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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第64話 揺蕩う海は星なき夜空


「皆さまもうすぐです!この先にシェルターの入り口があるはずです!」


 地下シェルターへ避難するために走り始めてから約10分。手負いのバドスを背に息を切らしながら、パルミアはヘイゼルたちを急かすように叫んだ。戦場となった町にはそこら中に倒壊した建物の瓦礫が散乱し、彼女たちの行く手を阻んでいる。真っ直ぐに道を歩くのすら困難なほど疲弊している状況の中で、その道のりはあまりに過酷なものであった。


「シェルターの中には町の住人達がいるんだよね?ボクたちもそこに避難すれば、彼らにも危害が及ぶんじゃ‥‥」


「大丈夫です、地下のシェルターは八賢者ヨムル様に製造してもらった特別なモノ。エルネスタの力でも破壊することは不可能です。とにかく中に入りさえすれば、ひとまずの安全は確保されるはず」


「されるはず、ね」


 はっきりと断言できない程度に、パルミアはシェルターの耐久力に不安を募らせているのだろう。とヘイゼルは直感した。


 個人の実力なら外征騎士を凌ぐと謳われる八賢者、その中でも特に強大な力をもつとされている“神域のヨムル”が作ったという鉄壁のシェルター。そんな神話クラスの防衛手段を以てしても、不安は拭いきれない。今の豹変したエルネスタならば、シェルターを破壊することも可能ではないか?ひょっとすると彼女は既に、八賢者の実力すら超えてしまっているのでは?


 そんな恐ろしげな思考が、パルミアの脳内を埋め尽くしていた。


「ここです、皆さま。私が中に合図を送りますから、扉が開いたらすぐに‥‥」


 ようやくシェルターの入り口にたどり着き安堵するパルミア。後ろからついて来ているヘイゼル達に指示を出そうと振り返った瞬間―――予想だにしない光景が飛び込んできた。


「逃げ…て‥‥パルミアさん‥‥」


「そんな―――」


 彼女の背後に居たのは、傷だらけのヘイゼルとリリィそして‥‥エルネスタであった。



「魔物どもはこの中に隠れているようだな」


 ようやく見つけた、と言わんばかりにエルネスタは感嘆の声を漏らす。右足で倒れこむリリィを押さえつけ、左手でヘイゼルの首元を掴み上げているが、眼だけはしっかりとシェルターの入り口を睨みつけていた。


 本来の力を解放した彼女にとって、もはやヘイゼルやリリィは道端に転がる石ころ同然。彼女の興味をひくことができるのは、これより惨殺されるであろうロンガルクの住人たちの命だけであった。


「何を驚いている?早くシェルターを開けろ」


「その二人を解放しなさい!もし二人が死ねば、このシェルターは二度と開きませんよ!」


「戯言を」


「このシェルターは中からしか開けられない構造になっている―――私が外から合図を送らない限り、中に避難している者達は絶対に扉を開くことはありません」

「二人にもしものことがあれば、私は合図を送ることなく‥‥貴女を殺します」


「交渉のつもりか?だとしたら哀れなほど滑稽な思い上がりだな」


「何ですって‥‥?」


「貴様と鮮血公もろとも、シェルターを我が一撃で吹き飛ばせば済む話だ」


 そう言って、エルネスタは不敵な笑みを浮かべた。彼女が本当にヨムルの作ったシェルターを破壊できるかは定かではない。もし失敗すれば、彼女はパルミアとバドスだけを始末して尻尾を巻いて引き下がるしかなくなる。騎士団にこれほどの被害を出しておいて、聖都に持ち帰るのはたった二人分の首なんて笑いもの以外の何でもない。そんなリスクの高い手段を、あの冷徹冷静なエルネスタがとる訳がなかった。


 しかし‥‥今の彼女の発言はパルミアへの威嚇でもなければ、ただの強がりでもない。たとえシェルターがどれほど堅牢であろうと破壊してみせるという、自信に満ちた宣戦布告だったのだ。


「させるものですか‥‥!」


 威勢よく槍斧を構えるパルミア。勝てる訳が無いのは分かっている、だが‥‥この悪魔を前にして命乞いをすることだけは絶対にしたくはなかった。


「無様な」


 エルネスタは剣の切っ先をゆっくりとパルミアへと差し向けた。ありったけの魔力を充填し、最大級の火力で“神罰閃光(オラクル・レイ)”を放ち全てを消し飛ばす。それでこの戦いは終わる。鮮血公という汚らわしい魔をこの世から完全に消し去ることができるのだ。



「ちょっと待ちな」

「バドスさんとパルミアさんをやるのは、まずは俺たちを倒してからにするんだな」


 閑散とした戦場に突如として響き渡る複数の声。その正体は、避難しているはずのロンガルクの住人たちであった。


「皆さん、どうして…!?」


 また一人、また一人とシェルターの入り口から続々と住人達が姿を現す。幼い子供や腰の曲がった老人‥‥それぞれの手には物干し竿やほうき、農業用の鎌などが握られており―――彼らが一体何を考えているのは一目瞭然であった。


「俺たちにはここ以外に居場所が無ぇ。この町が無くなっちまえば、生きていたって仕方ねえのさ!」

「それに、ロンガルクは俺たちの故郷だ。町の危機には、俺たち自身で立ち向かなわなくちゃいけねェ!!」


 先頭に立っている牛頭の魔物は、そう言って拳を力強く天に掲げた。


「行くぞみんなァ!!バドスさんとパルミアさんを…俺たちの愛するロンガルクを護るんだ―――!!!」


 彼の雄叫びを聞き、住人達は次々に闘志に満ち溢れた叫び声を上げた。武器を手に戦うということ。それはロンガルクに流れ着き、長らく闘争心を忘れていた彼らにとっては何よりも困難で、恐ろしいモノのはずだった。


 だが今は違う。相手を傷つけるために戦うのではない、故郷を護る為に―――もう二度と居場所を失わないために、命を賭して突き進むのだ。


「自分達の方から姿を現すとは、底抜けの阿呆のようだな」


 彼らの決死の覚悟を嘲笑うかのように吐き捨てると、エルネスタは迫りくる魔物達に向けて剣を取った。


「皆さん、待って‥‥!」


 必死に叫ぶパルミアの声も、走り出した彼らには届かない。


 エルネスタの放った閃光は凄まじい光を放ち‥‥周囲を真っ白に照らし尽くした。






 ゆらゆらと、真っ暗な海を漂う小舟。


 墨汁で染め上げられたどす黒い空には月が不自然に浮かんでいるだけで、星明りひとつすら見えてこない。どこを見渡してもただひたすらの黒一色。暗闇ばかり見つめていた僕の眼は、もはや舟が進んでいるのか止まっているのかすら分からなくなっていた。


「ここはどこだろう」


 どうして僕はこんなところにいるのだろう。こんな闇夜の海に漕ぎ出して、いったいどこへ向かっているのだろうか。さっきからもう何時間もそればかり考えているが、一向に考えがまとまらない。


 真っ黒な波の音が鼓膜を揺らすたびに、まるで思考ごと洗い流されているような感覚を味わいながら僕は空ばかり見つめていた。


「星、星、星――――星はどこだろう」


 星があれば、それを道しるべに進めるのに。夜空はなにも教えてくれはしない。ひょっとして僕が見ている空は空ではなく海なのではないのだろうか。そんな新しい考えが、何時間ぶりに頭に浮かんだ。


 ああ、そうに違いない。空に浮かんでいるように見える月は海面に反射した月で、きっと偽物に違いない。


 僕は今、夜空を漕いでいるんだ。


「海の中を覗いてみよう」


 僕は舟がひっくり返らないようにゆっくりと身体を起こし、夜空(かいめん)を覗き込んだ。するとそこには僕とそっくりな顔が反射しているばかりで、どこにも星なんて無かった。


「なんだ、つまんない」


「まぁそう言うなよ、ちょっとオレの話を聞いてきな」


 反射している僕の顔に呼び止められて、僕は仕方なくもう一度夜空(くらやみ)を覗いた。


「お前こんな真夜中の海の真ん中で何してんだ?」


「分からない、何か大切な役目があった気がするんだけど」


 そう、大切な何か。今となっては思い出せないが、何か大切なコトを為すために―――僕はこの暗闇に漕ぎ出したはずだった。


「でもよ、忘れちまうってことはそんなに大事な用でも無かったんじゃねーか?」


 そうかもしれない。


 道しるべにしていた星も、もう見えなくなってしまったし。


「その舟漕ぐのにも疲れただろ?こっちに手を伸ばしな、俺が漕ぐのを変わってやるよ」


「キミが?漕げるの?体中傷だらけみたいだけど‥‥」


「それはお前も同じだ。オレはお前、お前はオレなんだからよ」


 彼に言われて、僕は自分の額に手を当てた。


「ほんとだ、おでこに穴が開いてる」


 やけにスース―すると思ったら、脳天が貫かれていたのか。


 どうりで思考がまとまらないわけだ。


「でも、この舟の旅はとても辛くて過酷なんだ。キミに任せることはできないよ」


 何故だか分からないが、この舟を絶対に降りてはいけない。絶対に“誰か”に譲ってはいけないって‥‥そんな気がするんだ。


「なら、少しだけ変わってやる。お前は少し休んで―――元気になればまた漕げばいい」


「キミは海の中にいるのに、できるの?そんなこと」


「できるとも」


「どうやって?」



「こうやって」


 黒い腕が、海面からにゅっと伸びて僕の体に絡みつく。


 僕は海の中に居た“誰か”と入れ替わるように―――舟の上から引きずり降ろされた。


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