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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第62話 目覚める悪夢


「バドス様!!」


 無残に倒れこむバドスの元へ、パルミアは眼に涙を溜めながら駆け寄ってきた。


「どうして、どうして私の命ごと血を吸ってくれなかったのですか!?」


 死ぬ覚悟はできていた。バドス様の血肉となってエルネスタを討つことができるのなら本望だと、そう心に誓って血を捧げたというのに‥‥!


「パル‥‥ミア‥‥」


 虚ろな目でパルミアの手を取るバドス。声を出そうと必死に口を動かしているが―――喉に穿たれた穴から空気が抜けて、上手く発声ができていない。胸部からの出血も止まらず、血の池をつくるばかり。ここまで弱り果てたバドスを目の当たりにするのは、パルミアといえども初めてのことであった。


「そこをどけ、女」


 バドスに最後のとどめを刺そうと、エルネスタは残酷な瞳で満身創痍の二人を見下ろした。


「いいえ、どきません」


 手負いとはいえ、相手はあの外征騎士。ここで私が挑んだところで勝ち目はない‥‥あっけなく首を斬られてお終いだ。正直言ってとても怖い…かつての私なら靴を舐めてでも命請いをし、彼女に醜く縋りついてただろう。


「バドス様を殺したくば、私を倒してからにしなさい!」


 だが、今は違う。


 負けると分かっていてもやらねばならない。それがバドス様の眷属となった私の務め。彼女を死ぬまで支えると誓った、私の意地なのだから‥‥!。


「覚悟しろ、エルネスタ―――!!」


 ろくに力の入らない腕で、パルミアは槍斧(ハルバード)を振りかざす。殺せなくてもいい‥‥少しでもヤツの体に傷をつけさえすれば‥‥!


「愚かな」


 しかし‥‥鬼気迫る槍斧の一撃はエルネスタの取るに足りぬ斬撃によって、いとも簡単に防がれてしまった。


「く…!」


「人間であろうと、魔族に従うものには容赦しない―――死ね」


 隙だらけのパルミア目掛けて繰り出される閃光の如きエルネスタの一閃。今のパルミアにとってはあまりに重すぎる処刑人の一振り。どうあがいても絶対に、彼女にはかわせない。


 ああ、願わくば―――せめてこの町の住人だけでもエルネスタの魔の手から逃げきれますように。


「お許しください、バドス様」

「貴女との約束は‥‥どうやら果たせそうにありません」


 そう言って、まるで神に祈るように‥‥パルミアは静かに瞳を閉じた。


「!!」


 落雷の如き轟音と共にエルネスタの剣が振り下ろされた。もはや人間のレベルを逸脱した鬼神がごとき斬撃は、正確にパルミアの命を捉えている。


 しかし、人間など容易く切り裂いてしまうような超常の一撃を受けてなお―――パルミアはまだ生きていた。


「・・・?」


 痛みすら全く感じない‥‥いったいどうなっているの?まさか、途中で気が変わって攻撃の手を止めたとか――――?いや、ヤツに限ってそれはない。あの鉄のような女が自らの意志を曲げて敵の命を見逃すなんて考えられない。


 では、一体何が?


 様々な思惑が浮かんでは消えていく。ことの真相を知るために、恐る恐る目を開くパルミア。そこに広がっていた光景は―――彼女の度肝を抜くものだった。


「え、えええええええ!?」


 何故!?どうしてこのタイミングで貴方が‥‥!!



「お前には、誰一人として殺させない」



 驚くべきことに―――突如として間に飛び込んできた一人の少年、ジルフィーネ・ロマンシアが自らの刃でエルネスタの斬撃を食い止めていたのだ。


「ジル様…!?」


 ただの少年が、エルネスタの一撃を防いだと言うの…!?


「おのれ――子供の分際で!」


「おわっ?!」


 勢いよく飛び込んだはいいけど‥‥くそっ!なんて馬鹿力だ!やばいやばいやばい腕折れる!!


「全く、力で敵わないんなら無策で乗り込むんじゃないわよバカ」


「後ろか‥‥!?」


 ジルを蹴り飛ばし、咄嗟に声のした背後へと剣を構えるエルネスタ。しかし‥‥彼女が反撃をする前に、既にヘイゼルの魔法は放たれていた。


「吹き飛べ、アグニル」


 超高熱の火球が、大気を震撼させるほどの衝撃と共にエルネスタへと激突した。バドスとの戦闘で鎧が半壊した彼女の体を、無慈悲にヘイゼルの炎が焼き尽くしていく。


「ぐ―――はァァッ‥‥!」


「隙だらけだよ!」


 灼熱に抱かれ、苦悶の声を上げるエルネスタを容赦なくリリィの戦槌が叩き潰す。


「ッ!」


 直撃。


 受け身を取る時間すら与えない、完全なる直撃だ。


 まるで道に転がる小石のように吹き飛ばされた彼女は、そのままの勢いで建造物へと衝突し、崩れて来た瓦礫の山の下敷きになってしまった。


「皆さま、どうしてここに‥‥」


「ロンガルクをエルネスタから救うため、かな」


 ほんの少しの間とはいえ、バドスとパルミアさんには世話になった。彼女たちの協力がなければエイミーと馬車も奪われたまま戻ってこなかっただろう。


 その恩返しという訳では無いがまぁ、正直なところ‥‥見知った相手に死なれるのは目覚めが悪い――ってのが最大の理由かもしれない。


「まぁリリィはおいしいご飯をまたパルミアさんに作ってもらうためだー、とか言ってましたけど」


「ボクそんなこと一言も言ってないよね!?」


「皆さま‥‥本当にありがとう‥‥」


 危機的な状況から救われて心から安堵したのか、パルミアさんの眼から一筋の涙が零れ落ちた。だが、まだ安心するには早い。エルネスタを倒さない限り、僕達に未来はない。


「それよりパルミアさん、バドスは?」


「バドス様は…」


 パルミアは静かに、背後で力無く倒れこむバドスに目をやった。そのあまりにも無惨な有様に思わず言葉を失いそうになる。


「なんて傷だ‥‥!エイミー!」


「ええ、分かってます」


 まるで僕の指示を先読みしていたかのように、彼女はビオニエで買った回復魔法の魔封杖をバドスへと使用した。杖はキラキラと輝きを放ちながら、バドスを光の中に包み込んでいく。


「うう‥‥」


「良かった‥‥バドス様!!」


「パルミアに――――貴様らも来てくれたのか」


 ゆっくりと眼を開き、立ち上がるバドス。生々しい傷跡は消え、彼女の体は完全に回復した。あの瀕死の状態から再生できたのは回復魔法の効果だけでなく、彼女の持つ超常的な再生力の賜物だろう。


「頼んだ覚えも無いのに、全く貴様らは‥‥清々しいほどのお人好しよな」


 そう言って、彼女は頬を僅かにほころばせた。


「一応お世話になったし‥‥というか、バドスなんか見た目違うくね?」


 誰だこの桃色髪のグラマラスな美人は。僕が知っているバドスはやたら態度のデカい可愛らしい幼女であったはずなのだが。


「フフ、これが妾の本来の姿よ。あの(わらべ)の姿は力が抜けて縮んだだけに過ぎぬ」


「確かに、今のバドスさんからはヘイゼルさん以上のとんでもない魔力を感じますね‥‥鮮血公と恐れられていたのも頷けます」


 何とも難しそうな顔で、エイミーが一人でにそう呟いた。


「エルネスタとどっちが強い?」


「ルエル村で遭遇した時のエルネスタの魔力量が100だとすれば、今のバドスさんは300を軽く上回る程度…と言ったところでしょうか」


「めっちゃ強いじゃん」


 あれ?ひょっとして僕たちの助けとか要らなかった感じ?


「ですが、今のエルネスタはどういう訳か魔力が大幅に上昇しています。恐らく500は下回らないかと」


「ええ‥‥」


 何だよその上げて落とすスタイル。つーか100から500って流石に上がり過ぎじゃないか…?


「ヤツは祝福を発動させている、魔力が何倍にも膨れ上がったのもその影響だ」


「祝福?」


「何だ貴様、冒険者の癖に知らんのか?」

「祝福とは選ばれた者のみが扱うことができるという絶大な力‥‥後天的に身につけることができるスキルや魔法と違って、この世に二つとない生まれ持った才能のようなものだ」


「なるほど・・・」


 ただでさえ強いエルネスタの力を更に強大にさせる祝福―――考えただけでゾッとする。そんな特別な力を生まれながらにして扱うことができるなんて、少し羨ましいな…。


「はァッ!!」


「!?」


 耳をつんざく爆発音と共に、瓦礫の山が粉砕される。その中から堂々とした佇まいでエルネスタが姿を現した。


「やはり貴様らだったか。ルエル村では随分とこの私に恥をかかせてくれたな」


 真っ直ぐにジル達を見つめながら、エルネスタは恨めしそうに呟いた。彼女の肌を走る稲妻の如き閃光が、より一層激しさを増している様子から察するに―――かなり機嫌が悪いようだ。


 僕とヘイゼルに対して、並々ならぬ感情を募らせているのはどう見たって間違いない。


「それはこっちのセリフよ、今度こそ私の魔法で消し炭にしてあげる」


「私を消し炭にするだと?忌み魔女の分際でよくそんな大口が叩けたものだ。実力と口が釣り合っていなければ、貴様の減らず口も哀れなだけだな」


「あんたこそ、偉そうなこと言ってるわりにはもうボロボロじゃない。ここで降参した方が痛い目見なくて済むんじゃない?」


「戯言を」


 目にもとまらぬ閃光の如きスピードで、エルネスタはヘイゼルへと斬りかかった。


「さがってヘイゼル!」


 しかし、咄嗟に割り込んだリリィの大盾によってその攻撃は未遂に終わる。


「小賢しい真似を!」


「ナイスよリリィ‥‥アギーラ!」


 扇状に拡散した炎の壁が、エルネスタを襲う。炎の壁はやがて円を描くように集約し、中心部に居るエルネスタの体を呑み込んだ。


「ぐ‥‥!」


「効いてるぞ―――!」


 本来ならば取るに足りない攻撃でも、消耗し、鎧すら半壊した今ならヤツにダメージを与えられる。この機をみすみす逃す手はない!



「エイミー!サポート頼む!」


 僕は大きく大地を踏み込んでエルネスタへと距離を詰める。いかに僕が弱くても、攻撃を当てればダメージにはなるはずだ!


「舐めるな!!」


「はああああ!!!!」


 僕の剣と、エルネスタの剣が激しい衝撃と共に衝突する。涼しげな顔のエルネスタと対照的に、僕の腕は悲鳴を上げていた。骨が軋み、電流のような痛みが体中を駆け巡っている。


 だが、これでいい。


 例え一瞬だとしても、彼女の手は僕の為だけに止まっている。


女王の血棘(デ・シュタッヘル)!」


 エルネスタに生じた僅かな隙を、女王は逃さない。自らの血で編み出した無数の血の槍で、エルネスタの体を無慈悲に貫いた。


「おのれ―――!地を這う閃竜(ラケルタ・ホロウ)!」


 ジルを圧し飛ばし、エルネスタは手に持った剣を地面に勢いよく突き刺した。その瞬間、彼女を中心とした四方向に凄まじい雷撃を纏った衝撃波が広がっていく!


 竜の如き閃光は地面をえぐり、体勢を崩した隙だらけのジルへと襲い掛かる!


「ジル!!くっ、なんて衝撃だ―――!」


「しまった‥‥!」


 やばい、死ぬ―――!


「よ―――っと」


 しかし、衝撃波がジルに到達するギリギリのタイミングで何者かが彼の体を強引に引き下げた。


「カイン!?」


「よう、思ったより早ぇ再会だったな」


 なんて最高なタイミングで駆けつけてくれたんだ―――!僕の瞳を覗き込むように、ニタリと笑うカインを見て僕は思わずそう叫びそうになってしまった。


「まだ生きていたか‥‥ザメルめ、しくじったな」


「ああ、あのドラ猫野郎ならバッチリぶっ飛ばしてやったぜ」

「アンタはもう終わりだ、エルネスタ」


「終わりだと?この私が?」


「副隊長たちは僕達が全員倒した、仲間の騎士たちも多くが倒れ―――戦意を失った。これ以上の戦いに意味はない」


 ヘイゼルにリリィ、カインにバドスまで居るんだ。本来なら到底敵わないと相手だとしても、手負いの今なら勝ちの目はある。これ以上消耗するのはエルネスタにとっても本望ではないだろう。


「ふ、ふ‥‥」

「ふはははははははははは!!!」


「何がおかしい」


「副隊長が全滅し、騎士団は壊滅状態?それがどうした?」

「ここにはまだ私が居る。このエルネスタが居る限り敗北などあり得ない、有象無象のお飾り共など―――どうでも良いのだ!!」


 そう言って、エルネスタは天高く剣を掲げた。


「まだ戦うのか‥‥!」


「ジル様!下がってください、周囲の魔力濃度が著しく増加しています!!」


「アイツ、何をするつもりなの‥‥?!」


 この数を相手にして、まだ何か策があると言うのか…!


「さらばだ、穢れし者たちよ!いまこそ―――神の雨に濡れる時だ」


 エルネスタがそう言い放った瞬間、空が変わる。分厚く薄暗い雲が周囲から結集し、太陽の光がみるみるうちに遮られていく。まるで嵐の前の静けさだ。天候を書き換えるほどの絶大な“何か”が放たれようとしている。


 素人の僕でも分かる―――これは、まずい。


「ボクが結界を張る!タイタンワームを押し返すほどの威力はもう出せないけど、無いよりはマシなハズだ!」


「私の残ってる魔力もあんたに回すわ、これなら強度も少しは上がる!」


「分かった!みんなリリィの近くへ――――」


「無駄です」


 冷たく、唐突に―――エイミーは僕の言葉を遮るようにきっぱりと言い切った。


「エルネスタの魔力量から推測するに‥‥彼女の一撃が放たれれば、この町全体が焦土と化します。いくらリリィさんの結界でも―――1秒ともたないでしょう」


「な!?」


 1秒も持たないって……!


「そんなのやってみなくちゃ分からないだろう!?」

「エルネスタだって消耗してるし、もしかしたらチャンスが―――」


「妖精もどきの言う通りだ。今の妾たちに、ヤツの切り札を防ぐ手立てはない」


「バドスまで・・・!」


「だが、時間稼ぎならできる」


 バドスはそう言って、たった一人でエルネスタの方へと歩き出した。


「ヤツの一撃に妾の切り札をぶつけて、時間を稼ぐ。その隙に貴様らはエルネスタ本体を倒せ」


「できるのか、そんなこと――――」


「できるかではない、やるしかないのだ」


「!」


 バドス、貴女は―――。



「醜い魔の巣窟ともども滅ぶがいい、鮮血公!」


「降り注げ“正義の雷槍雨(エル・タリエンテ)”」


 刹那、大空に無数の光が浮かび上がった。


 まるで夜空の星々のような煌きは次第に大きくなっていき、その正体が美しい星などでは無いことにやっと気が付いた。


「なんだよ、あれ」


 雷の槍――恐らく全長数十mクラスの巨大な円柱形の光が、数えきれない程に上空に展開している。あんなものが降り注げば、地上はたちまち地獄と化してしまう。


「一つ一つが、町一つ潰せるくらいの熱量を持ってるなんて‥‥尋常じゃないわよ、こんなの‥‥」


 ヘイゼルの操る炎の槍も相当なものだが、エルネスタのものは規模も威力も桁違いだ。こんなの―――現実世界にのさばる大量殺戮兵器と変わりない…!


「確かに尋常ではないな‥‥フフ。相手にとって不足はない」


「バドス―――」


「見ているがいいジルフィーネ、鮮血公と恐れられた妾の真の力を。子を想う、母の強さを―――!」


 眩い光と共に降り注ぐ正義の雨。


全てを殺す神の裁きを前に、バドスは優しく―――静かにこう呟いた。


「“女王の揺籃(ヴィーグ・ス・レイン)”」


 バドスを中心として、町全体を覆うほどの巨大な結界が展開されていく。赤黒く禍々しい領域ではあるが―――何故かとても暖かく言葉にできない安心感で満たされていた。


「まだ足掻くか‥‥鮮血公ッ!!」


 しかし、空から雷槍が降り注いだ瞬間―――結界全体が大きく揺れた。結界の中心部はまだ無事だが、端の方にはひびが入っているように見受けられる。


「急げジルフィーネ!この結界とてそう長くは持たん!!魔力が激しく消耗している今のうちにエルネスタを討て!!」


「ああ、分かった!!」


 バドスのあの様子だと、この結界はもってあと3分‥‥速攻でケリをつけなければこちらが全滅する!


「道は私が作る!あんた達はエルネスタに直接斬りこんで!」


 そう言って、ヘイゼルは無数の炎の玉をエルネスタへと連射する。その隙に、僕とリリィ、カインの三人は一直線にエルネスタのもとへと走り出した。


「鬱陶しい‥‥!鬱陶しいぞ賊共が‥‥!」


 エルネスタの剣から夥しい数の(いかづち)がジル達に向かって吹き荒れた。その狙いはかなり粗暴で、彼女も焦っていることが痛いほどに伝わってくる。お互いに、なりふり構っていられない状況ということか―――。


「“嘶く雷鳴(サンダラー)”!!」


「なんだあれ!?」


「見惚れてんじゃねえジル!!当たれば即死だぞ!」


「ボクが防ぐ!!キミたちは脚を止めるな!!」


 リリィは僕達の前に立ち塞がると、大盾を地面に突き刺してエルネスタの一撃を正面から受け止めた。


 しかし、その衝撃を完全に殺すことはできず―――。


「ぐあああっ!!」


 いとも簡単に後方へと吹き飛ばされてしまった。


「悪いリリィ!でも―――助かった!!」


「覚悟しやがれ、エルネスタァ!!」


 僕より一歩先に踏み込んだカインが、エルネスタへと槍を振り下ろす。


「遅いわ‥‥痴れ者が!!」


 だが、相手は閃光の外征騎士エルネスタ。カインの決死の一撃はいとも簡単に見切られて――――。


「ッ!!」


 カインの腹部に、深々とエルネスタの剣が突き刺さった。


「カイン!!!」


「やっと捕まえたぜ‥‥エルネスタ!」


 しかし、危機的状況にありながらカインは不敵に笑っていた。自らの腹を抉っているエルネスタの腕をがっしりと掴み、力の限りその場に踏ん張った。


「貴様‥‥!?」


「今だジル!今こそエルネスタを―――この悪夢を終わらせろ!!!」


 命の限りに叫ぶカイン。その戦士の咆哮を聞いて―――僕のなけなしの勇気が奮い起こされた。


「っ!」


 チャンスは一度、もはや生死は問わない。


 確実に、一撃で。何としてでもヤツを倒す。


「このっ…離せ!!」


 エルネスタは強引にカインを蹴り飛ばし、体の自由を取り戻した。


「エルネスタ!!!」


 しかし、気が付いた時には全てが遅い。


 僕はエルネスタの胸部を目掛けて――――思いっきり刃を突き刺した。


「が‥‥ッ!!」


「‥‥」


 ポタリ、と真紅の血が彼女の傷口から滴り落ちる。ジルの一撃は――――一寸の狂いも無くエルネスタの心臓を貫いていた。


「おの‥‥れ‥‥」


「僕たちの勝ちだ――――エルネスタ」


 胸部を抑えながらゆらゆらと後ずさる彼女にはもう―――外征騎士としての威厳は感じられない。絶大な力をもつ超人ではなく、ただの命ある一人の人間として彼女は敗れ‥‥静かにその場に倒れこんだ。


「やったのか‥‥?」


 本当に、エルネスタに勝ったのか――?


「やった!!やりましたよジル様!!あの外征騎士を倒すなんて、やっぱりジル様は世界を救う勇者様です!」


 エイミーが満面の笑みを浮かべながら、嬉しそうに僕の周囲をふわふわと舞った。さっきまでコソコソ隠れてたくせに、脅威が去った瞬間姿を現すところは何とも彼女らしい。


「やるじゃねえかジル、俺も‥‥体を張った甲斐があった…ぜ」


「カイン…!少し待ってくれ、すぐに回復魔法をかけてやるから!」


 僕はエイミーを促して、カインに回復魔法を行使した。


「なんだか全然実感が湧かない‥‥ボクたち、本当にエルネスタを倒したんだよね?!」


「紙一重で、だけどね。ともかくこれで、ルエル村での借りは返せたわ」


「本当に勝てて良かった‥‥正直言ってボク、みんなここで死んじゃうんじゃないかって凄くヒヤヒヤしてたんだ」


「確かにね。空に浮かぶ雷の槍を見た時は、本当に駄目かと思ったわ‥‥」


 戦いは終わり、外征騎士の脅威は去った。皆が安堵し、まるで腰が抜けたかのように力無くその場に座り込んだ。


「何とかなりましたね、バドス様?」


「妾は何回も死にかけたがな」


「ゴキブリ並みの生命力があるのですから、それぐらい問題ないでしょう?」


「フン、さっきまで泣きっ面ばかり浮かべてたくせに‥‥もう普段の調子に戻っておるな」


 パルミアとの他愛ない会話を終えて、バドスは呆然と立ち尽くすジルの方へと眼をやった。


「あやつにも、感謝しなければな」


「ええ、そうですね。彼らの助けがなければ‥‥我らの勝利は無かったでしょう」




「なぁエイミー」


「なんです?ジル様」


「もしかして僕たち、途轍もなくやばい相手を倒しちゃったかな・・・?」


 聖都の英雄とも称される外征騎士を倒すなんて、この世界のモラル的にどうなんだろう。世紀の大悪党として、新聞の一面を飾らないかもの凄く心配だ。


「確かに途轍もない反響が起こるかもですが…まぁいいんじゃないですか?」

「これはジル様が自らの意志でつかみ取った結果ですし、何も気負うことは無いと思いますよ」


 さも当然のことのような口ぶりで、エイミーは軽く言い放った。想像していたよりも50倍まともな答えが返ってきたので、思わずこっちが面食らいそうになる。


「お前、たまに凄くそれっぽいこと言うよな」


「何ですかそれっぽいって、私は常に本心だけをジル様に告げているつもりなんですけど?」


 エイミーは少し不機嫌そうな顔になりながら、僕をじっと睨みつけた。その必死な顔が何だかおかしくって、僕はつい噴き出してしまった。


「あ!?なに人の顔見て笑ってんですかこの野郎!」


「いや、別に―――とくに理由はないんだけど…」


 何だろう、面白くもなんともないのに‥‥エイミーの顔を見ると自然に笑いがこみ上げてくる。エイミーを見て安堵してしまうほど、僕はずっと緊張しきっていたのだろうか。


「ありがとな、エイミー」


「は?」


「今回も色々と‥‥お前に助けられた」


 主にシュレンとの戦いで。


「な、なんですかいきなり…!」

「そんな甘いセリフでご機嫌をとろうとしても無駄ですからね!」


「いや別にお前の機嫌を取ろうとしている訳じゃないんだが」






「愚か」





「え?」


 何?誰かの声?


「どうしましたジル様?間抜けな顔がさらに間抜けになっていますよ?」


「何か、声みたいなのが聞こえなかったか?」


「はぁ?」


 何だろう。


 何だかとても。


 とても嫌な感じだ。


「“なにか”が来る‥‥?」


 僕は脳裏に浮かび上がったその言葉を、考える間もなく口走った。


「もう!そういうしょうもない演技はやめてください!本当に怒りますよ?」


「エイミー、今すぐ僕の傍から離れろ」


「?!」


 分からない。


 分からないけど理解している。


 悪夢はまだ終わってはいない―――むしろこれからが本当の―――。




「愚か」



「ッ!?」


「え‥‥!?」


 恐怖に青ざめた顔から察するに、今度はエイミーにもしっかりと聞こえたらしい。


 悪魔のような―――ヤツの声が。



「愚かな虫共‥‥さっさと死んでいれば、恐怖を味合わなくて済んだというのに」


 まるで地の底から響き渡っているかのように、悪魔の声が鼓膜を不気味に震わせる。あれほどの化け物が、たかが心臓を貫かれた程度で―――死ぬわけがなかったのだ。


「エルネスタ‥‥!」


 胸部に風穴を開けたまま、彼女は僕たちを見つめながらぼうっと立ち尽くしている。そのあまりにも禍々しい怪物の姿を見て―――僕たちは完全に言葉を失ってしまった。


「ウソでしょ―――?」


 絶望の波が、ジル達全員へと広がっていく。


 希望は絶望へと変わり、喜びと安堵はどす黒い恐怖一色に染め上げられた。


「私はもう、人ではない。故にこれより行うのは正義の裁きではなく――ただひたすらの殺戮だ」


 そう言い放った瞬間、エルネスタの肉体に変化が訪れた。


 半壊した鎧から覗いていた白い素肌は浅黒く変色し、邪悪な刻印が体全身に駆け巡っていく。蒼く美しい瞳は、まるで鮮血のような真紅の瞳へと変わり果てた。


「その姿は――――」


 まるで何かに取り憑かれたかのように、バドスはエルネスタに釘付けになってしまった。


「力が‥‥漲る」


 そうして最後に、輝かしい金の髪が妖しく(なび)()()のモノへと変貌し―――。


「嘘だ、そんな‥‥其方は、其方は‥‥‥」



「これが私の真の姿、この身に流れる汚らわしい魔の力の具現だ」



「スレイン――――なのか――?」


 バドスの問いに対し、エルネスタは何も応えない。


 不気味にほほ笑む口元からは―――吸血鬼のような鋭牙が妖しく覗いていた。


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