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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第61話 妾にしか成せぬこと


「まま!ぱぱ!はやくはやく!こっちだよっ!」


「これ、待たぬかスレイン!そんなに走ると足を滑らせてしまうぞ」


「へーきへーき!ここはスレインの秘密基地なんだから――――ふがっ!?」


 ふわふわの深雪が一面に広がる真っ白な銀世界を駆けていく、軽やかな影。母親にそっくりの桃色の髪に、父親ゆずりの無鉄砲さを併せ持ったパワフルかつチャーミングな少女。


 彼女の名はスレイン・エレアノール。鮮血公と正義の外征騎士を両親にもつ、現在絶賛成長中の元気な5歳児である。


「だから言っただろう。全く―――スレインの自信過剰な性格はいったい誰に似たのだろうな・・・」


「ん?ツッコミ待ちか?」


 レオナールがバドスと共に聖都を去って10年。二人は無数の苦難を乗り越えて―――人間社会から隔離された大自然に居を構え、誰にも邪魔されない自給自足の生活を送っていた。喰らうだけの生き物を狩り、使うだけの資源を採取する。


 日の出と共に目覚め、日が暮れれば眠りにつく。大自然での豊かな生活は、人生の半分以上が戦いに明け暮れ心身ともに疲れ果てていたレオナールとバドスの傷を癒していった。


 これ以上の幸せは無いと断言できるほど―――彼と彼女は満ち足りていたのだ。


「あっ!見てぱぱ!雪うさぎがいっぱいいる!はやいはやい!」


「ほんとだ、珍しいな‥‥」


 雪うさぎとは、気温の低い地域に生息する雪のように白い体毛をもつ大型の魔物だ。大きい個体の体長は5mを超えることもあり、圧倒的な跳躍力で繰り出される蹴りは多くの冒険者たちの命を散らしてきた。可愛い名前とは裏腹に、かなり強力な魔物なのである。


 そんな雪うさぎが群れを成して、雪崩のように雪原を走り抜けているなんて―――珍しいというか、かなり異常な光景だ。


 これではまるで、何かに追われているようではないか。


「嫌なニオイがする‥‥スレイン、レオナール。今日の散歩はここまでだ、家に帰るぞ」


「そうだな。こっちおいでスレイン、パパが肩車して―――――」




「グルウウウアアアアアア!!!!!!」


 刹那。


遥か天空より、巨大な影が飛来した。


「あれは―――!」


 竜だ。全長30mはあろうかという巨大な竜の成体が、返り血で身を赤く染めながら―――雪うさぎの群れを狂ったように貪り食っている。


 雪うさぎがいかに強かろうと、食物連鎖の頂点たる竜には敵わない。絶対王者の前では、全ての生命はただの餌‥‥等しく死を待つだけの存在なのだ。


「バドス!」


「分かっておる!」


 竜がこちらに気づいていない今が好機だ。呆然と立ち尽くすスレインを強引に抱え、二人は気配すら残さず、その場から立ち去った。




「そろそろ、ここも限界かもしれない」


 その日の晩。スレインを寝かしつけた後、レオナールとバドスは険しい顔で今後について話し合っていた。


「近頃、世界中で魔物たちが活性化している。強力な魔物が巣食う大自然でこれ以上暮らし続けるのは危険だ」

「ここを出て、聖都のファミリアに属しているような強固な防衛力をもつ都市に移り住むべきだと思う―――いつまでも人との関わりを断ち切ったままじゃ、スレインの将来にもよくないだろ」


「確かに其方の言う通りだが‥‥やはり妾は心配だ」


 人間たちの町に妾のような魔族が住めば、きっと混乱を招いてしまう。差別され、後ろ指をさされるくらいなら妾は気にはせぬ。だがもしスレインの身に危険が及ぶようなことになれば―――妾はきっと冷静ではいられない。町ごと住人たちを殺し尽くし、数多の鮮血で染め抜いてしまうだろう。


「大丈夫だよバドス。異種族に友好的な人間の町も最近はけっこう増えてきているし、魔族と人間が一緒に暮らせる町だってきっとある」

「それにバドスは角が生えてる訳でも、腕が何本も生えている訳でも無ぇ。超人間に近い姿をしているから意外と魔族だって気づかれないかも!」


「・・・・」


 それは希望的観測だ。幼く、か弱いスレインならともかく…魔族として成長しきった妾は、どれだけ人間のフリをしようと勘のいい連中にはすぐに気づかれてしまう。


 妾の発する魔族特有の魔力は、人間にとってはあまりに高濃度すぎるからな。


「ならばもし、スレインが魔族と人間の子であると露見し、善良な人間どもが武器を手に妾へ襲い掛かってきたら―――其方はどうするつもりだ?」

「スレインのために、同胞である罪なき人間を斬ることができるか?」


 そう言って、バドスは真っ直ぐにレオナールの瞳を見つめた。


 いくら我が子のためとはいえ、相手は罪なき無垢なる人間。かつて民を護る外征騎士であった貴様が―――自分本位の理由で剣を取ることができるのか?


「・・・」


 当然だが、妾はできる。レオナールとスレインの為ならば、人間の死体など山のように積み上げてやってもいい。だがもしレオナールがスレインの命よりも騎士としての矜持を選ぶというのなら、移住の話は無しだ。


 夫婦間で温度差があれば、いざという時に我が子を護ることなどできはしないのだから。


「バドス、お前・・・」

「俺と聖都を出た日のことを忘れちまったのか?」


 少し呆れたような表情で、レオナールはやれやれといった風に呟いた。


「なんだと?」


「俺は敵であるアンタと一緒になるために、聖都を裏切り―――仲間の外征騎士と争った男なんだぜ?」

「そんな薄情な男が、娘を護る為にいちいち騎士の矜持だとかを気にする訳ねーだろ」


「―――」


 言われてみれば―――確かにそうだ。思い返してみれば確かにこやつは‥‥魔族である妾を独断で聖都に招き入れ、いたる所へ連れ回していたのだった。


 そんな人間側から見ても魔族側から見ても奇行としか思えぬ行動をする男が、例え相手が誰であろうと我が娘の為に戦うことを躊躇うはずがない。


「フフ、そうだな」

「其方は妾と共に生きる為に全てを捨てた―――底抜けの阿呆であったな」


「確かに俺はあの瞬間に全てを失った。だが、その後に俺は今までの人生全てを代償にしても払いきれねぇくらい―――本当に大切な二つの宝を得ることが出来たのさ」


 ニッといたずらにほほ笑むレオナール。本人には絶対に言わぬが、正直言って妾はこの笑顔が大好きだ。そんな顔で微笑みかけられては、妾も首を縦に振るしかない。


「全く‥‥其方は本当に妾の心を弄ぶのが得意なようだな。いいだろう、移住先は其方の好きにせよ」

「妾は人間の町について詳しくないゆえ口を挟まぬが‥‥ともかく、スレインの安全第一で頼むぞ?其方の安全は無視しても構わぬからな」


「それは流石に辛辣では?」


 そうして妾達は、10年住んだ土地を離れ人間たちの住む町へと引っ越した。レオナールの言葉を信じていない訳では無かったが、妾の心は不安ばかりが溢れかえっていた。


 新しい環境で、スレインはうまくやっていけるだろうか?人間達に妾のことが悟られないだろうか?レオナールが若い人間の娘に現を抜かさぬだろうか――――もやもやとした疑問が浮かんでは消えていく。もしスレインが辛い思いをするようなことがあれば、直ぐにでも町を滅ぼそう。住民全員を眷属に変え、妾達だけの下僕にしてやる。


 そう意気込んでいた妾だったが‥‥。


「あらバドスさん、今日も桃色の髪が美しいですね!普段はどのような手入れをされているのですか?」


「スレインちゃん!今度ウチの娘と遊んでやってくれよ、同年代の女友達がいなくて寂しがってんだ!」


 町々を転々とすること30回。これが最後と訪れた町は驚くほどに善良な人間ばかりで、とても良いところだった。隣人たちは穏やかで、笑顔の絶えない愉快な日常を提供してくれる。そのうえ町の治安も申し分ない。スレインにも同年代の友人ができ、今までにないくらい全てが順調であった。


 今までに訪れた町では散々なことばかりであったが、この町ならやっていけると妾たちは大喜びしたものだ。


 そもそも魔族が人間たちの町で暮らすなど、妾の居た時代では考えられない光景だ。レオナールと出会う前のかつての妾なら、くだらない行為だと吐き捨てるだろう。‥‥だが今の妾は違う。人間たちとの生活も悪くない、彼らは妾たち魔族が思っていたよりもずっと優しくて、おおらかで、温かい種族だったのだ。まるで魔族と変わらない。


 彼らとならば、妾は魔族と人間という垣根を越えて寄り添うことができると―――そう信じていた。





 ―――あの忌まわしい男が現れるまでは。





「まったく、まさか泥だらけになるまで延々と駆けっこをすることになるとは思わなかったぞ――――」


「フフ‥‥スレインの人間離れした体力は其方ゆずりよな、レオナール」


 遊び疲れて眠るスレインをおぶりながら歩くレオナール。その姿を微笑ましく見つめながら、バドスは静かに呟いた。


「それにしても、珍しいこともあるもんだ。まさかバドスの方からピクニックに行こうだなんて言い出すなんてな」


「町にも十分娯楽が溢れておるが、たまには自然と触れ合うのも悪くは無かろう。其方も運動不足が解消できて丁度良かったのではないか?」


「魔物の討伐依頼で十分体動かしてるっつーの」


 帰路につきながら、他愛もない会話に花を咲かせる―――なんと平凡で幸せな瞬間なのだろう。料亭の娘から教わった特製弁当も二人に振舞うことが出来たし、本当に今日は素晴らしい一日だった。


「なぁレオナール、其方いま幸せか?」


「なんだよいきなり‥‥」


「幸せかと聞いておるのだ、さっさと答えぬか」


「幸せに決まってる。今さら確認するまでもねぇよ」


「フフ‥‥そうか」


 ああ、妾も幸せだ。愛するレオナールとスレイン、他には何もいらない。


「10年前のあの日、妾の棺を暴いたのが其方で本当に良かった。もし其方と出会わなければ、妾は復讐に駆られた醜い怪物へとなり果てていただろう」


 レオナールと出会えたから、妾は変わることができた。人間の営みの中にも尊いものが溢れていると知り、こうして新たな人生を踏み出すことが出来たのだ。


「本当に―――感謝してもしきれぬよ」


「―――」


「レオナール?」


 彼は妾の言葉など聞いていないかのように、歩みを止めて遠くを見つめたまま沈黙している。


「聞いておるのかレオナ―――」


 こちらを振り向かせようと声をかけた刹那。彼の視線の先に広がる光景が、バドスの眼にも飛び込んできた。


「なんだ、これは・・・」


 町が燃えている。


 妾たちの町が―――赤く燃えている。


「其方達はここに居ろ!決して動くでないぞ!!」


 あの禍々しく燃え盛る炎には見覚えがある。もしあれが妾の想像するものと同じなのであれば、炎の中心にはヤツがいるはずだ―――。


「待ってくれバドス!行くなら俺も―――!」


 必死に叫ぶレオナールを無視し、バドスは一気に町へと跳躍した。


「すまん、レオナール……其方たちを巻き込む訳にはいかぬのだ」





「・・・・・」


 降り立った先は、文字通りの地獄であった。


 優しかった住人たちは焼死体となって足元に転がり、美しかった色とりどりの家屋は黒く焦げ付き、轟音と共に倒壊していく。全方位見渡す限りが真っ赤な炎、こんな灼熱の地獄の中に生存者など、一人だっているはずはなかった。


 超高熱の業火に頬を撫でられながら、バドスは町の中心部へと進んで行く。歩を進めるにつれて炎が強くなるあたり―――やはり、ヤツはこの先に居るようだ。


「望み通り来てやったぞ―――いい加減に姿を見せよ、下郎」



「ハハハ、久しぶりの再会だというのに冷たいではないか―――鮮血公!」



 バドスの言葉に反応し、炎の渦の中から巨大な人影が姿を現した。


「相変わらずの傲慢知己で安心したわ」


 男の名は“ボルゲーン”。巨人の如き体躯と、燃え盛る炎の体を併せ持つ上位の魔人であり―――かつては魔王ルドニールに仕えていた妾の同胞。終末の公王の一角“灼熱公”としてその名を馳せていたが、最後の最後でルドニールを裏切り、魔王軍壊滅を引き起こした裏切り者だ。


「聖都側に寝返った臆病者の分際で‥‥よく妾の前にその醜悪な体を見せることができたな」


「貴様こそ、人間どもに肩入れするとは見損なったぞ。数百年を生きた大悪魔が、たった数年の出会いで自らの信念を捨て去ってしまうとはな」


「!?」


「私が知らぬと思ったのか?貴様の動向は全て把握済みだ、外征騎士レオナールにスレインとかいう娘―――えらく気に入っているようではないか」


「貴様‥‥!」


 よりによって、あの二人を―――。


「取引しようじゃないか、鮮血公」

「私は今、新たなる主のもとで重大な計画の一端を担っている。主が野望を叶えるうえでとても重要な工程だが‥‥いかんせん人手が足りなくてな。貴様には私と共に、その手伝いに当たってほしい」


「新たな主…?」


 自らが王になることにしか興味が無かった裏切りの徒が、新たな主君に仕えている―――にわかには信じがたい話だが、ボルゲーンの表情は真剣そのもので嘘をついていないことは容易に読み取ることができた。


「ああ、そうだ。王の名は“ガイア”これより生まれ来る新たなるユフテルの支配者だ」


「‥‥ガイア?」


 ルドニールの一つ前の魔王の名じゃないか。何故勇者に討たれたはずの男の名が今になって出てくるのだ‥‥?


「我らに手を貸せば、レオナールとスレインの命は保証しよう。だがもし拒めば―――この町と同様の運命をあの二人には辿ってもらう羽目になる」


「‥‥ッ」


 血を浴びるほど吸った全盛期の妾なら、ボルゲーンなど相手にならぬ。取引の余地なく力で捻じ伏せて終いだ。だが、今の妾にはかつてほどの力は無い。ここでボルゲーンと戦えば―――確実に殺される。


 妾が死ねば、レオナールとスレインに危険が及ぶ。それだけは‥‥絶対に避けなければならなかった。


「―――少し時間をくれ、妾にも‥‥家族が居るのだ」


 喉からようやく絞り出したような声で、バドスはボルゲーンに懇願する。血が滲むほど固く握られたバドスの拳を見つめながら―――ボルゲーンは心から愉快そうに笑った。


「ハハハハ!いいだろう鮮血公、最後の別れを告げる猶予くらいはくれてやる!」

「三日後‥‥私はもう一度貴様の前に現れる。その時までに余計なお荷物は捨て払っておくことだな」


 そう言い残し、ボルゲーンは町を焼いていた燃え盛る炎と共に消えていった。灼熱の地獄に呑み込まれていた町は、気味が悪いほどの静寂に包まれ―――ただ焦げ臭い風が生暖かく髪を揺らしている。


 炎が消えても、町に住んでいた人間の命は戻らない。妾がこの町に訪れなければ――彼らが死ぬことも無かっただろうに。


 妾は不幸を呼び込む亡霊だ。どれだけ真っ当に生きようと取り繕っても‥‥自らの過去から逃れることなどできはしないのだ。


 ああ、亡霊なら亡霊らしく―――ひっそりと消えてしまえれば良かったのに。


「バドス!!」


 瓦礫を乗り越え、こちらへ駆けてくるレオナール。大事そうにスレインを抱えるその姿は、今の妾には‥‥少々応えた。


「大丈夫かバドス!!何があった!?」


「スレインは‥‥」


「眠りの魔法をかけてある、こんな光景―――スレインに見せられるかよ」


 レオナールは呆然と立ち尽くすバドスを抱き寄せて、焼け焦げた町を後にした。




「今日はここで一晩明かそう。町に火を放った連中がまだ近くに居るかもしれないから―――周囲は俺が見張っておく」


 レオナールは町から少し離れた林の中にバドスとスレインを連れて入った。何度か野宿の経験があるらしく、簡易的ではあるが二人分の寝床と魔物除けの結界を設置してくれた。


「ありがとう、レオナール――――さようなら」


 これ以上はもう、一緒に居られない。


 バドスは背中を見せたレオナールに不意打ちを仕掛け、昏倒させる。無造作に倒れこんだ彼を優しく抱き上げると、バドスは優しく寝床に寝かせてやった。


「――――」


 我が愛すべきレオナール。妾の最愛の夫にして、輝かしき聖都の騎士。


「其方と出会えて―――妾は本当に、幸せであったよ」


 泡沫の夢であったが、其方のことは永遠に忘れぬ。


「まま‥‥?」


「スレイン――――」


 眠たそうに眼をこすりながら、スレインは愛しそうに母を呼ぶ。


「スレイン、おいで」


 ぎゅっと、強く、優しく―――バドスは愛し子を抱きしめた。


「まま‥‥どうして泣いてるの?怖い夢でも‥‥見たの?」


 抱きしめる妾の力は少し強かったかもしれない。でも彼女は一切嫌がる素振りを見せず‥‥静かに妾の頭を撫でた。


「怖くても大丈夫だよ、まま」

「ままにはスレインと――――ぱぱがついているんだから」


「‥‥ッ」


 すまない、すまない、すまない。どうか妾を許してくれスレイン。


「ああ、そうだな。妾には―――其方たちがついている」

「何も恐れることなどありはしないよ」


「‥‥まま?」


「おやすみ、スレイン――――愛してる」


 それが、妾とスレインの最期の会話であった。


 妾はスレインにとある魔法をかけると――――レオナールたちの前から姿を消した。



 ~翌朝~



「起きてぱぱ!起きてってば!」


「んん―――」


 小さく温かな愛娘の両手に揺さぶられ、レオナールはゆっくりと目を覚ました。


「おはようスレイン、どうしたんだよそんな慌てて‥‥」


「もう、ぱぱったら昨日の約束覚えていないの!?」


「昨日の約束?なんだそれ」


「新しいおうちに引っ越すってはなし!もう、本当に忘れちゃったの?!」


「引っ越す‥‥?」


「!!」


 その言葉を聞いた瞬間、レオナールの脳内に電流が流れ―――寝ぼけていた意識が覚醒した。


「そうだ、俺は――――!」


 町が燃えちまって、俺はこの林で寝ずの番をしていたはずだ。なのにいつの間にか眠ってしまっていた―――いや、眠らされていたんだ。


「スレイン、バドスは―――ままはどこだ!?」


「まま?」


「そうだ、ままだ。お前の横でずっと寝てたはずだ…!」


 嫌な予感がする。昨日は何故か思いつめたような顔をしていたし‥‥一人で厄介なことを背負い込んでんじゃねえだろうな…。


「ままは―――スレインが小さいころに病気で死んじゃったんでしょ…?」

「ぱぱはさっきから‥‥何を言ってるの‥‥?」


 混乱した様子で、スレインはレオナールへと問い返す。


 彼女の反応を見て、レオナールは全ての状況を理解した。


「記憶を―――魔法で書き換えたのか」


 こんなの‥‥あんまりだ。ずっと一緒にいようって誓ったのに―――娘から自分の記憶を消し去ってまで、俺の元から離れていくなんて。


 なぁ、バドス。アンタにとって俺はそんなにも頼りない男だったのかい?ここまで俺たちを遠ざけなくちゃならないほど危険な場所へ、アンタは行こうとしているのか‥‥?


 教えてくれよ、バドス。

 

「もう会えなくなるのならどうして―――俺の記憶は奪ってくれなかったんだ」





「―――おかしいな」


 レオナールとスレインの元から去って数年後。

 

 バドスは眷属に二人の様子を探らせて、動向を逐一報告させていた。妾と別れてから、二人はレオナールの故郷で幸せに暮らしているみたいなのだが‥‥今日は何故か眷属の報告がない。


 いつもならコウモリ型の眷属が窓から妾の元へ飛んできて、楽しそうに見聞きしたことを伝えてくれるというのに。


「バドス様、バドス様」


「おお、ようやく来たか全く‥‥待ちくたびれたぞ」


 彼らの様子を聞くことだけが、妾の生きがいなのだ。焦らすのはよしてほしい。

 

「大変だよ、大変だよ」

「レオナールの故郷が、ボルゲーンたちに燃やされちゃった」


「―――いま、なんと?」


 ボルゲーンに燃やされた?


 馬鹿を言うな、二人に手出しさせないために‥‥妾は彼らのもとを去ったのだ。いかにボルゲーンとはいえ、妾との約束を踏みにじるような真似はしないはずだ‥‥!


「レオナールも、スレインも、みんな、みんな――――」


「黙れ!!!」


 ぐちゃり、と握りつぶされる眷属。妾は何も間違ったことはしていない。だってそうであろう、嘘の報告をする眷属に生かしておく価値などない。妾を二度と誑かさないように殺すべきなのだ。


「そうだ―――全て嘘なのだ。レオナールとスレインが危険な目にあうなど、そんなことはあってはならない‥‥!」


 どうせ嘘だと分かっている。取るに足らない真っ赤な嘘だ。


 だが‥‥たまには妾が直接偵察に行くのも、悪くは無かろう。


「頼む、嘘であってくれ―――!!」


 バドスは疾風怒濤の勢いで、二人の住む街へと向かった。




「――――」


 そこで見た光景を、妾は今でも鮮明に覚えている。


「何も、ない」


 ここに街があったとは到底思えない程に、何も無いまっさらな平野。建物の跡も、人の営みの痕跡も、何一つ残っちゃいない。


 誰一人として――生きている者はいない。


「レオナール‥‥スレイン‥‥」

 

 この惨状は、自分だけ幸せになろうとした妾への罰なのかもしれない。ルドニールの仇である外征騎士と駆け落ち、のうのうと生きていた妾への同胞たちの恨み、怒りの具現が今の状況を招いたというのなら――――。


 妾はかつての同胞を、この世の何よりも恨んでやる。


死して尚、終わらぬ苦しみに喘ぎ続けろと、いくらでも呪いの言葉を紡いでやろう。


妾の光を奪った罪を、永遠の苦痛をもって贖えと――何度でも天に向かって叫ぼう。


「ボルゲーン‥‥貴様をこの世で一番痛みを伴う方法で無惨に殺し尽くしてやる」


 そしてヤツを殺した後、妾もこの命を終えるとしよう。


 二人のいない世界に生きていても―――意味なんてないのだから。




「それは違うんじぇねえかなぁ‥‥」


「!?」


 突如として直接脳内に響き渡る男の声。間違いない、この男の声を―――妾が聞き違えるはずがなかった。


「レオナール‥‥?どこだ!?どこにいる!?」


 慌てて周囲を確認するが、どこにもレオナールの姿はない。


「アンタが生き残ったのには、きっと何か意味がある。アンタにはアンタしか成せないことを成すべきだと思うぜ」


「妾にしか成せないこと―――?」


 それが一体何なのか、何度聞き返してもレオナールの声はもう届いてこなかった。


 今思い返せば、あれはただの幻聴で―――彼の声など本当は妾にも聞こえていなかったのかもしれない。だけど、それでもあの言葉だけで妾は救われた。


 妾にしかできないこと‥‥人間と魔族の共存できる楽園をつくろうと、思い至ることが出来たのだから。




「貴女が鮮血公バドスですか、新たな居城を自ら建設していると報告に在りましたが―――本当だったみたいですね」

「私の名はパルミア、大聖教会の敬虔なる信徒にして―――悪魔狩りのプロフェッショナル。今宵は、貴方の命を頂きに参りました」


 妾がロンガルクを作り始めてから数ヶ月がたった頃、シスター服に身を包んだ頭のおかしな女が妾のもとを訪ねて来た。


 妾を見るなりいきなり襲い掛かって来たので、適当にボコボコにしてやった。もちろん命までは奪っていないぞ?あくまで意識が飛ぶ程度‥‥ちょっと痛い目を見るくらいに手加減してやった。


「何故、とどめを刺さないのですか」


 地に伏し、天を仰ぎ見ながら女は吐き捨てた。


「そういうのにはもう飽きたのだ‥‥妾はここで理想郷を完成させる。今は、それだけしか興味が無くてな」


 悪いが命まで奪う気にはなれぬ、とバドスは優しく微笑みかけた。


「理想郷?」


「ああ、人間と魔族‥‥いや、全ての種族が垣根を越えて共存できる世界。そんな場所を造ることが出来れば、世界はもっと幸せになれると思わんか?」


「―――妄言ですね」


 できる訳がない、とパルミアは非情に断じた。


「妾はそうは思わぬよ、誰もが帰ることができる居場所‥‥それは何よりも欠け替えのない尊いものだと、妾は一人の男から教わったからな」


 妾はレオナールとスレインの遺体を見た訳では無い。今も彼らがどこかで生き延びているなら――――再びこの場所に戻ってくるはずだ。それまでに、何としてでも妾はロンガルクを完成させなければならない。


 それが、妾が成せる唯一の償い。妾が生き恥をさらす―――最大の理由だ。


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