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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第55話 生殺与奪

「馬鹿な‥‥この私が、こんな小娘に後れを取るなんて…!!」


 東の外壁。戦闘が開始され、十数分が経過したころ。ヘイゼルとアンネの戦いは、もはや戦いと呼べるものでは無くなっていた。


「真っ向から魔法で勝負を挑んだのが大きな間違いだったわね。あと私は小娘じゃなくて、あんたより年上よ」


 ボロボロに砕け、ただの瓦礫の山に成り下がったゴーレムの残骸をつまらなそうに見つめながら、ヘイゼルは吐き捨てる。


「くッ‥‥!」


 アンネの作り出した強力なゴーレムは、ヘイゼルの魔法の前にはまるで歯が立たなかった。全て泥人形のように蹴散らされ、無惨に蹂躙された。決してアンネの実力が凡庸なのではない。彼女のゴーレム精製の腕は聖都でも評価されており、基礎的な攻撃魔法は凡人の十倍はうまく扱える。ただ今回ばかりは―――今回だけは、相手が悪かったのだ。


「どうする?まだやるの?手心を加えるのもいい加減疲れたし、続けるなら相応の覚悟を決めることね」


 灼熱の業火をまるで生き物のように扱うこの女。魔力も、詠唱も、発動時間も、全てが一級品クラスの超人。相手がこんな怪物でなければ―――私がこんな屈辱を味わうことなど無かったのに―――!


「……分かったわ。降伏するから…命だけは助けてください」


 そう言ってアンネは、弱々しく膝をつき両手を頭の後ろに組んだ。自らの体を相手に捧げ、生殺与奪を完全にヘイゼルに委ねた服従の姿勢を晒しながら彼女は静かに目を閉じている。


「‥‥え?」


「私だって人間よ、聖都の騎士とはいえ…命は惜しいの」


 驚いた。まさか本当に降参するとは思ってもみなかった。聖都の連中のことだから、この命に代えてでも――!とか、悪党相手に命乞いなどしない!みたいなありきたりなセリフが飛び出してくるものとばかり思っていたんだけど‥‥。


「い、言っておくけど、少しでも変な動きを見せたら殺すから」


 困惑しているのを悟られないように、ヘイゼルは一呼吸おいてアンネの元へと歩み出した。何か企んでいるのか、本当に戦意を喪失したのかは分からない。けれど、アンネの体から死なない程度に魔力を吸いつくせば問題も無いだろう。


 魔法が使えない魔法使いほど、惨めなものは無いのだから。


「あんたから魔力を吸い上げる、少し体に触るわよ」


 ヘイゼルは魔杖を傍に置き、両手で彼女の額に静かに触れた。


「‥‥」


 相手の魔力を奪う。言葉にしてしまえばこの上なく単純明快だが、実際にその技を扱うことができるのは秀でた才能をもつ天才だけだ。数ある魔法の中でも習得難易度が高いことで有名な、天候操作の魔法に匹敵する難しさと言われている。


 ヘイゼルですら行使するには相応の集中力と時間を要する上に、直接相手の肌に触れなければ発動することすらできないのだ。


「…」


 加減を間違えれば、アンネだけではなく私の方にもダメージが生じる。とにかく落ち着いて、確実に。昼寝中の猛獣から髭を引き抜くように、丁寧に慎重に…相手の魔力の流れを感じ取らなければ。瞳を閉じて、全ての感覚を研ぎ澄ませる。絶対に…失敗は許されない。


「―――」


 よし、何とかコツは掴めた。このままいけば、確実に―――。


「ばーか」


「!?」


 魔力の揺らぎを感じ、咄嗟に目を開くヘイゼル。しかし、事態は既に始まっていた。


衝撃(インパクト)


「ッ!?」


 アンネは両手をヘイゼルの胸部へとかざし、そう呟いた。その瞬間、まるで巨大な何かに殴り飛ばされたかのように、ヘイゼルは途轍もない勢いで吹き飛ばされた。


「ふ、ふふふ…あはははは!!」

「命乞いをすれば即戦闘終了なんて、甘いにもほどがあるんじゃないかしら?」


 邪悪な笑みを浮かべながら、アンネは自らの足元に転がっているヘイゼルの魔杖を拾い上げた。


「はい、回収っと。これでもう魔法は使えないわね」


 魔法を扱うものは、必ず自らの魔力を増幅し効率的に魔法を行使するための“魔装具(マジック・ウェポン)”を装備している。魔装具があると無いとでは魔法の威力や効率に天と地ほどの差が生じ、簡単な魔法の行使にも絶大な魔力と時間を要してしまう。


まさに魔法使いにとっての命そのもの。ヘイゼルはたった今、それを奪われてしまったのだ。


「それにしても…こーんな大きな杖なんか持っちゃってさぁ、戦闘の邪魔になるって分からないのかしらねぇ」

「今の時代は小型かつ簡素で扱いやすい、指輪型の魔装具が主流って知らないの?」


 アンネは自らの指で妖しく輝く黄金の指輪を、ヘイゼルに見せつけるかのように天にかざした。


「―――そう、そのおもちゃみたいな指輪があんたの魔装具だったのね」


 動く死体のように、よろめきながらヘイゼルはゆっくりと立ちあがった。折れた肋骨が肺を切り裂き、熱い血液がどろりと口から垂れる。激痛で気が飛んでしまいそうだったが…アイツのあまりにも浅はかな発言を聞いてしまっては、おちおち眠ってもいられなかった。


「ふーん…意外と頑丈なのね」


「その程度のひよっこ魔法じゃ、死にはしないわよ」


 嘘だ。彼女の一撃は的確に私の体内を破壊した。あと少し威力が高ければ、即死だったかもしれない。


 だけど、ここは意地を張る場面だ。本当の魔装具がどういうモノなのかを知らない浅はかな魔法使いに、その身をもって思い知らせてやらねばならないのだ。


「あんた、大魔導士ウルカロイの逸話は知っているかしら」


「は?」


 大魔導士ウルカロイとは、かつてユフテルに存在したという伝説的な魔法使いのことだ。一定の場所に留まらず、世界中を放浪し、行く先々で人々を苦難から救ったとされる英雄。現代の高名な魔導士のほとんどは、彼の弟子だという噂まであるほどの偉人だ。


「魔導に携わるものなら当然知っているわ、むしろ知らない方がおかしいんじゃなくて?」


「なら、彼の魔装具についても知っているわよね」


「奇跡の錫杖シリウス・ケーナ。死人すら蘇らせたと言われる神がかり的な杖でしょ?噂によれば大聖教会の連中が彼の遺体から密かに回収したって話よねぇ?」


「その通り。逸話によればウルカロイはシリウス・ケーナが何度壊れようともその度に修理して最後の最後まで使い続けたというわ」


「で、それがどうかしたのかしら?時間稼ぎにしては少し幼稚すぎる話題だと思うのだけれど?」


「使い続けられるモノにはそれだけの理由があるってことよ」


 そうヘイゼルが言い放った瞬間、アンネの直感は危険信号を発した。明確な理由や動作があったのではない、本能的に、ヘイゼルは何かを企んでいると察知したのだ。


「ゴーレムたち!」


 ヘイゼルの真横に散乱する瓦礫から、巨大なゴーレムを精製する。


「お話はお終いよ、貴女の炎は大したものだったけど、所詮は実戦を知らぬ甘ちゃんだったわね」


 5mを優に超える巨大な瓦礫の巨人は、満身創痍のヘイゼルへとその強大な拳を振りかざした―――!


「‥‥はぁ」


「―――衝撃(インパクト)


 たった一本の指。たった一本の指から放たれた衝撃によって―――アンネのゴーレムは跡形も無く無様に砕け散ってしまった。


「!?」

「馬鹿な?!魔装具も予備動作も無しに魔法を放つなんて‥‥!!」


 ありえない。魔装具は奪い取ったはずなのに、どうして魔法が使える!?いや、仮に魔装具無しで魔法を放つことができたとしても、私のゴーレムを簡単に吹き飛ばすだけの威力を出せるはずが無い!!


「言ったでしょう、私に真っ向から魔法で勝負を挑んだのが間違いだって」


 衝撃(インパクト)。駆け出しの魔法使いが最初に覚えるべきとされる初歩的な魔法の一つだ。自身の魔力を衝撃に変えて相手に放つというシンプルなもので、単純な技であるが故にその威力は使い手の実力によって大きく差が出る不安定な魔法でもある。


 ヘイゼルの衝撃は、魔装具無しの状態でも‥‥圧倒的にアンネのそれを上回っていた。


「認めない、認めるものか―――!」


「無駄よ」


「!?」


 そうヘイゼルが呟いた瞬間、彼女の魔杖から巨大な木の根がいくつも顕現し、あっという間にアンネの体を拘束してしまった。


「いつまでも敵の魔装具を握りしめておくもんじゃ無いわよ」


「小娘の癖に‥‥!!」


「いい機会だから覚えておきなさい、どうして古来から魔装具として魔杖が広く一般的に普及しているか」

「それは魔杖が最も魔力を通し、最も優れた汎用性と拡張性を誇るからに他ならない。それこそ、そんな小さな指輪とは比較にならないくらいに…ね」


「おのれ…!」


 耳をつんざくような爆音が、東の外壁に響き渡る。ヘイゼルの魔杖を爆心地として発動した魔法はアンネの体を焼き、彼女の意識を一撃のもとに吹き飛ばした。


「年季の違い、思い知ってもらえたかしら―――小娘さん?」


 地面にあっけなく突っ伏したアンネに、焔の魔女は素っ気なく吐き捨てた。東の外壁での一戦は、彼女の圧倒的な勝利によって幕を閉じることとなった。


「もしもし?!何かいま凄い爆発音がここまで聞こえて来たんですけど!?」


「ん」


 通信用の魔石から、慌ただしいエイミーの声が響き渡る。


「心配ないわエイミー、今のは私の放った魔法よ。消し炭になったのはアンネの方だから安心してちょうだい」


「消し炭って……相手生きてるんですかそれ」


「ええ、ちゃんと生きてるわ」


 多分。


「それより通信を寄越してくるってことは、そっちはもう片付いたの?」


「はい!ジル様の完全勝利です!!」


「へぇ‥‥やるじゃない、アイツ」


 もしもの時は駆けつけてやらねばと思っていたけど、余計な心配だったようね。


「残るはエルネスタだけね――よし、それじゃあ一度町の中心で落ち合いましょう」


 この町に着いてから一度もヤツの姿を見ていない。私とジルが再び現れたことを知れば、直ぐにでも出向いてきそうなものだけど‥‥。


「そうしたいのは山々なんですけど…一つ問題がありまして…」


「問題?」


「はい。実はさきほどから何度もリリィさんに連絡を送っているのですが、一向に返事が返ってこないんです」


「何ですって!?」


 エイミーの予想外過ぎる一言に、ヘイゼルは思わず声を上げた。ジルならばともかく、リリィにもしものことがあるとは微塵も考えていなかったのだ。彼女の常人離れした実力はタイタンワームとの戦いで嫌というほど見せつけられた。あの怪物を正面から抑え込むほどの実力者が、そう簡単に負けるとは思えない。


 何だか、とても嫌な予感がする。


「ッ!」


「無事でいなさいよ‥‥!」


 エイミーとの通信を強引に遮断し、ヘイゼルは西の外壁へと全力で駆け出した。






 ~西の外壁にて~



「お見事ですゲラート副団長!」


「流石我が騎士団のエース!」


「みなまで言うな、流石の私も少し照れる」


 男たちの大声が。ゲラートを褒め称える騎士たちの拍手喝采が聞こえる。まるでちっぽけな獣を仕留めていい気になっている貴族の御曹司を、必要以上にちやほやする取り巻きたちみたいだ。


「―――」


 ああ、おかしいな。ゲラートはとても弱くて、戦闘はボクが優勢だったはずなのに…どうしてボクは今、頭から血を流しながら無様に地面に倒れこんでいるのだろう。


「シュレンたちと連絡がとれない、他の副団長の元にも彼女のような侵入者が向かっているのだろう」

「私はこの者にとどめを刺した後にエルネスタ様の援護に向かう、お前達は先に他の副団長の元へと急行してくれ。相手の数は恐らく多くはない、しかし一人一人が相当の手練れと思われる。気を引き締めてな」


「はっ!」


 ゲラートは自らの部下を三つの編隊に分け、副団長のいる外壁部へと向かわせた。朦朧とする意識の中に、低くこもったゲラートの声が鳴り響く。ジルとヘイゼルはうまくやったのだろうか。


「何か言い遺すことはあるか、エルフの娘よ」


「殺さ‥‥ないで」


「―――そうか」


 喉を焼くように絞りだしたリリィの声は、ゲラートの耳へは届かなかった。


「サマリの神々よ、貴方たちの元へ無垢なる魂がまた一つ還る―――安らぎあれ」


 ゲラートは手に持った特大の大剣をリリィへと力強く振り下ろした。


「―――」


 ああ、どうして。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。


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