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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第54話 勇士、相打つ

「ちょこまかと逃げおって、それではいつまで経っても俺を倒せんぞ」


「そっちこそ、四つも目と腕があるなんて卑怯じゃないか!?」


 シュレンと戦い始めて既に数分が経過した。しかし、ここまで爆音が聞こえてくるほどドンパチやっているお二人に対し、未だに僕はヤツの体に傷一つつけることができずにいた。エイミーの補助魔法で視力が強化されているから、剣の軌道は何となくだけど予測がつく。防御だけに専念すれば、何とかしのぐことはできるが…攻めに関しては別だ。


 僕みたいな素人の斬撃をどうやってあの怪物に当てるかが、最大の問題となって立ちはだかっている。


「お前達も二人がかりなのだから、特に問題ないだろう」


「そういう問題じゃ無くてだな…」


「さぁ、呼吸が整ったならかかってこい。でなければまた…こちらから行くぞ」


 涼し気な顔と明確な殺意を纏い、シュレンは流れるような身のこなしで僕の懐へと斬りこんでくる。


「!!」


 落ち着け。意識を集中させ、ヤツの剣の流れを読めばいい。


「‥‥」


 左上腕は頭蓋への刺突、右上腕は狙いもクソも無い乱雑な袈裟斬り、左下腕は右手首だけを狙った精巧な斬撃、右下腕は僕の次の行動に対する追撃に備えて温存‥‥。凄まじい殺傷能力。こちらが下手に斬りかかれば即死だ。


「くっ!」


 僕は地面を蹴り、大きくシュレンから後退する。その隙を突こうと、すかさず右下腕からの斬撃が下腹部めがけて飛んできた。


「見えてるんだよ―――!」


 右下腕からの追撃は予測済みだ、何とか撃ち払って体勢を整える。ヤツの間合いから離れると、荒れた呼吸を落ち着かせて深く深呼吸をした。


「ああもう!ジル様、このままじゃ埒があきません!パパっとあいつの剣を弾いてグサーって心臓ぶっ貫いてくださいよ!」


「無茶言うな!」


 下手に斬りこめば100%返り討ちにされる。ヤツの懐に踏み込むのなら、あの四本の腕をかいくぐり、反撃を許さないように一撃で仕留めなければならない。


「無茶じゃありません!まず一番動きの鈍い腕に狙いをつけるんです!」


「一番動きの鈍い腕?」


「ヤツは四つの眼と腕というアドバンテージを持っていますが、同時に視界から入って来る膨大な情報の処理という大きな荷物を背負っているのです」

「人型の魔族は強力な魔力を有していますが、脳のつくりや体の構造は人間や異種族とあまり変わりません。想像してみてください、もしジル様の眼が四つになったらどのような状態に陥ると思いますか?」


 僕の肩にちょこんと座りながら、耳打ちするようにエイミーは尋ねた。


「多分だけど…混乱して頭の中がパニックになると思う」


 経験したこと無いから分からないけど。


「それと同じです。昆虫型や異形の魔族…上位魔族なら話は別ですが、魔族といえども眼が四つもあれば、視界から入って来る情報の処理だけで脳に相当な負担がかかります。それに加え、四つの腕それぞれに的確に指示をだすとなると、その分脳への負荷は絶大なものになる」

「それゆえ多眼多腕の魔族は、脳への負担を軽減する為に何本かの腕の行動パターンを簡略化、もしくは予めに決めておき、単純化する傾向が多くみられるのです」


「な、なるほど」


 つまり…シュレンの腕の中には他の腕よりも動きが単純で、隙が大きいものがある。ということか?


「そういうことなら‥‥!」


「ちょ!?ジル様!?」


 僕は血迷ったようにシュレンの元へと走り出し、一気に距離を詰めた。絶対の確証はないが、エイミーの話を聞いて一つ思い当たる節がある。


「ほう、ようやく向かってくるか!!その意気や良し!」


 シュレンはドンと構えたまま一歩も動かない。ギラギラと輝く刀身をちらつかせ、獲物が飛び込んでくるのを待っているのだ。


「ありがたい」


 思わず、僕は独り言をもらす。何を企んでいようと僕のような格下の攻撃は捌いてみせると言わんばかりの堂々とした余裕。その慢心が、僕にとってはたまらなく嬉しかった。もし正面から向かって来られでもしたら‥‥僕は間違いなく斬り負けてしまう。


「もらった!」


 間合いに入った哀れな子羊に、獰猛な狼の四つの牙が襲い掛かる!


「‥‥!」


 左上腕からの叩き潰すような斬撃に、左下腕の脇腹を抉り取るような斬りこみ、右下腕は太腿を貫く必殺の一撃――――そして‥‥。


「!!」


 最も発動が遅く狙いの悪い、右上腕の乱雑な袈裟斬り―――!


「ッ!!」


 予想は的中した、やはり右上腕はさっきと同じ乱雑な斬撃ばかりを繰り出している。エイミーの言っていた動きの鈍い腕はこいつで間違いない。よし、ここまでは完璧だ、後はヤツの攻撃をかいくぐり―――手痛い一撃をくらわせるだけでいい。


「終わりだ!!」


 シュレンの叫び声と共に、四つの刃が牙を剥く。


 まず初撃、脇腹を狙った斬撃は回避不可能。しかし、ここで体勢を崩されれば右下腕の一刺しはかわせない。例え衝撃で激痛が走ろうとも、絶対に僕の剣で弾き返す。


「このッ…!」


 剣と剣が衝突し、甲高い金属音が鳴り響く。その瞬間…体全身の骨格、骨という骨に電流のような鋭い衝撃が走り抜けた。


「いける――!」


 しかし、そんな痛みなどこの状況においては取るに足りない些事だ。僕は地面を蹴って右下腕の追撃を回避し、そのままの勢いで右上腕へと狙いを定める。


「まさか…!」


 何かを察したように、シュレンの顔が不穏に陰る。だが今となってはもう遅い。ここまで肉薄すれば、精密性と瞬発性に欠ける上腕からの攻撃は、そう簡単に繰り出せないはずだ。


「はぁッ!」


 剣を叩きつけるような力技では、コイツの腕は切れない。僕はまるで肉の削ぎ方を本能で理解していたかのように軽やかに、残酷に刃を滑らせ、シュレンの右上腕を切り落とした。


「ぐああッ!!?」


 叫び声と共に跳躍し、後退するシュレン。根元から切り落とされた右上腕からはドボドボと気味が悪いほど血が溢れている。苦悶の貌で僕を睨みつける怪物を前にして、僕の意識はようやく現実に追いついた。


「!」


 右手に握られた凶器に滴っている血を見つめ、ぞわぞわと全身が奮い立つ。


「僕が‥‥やったのか」


 ヤツの腕を斬った記憶も、感触もしっかりと覚えている。あの怪物に一矢報いたのは、間違いなくこの僕だ。だけど、その事実が何故か―――僕にとってはまるで他人事のように感じられた。


「大丈夫ですかジル様!?」


 肩にしがみついていたエイミーが、慌ただしく言い放った。


「なんとかね」


「もう!急に走り出すからびっくりしましたよ!?しかも傷一つ負うこと無く腕を切り落とすなんて…いつの間にそんな動きを身につけたんですか?」


「そういうのじゃないけど…」


 今の一瞬は、何だか自分の体が自分のモノじゃないみたいに変な感覚だった。ロンガルクに降り注いだ火の矢を打ち払った時と同じように―――奇妙な何かに包まれているようだったんだ。


「フ、フハハハハハハ!!!やるじゃないか、小僧!」


「‥‥」


 笑っている。自らの腕を切り落とされ苦痛にあえいでいた怪物は、かえって恐ろしいほどに、心の底から歓喜していた。


「どうやら、一筋縄でいく相手ではないらしい」


 そう言って、シュレンは左上腕に剣をつきたて――――。


「フン!」


 まるでトカゲの尻尾のように、あっけなく切り落とした。


「な!?」

「お前、頭がおかしくなったのか!?」


 自分で自分の腕を切り落とすなんて…!


「逆です、ジル様。ヤツは腕の数を減らすことで…残りの腕に、より意識を割けるようにしたのです」


「?!」


「そこの妖精もどきの言う通りだ。雑魚相手なら腕はいくつあってもいいが、相応の実力者が相手となると、話は別だ」

「わざわざ動きの鈍い腕をぶら下げるくらいなら、その分のリソースを精巧な二本の腕に回すとも。斬られた腕などいつでも再生できるからな。」


「…化け物め」


「より人間に近い造形になったと自負しているが?」


 シュレンはバネのように両脚を使い、力強く大地を蹴った。まるで弾丸のような勢いで、こちらへ突っ込んでくる――!


「ちッ!」


 落ち着いて相手の動きを見るんだ…。腕が減ったなら、攻撃も少しは単調になるはずだ。四パターンから二パターンに減るのだから、冷静に対処すれば反撃だってお見舞いできる。


「!?」


 しかし、ジルの淡い期待はシュレンの卓越した技量によって打ち砕かれた。


「そんな…!」


 見えない。


どこを狙っているのか、どちらの腕が先に来るのか。どんな軌道を描く斬撃なのか…その全てが何も見えない。さっきまでハッキリと見えていたヤツの動きが、まるで読めなくなっている‥‥!


「はァ!」


「ぐっ!?」


 回避すらできず、死に物狂いで咄嗟に剣で斬撃を防ぐ。しかし、その威力はさきほどの比ではない。受け止め切ることができず、僕は軽々と吹き飛ばされてしまった。


 かっ飛ばされたボールのように、民家の壁に勢いよく衝突する。背中に耐えがたい激痛が走り、一瞬呼吸が止まった。


「ハァ…くそっ…」


 頭蓋骨にひびが入ったのではないかと思うほど、頭がズキズキと痛む。体を斬られるよりはマシだが、相当なダメージを体全身に喰らってしまったようだ。


「休んでいる暇はないぞ?」


 一瞬にして僕の目の前にまで距離を詰めたシュレンが、こちらを見下ろしながら十字に剣を振るった。


「!!」


 僕は転がり逃げるように回避し、再びシュレンの元へと向き直る。僕が背中を預けていた民家は斬撃を受けて轟音と共に崩壊した。


「強い‥‥!」


 パワーもスピードも格段に向上している。こんなに戦闘能力が変わるなんて…腕が四つあった時の方がまだ可愛げがあったぞ―――!


「しゃッ!!」


「!」


 間髪入れぬ怒涛の連撃、最初の一刺しは何とか受け流し―――二撃目は目で捉えることができず、直感で回避した。


「ハァ…ハァ…!」


「ほう、やるではないか!」


 今のはただのまぐれだ。偶然運よく捌けただけ、腕を切り落とした時と同じように体が急に軽くなり…深く意識せずとも勝手に動いてくれたのだ。


「騎士でもない人間とここまで切り結べたのは初めてだ。貴様、名は何という?」


「‥‥ジルフィーネ・ロマンシアだ」


「ほう、大層な名だ。まるでどこかの王族のようではないか」


 浮ついた声で、シュレンは笑った。さっきの殺気は鳴りを潜め、どこか気が抜けているようにさえ感じられる。


 この好機を逃す手はない。


「こちらも…一つ聞いていいか」


「ほう?冥土の土産になるかは分からんが…俺に答えられることなら答えてやろう」


 冥土の土産…か。やはりこいつはもう僕に勝利した気でいる。ヤツの気が最大限緩んだところで、一矢報いてやるとしよう。


「聖都の外征騎士の一団に、どうしてお前のような魔族が所属しているんだ?聖都にとって、魔族とは粛清の対象になるんじゃないのか?」


「それは尤もな意見だ。魔族や魔物、魔に連なる全ての存在は、決して聖都の連中とは相容れない。外征騎士と共に戦うなどもっての外といえる。ゆえに、俺が魔族であることは世間一般には(おおやけ)にせず、表面上はあくまで人間の騎士として騎士団に所属しているのだ」


「なるほど、お前の情報が他の副団長と違って一切明かされていないのにも納得がいった」


最初に羽織っていたあの黒いローブも自らが魔族であることを隠すため‥‥ということだろう。


「ロンガルクを悪しき魔物の町として滅ぼそうとしている連中が、存在を隠蔽してまで魔族であるお前を戦力として容認しているとはな」


「勘違いしてくれるな、別に俺の存在は聖都に容認されている訳では無い。俺が魔族であることが知られれば、直ぐにでも首を刎ねられるだろうよ」


「どういう意味だ?」


「俺が魔族であることを知っているのは、エルネスタと副団長たちだけだ。他の外征騎士はおろか、この騎士団のメンバーさえその事実は知らん」


「ということはつまり――――」


 聖都を欺いてまで‥‥言わばエルネスタの独断で、魔族を自らの騎士団に加えているということか?あれほど聖都に仇なす存在に嫌悪感を示していた彼女が、どうしてそんな真似を…?


「ひょっとして、聖都にはお前以外にも魔族が存在を偽って潜伏しているかもしれないな」


「確かに、それは大いにあり得るな…」

「例えば―――外征騎士の中でも一番の筋力をもつと謳われているドレアム。アイツは身長が数mあるし、体重も大型の魔獣と変わらないと聞く」

「他にも“恋人”の外征騎士カーラはあの(よこしま)な性質からサキュバスなのでは?とまことしやかに囁かれていると言うし、もしかして‥‥」


 何やら思い当たる節があるようで、シュレンは唐突に物思いに耽り出した。腕を組み、眉間にはシワを寄せ―――瞳は固く閉じている。ブツブツと何か独り言を呟いているが―――そんなことはどうでもいい。


 今が、チャンスだ。


「…!」


 僕はまるで風になったかのような身のこなしで、音も無くシュレンの間合いへと踏み込み込んだ。いける。このままいけば、確実にヤツの首を――――。


「ん」


 僕の剣がシュレンの首元に差し掛かった瞬間、彼は静かに目を開いた。


「!」


 気づかれたか…!だが、今更攻撃に気がついたようでは遅すぎる。この距離では、最早僕の攻撃の軌道を読むことも、回避することもままならない。何が起こったのかも理解できないまま、一撃のもとに―――。


「ッ!」


「!?」


 しかし、僕の手に伝わってきたのはヤツの肉を断つ生々しい感触ではなく‥‥。


「そんな―――!」


 冷たくて鋭い、ヤツの剣の刀身へと僕の剣が衝突した無意味な衝撃だけだった。


「驚いた、あと少し眼を開くのが遅ければやられていたぞ」


 無防備な僕の体に、ヤツの強靭な脚から放たれたド級の蹴りが炸裂する。


「ごはぁっ!」


 体内の臓器が引きちぎれんばかりに揺れ、バキバキと骨が砕けていく。致命傷クラスの一撃をうけて、僕はゴミのように蹴り飛ばされた。


「ジル様!大丈夫ですか!?ジル様!!」


 耳元でエイミーが必死に叫んでいる。


「‥‥」


 だけど、今の僕には彼女の声すら遠く聞こえる。損傷した内臓から流れ出し、何度吐血を繰り返そうとも、まるで気にもならない。


 “何故”。僕の思考はその二文字だけで埋め尽くされていた。


「―――」


 力無く地面に倒れ、ぼうっと空を眺めたまま―――僕は今の状況について考えていた。


 決して甘い一撃ではなかった。体の運び方も、直前の動作も、音一つ立てず全てが完璧だった。何も無駄な要素は無かったはずだ。それなのに、僕の斬撃はあと一歩というところで防がれてしまった。ヤツと眼があった瞬間…全てが終わってしまったのだ。


「ジル様!ジル様しっかりしてください!!」


「――――」


 何故、何故、何故―――。どう考えても、あの一撃は有効だった。たとえ目を開けた瞬間に気が付いたとしても、脳で処理し、判断し、行動するほどの隙はなかったはずだ。エイミーは魔族といえども脳の構造や体内構造は人間達とそう変わらないと言っていた。ならば、特殊な能力でも持っていない限り、あの一撃はかわせないはず‥‥。


「死んだか?」


 蹴り飛ばされ、ボロ雑巾のように転がっている僕の生死を確認しようと、向こうからシュレンがゆっくりと歩いて来る。四つの鋭い眼光は、一切の例外なく僕だけに集中していた。


「――――」


 目、眼、()――――。


“驚いた、あと少し眼を開くのが遅ければやられていたぞ”


「!」


 そうか、もしかして―――ヤツは‥‥!


「ッ!!」


 僕は背中で地面を弾き、息を吹き返したように跳ね起きた。


「ジル様!?」


「ほう、生きていたか」


 ニタリ、とシュレンが笑う。まだ戦いを愉しめると心の底から歓喜しているのだ。


「エイミー、魔法屋で買った杖――今持ってるよな」


「え?持ってますけど、回復魔法の杖はリリィさんに渡したのでその傷を癒すことは‥‥」


「違う、回復じゃなくて、もう一つのほうだ」


 僕の記憶が確かなら、魔法屋で買った三本の杖の中に―――“爆炎の杖”ってのがあったはずだ。


「爆炎の杖ですか?!正直あれはお勧めできません…確かに相当な威力と爆風を伴う強力な魔法ですが―――あれはあくまで大型の魔物を追い払うためのもの。シュレンのような手練れに通用するとは思えません!」


「いいから、僕の指定した座標に爆炎の魔法を放ってくれ!」


 チャンスは一回、正直言ってこんな手が通用するかは分からないが―――賭けてみる価値はある。


「で、でも‥‥」


「頼む、エイミー」


「‥‥わ、わかりました!!」


 僕の意志を汲み取ってくれたのか、エイミーは爆炎の杖を取り出すと魔方陣を展開した。


「緑の屋根の家屋から北西に約5mの地点、爆発の中心は、なるべくひびの入った地面に集中させてくれ!!」


 僕はそう叫ぶと、一直線にシュレンの元へと駆け出した。


「発動完了!!ばっちり座標位置に…って!ジル様!?そっちへ行けば爆発に巻き込まれてしまいますよ!?」


 それでいい、巻き込まれなければ意味がない。


「来るか、ジルフィーネ!」


「いくぞ、シュレン!!!」


 僕とシュレンが互いの間合いに入る寸前の場所で―――エイミーの放った爆炎の術が炸裂した。


「ぐッ!?」


 爆炎は大きな炎と衝撃、そして途轍もないほどの瓦礫と砂煙を巻き起こして僕とシュレンに襲い掛かる。


「凄まじい威力だ、だが―――」


 狙いが甘かった、爆発はシュレンの目の前で発生し…爆発そのものが彼に直撃することは無かった。


「予測は素晴らしかった、だが当てなければ意味はない」


 後はこの視界を覆う厄介な砂煙のどこからヤツが飛び出してくるか、だが‥‥。




 ジャリ。




「!」


 本当に、虫の呼吸ほど小さな音であった。背後から―――砂と共に地面を踏みしめる音が聞こえた。いや‥‥聞こえてしまった。


「――――――終わりか」


 間違いなく、そこにあいつが居る。


「フン!」


 シュレンは音の聞こえた背後へと振り返り―――今にもこちらの首を斬り落とそうとする男の姿を四つの(まなこ)でしかと捉えた。


「‥‥」


 甲高い金属音が鳴り響く、ヤツの決死の一撃が俺の斬撃によって阻まれた音。この戦いの―――結末を知らせる音だ。


「楽しかった、さらばだ」


「!!」


 グサリ、とジルの心臓をシュレンの刃が貫く。ジルの眼は虚ろに―――ただ目の前のシュレンを力無く眺めていた。


「お前はよく戦った。勇敢なる人の子、ジルフィーネ・ロマンシアよ」

「この砂と砂利にまみれた粉塵の中を、音もたてずに移動する。それだけの技術が備わっていれば―――勝利は貴様のモノであっただろう」






「ああ、だから―――この勝負は僕の勝ちだ」


“霞隠れの杖よ――――欺け”


「!!?」


 突如として、目の前に突き刺さっていたはずのジルの死体が霧のように霧散する。


「幻影だと!?まさか―――!!本物は後ろか!!!」


 薙ぎ払うように剣を振るいながら、シュレンは背後を振り返った。間違いない、ヤツが背後に居るのなら、この一撃だけで首を刎ねられる!!


「!!!」


 両者の一撃は――――同時に相手を穿った。


「ッ!!」


 シュレンの必中の一撃は、ジルの胸当てへ。


 ジルの背後からの一撃は―――シュレンの心臓を的確に貫いていた。


「―――見事」


「‥‥」


 シュレンをいたわるように、ジルはゆっくりと剣を抜いた。


「斬撃をそらす鎧とは‥‥ふふ、なんとも珍妙な武具もあったものだ」


 シュレンの一撃は、確実にジルの首を刎ねていた。しかし―――ジルがビオニエの鍛冶屋でレグルから譲り受けた魔法の鎧が斬撃の軌道を変え、装備者であるジルの命を守ったのだ。


「この鎧の能力が早々にバレていたら―――僕の勝ちは無かった」


 だから僕は、ヤツの斬撃を身に受けないように必死に立ち回った。この鎧の効果を見せるのは、最期の一撃を決める際のたった一度きり。そう心に決めていたのだ。


「俺の眼について、いつから気が付いていた」


「本当についさっきだよ。あんた言っただろ?あと少し目を開くのが遅ければ…って」

「あの言葉を聞いて‥‥もしかしたら腕を操っているのはあんた本人の意志ではなく、眼が反射的に指示を出しているんじゃないかって思ったんだ」


 シュレンは魔力や気配を感じ取って相手の動きを予想するのではなく、四つの眼に全てを委ねていた。ならば、何らかの方法でヤツの眼を騙してやれば―――勝ちの眼はある。爆炎による粉塵と砂煙で僕の姿を隠し、その隙に友から託された“ステッキ”を使い、幻影を本物の僕だと思わせた。


 問題は音だ。砂と砂利だらけの地面を歩けば、必ず音が出てしまう。だから、幻影の一撃をシュレンが防いだ時に生じる金属音で、その音をかき消して接近した。背後からの奇襲であれば、ヤツの眼につかまることもないし、反射的に繰り出される斬撃に攻撃を防がれることも無い。仮に攻撃されたとしても、一撃であれば鎧でカバーできる。


「何とも驚異的な思考力だ、貴様――本当は名のある騎士なのではないか」


 枯れた声で、シュレンは笑う。敗北者であるはずの彼の顔に、後悔の色は無い。まるでこうなることを望んでいたかのように、満ち足りた表情を浮かべていた。


「お前のような者が相手なら、他の副団長どもも苦戦しているだろうな」


「どうだろう、皆僕よりずっと強いから…あんたほどの強者(つわもの)が相手じゃなけりゃサクッと終わらせてるかもしれない」


「ふ―――――そうか」


 天を仰ぎ、遠く彼方を見つめるシュレン。彼の生い立ちがどのようなものなのか、何故外征騎士の元で戦っているのか。彼については知らない事ばかりだけど―――今はただ、彼が故郷に想いを馳せているということだけは、痛いほどに感じられた。


「行くがいい、ジルフィーネ。エルネスタの勝利は揺るがぬが、貴様ならかすり傷の一つくらい負わせることはできるだろうよ」


 そう言い残すと、シュレンは静かに地面へと倒れこんだ。


「ああ―――ありがとう、シュレン」


 副団長シュレン。その肩書きに違わぬ素晴らしい騎士だった。


「お疲れさまでした、ジル様」


「エイミー…」


 僕とシュレンの会話を見届けていたかのように、ひょっこりとエイミーが姿を現した。


「やっぱりジル様は最強の勇者様ですね、原種の力になんか頼らなくても―――外征騎士の一団、それも副団長を倒してしまうなんて!」


「エイミーのサポートのお陰だよ。僕一人だったら絶対に勝てなかった‥‥し」


「ジル様!?」


 バタリ、とその場に倒れこんだジルをエイミーが必死に抱き寄せた。


「ごめんエイミー、ちょっとだけ―――眠らせてくれないかな…」


 どうやら思った以上にダメージを受けていたらしい。少し休まないと、とてもじゃないが歩くことすら難しそうだ。


「ええ、勿論です。回復魔法をかけておきますから――少しの間だけ、ゆっくりとお休みください」


 エイミーの膝を枕代わりに、僕は眠りについた。

ロンガルクの町、外壁南部での決戦は―――こうしてジルが無事に勝利をおさめたのだった。


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