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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第59話 魔族の姫と正義の騎士


「ここが―――今の聖都‥‥!」


 聖都の門を抜けて、自らの眼に飛び込んできた異様な光景にバドスは絶句した。


 聖都グランエルディア。人間たちの住まう忌々しくも壮大な都。輝かしい通り名とは裏腹に、その本質はひどく醜いものであった。悪魔も眼を剝くほどの厳格かつ冷徹な法の下に統制された民たちは、自らの感情を無くし―――聖王の為だけに命を捧げる傀儡と化していた。聖都に仇なす魔王を滅ぼすために寝る間を惜しんで己の武器を磨き、魔族との戦いに備えて血生臭い鍛練に励む姿はまさに狂気そのもの。女子供、老若男女関係なく、全ての民の眼が恐ろしいほどに血走っていたのだ。


 数百年の時を超えようと、我ら魔族が存在する限り聖都の在り方は変わらぬ。


 ――そう思っていたのだが‥‥。



「さぁさぁ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!今日の目玉商品はドルリザードの爪をふんだんに使用した特製漢方だ!こちら見た目はただの黄色い粉末だが、甘く見ちゃいけねぇ。これを一日三回、白湯に煎じて飲むとあら不思議!たちまちお肌がツルッツルのモッチモチに!さぁさぁ悩めるお年頃の少年少女よ!いまこそこの漢方を手に、気になるあの子にアタックしちゃおう!」


「見ておくれよこの透き通るほど美しい氷の剣を!氷に弱い魔物の対策になるのは勿論、常に肌が凍るほどの冷気を放っているから、砂漠地帯を横断する際の冷房代わりとして旅のお方に人気だよ!」


「わんわんベーカリー待望の新作、特濃白蜜パン!ついに本日から数量限定で販売です!お求めのお客様は整理券の番号に従って、一列になってお並びくださいね♪」


「聖都外郭行き魔導機車、もうまもなく発車いたします。ご乗車のお客様は、お急ぎください」


 360度全方位から嵐のように吹き荒れる人々の楽しそうな声。かつての聖都とは思えないほどに明るく活気ある人々の営みの様子を、バドスは自らの五感と体全身で、痛いほど感じていた。まるで夢の中のような現実離れした光景に、彼女の思考はぐるぐると迷走状態に入っていく。


「――――この笑顔溢れる都が、あのグランエルディアだと‥‥」


 これが絶望的なまでに強固な護りを誇った聖都の姿だというのか?武器を持ち歩いている人間など数えるほどしかいないではないか。それどころか幼い児子まで跋扈している様子―――訳が分からぬ、何なのだこれは。あの肌がピリつくような緊張感はどこに消えてしまったというのか。


「ほうほう、思ったよりいいリアクションだなアンタ。へへっ!リスクを負ってまで連れて来た甲斐があったぜ」


 ポカンと立ち尽くしているバドスを横目に見ながら、レオナールは静かに笑った。


「数百年もたちゃあ、人の営みは変わる。アンタのいた時代―――数百年前に圧政を敷いていた聖都グランエルディアはもうどこにもない。ここは人々の新たなる希望の都として生まれ変わった、新しいグランエルディアなのさ」


「生まれ変わった‥‥」


 妾が滅ぼすべき大逆の都は既に、原型を留めぬほどにその姿を大きく変えていた。外部からの侵略を受けてではない。時代の移ろいと共に―――より良い姿へと自ら変化していったのだ。


「あ!レオナールお兄ちゃん!」


 甲高い少女の声が、熱を持ったバドスの脳をひんやりと冷やしていく。


「おやレオナール、帰ってたのかい!」


「今日もかっこいいわよ!正義の外征騎士!」


 また一人、また一人と‥‥レオナールの姿を見た聖都の住人たちが弾けるような笑顔を浮かべ、二人を取り囲むように集まって来た。


 もの凄い人気だ。軽く見渡しだけでも数十人はいるぞ‥‥。


「おう、皆も元気そうで何よりだ。近頃魔物が活発化しているって噂があるみたいだが―――ここんところ変わりはねぇか?」


「おかげさまでね。それより、そちらの女性は……?」


 レオナールの横に佇む見たことも無い謎の美人。民衆の興味は、バドス一点に集中していた。


「ああ、彼女は―――」


「フフ!聞いて驚くがいい愚民ども!!妾の名は――」


「ちょちょちょッ!!」


「フゴッ!?」


「か、彼女は親戚の娘なんだ!!初めて聖都に来たもんだから、俺が案内していたところでさ!変な妄言を恥ずかしげも無く吐く癖があるから、できればそっとしておいて欲しいんだけど…!」


 高らかに名乗りを上げようとしたバドスの口を、レオナールは必死になって塞いだ。もごもごと不安そうにレオナールを睨みつけるバドスを無理やりねじ伏せながら――彼は適当な言い訳をつけて、その場から逃げるように立ち去った。




「ここまで来れば人目も無いだろう」


 バドスを半ば強制的に担ぎながら全力ダッシュすること15分。レオナールは、表通りの賑わいから離れた静かな路地についた。


「いきなりレディの口を塞ぐとは、全くケダモノのような男だな貴様は」

「それに何だあの言い草は!妾が貴様の親戚の娘だと!?低俗な人間風情と一緒にするでないわ馬鹿もの!」


「変な妄言を吐く癖、の部分はいいのかよ…」


 こいつの怒るタイミングはいまいち分からない。ま、人間と魔族なんだから――分かり合えなくて当然か。


「それでアンタ―――さっきは随分驚いた顔をしていたが、何か今の聖都に思うところでもあるのかい」


「フン、別に驚いてなどおらぬ。以前より腑抜けた人間どもの姿に拍子抜けしておっただけだ。しかし…これほど隙だらけなのであれば、もはや偵察など回りくどい手段は不要だな。今からでもこの都を血で染め上げてくれるわ」


「おっと、それは早計だな。アンタはまだ聖都の一部しか見ちゃいねえ。さっきのでこの都の全てを知った気でいるんなら、それは大きな勘違いってやつだ」

「聖都を偵察するうえで絶対に外せねぇ場所がいくつかある。アンタはそのうちの一つすら知っちゃいねえ」


 やれやれ、と言った風にレオナールはため息まじりに呟いた。


「必要ない。妾の実力をもってすれば、いかなる脅威も恐るるに足りぬ」


「本当に?」


「・・・」

「・・・・いや、やっぱり今の無し」


 そこまで言われると少し心配になってくるではないか。心配性の妾の弱みにつけ込むでない、全く・・・。


「やはり貴様の言う通り、その箇所だけは偵察しておくことにする。今すぐに案内せよ」


 一転開き直って、バドスは高圧的な態度でレオナールへと言い放った。


「懸命な判断だぜ鮮血公。だが場所が場所だからな‥‥流石に今すぐにって訳には行かねえんだ」


 そう言って、1日だけ準備のための時間をくれ――とレオナールはバドスへと懇願した。しばらく沈黙し熟考した後、バドスはようやく首を縦にふった。


「ならば今日一日だけ待ってやる」

「一応言っておくが…妙な真似はするでないぞ。貴様の命は主たる妾の手の中にある、妾の作戦を聖都の連中に漏らせば―――」


「はいはい。そんなお決まりのセリフ…言われなくても分かってるっての」


「ほう、その言葉決して忘れるでないぞ」

「明日の正午、妾は巨人たちの居た門の前に降り立つ。5分前には集合しておくようにな」


 そう言い残すと、バドスは無数のコウモリへと姿を変えてどこかへと飛び去って行った。ただ一人ぽつんと残されたレオナールは、彼女が立っていた場所をただぼんやりと見つめていた。



「正義の外征騎士ともあろう者が―――えらく物騒な会話をしているな」


 バドスが去り、静まり返ったはずの路地に冷たい女の声が響く。


「こんな薄暗い路地で盗み聞きとは、ちょっと趣味悪いんじゃねーの」


 いつから居たのか、どこから現れたのかも不明。突如として暗闇から舞い降りた黒い外套を纏った怪しげな女。カツン、カツン――――とわざとらしく足音をたてながら、彼女はレオナールの間合いへと堂々と足を踏み入れた。


「私は“死神の外征騎士”だからな―――こういう人気のない薄暗い場所にこそ、安寧を感じてしまうのだよ」

「それにしても、驚いたよ。まさかキミと魔族が聖都を侵略するための密談をしている現場にうっかり出くわしてしまうとは‥‥」


「わざとらしい芝居はやめろよカトリーン。俺とバドスが聖都の門をくぐった瞬間から、お前はずっと俺たちのことを尾行していただろうが」


「ククク、流石は正義の騎士レオナール―――気づいていたか」


 彼女の名はカトリーン。俺と同じ外征騎士の一人であり、死神の理をもつ危険な女だ。


「何やら面白いことに…いや、面倒なことになっているようだな。魔族にいいようにされるとはキミらしくもない」


「血を吸われちまったからな、今の俺じゃアイツを斬ることはできねぇんだ」


「血を吸われた?ということはつまり‥‥」


「ああ、俺はもう真人間じゃねえ。俺の精神は次第に魔族のモノへと変わり果ててしまうだろうな。見た目に変化は無いが、他人の血を吸いたくなる衝動に駆られてしまうらしいぜ」


 見た目は人間。中身はモンスター‥‥なんて笑えねぇ状況になるのはごめんだ。俺の意識がまだ汚染されていないうちに、何とかしてバドスを倒さなければならない。


「吸血種の魔族とはまた厄介な。仕方ない、少々面倒だが私がヤツを殺して――――」


「それはだめだ」


 バドスを倒す。そう言いかけたカトリーンの言葉を、レオナールはより大きな言葉で牽制した。


「アイツの実力は文字通り化け物クラスだ。いくらお前の祝福が強力でも…ヤツと戦うにはリスクが高すぎる」


 カトリーンまで眷属にされてしまうなんて展開になったらそれこそ最悪だ。俺の不始末のために、彼女を危険にさらす訳にはいかない。


「ならどうするつもりだ?キミが魔族に血を吸われた恐ろしい眷属であることがバレてしまえば、聖都はたちまち混乱状態になる。他の外征騎士たちによって即刻粛清されてしまうぞ」


「俺に一つ策がある、上手くいけばバドスを再び悠久の眠りへと封じることができるかもしれねぇ。だが成功する確率はかなり低い、もし一週間たっても効果が出なけりゃその時は――――お前の手で、俺ごとヤツを殺してくれ」




 翌日、聖都門前。


 時間通りにきっちり現れたバドスを連れて、俺は賑やかな聖都の内部へと足を踏み入れた。


「して、いま妾達はどこへ向かっているのだ?」


「わんわんベーカリー」


「は?」


 バドスを封じる俺の作戦はこうだ。まずは聖都で人気の食べ歩きスポットをひたすらに回り、ヤツの胃袋をがっしり掴む。そしてヤツが上機嫌になったところで聖都で一番夜景が綺麗と言われるヘンリル大聖堂辺りを巡り歩き、最後に俺の秘蔵中の秘蔵の極上果実酒を御馳走する。


 聖都での素晴らしい一日を満喫したヤツは感動のあまり号泣し、この素晴らしい都を滅ぼすという自らの愚かさを恥じて、再び眠りにつく‥‥。


 どこからどう見ても隙の無い完璧な作戦だ。こんな完璧なスケジュールをたった一日で思いついてしまうとは、我ながら自分の才能が恐ろしくなってくるな!


「アンタは知らんだろうが、わんわんベーカリーは聖王にも毎年多数のパンを献上している王室と関わりの深いパン屋でな‥‥ここのパンを調べれば、聖王について何かわかることがあるかもしれない」


 問題はどうやって自然にバドスを食べ歩きツアーに投入するかだ。こんなガキでも分かるような戯言にひっかかる訳ないし、最もらしい言い訳をつけて何としてでもコイツの腹を満たさなければ…!


「聖王に献上するほど信頼されているパン屋だと?」

「なるほど!確かにそれは裏がありそうだな!よし、今すぐいくぞ!」


「ああ、ここの通りを曲がればすぐそこだ!」


 神様ありがとう、こいつがバカで助かった。



「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりですか?」


 店に入るなり、可愛すぎる笑顔が巷で評判の看板娘がニコニコと出迎えてくれた。


「特濃白蜜パンと妖精の産毛パン、あとチョコスライムパン。それから‥‥」


 やべえ、ちょっと見ない間にめっちゃ新商品が増えてやがる。作戦とかそっちのけで全種類食べつくしたくなってきたぞこれ…!


「アンタは?何か好きな味とかあるか?」


「人間の血の味は好きだぞ」


「すいません、爆発トマト革命パン一つ追加で」


「ありがとうございます、店内でお召し上がりになりますか?それとも…」


「テイクアウトで」


 すぐに準備いたします!と看板娘は弾ける笑顔でパンを詰め、香り高い宝石のようなパンたちがひしめく紙袋を満面の笑みで手渡した。俺は一旦紙袋をバドスに預け、外で待っているように指示してお会計へと進む。レジの横にそっと添えられているマドレーヌに惑わされないように意志を強くもち、可愛い店員さんと少し世間話をしてから外へ出た。


「待たせたな!ここのパンは聖都でも三本の指に入るくらいうめーからよ、驚いて頬っぺた落とすんじゃねえぞ?」


 さあ、お待ちかねのもぐもぐタイムだ!正直言ってバドスよりも俺の方がテンション上がりまくっているような気がするが‥‥まあ、いいだろう!


「ああ、確かにうまかったぞ。爆発トマト革命パン以外は最高に美味であった」


「ん?」


「いささか甘味過ぎるようだが…それを加味してもまた喰いたくなる旨さよの」


「いや、ん?」


 何で味の感想?今から食べるのに、何で味の感想言ってるのこの人?


「さ、次へ行くぞ。さっさと妾を案内せよ」


 バドスはそう言って、空になった紙袋をくしゃくしゃっと丸めるとゴミ箱の中に軽やかに放り投げた。


「許さねえ」


 こんなのあんまりだ。鮮血公だか貧血公だか何だか知らんが、やっていいことと悪いことがあるだろう‥‥!


 よし分かった、そっちがその気なら―――次はそれ相応のご馳走をお見舞いしてやろうじゃねぇか!


「さようなら、俺の可愛い宝石たち…」


 俺はゴミ箱に無惨に放り込まれた紙袋に別れを告げ、バドスを連れて次のスポットへと向かった。



「らっしゃい!龍辛亭へようこそ!テイクアウトなら、こっちの専用メニューから選んでくんな!」


 龍辛亭。悶絶するほど強烈なスパイスと香辛料が有名な激辛料理専門店だ。辛い物が苦手な俺としてはマジで誰得?と思いながら店の前を通り過ぎていたが……ようやく今日この店の正しい利用方法を理解した。安らかに眠ってくれ俺の特濃白蜜パンたち、お前たちの仇は、俺が取ってやる。


「龍辛ターキー辛さ控えめ一つと、超絶激辛大王ターキー一つお願いします」


 超絶激辛大王ターキーとは、この店で一番辛いと言われる化け物じみたターキーだ。そのあまりの辛さと持続性の強さから、とある国では拷問にも利用されているとかいないとか。いかに鮮血公といえど、このターキーを口にすれば、眼から火を吹き口を真っ赤に腫らして卒倒するに違いない。


「はい、これがアンタの分だ」


「なんだか妾の肉の方が一回りも二回りも大きい気がするのだが…」


「アンタは俺の主なんだから、大きい方を食べて当たり前だ。気にせず食ってくんな」


「そ、そうか!フフ、人間しては殊勝な心使いだな、褒めてやる」


 バドスは大きく口を開けて、激辛ターキを一口で喰らいつくした。


「・・・」


 ふふ…馬鹿め、あんな刺激物を一気に頬張るなんて命知らずにもほどがあるぜ。さぁ、苦悶の声を上げ、俺のパンを貪り食った償いを受けるがいい。


「?!」

「レオナール、貴様これ―――!!」


「えー、どうかしましたぁ?」


「めっちゃ美味いではないか!!」


「いやおかしいだろ」


 え?マジで味覚大丈夫かこのお嬢さん!?


「ピリリときいたスパイスが何とも刺激的で柔らかくジューシーな肉によく馴染む!最高にうまいぞ!」


 ピリリと辛いどころじゃないんだが!?脳みそ沸騰するくらいの激辛スパイスなんだが!?


「こんなに美味い肉を食ったのは、久しぶりだ。人間も意外と侮れんなぁ?」


「この野郎…」


いいぜ…そっちがその気なら、とことんまでゲテモン巡りしてやらぁ!




 ―――そう意気込んでから俺たちは当初の目的など忘れて、聖都にある様々な料理屋をかたっぱしから訪れた。激辛メニューに激苦メニュー、歯が折れるほど硬い肉に、意識が飛ぶほど臭いスープ。見た目がひくほど過激な虫の料理など―――本当に多様な料理屋を、俺たちは三日かけて回った。


 日が沈もうが、雨が降ろうが、俺はバドスに喰わせ続けた。しかし‥‥どれだけ刺激的な料理を振舞おうと、ヤツは美味い美味いと平らげてしまう。その怪物じみたヤツの体力を見て―――俺の心は遂にへし折れてしまった。



「ふぅ~食った食った。こんなにも腹がいっぱいになったのは生まれて初めてだ…礼を言うぞレオナール。貴様が紹介する食い物は、どれもこれも美味であった」


「そうかよ‥‥」


 三日間一睡もせずにひたすら飯を食いまくるなんて―――我ながらなんて馬鹿なことに時間を使ってしまったんだ…。しかも結果は完敗、バドスに一泡吹かせるどころか俺の方が疲弊してしまったじゃねえか―――。


「妾は屋敷に帰る、また明日の正午に訪れるゆえ―――偵察の下準備をしておくのだぞ!」


 えらく上機嫌な様子で、バドスはまたも無数のコウモリに姿を変えて――どこかへと飛び去ってしまった。


「明日の正午――ね」


 とにかく今日は部屋に帰って寝よう。幸いなことに、まだ人の血を吸いたくなってはいない。明日に決着をつけることができれば、何とかなるはずだ‥‥。


 ~翌朝~



「で、今日はどこを偵察するのだ?」


「ベレスクリアの大通りに行こう、あそこは聖都でもかなりの先進的な区域だから色々な情報を入手できるかもしれない」


「よし!では案内せよ!」


 大幅に予定がズレてしまったが、今日でケリをつければ問題ない。要はバドスに聖都を滅ぼしたくないと思わせればいいんだ。聖都の魅力に触れ、好きになってもらう方法なんていくらでもある。


 ベレスクリア―――聖都の中心部であれば尚更だ。



 ~ベレスクリア大通り~


「なんと・・・!もの凄い人の数ではないか!」


「まぁ聖王のお膝元だからな。毎日世界中からバンバン観光客がやってくるし、巡回の騎士も多いしで常に人で溢れてんのさ」

「ほら行くぞ。手は絶対離すんじゃねーぞ?迷子になったら一巻の終わりだと思え」


「わ、分かった」


 見渡す限りの人波に呑まれぬように、レオナールはバドスの手を引いてすいすいと進んでいく。慣れた足取りで軽やかに人ごみを切り抜けると、二人は大きなデパートのような店に到着した。


「大きい…なんだここは?色々な店が一つの建物の中に並び立っているようだが」


「グランツェって名のショッピングモールだ。高級品しか扱ってねぇいけ好かない店なんだが―――高いだけあって商品の質はピカイチでな。アンタに似合うような服が置いてあるかもしれねぇ」


「妾に似合う服じゃと?!待て待て待て!貴様いったい何を言っておるのだ?!」

「妾は聖都の偵察に来たのであって、ショッピングを楽しみに来たのではないぞ!?」


「そうだっけか?まぁ細かいことはいいじゃねーか。さ、入ろうぜ」


「ちょっ、おい貴様!」


 スタスタと歩いていくレオナールに置いて行かれないように、バドスは彼の腕にしがみ付くように後を追いかけた。豪華絢爛な装いが施されたグランツェ店内は貴族や諸国の王族などで賑わっており、綺麗に陳列された商品のどこにも値札はついていなかった。


 人間社会に疎いバドスでも、ここがどれほど格式高い場所であるか想像に難くなかった。


「おっ、これなんかいいんじゃねーの?」


 レオナールは美しい装飾が施された一着のドレスのガラスケースの前で足を止めた。


「フン、妾は人間が仕立てた衣など纏うつもりはないぞ」


「まぁそう言わずに。アンタ結構美人だから、これを着ればきっと本物のお姫様になれるぜ?」


「妾がお姫様――」

「し、仕方ないの。そこまで言うのなら着てやらぬことも―――」


「すいませーん、これ試着したいんですけど」


「行動早いな貴様!?」


 バドスを半ば無理やり試着室に詰め込んで、待つこと10分。そろそろ置いて帰ろうかと思案し始めた頃、試着室の扉がゆっくりと開き―――。


「装飾が多くて訳が分からぬ―――き、着方はこれであっとるのか?」


「・・・」


 黒を基調としたゴシック調の美しいドレスを纏って現れたバドスの姿は想像を絶する破壊力であった。艶やかな桃色の髪に、真紅の瞳。常人離れした美しい肢体は全てを魅了する女神のよう。魔族とか人間とか‥‥種族なんてどうでもいいくらい、今の彼女は美しかった。


「な、なんとか言わぬか貴様‥‥!」


「本当に―――綺麗だ」


 心からの感動の言葉を、レオナールは包み隠さず口にした。まるで悪魔に魅入られた子羊のように―――彼の視線はバドスに釘付けであった。


「そ、そうか‥‥妾が美しいのは当然だが、そこまで熱い視線を向けられると少し照れるの…」


 頬を赤らめ、恥ずかし気に眼を逸らすバドス。その乙女のような仕草は、より一層レオナールの心を掻き乱した。


「なぁ、バドス。アンタ‥‥今日は屋敷に帰れなくても問題ないか?」


「どういう意味だ?妾は別に問題ないが――――」


「じゃあ今日は夜まで一緒に居よう、アンタに見せたい景色があるんだ」


「あっ!ちょ、待たぬか!」


 グランツェを出ると、俺はバドスを連れて聖都の観光スポットをあちこち回りまくった。新しい場所に着くたびに目を輝かせるバドスを見てはテンションが上がり、何を食べても美味い美味いというバドスを見ては自然に頬が緩んでしまうほど―――彼女との時間はとても楽しかった。


 数百年の時を超えて目覚めた真紅の悪魔はあまりに可憐で‥‥もはや当初の目的など忘れ、彼女のとの時間は俺にとってかけがえのない大切なモノへと変わりつつあったのだ。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去って行き―――辺りはすっかり暗くなってしまった。



「あのフワフワとした白い雲のようなスイーツ、アレは絶品だったのぅ…」


「だからって在庫全部食い尽くすヤツがあるか」


 店員さんドン引きしてたじゃねーか。


「別に良いではないか、妾が喰らえば喰らうほど店は潤うのだろう?」


 まぁ、そうだけど。


「それで―――妾に見せたい景色というのはどれのことだ?ここには無駄に大きな聖堂しかないではないか」


「ああ、もう少しで始まるよ」


 始まる?と聞き返そうとしたバドスの言葉は、目の前に飛び込んできた光景によって遮られた。


「!」


 石造りの地面が突如として淡い光を放ちだす。その瞬間、周囲に様々な色の美しい光球がぽつぽつと浮かび始めた。誰もいないはずの深夜の聖堂前の広場は、儚くも美しい色とりどりの光に包まれ―――幻想的な世界へと変わっていく。


「な、なんだこれは―――」


「天弔の儀さ、この聖都で散った全ての命を弔う奇跡の術―――毎日この時間になると大聖堂の主が律儀に執り行ってんだ」


 周囲に舞う無数の光の玉は、全て死んでいった者の魂。この世に未練を残し、聖都に留まり続け―――還り道を見失ったものたちの残留思念だ。彼らを解放し、正しい場所へと送り届けるのが天弔の儀‥‥古くから語り継がれる教会の秘術である。


「美しい―――」


 天に舞う光に手を差し伸ばし、儚げに見つめる彼女の横顔に―――俺は思わず、眼を奪われてしまっていた。


「そうか‥‥この暖かくも優しい光は命の輝きか。妾に人間の知り合いなど居ないが、この光はどこか懐かしく感じるな―――」


「この光は聖都で散った全ての命の具現だ、かつて魔王ルドニールと共に聖都へ攻め入った魔の軍勢の命も―――当然含まれているだろうよ」


「―――そうか」

「お前達は―――ここでずっと待ってくれていたのだな‥‥」


 無数の光球が、バドスを包み込むように天へと舞い上がる。まるで彼女がこの地に戻って来るのを待っていたかのように―――次から次へと浮かび上っていく。


「――ああ、ああ。そうだとも、妾はお前たちに別れを告げるために…再びこの世界に舞い戻ったのだとも―――」


 静かに涙をこぼし、光に包まれるバドス。今は亡き同胞たちとの別れの時を彼女は惜しむように過ごしているのだ。


 全ての光球が消えたのは実に2時間の後だった。かつて聖都で散った魔族たちの魂一人一人との対話を終え―――バドスの心は、暖かな温もりに包まれていた。



「同胞たちは皆―――逝ってしまった」

「礼を言うぞ、レオナール。貴様のお陰で、最後に彼らに別れを告げることができた」


「アンタ、これからどうするんだ。聖都を―――滅ぼすのか?」


「当然、滅ぼす―――と言いたいところだが、聖都への侵略はやめだ。彼らは皆安らかに眠っていったのだ、妾だけがいつまでも恨みがましく生きているのは‥‥いささか格好悪いからな」


 その言葉を聞いて、ドッと肩の荷が下りたような気がした。復讐に囚われていた彼女の瞳を癒すことができたのなら―――これ以上に嬉しいことは無い。


「ゆえに、貴様との協力関係も今日にて終いとする」


 そう言って、彼女は小さな短刀でレオナールの首元を切り裂いた。


「ッ!?」


 痛ッ―――くない‥‥?


「痛みは無かろう。今の一撃は主従の関係を解く乖離の一太刀‥‥これより貴様は晴れて自由の身となるのだ」


「眷属から人間に戻る方法はねぇとか言ってたくせに―――ちゃんとあるじゃねえか」


「はて、妾そんなこと言ったかの?全然覚えとらんわ」


「――なぁバドス、明日もこうして‥‥聖都を見て回らないか」


 この際眷属とか主とかどうでもいい。ただシンプルに、彼女に見せたい場所がまだまだたくさんあるんだ。これっきりなんて―――寂しすぎる。


「馬鹿か貴様。妾は聖都を襲わぬと言ったであろう?もう‥‥あちこち回って貢ぎ物をせずとも良い、妾の機嫌を取る必要などどこにも無くなったのだ」


 今までの俺の行動全てを見透かしていたかのように―――バドスは静かにそう呟いた。


「違う、今度こそ俺は―――!」


 俺は、心の底からアンタと―――――。


「達者でな、レオナール。短い間ではあったが‥‥貴様との時間は存外悪くなかったぞ」


「待ってくれバドス‥‥!」


 虚しく叫ぶレオナールなど気にも留めず―――バドスは暗闇の中に消えてしまった。今度こそ誰も居なくなってしまった無人の大聖堂、一人取り残されたレオナールは、張り裂けるような気持ちを噛み殺しながら―――ただ空を見上げていた。




 ~一か月後、ベレスクリア大通り~


「・・・」


 慌ただしく流れ行く人波を、男はただ一人死んだ瞳でぼんやりと見つめていた。呆れかえるほど平和で美しい聖なる都グランエルディア。そこに住まう民を守護する外征騎士という名誉ある肩書きを受けて早5年。彼の心は、かつてないほどに暗く淀んでいた。


「・・・そろそろか」


 正午が近づくと、男は導かれるように聖都の門前へと歩き始める。その一歩はあまりに拙く、向かい風が吹いてしまえばあっけなく吹き飛ばされてしまうほどに弱々しい。だが―――例え辛くとも、向かわねばならない。昨日は駄目でも、今日こそは―――彼女が尋ねてきているかもしれないのだから。



「こんにちはレオナール、相も変わらず辛気臭い顔をしているね」


「カトリーン…」


 門前で待っていたのは真紅の彼女ではなく―――よく見慣れた死神の騎士であった。


「こんなところに、何か用でもあるのかい?」


「別に、ふらっと立ち寄っただけさ」


「――そうか」


 そんな見え透いた嘘を私に吐いてしまうほど…キミの心は参ってしまっているというんだね。


「ねぇレオナール、今晩暇なら少し飲まないか?ここ最近‥‥ずっと一人で過ごしているだろ、キミ」


「別にいいけど…話すことなんて特に無いぞ」


「―――ああ、いいんだ。話をしたいのは、私の方なんだから」





「それで、わんわんベーカリーの爆発トマト革命が想像以上に美味くてね―――って」

「聞いてる?」


「え?あ、ああ…」


「聞いてない顔だね、それは。お酒も全然進んでないし―――これはかなり重症のようだ」


 ため息をこぼしながら、カトリーンはジョッキ一杯に注がれた大量のお酒を一息で飲み干した。


「‥‥彼女のこと、まだ気になってるのかい?」


「!」


「やれやれ図星か…。今までどれだけ身分の高い貴族の娘や大国の姫に求婚されても見向きもしなかったキミが、たった一人の魔族の女に惑わされてしまうなんてね」


「・・・」


「もし彼女を引き留めることができたとして―――その後キミはどうするつもりだったんだ?」


「それは――――」


 聖都の騎士が、それも守護者たる外征騎士が魔族の女と駆け落ちなんて笑い話にもほどがある―――と、カトリーンは冷徹に吐き捨てた。


「・・・お前の言う通りだ」


 あのままバドスと頻繁に会っていたら、いずれは彼女が魔族であることが露見し…俺の立場が危うくなってしまう。これからも外征騎士として聖都を守護するというのであれば、あそこが引き際だった。あれが、自分にとって最良の選択なのは疑うべくもない。


 魔族と人間とでは―――住む世界が違いすぎたのだ。


「正直言って、今のキミは見ていられない‥‥私はただ、前のような明るいキミに戻ってほしいだけなんだ」


「・・・・」


 真っ直ぐに俺を見つめるカトリーンの瞳。ああ、知っている。その瞳は今まで幾度となく向けられてきた恍惚の瞳だ。


 彼女は本気で、心の底から俺の身を案じてくれている。貴族の娘たちが向けて来た瞳とは似て非なる、熱い想いが嫌というほどに伝わってくるのだ。


「だから今、ここで決断してほしい。今までと同じく聖都に残るのか、魔族と傀儡となり果てるのかを」


 そう言って、カトリーンは書筒から一つの書類を取り出し‥‥俺の眼の前へと突きつけた。


「これは―――!!」


聖王の刻印が刻まれた正式なる指令書、そこには確かに鮮血公討伐の命が刻まれていた。


「鮮血公のモノと思われる棺を発見した調査隊からの報告を受け、正式に聖都から討伐隊が派遣される。討伐隊の指揮をとるのは私、そしてキミだ――レオナール」


「俺が‥‥鮮血公を‥‥?」


「他の外征騎士も何名かは討伐隊に組み込まれるはずだ、かなりの激戦が予想されるだろうが‥‥キミは――――我々と共に戦えるか?」


「‥‥」


「作戦は三日後、ゾア渓谷にて決行される。私と共に、かの大悪魔を討ち果たしてくれ」


「ああ‥‥そうだな」


 今の話を聞いて、ようやく心に決心がついた。


 俺はただ―――――正義の為にこの剣を振るおう


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