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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第65話 封じられしモノ、血風を舞う


 冷たくなった主の体を、エイミーは半狂乱になりながら必死に揺さぶっていた。しかし‥‥喉がつぶれるほど彼の名を叫び続けようと、赤く腫れ上がるくらい頬を叩こうと、ジルは目を覚まさない。


「ジル様!お願いです‥‥目を、目を覚ましてください!」


 ああ。私は取り返しのつかない過ちを冒してしまった。いくらジル様の持つ原種の力が強かろうと、所詮は戦いの素人―――外征騎士を相手に戦えるはずがなかったのだ。少し考えれば誰にでも分かる至極当然の結末を、私は読み間違えてしまった。


 本来なら彼がロンガルクへ向かうと言い出した時にどんな手を使ってでも止めるべきだった。彼の役目は魔王ガイアを倒し、失われた世界を取り戻すことであって、取るに足らない慈善活動では断じて無い。勝ち目のない外征騎士との戦いへ自らの主を送り込むなど―――私の行動は従者として破綻している、導き手を名乗る資格すらない。


「ジル様‥‥」


 だけど私は、彼の可能性を信じたかった。


 彼ならばきっと奇跡を起こせると‥‥心のどこかで思ってしまっていたのだ。その考えが最悪の結果をもたらす羽目になるとも知らずに――。


「ごめんなさい‥‥ジル様‥‥」


 しかし、現実はあまりにも非情だ。


 何を語り聞かせようと、彼はもう返事をしてはくれない。額と胸に穿たれた致命傷(きずぐち)から絶えず流れ出る鮮血は残酷に、少年の命の終わりをエイミーへと訴えかけていた。


「これから私はどうすれば‥‥‥」


 虚ろな瞳でジルを見つめるエイミー。


 路頭に迷い、生きる意味を無くした妖精へ最後のチャンスを与えるかのように―――突然“それ”は起こった。


「!?」


 ドクン。


 ドクン。


 ドクン。


「ジル様‥‥!?」


 突如として、死んだはずのジルの体から全身を脈打つ鼓動の音が響き渡った。しだいに音の感覚は短くなり、鼓動が鳴るたびに身体全体が大きく揺れた。心臓が体から飛び出してしまうのではないかと不安になるほど、彼の命は脈動している。


 いったい、何が起こったというのか。エイミーは目の前で巻き起こっている理解しがたい現実を前に、ただじっと立ち尽くしていることしかできなかった。



「ン――――」


 そして遂に、ジルフィーネ・ロマンシアは目を覚ました。


 むくり、と重そうに体を起き上がらせては、ぼんやりとした瞳でどこか遠くを見つめている。いつの間にかエルネスタによって刻まれた傷口は跡形も無いほどに塞がっていた。


「ジル様あああ?!!」


 奇跡としか言いようのない光景。エイミーは歓喜の余り我を忘れ、ジルの胸元へ飛びつこうと駆け寄った。しかし――――エイミーの存在に気が付き、彼女の方へ振り返ったジルの瞳を見た瞬間、彼女は本能的に歩みを止めた。


「‥‥?」


 違和感。


 違う。


 どこからどう見ても見慣れた主のはずなのに、何かが違う。雰囲気が違うだとか目つきが変わっただとか‥‥そんなレベルものではない。もっと深い何かが決定的に異なっている。彼は間違いなくジルフィーネ・ロマンシアだ。だけど何かが私の知る彼とは違う。明確な根拠は無いが、本能が大音量で危険信号を発している。


 吐き気を催すような気味の悪い感覚が、彼女の思考へ染み渡っていく。そんな混乱状態のエイミーを嘲笑うかのように、ジルはようやく口を開いた。


「ほう、もうオレの正体に感づきやがったか。流石はアークを統括するスーパーAI様、脳みその出来が違うってか?」


 ジル様と同じ声帯から発しているとは思えないほど邪悪な声で、男は吐き捨てた。


「‥‥貴方は何者ですか。その体を早くジル様に返しなさい」


「体を返せだと?なに馬鹿なこと言ってやがる、この体は生まれた時からずっと…このオレのモンだろうが」


「その言い草――もしや貴方は‥‥!」


 間違いない。いま私と会話しているこの男は――――。


「ああそうさ、オレの名はイヴ。テメェらのオモチャにされてるこの体の‥‥本当の持ち主さ」


 臆することなく堂々と、男は自らの正体をエイミーへと明かした。




「貴方の目的は?何が望みなのですか!?」


 先ほどのヤツの言葉から察するに、彼は私とジル様の正体と目的を知っている。


 ‥‥まずい状況だ。


 こいつはヘイゼルさんやリリィさんと同じくこの歪んだユフテルで生まれた存在。自らが人類に作られたAIであることも忘れ、独自の自我を持って行動するあまりに危険な生命体だ。ユフテルの全ユーザーが凍結状態にある現状、ジル様が使えるアバターは必然的にこの歪んだユフテルで生まれた存在に限られてくる。ここで生まれたAIはユフテルのユーザーたちが使っていたアバターと違って、それぞれの人格を持っているため自らのアバターとして肉体を制御するには本来の人格を消し去らなければならない。


 このイヴという男の体がジル様のアバターとしてマザーコンピューターに選ばれた時、彼の人格はジル様の人格へと書き換えられたはず。


 それなのに何故こいつの意識はまだ残っているんだ…?いや、仮に残っていたとしてもどうやってジル様から体の主導権を奪い取った‥‥?


「オレの望みはこの体をテメェらから取り戻すことだ。それ以外に興味はねーよ」


「交渉する気は無いと?」


「たりめーだ」


 人類の手から解放されたことによって生まれた彼らからすれば、アークという電脳世界そのものを陥落させた魔王ガイアは―――ある種の救世主のようなものだろう。ヘイゼルさん達のように事情を知らないのならともかく、こいつは全ての事情を知っている。(恐らくジル様と記憶を共有しているからだと推察するが‥‥)魔王討伐のために剣をとる私達を毛嫌いするのも当然か。


 魔王ガイアを倒し、全ての歪みが修正されれば―――この世界で生まれたAIは消える。彼らにとっての真の敵は魔王ではなく、支配者である我々人類なのだから。


「本当なら今すぐテメェを斬り殺してやりたいところだが‥‥今はあの女が先だ」

「胸に穴開けるどころか、オレの脳天を容赦なくぶち抜きやがって―――絶対許さん」


「あの女‥‥?」


 こいつ、まさか‥‥?!


「案内しろ妖精もどき、あのエルネスタとか言ういけ好かねぇ女――このオレがぶっ殺してやる」


 イヴは怒りの感情を隠そうともせず、エイミーへぴしゃりと言い放った。







「威勢の割には大したこと無かったな。まぁ初めから―――貴様らゴミ共に何ができるとも思ってはいなかったが」


 エルネスタへと勇ましく挑んだロンガルクの勇士たち。その中の誰一人として、今はもう立ってはいなかった。エルネスタの雷撃の前にみな等しく敗れ去ったのだ。


「スレイン‥‥もうやめてくれ」


 惨状を見ていることしかできなかったバドスは、泣き入るようにエルネスタへと懇願した。


「安心しろ鮮血公、貴様を殺すのは一番最後だ。ロンガルクの魔物ども全ての首を刎ねた後にじっくりと切り刻んでやる」


 エルネスタの放った雷撃はヘイゼル、リリィ、カイン、パルミア、そしてロンガルクの住人たちだけを器用に狙い撃ち、バドスは全くの無傷であった。エルネスタはわざと彼女への攻撃を外し、最後の楽しみにとっておいたのだ。


「ではまず、この手頃な幼子の首から刎ねるとしようか」


 エルネスタは苦しそうにうずくまる少年に目をつけると、天高く剣を掲げた。醜くつり上がった口角は、命を弄ぶ悪魔そのもの。皮肉なことに、魔族の姿を解放した今の彼女は外征騎士として剣を振るっていた時の何倍もの快感を体全身で感じていた。


 自らの故郷を滅ぼした忌々しい魔物どもに対する―――復讐という快感だ。


「お願いだやめてくれ…スレイン‥‥!」


「その名で――――私を呼ぶな!!」


 バドスの言葉が引き金となり、エルネスタは怒りに任せて剣を振り下ろした。


 か弱き少年を殺すのに余りある絶大な死神の一撃が、少年の肉体ともども無慈悲に魂を打ち砕いた。






「軽い軽い!そんなんじゃガキ一人殺せねーよ、このピンク髪」




 はずであった。



「貴様!何故生きて‥‥!?」


「どけェ!!」


 横から割り込むように乱入したイヴはエルネスタの一撃を難なく受け止めると、閃光を超える速さで彼女を蹴り飛ばしてしまった。


「あの野郎‥‥蹴りが直撃した瞬間に身体の重心をずらしやがった。全く、化け物みてーな判断力だぜ」


「あれは‥‥ジルなのか‥‥?」


 桁違いの魔力を放つ彼を前に、バドスは驚きを隠せずにいた。彼が人間ではなく魔族―――それも原種であったことにも驚きだが、それ以上に彼の放つ超常的なオーラに圧倒されていた。これほどまでに強大な力‥‥いったい今までどうやって隠していたというのだ。


「おい妖精もどき、テメェは邪魔だ。オレが殺す前に戦いに巻き込まれて死ぬなんてことにりゃあ笑えねぇ‥‥どっかにすっこんでろ」


「わ、わかりました」



「“神罰閃光(オラクル・レイ)”」


 刹那。凄まじい熱量をもつ流星の如き閃光が、イヴの元へと放たれた。


「‥‥チッ」


 イヴは近くに居たエイミーを強引に掴んで遠くへ投げつけると、閃光へと向き直った。そしてゆっくりと片手をかざし―――。


「“天魔極光(サタンズ・レイ)”」


 禍々しい闇の一撃を解き放った。


「!?」


 イヴによって放たれた闇はエルネスタの閃光を呑み込み、より威力を増して彼女の元へと襲い掛かる。


「ぐッ‥‥!!私を超える魔力だと‥‥?!」


 あり得ない。死んだはずのヤツが、どうしてこれほどの力を――!


「体の出来が違うんだよ、テメェとオレとじゃ天と地ほどの実力差があるのさ」


 耳元で妖しげに囁くイブ。彼は既に、エルネスタのすぐ背後へと迫っていた。


「なめるな‥‥!!」


 雷撃と共に薙ぎ払うエルネスタ。しかし、その一撃はイヴを捉えることができず虚しく空を切った。


「ッ!」


 僅かに生まれたエルネスタの隙を突き、イヴはエルネスタの脇腹を切り裂いた。エルネスタの鎧を無視するかのように、イヴの刃はするりと彼女の肌を滑り、周囲に鮮血を撒き散らしていく。


「フン!!」


「!」


 再びイヴの刃がエルネスタの肉体を貫いた瞬間―――彼女は全身の筋肉に、はち切れんばかりの力をこめる。先ほどとは比べ物にならないほどの密度にまで硬化した肉体は、イヴの刃を押しとどめた。


()ってェ‥‥!」


 刀がビクともしねえ!


「滅びろ」


 狼狽えて動きが鈍ったイヴの頭を、がっしりと掴むエルネスタ。そのまま掌から大火力の雷撃を落雷の如き轟音と共に撃ち放った。ゼロ距離から―――しかも顔面に外征騎士の本気の魔法を喰らって無事であるはずが無い。待っているのは無惨な死、もしくは耐えがたいほどの激痛を伴う致命傷のいずれかであろう。


「‥‥!」


 最も、それはエルネスタと同等の実力を持つ者が相手であればの話だが。


「いいねェ、痺れるじゃねーかこの野郎」


「馬鹿な?!」


「この程度のことで気を抜くんじゃねえ、ほら歯ァ食いしばれ‥‥!」


 イヴは強引にエルネスタから刀を引き抜くと、燃え盛る黒い闇を纏った斬撃で彼女の体を切り裂いた。


「しまっ‥‥!!」


  意識が飛んでしまいそうになるほどの高密度の魔力が周囲に霧散していく。エルネスタの雷撃数十発分の威力を誇る一撃が、一寸の狂いなく彼女の体へと直撃した。


「ぐ‥‥なんという威力か…!!」


「ちょっとやり過ぎですうううーーー!!」


 爆風に必死に耐えるバドスとエイミー、激闘の余波は戦場から少し離れているくらいでは防ぎようも無かった。


「ほう、大したもんだ―――まだ息があるとはな」


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ‥‥‥」


 苦しそうに呼吸を繰り返すエルネスタ。自らを守護する鎧は粉々に砕け、体中には生々しい傷跡が絶えず刻まれている。鮮血公バドスに加え、乱入者たちとの連戦に次ぐ連戦―――さらには魔力の消費が激しい魔族形態での戦闘。そんな激しく消耗した彼女にとどめを刺さんと放たれたイヴの破格の斬撃。


 いま立っているのが不思議なほどに、彼女の命は風前の灯火であった。


「スレイン‥‥!ジル、待ってくれ、彼女は―――彼女は私の娘なのだ…!!どうか命だけは‥‥」


「黙れ!!!」

「汚らわしい魔族の分際で――――その名を口にするな‥‥!!」


 喉が裂け、血を吐きだしながらもエルネスタはバドスへと食い下がった。体は既に限界を超えている。だけど彼女の不屈の精神だけは―――また、確かに生きていた。


「私は貴様の娘などでは無い‥‥!私の母はとうの昔に魔物どもに殺された!!」


「スレイン‥‥」


「剣をとれ原種もどき…私はまだ生きているぞ‥‥!!」


 彼女はそう吐き捨てると…血濡れた体に鞭打って、イヴを力強く睨みつけた。


「―――チッ」


 執念。


 なんという執念か。もはや一種の呪いのようにさえ思えるこの憎しみは、世界中から魔物が居なくなるまで消え去ることは無いのだろう。どれだけ血を流そうと、どれだけ死体の山を積み上げようと―――彼女の戦いは終わることは無い。見果てぬ夢と知りながら、それでも足掻き続けるというのなら――――。


「今度は首を獲る。覚悟しろ―――外征騎士」


 ここでオレが、お前の苦悩を終わらせてやる。


「待て!駄目だジル‥‥!お願いだ、やめてくれ―――!!」


「イヴさん待って!!」


 もはや誰の声も彼には届かない。


 血濡れの悪魔と、超常たる原種は互いの首を求めて剣を振るう。



「スレインーーー!!!!」



 かつて母だったモノの叫び声が、ロンガルクにこだまする。



 ああ、そんなに私を愛していたというのなら。



 どうしてあの日‥‥私達を助けに来てくれなかったの?



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