないと元気でないよ?」


 リリィに比べられたら大半の人間は小食だ。


「これでも良く食べてる方なんだけどな」


 この世界に来るまでは朝食を抜くこともよくあったし、パン一枚で充分だったほどだ。パルミアさんの料理があまりにも美味いので普通に食べられているが、本来の僕の朝の許容量からはありえないほどの量を食べているのだ。


「お早うございます、ジル様、エイミー様」


 席に着くなり、パルミアさんは完璧なタイミングで僕とエイミーの朝食を優雅に食卓へと並べ始めた。


「おはようございますパルミアさん、それと毎日リリィがドカ食いしてすいません」


「ちょ、ちょっとジル!」


「ふふふ、構いませんよ。リリィ様の気持ちのいい食べっぷりを見ていると私も作り甲斐がありますし―――食欲旺盛なのは良いことですからね」


「旺盛すぎるのもどうかと思うわよ」


「あら、ヘイゼル様お早うございます」


 眠たそうにあくびをしながらヘイゼルが食堂へと姿を現した。いつもは寝ぐせで髪がえらいことになっているのだが、部屋で梳かしてきたのか今日はいつになく綺麗に整えられている。服装も寝間着ではなく、僕と同じく外出用の普段の服装を纏っているようだ。


「リリィ‥‥食べ終わったら早く着替えてくるのよ。それから部屋の荷物も纏めておきなさいね」


「え?」


 寝間着姿のリリィに言い放ったヘイゼルの言葉を聞いて、僕はようやく彼女の心理を理解した。バドスからの話を聞き終えたら、彼女は今日中にでもロンガルクを去る気でいるのだろう。本調子という訳では無いが、僕たちの傷はこの数日間でかなり回復した。これ以上だらだらと過ごしていると、かえって体によくない気さえするほどだ。


「もう出て行くの?!そんな‥‥今日でパルミアさんの手料理が最後だなんて耐えられない!」


「もう完全に胃袋掴まれてるじゃない‥‥」


 僕たちはロンガルクでの最後の朝食を済ませると、バドスの部屋へと向かった。



「おお、よく来てくれた。まずはそこのソファにでも座ってくれ――あまーい菓子でも出してやろう」


 バドスは戸棚から何やら甘い香りにする焼き菓子のようなものを取り出すと、僕達の前に並べた。


「今朝焼き上げたばかりのモノだ、妾の手作りゆえパルミアレベルとまではゆかぬが‥‥そこそこいけると思うぞ」


「めっちゃいい匂い‥‥」


 僕はフォークを手にマドレーヌのような菓子を口へと放り込んだ。


「なにこれ超美味しい!!」


 皆の感想を代わりに叫んでくれたのはヘイゼルだった。柄にもなく目をキラキラさせて、たいそうご機嫌なようだ。一口で食べてしまったのか、リリィの皿にはもう焼き菓子の姿はどこにもない。何とも言えない表情と共にヘイゼルのフォークに突き刺さった菓子をじっと眺めている。


「フ、喜んでもらえてなによりだ。では――本題に入るとしよう」


 バドスは静かにほほ笑むと、軽く咳払いをして背筋をピンと伸ばした。


「八賢者、神威(しんい)のヨムルについてだ」


「!」


「聖都のバカ共が賢者たちの力を奪ったことは知っているな?」


「ああ、そこら辺の話はクラックから聞いたよ」


 平和な今の時代に外征騎士以上の戦力をもつ存在は不要であると判断した聖都によってクラックたちは出し抜かれ、かつての力を奪われたらしい。しかしヨムルだけはその強大過ぎる力のあまり能力を奪うことが出来なかったと彼は言っていた。


「話だけ聞くと何だかヨムルって人は八賢者の中でも別格みたいだね」


「ヨムルは最高位の竜人だからな‥‥存在そのものが神話クラスと言ったところだろう。全く、ヤツの力を奪うなどとは身の程知らずにもほどがある」


 存在そのものが神話クラス―――そんな凄い人物が果たして僕なんかに力を貸してくれるのだろうか。


「妾と初めて会った時、お前達は勇者として魔王を倒すためにヨムルを探していると言っていたな。そして、あまりにも貧弱そうなお前達を見て妾は“できるはずがない”と断じ、戯言として切り捨てた―――その非礼を、今この場をもって詫びさせて欲しい」

「妾は先日の戦いを見て確信した、お前達こそがヨムルの待ち侘びていたというユフテルの救世主に違いない!」


「ヨムルの言っていた?どういう意味ですかそれ?」


 ここぞとばかりにエイミーが口を挟んだ。さっきまで無言で焼き菓子を食べていたかと思えば、今は真剣な眼差しでバドスの返答を待ちかねている‥‥何とも温度差の高い妖精だ。


「妾も詳しくは知らぬが、竜人の一族には未来を視る力を持つ者が稀に生まれてくるそうでな。当然賢者たるヨムルもその力を持っていた、そしていつの日かの酒の席でヤツはこう言ったのだ」

「“遠方より災厄来る――永久(とこしえ)の眠りより目覚めし王は千の剣を携え災厄を討ち払い、(こう)(あん)の衣を纏いて新たな国を築かん。やがて古き時代は終わり、泰平の世が始まるだろう”とな」


 咳払いの跡にバドスが語った予言は、あまりにも大袈裟な内容で――とても信じ切れるようなものではなかった。


「それが僕だって言いたいのか?」


「ああそうだ。予言の指す災厄が魔王ガイアとやらのことであれば、その打倒を目標とするお前こそが眠りより目覚めた救世の王なのであろうよ」


「そこまで立派な存在ではないと思うんだけど‥‥」


 王になって新たな世を切り開くとか、それこそ神話のお話だ。僕なんかじゃできっこない‥‥予言にある“王”がいったい誰を指しているのかは知らないが、とにかくその人物と接触することが出来ればきっと力になってくれるはず…。


「フフ、まぁそこら辺はヨムルに直接会って問いただしてみるが良かろう。さて、肝心のヤツの居場所だが―――」


 バドスはおもむろに立ち上がると、ごそごそと巨大な木箱を漁り始めた。そしてお目当てのモノを拾い上げると、再びジルの前へとちょこんと座り直した。


「ヤツはここから東に向かったところにあるディーネの湖で傷を癒している。誰にも会わぬと言っていたから恐らく陰気に水底にでも閉じこもっているだろう―――そこで、ヤツを引きずり出す為にこれを使うのだ」


「引きずり出す為に使うって‥‥コレを!?」


 バドスから手渡されたのは、どこからどう見ても何の変哲も無い釣り竿だった。


「そうだ!餌にはヤツの大好きな酒を染み込ませた肉を使うがいい、後でパルミアから受け取るんだぞ」


「いや、いやいやいや!言いたかないけどアンタ馬鹿なのか!?相手は偉大な八賢者…しかもその中でも最強格の竜人なんだろう?!そんな大物をこんな釣り竿で釣り上げろって!?というか賢者を釣るってどんな展開だよ!」


「な―――妾は馬鹿ではない!ヨムルは大の酒好きなのだ、例え深い水底にいても酒の匂いにつられてフラフラと水面まで上がって来るはず!」


「八賢者がそんなんでいいのか!?」


 そもそも釣り上げるってどういう意味だ。竜人と言うからにはヨムルは人の形をしているはず‥‥実際に見たことは無いが、少なくとも魚ではないだろう。


「まぁまぁ、そう騒ぐな。騙されたと思って一度湖でこの釣り竿を使ってみよ。それでも駄目ならもう一度ロンガルクに戻って来るがいい―――妾が直接ヨムルを叩き起こしてやろう」


「そ、それはちょっと‥‥」


 ヨムルの力はこの先の旅で絶対必要になる―――できることなら強引な手段よりも穏便に済ませたい。まぁ、釣り上げるという手段が穏便なのかと問われると断じてそうではない気はするが‥‥叩き起こすよりはマシだろう。


「ありがとう、バドス。やってみる」


「礼など要らぬよ―――お前達は命がけでこのロンガルクを救ってくれた。これはそのせめてもの返礼だ。本来なら金銀財宝の類いでもくれてやりたいところだが‥‥生憎と、今はこの町を維持するだけで手いっぱいでな」


 だから今は‥‥この笑顔で勘弁してくれ、と言わんばかりに彼女は屈託のない素敵な笑顔で笑った。


「―――」


 ああ、その笑顔だけで十分だ。どんな金銀財宝よりも彼女の微笑みには価値がある。


「方針は決まりましたね、ジル様。どうします?直ぐにでも町を発ちますか?」


「ああ、そうだな―――これ以上長居してしまうと、本当にここに住み着いてしまいそうだし」


 思い立ったが吉日。行動は早ければ早いほどいいに決まってるさ。


「フフ、そういうと思って既にパルミアに出立の手はずは整えさせてある。馬車の荷台には更に追加で冒険に役立つ品を積んでおいた、有効に使うのだぞ」


「本当!?何から何まで―――本当にありがとうバドス!」


 食料だけでなく、更に追加の品まで‥‥何だかこっちが申し訳なくなってきそうだ。


「礼は要らぬと言っただろう?さ、この食いしん坊二人を連れてさっさとヨムルの元へ向かうがいい。いつまでもヨムルが湖に居るとは限らんぞ?」


「失礼ね、私は別に食いしん坊じゃないわよ」


「ボクだって違うよ。失礼しちゃうなぁ、もう」


 ヘイゼルもリリィも、バドスの話そっちのけでお菓子食べてる時点で十分食いしん坊だと思うけど…。


「行きましょう、ジル様」


 荷物をまとめた後、僕たちは何となく後ろ髪を引かれる想いでバドスの館を出た。



「お!!勇者様が出てきたぞ!!」


 館の扉を開いた瞬間、外には溢れんばかりの住民たちがところ狭しとひしめき合っていた。


「達者でね!勇者様!ロンガルクを救ってくれてありがとう!」


「近くに寄ったらまたいつでも来いよ!!」


「私たちの日常があるのは貴方のお陰‥‥本当に感謝します」


 町を救った英雄への感謝の言葉がスコールのようにジル達のもとへと降り注ぐ。人間も、魔物も関係ない。ただ“ありがとう”の気持ちだけで今この空間は満たされていた。



「おい坊主!」


 牛頭の大きな体の魔物。僕たちをロンガルクへと招き入れてくれた彼が、人ごみをかき分けて僕の前へと躍り出た。


「貴方は‥‥!」


「まさか俺が気まぐれに拾った坊主が、この町を救っちまうなんてなぁ!全く運命とは分からないもんだ!!!改めて礼を言うぜ、坊主たちが戦ってくれたから俺たちは今日も元気でやれてる―――感謝してるぜ」


「貴方が倒れている僕たちをここに連れて来てくれたからです、むしろ救われたのは僕たちの―――」


「がっはっはっは!!全く坊主は謙虚過ぎていけねえ!まぁそれが坊主の良い所なんだろうけどよ。こういう時は胸をはりゃいいんだ、あんたは紛れもなくこの町を救った英雄なんだからよ」


 彼の暖かな言葉は、今の僕には効きすぎた。柄にもなく目じりが熱くなってしまいそうだ。


「実はよ、有志を募ってロンガルクに自警団を作ることになったんだ。どんなヤツが襲って来たって―――次は俺たちの手で町を守ってみせるぜ」


 町を守る自警団か‥‥少し前のロンガルクでは考えられなかったことだ。どうやらエルネスタの襲来を経て、この町の結束はより強固なものに変化を遂げたみたいだ。


「もし自警団だけで対処できない問題があればいつでも呼んでください、僕で良ければ力になりますから」


「おう!そん時はまた頼らせてもらうぜ、まぁ恐らくそんな日は来ねえだろうがな!!」


 恩人である彼との会話を終え、僕たちは馬車へと乗り込んだ。


 カラカラと回る車輪の音が、今日はやけに鼓膜へと響く。ビオニエの時もそうだったが、やはり別れというのは苦手だ。気持ちの整理をつけるのに時間がかかり過ぎてしまう。


「行こうか、皆」



 命がけの寄り道を終えて、僕たちはようやくヨムルの元へと進みだす。



 ロンガルクを襲う暗雲は晴れ渡った青空の彼方へと消えた。



 もうこの町には二度と―――雷鳴が響くことは無いだろう。




「行ってしまったな」


「よろしかったのですかバドス様」


「スレインの首を斬らなかったことか?」


「彼女はきっと、またこの町を襲うでしょう―――状況によれば他の外征騎士までもが出張って来る可能性もある。その時は……」


「その心配はない」


「え?」


「ヤツはもう二度と、この町へ足を踏み入れることはなかろうよ。というかスレインももう一度妾の前に顔を見せるとか死んでも嫌だろうしな」


「ふふ。まったく‥‥その自信は一体どこからくるのですか?」


「ううむ、別に自信や理由がある訳では無いが‥‥」


「彼女のことを信頼しているのですね」


「当然だ、スレインは妾とレオナールの何より大切な―――自慢の娘だからな」






 ~聖都グランエルディア・王立神療院にて~



「ここは―――」


 病床に伏せていた一人の騎士が、数日ぶりに目を覚ました。


「エルネスタ様!!良かった、ようやくお目覚めに‥‥!直ぐに神官を呼んできます!」


「ゲラート」


 駆け出そうとしたゲラートを、エルネスタは静かに呼び止めた。


「私は――――負けたのか?」


「‥‥はい」

「ですが奴らは我らの命までは奪わなかった―――騎士団全員、誰一人欠けることなく帰還しました」


 臆することなく、ありのままの現実をゲラートは副団長としてエルネスタへと報告した。


「―――そうか。あの少年‥‥ジルフィーネと言ったか」

「彼は私の正義を真正面から否定した、命を奪うことで全てを終わらせようとする私の獣性を前に眼をそむけたくなるほどの理性を以て立ち向かってきた。あれほど甘い戦い方をする相手は―――初めてだった」


 戦場では命を奪うことが最も重要な任務だ。相手の正義に異を唱える必要も、馬鹿みたいに問答をする必要も無い。だが―――あの男は最後まで“殺す”ことをしなかった。理解し合えるはずもないのに‥‥ただひたすらに叫んでいたのだ。


「敗北して初めて分かった。私はただ駄々をこねているだけの―――小娘でしかないとな」


 これでは力で捻じ伏せることでしか自分の正義を証明できない、下賤の獣と同類だ。いや…私はきっとそれより質が悪い。力無き獣など―――もはやただの肉塊でしかないのだ。


「エルネスタ様‥‥」


「ふっ―――らしくなかったな」

「あぁ…今日は本当に‥‥いい天気だな」


 窓から外の景色を眺めたまま、エルネスタは静かに呟いた。ゲラートの立っている位置からでは、外を見つめる彼女がいったいどんな顔を浮かべているのかまでは分からない。けれど今自分がどんな言葉をかけるべきかは―――考えるまでもなく理解していた。


「過去は永遠に変わらず貴女に付きまとい続ける、けれど未来は無限に変えられる。今日からまた―――歩き出せばいいんです」


「ゲラート‥‥」



 カツ、カツ、カツ、カツ――――。



「!」


 冷たい、暗殺者の如き足音が廊下の向こう側からこちらへと近づいて来る。醜態をさらした私への刺客として聖都の上層部が送り込んできた代物か、それとも―――。


「!?」


 バタリ、と病室の扉が一人の騎士によって強引に開かれる。そしてその顔は、外征騎士という立場上いやでも覚えてしまう男のモノだった。


「やぁ、おはようエルネスタ」

「目覚めて早々に私の顔を見る羽目になるとは、君も運が悪い」


 一見女と見紛うほどの端正な顔立ちに、顔の半分を覆う鴉を模した不気味なマスク。機動性のみを追求した漆黒のスーツを身に纏っているこの男は彼の正体を知らぬ者でも一目で“死神の外征騎士”と理解してしまうほどの不気味な出で立ちをしている。


「さて、単刀直入に聞こうかエルネスタ―――君はいったい誰にやられた?」


 彼の名はベス…カトリーンの次代を受け継いだ死神の外征騎士という訳だ。


「ベス様、エルネスタ様はまだ目覚めたばかりで傷が癒えておりません。その件についてはまた後日に‥‥」


「そうはいかない、副団長。そこの彼女が悠長に眠っていた10日間もの間、聖都には情報が回ってこず討伐隊を組むことすらできなかった。結果――聖都に仇なす反逆者を野放しにしてしまう羽目になった‥‥10日間もだぞ?」

「既に各国に君が無様に敗北したことが知られつつある――分かるか?君は外征騎士の名誉に泥を塗ったんだよ。」


「貴様…!」


「やめろ、ゲラート」


「しかし―――!」


 はやるゲラートを窘め、エルネスタは淡々とした様子でベスの元へと向き直った。


「ベスの言う通りだ。外征騎士は高貴で誇り高く、何より強くあらねばならない。私の敗北は、結果的に騎士の名誉を傷つけてしまった」


「エルネスタ様‥‥」


「それで、どこの誰にやられた?」


「忘れたよ」


「――――なに?」


「頭を強く打ったせいか、あの日の記憶がまるっきり抜けているんだ」


「貴様‥‥」


「いやぁ!エルネスタ様もでしたか!実は私もあの日の記憶が無いのです!それはもう丸っきり!!」


「――おい」


 虚言だ。エルネスタもゲラートも、嘘をついている。そんなことはベスにもお見通しだ、だが彼が解せないのは彼女たちが何故そのような見え透いた嘘をつくのか、という点だ。


「私も同じであります!他の者に聞いても、皆記憶がないと口を揃えて不思議がっていました!」


 ゲラートの傍に控えていた一般兵が、震える声でベスに意見した。その様子をみた瞬間、ベスの機嫌がみるみる悪くなっていく―――死の匂いが、濃くなっていくのだ。


「やれやれ‥‥どうやら君たちは自分たちの置かれている状況が良く分かっていないようだ」


「分かってねぇのはアンタの方じゃないか?」


 意見した一兵卒の首を刎ねようと腰のナイフに手をかけたベスの腕を、異形の腕がガシリと掴んだ。


「シュレン‥‥!?」


 副団長の一角にして魔族の騎士シュレン、彼の後を追うように廊下から新たな二つの足音が慌ただしく近づいて来た。


「団長が目を覚ましたって!?って‥‥このいかにも殺し屋っぽい目つきの騎士はベス!?」


「何だかやばいコトになってるみたいね、私のゴーレムを貸してあげましょうか?団長さん?」


「お前達‥‥」


 副団長のザメルに、アンネ。両者は緊迫した病室にずかずかと上がりこむと、エルエスタを庇うようにベスの前に立ち塞がった。


「これは―――反逆と捉えていいのかい、エルネスタ?」


「シュレン、ザメル、アンネ‥‥下がれ」


 手を引くように告げるエルネスタの忠告を、誰一人として聞くものは居なかった。少しでも不審な動きをすれば、直ぐにでもベスの懐へ飛び込まんとする殺気を放っている。


「―――いいだろう。確かに君たちに覚えがないなら、今回の件は解決のしようがない。私も大人しく手を引くとしよう、上には心底残念な結果を報告することになるが‥‥仕方あるまい」


 ベスは大袈裟な仕草で踵をかえすと、去り際に小さくもはっきりと―――エルネスタにこう吐き捨てた。


「このままで済むと思うなよ」


 死神が去り、病室には再び静寂が訪れた。


「良かったのか、お前たち」


「我らは正義のエルネスタの騎士、どこまでもお供いたします」


「―――すまない」


「しかし‥‥どうして聖都を敵に回してまでヤツを庇ったのですか?」


 不思議そうに顔をしかめながら、一兵卒はエルネスタへと問いを投げた。


「さぁ、何故だろうな。実のところ私にも良く分からないが―――彼はまだ死ぬべきではない。彼ならば誰とも違う新しい方法でユフテルに夜明けをもたらしてくれる‥‥そんな気がしただけだ」

「それに、我が騎士団の管轄を他の外征騎士共に踏み荒らされるのは我慢ならんからな。自分の失態は、自分で取り返す」


「そうですか‥‥おっと、もうこんな時間!私は鍛練がありますので、ここで失礼させていただきます!」


 一兵卒は慌てた様子でエルネスタ達へ頭を下げると、そそくさと部屋から出て行ってしまった。


「ううむ‥‥」


「どうしたのだ、ゲラート」


「いえ、一兵卒でありながら彼はどうやって外征騎士の病室に入って来られたのかと不思議に思いまして‥‥」




 ~エルネスタの病室付近の廊下にて~


「ふ~苦しかった!全く、エルネスタのヤツどうしちゃったんだよ。まるで牙を抜かれた獣のようだったじゃないか」


 エルネスタの部屋から飛び出た一兵卒の騎士は人目のつかぬところへ移動するなり、すぐさま兜と鎧を脱ぎ始めた。


「ぼくちゃんの気配にも気が付かなかったみたいだし―――あ、声を男声に変えていたからかな?フルフェイスの兜つけてりゃ誰でも自分の騎士団だって?ほーんとセキュリティがあまあまなんだから!」


 それにしても―――。


「ユフテルに夜明けをもたらす人物か‥‥他人を褒めることのないエルネスタがあそこまで肩入れするとは、何だかとっても面白そう!よし、しょうがないからベスには黙っててあげよーっと!」


 毒々しい薬剤の香りに身を包んだ妖しげな少女は、スキップ交じりにその場を後にした。




 ~聖都・とある人物の居室~


「以上がエルネスタから聞き出した全ての情報です、ヤツはどうあっても真実を口にする気はないようですね。ルミナス様がどうしてもと言うのであれば拷問にでもかけましょうか?」


「いらぬ。あいつは昔からいやに頑固な女だ、腹を抉ろうと口を割ることはあるまい」


「一つ‥‥質問をしてよろしいでしょうか」


「良い、申せベス」


「は―――エルネスタの件については既にギルド連盟が犯行声明を出している、数日前に彼女がギルドのマスター級冒険者の一団を殺害したことに対する報復とみれば当然の結果でしょう。何故さっさと連中を叩かずに、わざわざエルネスタが目覚めるのを待ったのです?」


「エルネスタ襲撃の動機が報復だというのなら、なぜ連中は騎士団全員を無事聖都に送り返したのだ?連盟の犯行にしては、不可解な点が多すぎる」


「つまり―――エルネスタはギルド連盟以外の何者かに敗北したと?」


「まず間違いない。連盟は世間に外征騎士が敗ったと宣言し―――聖都の権威を揺さぶることが狙いだろう、ヤツらはただ幸運を利用したに過ぎない。我らが真に警戒すべきは水面下に潜む勢力なのだよベス」


「ならば諜報部隊を走らせましょうか?我が騎士団なら、容易に情報を集められるはずです」


「いや、その必要はない。今はただゆっくりと相手の正体を見極めればいい。そうすれば必ずいつか表に姿を現すだろう。釣り糸の餌につられた魚のように‥‥な」


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