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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第56話 刃無き騎士達

 ・時は少し遡る・



「ぐああああ!」


「ゲラート様!!」


 一方的にリリィに痛めつけられ、最早目も当てらぬ有様のゲラートの元へ部下の騎士達が駆け寄っていく。


「私達も加勢させてください!ともにヤツを…!」


「ならん!これは騎士と騎士の決闘だと言ったはずだ!」


 部下たちの助力を何度も拒否しては立ち上がり、再びボクの元へと挑んでくる。


「さぁもっと来い!私はまだ生きているぞ!」


 だけどその体はもうボロボロで、脆弱な一撃をやっとの思いで繰り出すだけの肉塊へと成り下がってしまっている。あんな攻撃、何発喰らおうとも怖くない。


「‥‥」


 隙だらけの構えで大剣を振るうゲラート。何度も見飽きた剣の軌道をボクは難なく回避し、再び戦槌をお見舞いした。


「ごはぁっ!」


「ゲラート様ぁ!!」


 吹き飛んだゲラートへ駆け寄る部下たち。1分前に見たばかりの光景が、またも目の前に広がっている。正直言って、うんざりだ。こんなのは騎士の決闘でも何でもない。ただの弱い者いじめじゃないか。


「‥‥もういい」


 心底呆れた様子で、リリィは落胆と共に呟いた。


「なにを言っているエルフの騎士よ!私はまだ…」


 言葉を聞き終える間もなく、リリィは再び立ち上がろうとするゲラートを目にもとまらぬスピードで足払いし、仰向けになった彼の眼前に戦槌の切っ先を突きつけた。


「ゲラート様!!!」


「勝負はついた、これ以上の争いは無意味だ」


 降伏しろ、とリリィはゲラートへとにじり寄った。


「フ‥‥これは騎士と騎士の決闘だと言ったはずだ。どちらかが死ぬまで決闘は終わらぬ、この戦いに幕を引きたくば私を殺してみよ」


 危機的な状況であるにも関わらず、ゲラートは一切臆することなくリリィへと言い放った。例え自身が死することになろうと、騎士の決闘である以上悔いはない。その信念を曲げる手段は、彼の命を絶つ以外に存在しないのだ。


「勝者は敗者の生殺与奪の権を握っている、勝者であるボクが貴方を殺さないと言っているんだ…!」


「青いな、エルフの娘よ。そんな甘いことを恥ずかしげも無く宣っているようでは、この先立派な騎士にはなれんぞ」


 半ばリリィを挑発するように、ゲラートは涼しげに呟く。今の状況を理解しているのかと問いただしたくなるほどに、この男は冷静なままであった。


「分かった、ならば貴方には痛い目にあってもらう」


 殺しはしない、強烈な一撃を食らわせて意識を飛ばす。数日間は起き上がることすらできないだろうけど‥‥頑固者の彼にはそれくらいが丁度良いだろう。


「ゲラート、最後に一つ聞かせてくれ」


「何だ?やるなら一思いにやってほしいのだが‥‥」


「貴方はどうして こんなにも弱いんだ?」


 決して嫌味で言ったのではない。ただ純粋に、ひたすら純粋に気になってしまったのだ。外征騎士であるエルネスタから信を置かれ、副団長筆頭とも称される彼が何故、こんなにも残念な実力しか持ち合わせていないのかを。


「ハッハッハッハッハ!」

「そうか、弱いか!ならばそれが今の私の実力なのだろうよ」


 大口を開け、眼に涙を浮かべるほど屈託ない笑顔でゲラートは笑った。


「どういう意味?答えになっていないんだけど―――」


「知る必要はないさ、私はキミの誇りに傷をつけたくはないからな」


「‥‥」


 含みのある物言いに若干イラつきながらも、リリィはそれ以上の追及をやめた。これ以上の会話は無意味だ。何も得るものはないと、彼女は断じたのだ。


「分かった、もういい」


 戦槌を握る手に力をこめる。ボクの何気ない一振りだけで吹き飛んでしまうほどの矮小な肉体だ、力加減を間違えれば彼を殺しかねない。集中して、死なないギリギリのラインで――――。


「!」


 打つ!!


「ッ!!!」


 リリィの戦槌が、絶妙な力加減でゲラートへと直撃した。その瞬間、周辺の地面は大きくひび割れ、軽く大地を揺らす。殺さない程度に加減しているとはいえ、彼女の戦槌の破壊力は凄まじいものであった。


「―――ふぅ」


 瞼を固く閉じ、安らかそうに眠るゲラートの顔をみてリリィはほっと胸を撫でおろす。大してダメージを負った訳でも無いが、今回の戦いは想像以上に疲れた。


「まだ息はある、手厚く看病してやってほしい」


 周囲で狼狽えるゲラートの部下たちにそう告げると、リリィはその場を後にした。



「‥‥やっぱりダメか」



「!?」


 立ち去ろうとするリリィの足がピタリと止まる。背後から聞こえたありえざる声の主の正体を確認しようと振り向いた瞬間、そこには―――。


「すまないな、エルフの娘。お前の一撃は、私を仕留めるにはいささか以上に弱すぎた」


 申し訳なさそうに頭を掻くゲラートの姿があった。


「馬鹿な…どうして!?」


 周囲の部下たちから、副団長の復活を祝う歓声が一斉にあがる。しかし、そんな大歓声もリリィの耳にはとどかない。彼女は今、目の前の受け入れがたい現実を前にして半ば混乱状態に陥ってしまったのだ。


「手ごたえはあった、狙いも抜群だった―――それなのに…」


 何故。何故。何故――?何故彼はまだ立っていられるんだ?


「正直に言う。私はお前という騎士を前にして、手加減をしていた」


「!?」


 手加減をしていた?なんだってそんな真似を―――悪い冗談にもほどがある…!


「いや、手加減という言い方はよくないか。言い換えるならこれは一種の癖のようなものだ」

「私は生まれつき体が強くてな。体が強いといっても、石頭だとか風邪をひかないとか…そんな陳腐なレベルではない。幼少の身でありながら素手で岩を砕き、一度の跳躍で数mを跳ね、鋼すら噛み砕くことができた」


「そんな勝って当然のような化け物じみた体で、か弱き相手を殴殺するのは流石に私としても気が引ける。研鑽の果てに習得した技、先祖の代から継いだ奥義、敵とはいえ、色々相手も準備をしていただろうに‥‥一撃で倒してしまっては申し訳が立たない」

「そこで私は格下の相手にもギリギリの勝負を演じることができる良い方法を思いついた。その方法とは何か‥‥それは私自身が手を抜くことだった」


「――――」


「相手にひたすら私を攻撃させ、実力をすべて出し切った所で仕留める。これこそが私の辿り着いた騎士道。弱者相手に公平な決闘を行うためにたどり着いた真理!」


「‥‥要するに、さ」

「貴方にとってボクは―――本気を出すに値しないただの弱者だったってことなんだね」


 ああ、それは流石にひどい。あんまりだ。これでは本気で彼にぶつかっていったボクが―――ただのバカみたいじゃないか。


「今の世迷言が貴方の本心だというのなら‥‥」

「ゲラート、貴方の騎士道は吐き気がするほどに腐っている」


 もうこれ以上の会話は必要ない。戦う相手を総じて見下し、弱者として軽んじるあの騎士を、ボクは絶対に許すことはできない。


「ッ!!」


 リリィは地面がえぐれるほど強く跳躍し、ゲラートめがけて一直線に戦槌を振り下ろした。


「!!」


 一撃だ。さっきのとは比べ物にならない一撃で、ヤツを仕留めてみせる。


「‥‥分からないな」


 しかし、ゲラートはまるで赤子の手をひねるように、片手で戦槌の一撃を受け止めてしまった。


「!?」


「エルフみたいなのを相手に本気で殴りかかるなんて、それこそひどい話じゃないか?」


「黙れ!ボクは一人の騎士だ、種族のことは関係ない!」


「そうか、なら遠慮はしない」


 ゲラートは急激にリリィの懐まで間合いを詰めると―――。


「!?」


「フン!!」


 思いっきり、彼女の腹部を殴りつけた。


「ッ!!」


 彼の拳が触れる寸前で、リリィの本能が彼女の痛覚を全て遮断した。想像を絶する破格の一撃を受け、リリィは何が起こったのか理解できぬまま、ゴミのように吹き飛ばされた。


「お見事ですゲラート副団長!」


「流石我が騎士団のエース!」


「みなまで言うな、流石の私も少し照れる」


 男たちの大声が。ゲラートを褒め称える騎士たちの拍手喝采が聞こえる。まるでちっぽけな獣を仕留めていい気になっている貴族の御曹司を、必要以上にちやほやする取り巻きたちみたいだ。


「―――」


 ああ、おかしいな。ゲラートはとても弱くて、戦闘はボクが優勢だったはずなのに…どうしてボクは今、頭から血を流しながら無様に地面に倒れこんでいるのだろう。


「シュレンたちと連絡がとれない、他の副団長の元にも彼女のような侵入者が向かっているのだろう」

「私はこの者にとどめを刺した後にエルネスタ様の援護に向かう、お前達は先に他の副団長の元へと急行してくれ。相手の数は恐らく多くはない、しかし一人一人が相当の手練れと思われる。気を引き締めてな」


「はっ!」


 ゲラートは自らの部下を三つの編隊に分け、副団長のいる外壁部へと向かわせた。朦朧とする意識の中に、低くこもったゲラートの声が鳴り響く。そう言えば…ジルとヘイゼルはうまくやったのだろうか。


「さて…何か言い遺すことはあるか、エルフの娘よ」


 ボクを見下ろす険しい顔の男。数秒後にボクの命を奪う、死神の顔。こんなの相手に―――勝てる訳がないんだ。


「殺さ‥‥ないで」


 怖い。ボクはまだ―――死にたくなんか、ない。


「―――そうか」


 喉を焼くように絞りだしたリリィの声は、ゲラートの耳へは届かなかった。決闘はどちらかが死ぬまで終わらない。その言葉の真の意味を、リリィは今になってようやく理解した。


「サマリの神々よ、貴方たちの元へ無垢なる魂がまた一つ還る―――安らぎあれ」


 ゲラートは手に持った特大の大剣をリリィへと力強く振り下ろす。


「―――」


 ああ、どうして。


 どうしてこうなってしまったのだろう。




「アグニーラ!!」




「!?」


「何だ!?」


 刹那。


 強大な炎が、突如として世界を覆った。巨大な炎の槍が雨のように降り注ぎ、地上を灼熱の地獄へと変えていく。火蜥蜴(サラマンダー)のように地を這う業火は次々と騎士達を絡めとり、三つの編隊を一瞬のうちに壊滅させた。


「ヘイゼル――――」


 突如として現れた救世主の名を、リリィは弱々しく口にした。


「話しかけないで、リリィ」

「私―――いま怒りで頭がどうにかなってしまいそうだから」


 倒れるリリィには目もくれず、ヘイゼルはただ真っ直ぐにゲラートだけを瞳に映している。炎に追われ、慌てふためく騎士達の悲鳴などまるで聞こえていない。彼女の思考は、ただひたすらの“怒り”に埋め尽くされていた。


「新手か、それも相当な実力者だな。倒す前に名を―――」


「アグニル!」


 灼熱の火球が、爆炎を上げてゲラートに命中する。ヤツの言葉など聞く気にもならない、ヘイゼルは自分自身でも不思議に思ってしまうほど、ゲラートに対する激情を抱いていた。この数百年でも懐いたことのない新鮮な感情、その正体が“仲間を傷つけられた怒り”であることを、今の彼女はまだ理解していなかった。


 腹の底からこみ上げる怒りを、ただ力の限り…目の前の敵にぶつけるのだ。


「そこから動かないで」


 そう言い残し、ヘイゼルはゲラートと戦闘を開始した。爆炎の中から姿を現したゲラートは不気味な笑みを浮かべながら、襲い来るヘイゼルを迎撃している。ゲラートの動きはボクと戦った時とは比べ物にならないくらい機敏で、放たれる一撃の威力も破壊力を増していた。ヘイゼル相手にはいらぬ手加減をせず、本気で戦っているのだ。


「―――」


 屈辱だ。こんなにも悔しいのに、立ち上がることすらできない脆弱な体に心底嫌気がさす。


「ボクは―――見ていることしかできないのか」


 弱いものには、立ち上がる資格すらないというのか。


「くッ!」


「どうした?さっきから動きが鈍くなっているぞ!」


 戦況はゲラートが優勢であった。アンネとの戦闘で負傷した傷に耐えながら、強靭な肉体を持つゲラートとを相手取るなど、無謀の策だったのだ。体中を走る激痛に集中力を掻き乱され、ヘイゼルの魔法は次第に低級のものへと成り下がっていく。


「惜しいな、万全の状態のお前なら―――私と対等の戦いが出来ただろうに」


「ふん。あんたみたいな雑魚と一緒にしないでくれるかしら」


 鋭い言葉とは対照的に、ヘイゼルは完全に疲弊しきっていた。精一杯の強がりを言うのも苦しいくらい、彼女の顔は苦悶に歪んでいる。


アンネとの戦いで彼女も相当なダメージを受けたはずなのに――ボロボロになりながらも、彼女はボクの為に戦ってくれているんだ。


「私が雑魚…か、大きく出たな魔女。ではこの一撃、見事受けきって見せよ」


 大きく体をのけぞらせ、ゲラートは絶対破壊の一撃を放つ。超人の肉体から繰り出される最大火力の絶大な暴力。まともに受けてしまえば、人間程度の骨格では簡単に押しつぶされてしまうだろう。


「アグニーラ、展開!」


 弱々しく展開する彼女の炎槍。その姿はとても弱々しく、燃え盛っているはずの炎はいつ消えてもおかしくないほどに消えかかっていた。


 あれでは、ゲラートの一撃は絶対に防げない。


「なら――――」


 ボクがいかなくちゃ。


「!?」


 リリィは大量の丸薬を口の中に放り込むと、刹那のスピードでヘイゼルとゲラートの間に割って入った。


「リリィ!?下がって―――!」


 背後からヘイゼルが何かを叫んでいるが、今はそんなことに耳を傾けている暇はない。ボクは正面のゲラートだけを視界に捉え、大盾を力いっぱい突き出した。


「ッ!!」


 大剣と大盾が衝突した瞬間、耳をつんざく金属音が周囲一帯に鳴り響く。本来なら叩き潰されて圧死するはずだったヘイゼルとリリィの命は―――まだ、確かにそこにあった。


「なんと…!?」


「リリィ‥‥!」


 超人ゲラートの最大火力の一撃を、リリィは真正面から防ぎ切ったのだ。


「はああああ!!!」


 驚きの余りに生じた隙を、彼女は見逃さない。リリィは力強く大盾を押し返し、ゲラートを宙へと吹き飛ばした。


「ぐっ!?」

「私の一撃を…力づくで押し返しただと‥‥非力なエルフが、この私の腕力を上回ったというのか!?」


空中で体勢を整え、華麗に着地するゲラート。その涼しげな動作とは対照的に、彼の心は大きく乱れていた。


「あんた、まさか虚力の丸薬を―――」


「ああ、そうだ」


「そうだ、って……あれは寿命を縮めるほどの劇薬なのよ!?そう簡単に服用していいものじゃない!一度に大量に服用すれば、命の危険だってある!」

「どうしてそんな無茶を――――!」


「ヘイゼルだって、ボロボロの癖にボクを助けに来てくれただろ」


「!」


「それと同じだ、キミがボクにそうしてくれたように―――ボクもキミを守りたいのさ」


 寿命が縮もうが、体に負担をかけようが関係ない。この危機的な状況を乗り越えなければ、全て奪われてしまうのだから。


「……」


 それ以上、ヘイゼルは何も言ってこなかった。ボクは再び戦槌を握り直し、ゲラートの正面に堂々と立ちふさがる。


「すまない、ゲラート。全力を出していなかったのは…どうやらボクも同じだったようだ」


「フ‥‥さっきの一撃を防いだくらいであまり調子に乗るなよエルフの娘。アレはまだまだ序の口、ここからが真の戦いだ」


 そう言って、ゲラートは大剣の刃に静かに手を触れた。その瞬間―――剣の刀身はまるで岩石のようなゴツゴツとした形状に変化し、より巨大な特大剣へと姿を変えた。


「これが我が刃の真の姿、相手を圧し潰すことだけに特化した最強の質量兵器だ!」


 新たなる武器を手に迫りくるゲラート。鬼気迫る彼の姿を前にして、リリィは大盾を静かに地面に置いて、戦槌を両手で握りしめた。


「まさか―――正面から打ち合うの!?」


「当然」


 バッティングセンターでボールを待ち受ける強壮なバッターのように、リリィはゲラートが間合いに入るのを待ち構えた。


「は!正面から立ち向かうその心意気や良し、だが‥‥!!」

「所詮はエルフ、小細工を弄したところで―――圧倒的な力の差は覆らぬ!!!」


 激突する両者の得物。しかし、その性能の差は歴然であった。


「さっきから‥‥エルフエルフってうるさいんだよ―――!!!」


 フルスイングしたリリィの戦槌は、間合いに入ったゲラートの特大剣を粉々に砕き――――。


「嘘だ、この私が力負けするなど‥‥!!!」


「はぁあああああああ!!!!」


 続く第二撃を、ゲラートの脳天へとブチ込む―――!!


「がッハアアァ!!!」


 常人であれば原型すらとどめないほどの壮絶なる一撃。そのリリィ渾身の一手を以てして‥‥ゲラートは遂に沈黙した。


「ゲラート。貴方は強靭な肉体を過信しすぎるあまり、技術の研鑽を怠たってしまった」


 虚力の丸薬を服用しても、ボクの筋力は貴方のそれには届かなかった。本来なら正面から打ち合えるはずもない彼の一撃をボクが弾き返すことができたのは、ひとえに技術の賜物だ。


 例え力の差があろうとも、ボクには今までの鍛練で得た知識と経験がある。相手の力の受け流し方や、関節の使い方、受け身を取るときの重心の置き方、少ない力で相手に衝撃を流す筋肉の使い方。その全ての知識と技術を総動員し、総合的な力でボクは彼に打ち勝ったのだ。


 貴方が恵まれた肉体に頼り過ぎず、日々研鑽を続けていたのなら―――万が一にも、ボクの勝ち目はなかった。


小癒術(ヒェル)


「わわっ!?」


 背後からヘイゼルの手が、そっとボクの肩に触れる。その瞬間、身体に受けたダメージが少しづつ癒されていくのが分かった。


「低級の回復魔法だけど、ないよりはマシでしょ…?」


「う、うん。ありがとうヘイゼル」

「キミの傷は‥‥もう大丈夫なのかい?」


「リリィほど深い傷じゃないわ」

「というか、あんな馬鹿力騎士の殴打を腹に受けてまだ立ち上がれるとか…あんたも大概タフね…」


「ふふ、あんなのヘイゼルのパンチに比べたら痛くも痒くもなかったよ?」


「そういう返事に困る返しはやめてよね‥‥」


 少し困った顔のヘイゼルを見て、リリィは少し誇らしげな気持ちになった。いつもミステリアスで涼しげな雰囲気を醸し出している彼女を困らせることが出来て…少し嬉しかったのだ。


「ヘイゼル、さっきは助けてくれて本当に―――」


 本当にありがとう。そう言いかけた彼女の口を、ヘイゼルはぴたり美しい指で塞いだ。


「そういうのは言いっこなしよ、面倒くさいわね。私たちは仲間なんだから、あれぐらいのことは当然でしょ」


「ヘイゼル‥‥!」

「ヘイゼルぅぅぅ!!!」


「ちょ!?馬鹿!くっつかないで!もう―――!」


 強引に抱き着くリリィを振り払おうとするヘイゼルの力は心なしか弱く―――彼女の顔には儚げな笑みが浮かんでいるように感じた。


 まぁ、虚力の丸薬を使ったボクの力を、彼女が振りほどける訳ないんだけどね。



「何か楽園が広がっているんだけど」


「シーッ!声を出してはいけませんよジル様!こういうのはその辺の壁のシミにでもなったつもりで生暖かく見つめておくものなのです!!」


「!?」


 妙に聞き覚えのある二人の声を聴いて、ヘイゼルとリリィは背後を振り返った。


「ジル!エイミー!!」


「あ、バレた」


「いつからそこにいたのよ!?」


「いつから―――って」

「エルフエルフうるせー!!ってリリィがキレてたくらいからな」


 僕も助けに入ろうとしたけど、何となく決着がつきそうな気がしていたのでずっとエイミーと眺めていたのだ。


「割と前からいたんじゃない!!」


「べ!別にボクはキレてた訳じゃないからね!あと言葉遣いもそんなに悪くなかったから!」


「はいはい」


 必死に取り繕うリリィの言葉を右から左に聞き流しながら、僕は早速本題を斬り出した。


「とにかく、皆無事で本当によかった」


「その言葉、そのままそっくりあんたに返すわ。何で一番弱いはずのあんたが一番ピンピンしてるのよ…」

「シュレンってやつ、リリィの見立てじゃ相当厄介そうな感じだったんじゃなかったの?」


「いや、シュレンは強かった。だって目と腕が四つもあるんだよ?」


「え!?もしかして魔族!?外征騎士の配下に魔族が居るなんて凄いことじゃないか!ね!その話、また詳しくボクに聞かせておくれよ!」


「まぁ、機会があれば」


「‥‥全然本題に入れてないじゃないですか」


 話が脱線しまくっている僕たちを見て、エイミーは呆れた様子で呟いた。


「再会を喜ぶのは分かりますけど、私達の目標はあくまでエルネスタからこの町を守ることです」

「まだ大本命が後ろに控えているということを忘れないでくださいね?」


「ああ、そうだな」


 ここからが本番だ。副団長は言ってしまえばただの前座で、最大の障害はエルネスタそのものだ。彼女を倒さない限り、この状況は終わらない。


「気を引き締めていこう、皆」


 四人の副団長は遂に、その全員がジル達の前に敗れ去った。ゲラート、アンネ、ザメル、シュレン。彼らは疑いようのないほどの実力者で、一筋縄ではいかぬ強敵であった。しかし―――その全てを、撃ち破ったのだ。一人ではエルネスタには勝てないかもしれない。


 でも、仲間と力を合わせれば何とかなる。ジルは何故か、そんな気がしてならなかった。




 その甘い考えが、絶望に染められる瞬間は―――すぐそこまで迫っていた。


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