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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第53話 鮮血公

「おやおや?動かなくなっちゃったね。もしかして死んじゃった!?

「じゃあ丁寧に弔ってやらないとね!」


 ザメルは倒れこんでいるカインの腕を突き刺すと、そのままゴミでも払いのけるかのように放り投げた。


「あっはっははははは!!無様だねえ!!」


 無抵抗のままゴロゴロと転がるカイン。その姿を見て、ザメルは無邪気な子供のように笑い転げている。知性の欠片も感じられない、本能に忠実な獣そのものだ。


「‥‥」


 痛いな。せっかく眠れそうだったのに、誰かに叩き起こされたみたいだ。今日は疲れたんだから、もう放っておいてほしい。仕事なら明日やるから、今は眠りたい。これくらいの自由もアイツなら許してくれるはずだ。


 既にカインから戦意は失われていた。戦うことをカイン自身が放棄したのではない。カインの本能と肉体が、彼の意志と反してこれ以上戦闘行為を行うことを拒否しているのだ。一種の防衛本能ともいえるそれは、この状況においては…死を早めるだけの余計な采配といえる不要なものであった。


「‥‥‥」


 眠ろう、眠ろう。痛いことはもう良い。とにかく眠って、また――――。



「そう、友達を見捨てて眠っちゃうとか―――貴方って意外と人でなしだったんですね」


「!!」


 どこからともなく響き渡った女の声。それはカインの脳内だけに響き渡った幻聴だったのかは定かではないが―――少なくとも、その場に声の主はいなかった。


「っはぁ!!」


 女の声に触発され、悪夢から飛び起きるように意識が覚醒したカイン。心臓は破裂しそうな程に鼓動し、眼は眠気など一切感じない程に冴えわたっている。全身ドン引きするほど傷だらけだが、まだ闘志だけは腐っていなかった。


「今の声は…!」


 間違いない、今のはアイツの…!周囲をきょろきょろと見渡すが、そこに“彼女”はいない。当然だ、アイツがここにいる訳がないが――あの声を聴くとどうも体が反応してしまう。


「なぁんだ、やっぱり死んだふりだったのか」


 声の方角に目をやると、そこにはつまらなそうに何かを口に運ぶザメルの姿があった。ぴちゃぴちゃと音を立て…赤い何かで口を濡らしている。


「お前、何喰ってんだ」


 心地良い夢の後に、まるで汚物を見せつけられたようで心底気分が悪い。


「肉だけど?」


「んなもん見れば分かる、俺が聞きてえのはそれが―――」


 何の肉かって話だ。


「あっはは!そんなの人間に決まってるじゃないか!!」


 そう言って、ザメルは地面に倒れこむ自らの部下をまた一人喰らい始めた。


「てめぇ―――正気か」


 ヤツが喰ってるのは、最初に俺が倒したヤツ直属の部下の騎士たちだ。まだ息のある部下を、涼しい顔で頭からバリバリ喰らってやがる。


「だって、お腹すいたんだもん」


 本能の赴くままに行動する。それを律するだけの知性が無いのなら―――ヤツは血に飢えた獣以下だ。殺したいから殺す。犯したいから犯す。喰らいたいから喰らう。そうやって誰もかれもを不幸の海に突き落とすような輩を―――俺は決して許すことはできねぇ。


「なんだよその眼、気に喰わないな。もしかしてまだ僕に勝てると思ってる!?武器も折れたし体もボロボロ!!そんなキミが、まだ僕に歯向かうっていうの!?」


 自分の言葉に興奮するように、獣はだんだんと声を荒げた。


「もうしゃべるな。これ以上てめぇみたいな獣畜生と話すと俺まで品格がさがっちまう」


「獣畜生だと?僕が?違うよ、僕は賢いんだ。だからキミを世界で一番残酷に殺せるし、残酷に喰らうことができるんだ」


 呂律も回らず、血と唾をまき散らしながら獣は吠える。言葉を完全に忘れてしまうまでに、そう時間はかからないだろう。


「悪い、ちょっと借りるぜ」


 カインは道端に横たわる騎士の持っていた槍を拾い上げた。


「―――」


 なぁフィリア。槍はもう使わねぇって約束、今だけは目を瞑ってくれねぇか。


「もういい、お前飽きたから殺す。僕が一番強いんだから、誰を殺そうが自由だ、エルネスタにだって口は出させない。シュレンも、ゲラートも、アンネも、逆らうなら殺す!!」


 もはや僅かに残った理性も決壊した。ザメルという“人格”は消え失せ、血に飢えた獣が全ての思考と肉体を支配していく。外征騎士エルネスタの騎士団の副団長を務めるまでにいった男の成れの果て、その末路はあまりにも醜いものであった。


「踊り風の加護よ、あれ」


 一度だけでいい、もう一度だけ、俺に力を貸してくれ。


「ガウルルウウウアアアアアア!!!!」


 狂乱の雄叫びと共に迫りくる獣。カインを喰らう。カインを殺す。カインを切り裂く。カインを引きちぎる。彼の思考は、ただそれだけで埋め尽くされていた。


「バウウウウウ!!!!」


 ザメルの凶爪が、カインの肉体を切り裂こうと襲い掛かった。


「ガアアウウア!!!」


 しかし、切り落とされたのはカインの肉ではなく―――ザメルの右腕であった。痛みに悶えることも無く、ザメルはただ、予想外の現実に戸惑っていた。なぜ、斬りかかったはずのカインは無傷で、自身の手が切り落とされたのか。カインはただ立っていただけなのに、何故。何故?何故?


「人の姿のお前なら、決して今の俺の間合いまで踏み込んでこなかっただろうよ」


 カインは獣を見つめながら淡々と呟いた。


「今の俺には踊り風の加護がある。間合いに入っただけで、見えねえ風の刃に切り裂かれてお終いってわけさ」


「ガアウウア!!」


「そうか、もう言葉も分からねえか」

「じゃあ‥‥もう終わりだな」


「!!!」


 カインの殺気を感じ取った瞬間、ザメルは自身の最大のスピードで戦線を離脱した。早く、速く、はやく、あの男から逃げなければ。本能が危険だと告げている、あの場に留まれば殺されると、危険信号を発しているのだ――!!


「どこ行く気だ、てめぇ」


 しかし、カインのスピードはザメルをはるかに上回っていた。逃げるザメルの足を切り裂き、その場へとなぎ倒す。


「どうした、お前も今までこうやって散々人間で遊んで来たんじゃないのか?」


「グウウアアアアアアアア!!!!!」


 怒りに狂った獣は、耳をつんざく咆哮をあげてカインへと飛び掛かった。自らの負傷も免れない―――捨て身の一撃だ。


「―――そうかよ」


 しかし、決死の一撃をもってしても―――今のカインには遠く及ばない。


「ッ!」


 カインは瞬きの間に、十字型にザメルの胴体を切り裂いた。声を上げる間もなく獣は倒れ、傷口からは噴水のように鮮血が湧き上がっている。獣人の原初の姿、その失敗作は踊り風の戦士の前にいま、敗れ去った。


「…ちっ」


 カインは槍を投げ捨て、その場に力無く倒れこんだ。


「ハァ、ハァ、ハァ――――」


 調子に乗って力を使いすぎちまった…体が…動かねえ。クソ、まだエルネスタの野郎が残ってやがるってのに―――。


「‥‥くそ、が…」


 燃えるような後悔を残しながら…カインは静かに気を失った。




~ロンガルクの町・中心部~


「まるで話にならんな。鮮血公と言えど、老いてしまえばこの程度か」


「くっ…!」


 劣勢。圧倒的劣勢だ。奥の手が失敗に終わった今、こちらに打つ手はない。妾もパルミアも…ありとあらゆる点においてエルネスタに劣っている。外からの敵襲は間違いなく“あ奴ら”だろうが‥‥その全員がここに集結したとしても、この騎士には届かない。


 選ばれし者のみが扱えるという“祝福”と呼ばれる力。エルネスタの最大の武器である雷を纏った攻撃も、きっとその力の一端だろう。いまだ全貌を掴めぬ祝福という絶対的な力を前にして、こちらは消耗するばかり…状況は始まった時から変わらず最悪だ。


「バドス様、いったん距離をとってお手当を…!いかに耐久に自信があるとはいえ、その傷では…」


「たわけ、そんな隙を見せれば確実に殺されるぞ」


「ですが!」


「かわせパルミア!」


 息つく暇も無く、エルネスタは追撃の一撃を繰り出す。周囲の建物ごと吹き飛ばす破格の稲妻がうねるようにバドスたちへ襲い掛かった。


「“女王の血棘(デ・シュタッヘル)”」


 バドスは自らの血を無数の棘に変えて、束のように放出した。エルネスタの一撃に正面からぶつかり、何とか勢いを殺したものの…。


「甘い」


 更なる閃光の如き追撃を受け、バドスの腕は無惨に切り落とされてしまった。


「ぐあッ!!!」


「バドス様‥‥!!よくも‥‥!」


 槍斧を振るい、エルネスタを打ち払うパルミア。攻撃を当てることはできたが、ダメージを与えることはできない。


「哀れな。主もろとも散るがいい」


「!?」


 エルネスタは眼にもとまらぬスピードで、パルミアの体を(いかずち)と共に切り裂いた。


「ッ!」


 がくり、と膝から崩れ落ちる。大きな傷口から溢れ出る血が、まるで自分の寿命を示すかのように体内から流れ出ていく。ドロドロ、ドロドロ、真っ赤な血が流れていく。


「そこで見ているがいい、女。鮮血公という忌々しい悪魔がこの世界から消え去る瞬間を」


「待、て…」


 槍斧を頼りに立ち上がるパルミア。しかし、身体はそれ以上言うことを聞いてくれない。喉元から下腹部までざっくり裂けた体は、もはや死を待つだけの肉塊へと成り下がっていた。


「何か、言い残すことはあるか」


 傷口をおさえながら跪くバドスを見下しながら、エルネスタは冷酷に吐き捨てた。


「‥‥」


 ここまでか。


「―――最期に一つ、頼みがある」


「頼みだと?」


 バドスのあまりにも埒外の返答に、即刻首を切り捨てようとした彼女であったが‥‥まだ、バドスの次の言葉に興味を持っていた。醜く命乞いをするのか、痛みを伴わないように殺してくれと懇願するのか――――どちらの言葉が飛び出すのかバドスの返答を待った。


「妾の命で、この町を見逃してほしい」


 そう一言、バドスは力強く言い放った。


「‥‥」


 沈黙するエルネスタ。しばらくバドスの瞳を見続けた後‥‥。


「町を救ってくれだと‥‥?」


「頼む…どうか妾の命で―――」


「ふざけるな!!」


 思いっきり、バドスの顔を蹴りつけた。


「そんな甘い要求が、本気でこの私に通じると思っているのか!?今まで散々人間を殺してきたくせに、多くの願いを踏みにじってきたくせに‥‥自分の都合は通してもらえると!?」


 エルネスタは人が変わったように、何度も何度もバドスを蹴りつける。


「だとしたら救いようのないほどの愚か者だな。いいか、この町に潜む者どもは人間であろうが魔物であろうが必ず、絶対に殺す。一人一人、死にたくなるほどの苦痛を与えてからみっともなく殺してやる!!」


 しばらく一心不乱にバドスを痛めつけた後、エルネスタはようやく無慈悲な暴行をやめた。肩で息をし、冷静冷酷な彼女とは思えないほどに気が昂っている。まるで感情の抑えが効かない幼子のように。


「―――魔族(われら)が、お前に何をした」


 全身の骨が砕け、瞳すら潰えた血濡れの死体は…空を見上げたまま静かにエルネスタに問いかけた。


「全てを奪った。故郷を、家族を、隣人を、人生を、未来を全て殺し、踏みにじった」


 だから、今度はこっちの番だ。やられたなら…やり返さなければいけない。魔族によって奪われたものを、今度は私が全て奪い去ってやる。そうでなければ、無惨に殺されていった者達が報われない。この世界は因果応報、何人たりとも運命の輪から逃れることはできない、我らから全てを奪った責任は血をもって贖ってもらう。


「ここに貴様の故郷を奪ったものはいない、ここで屍の山を築くことに何の意味がある‥‥死んだ者は、もう戻ってこないというのに」


「……そんなことは分かっている。会えないからこそ、捧げるのだ。彼らを苦しめた魔物どもの死骸を―――!!」

「遠くへ逝ってしまった彼らの無念を晴らすために、外征騎士エルネスタここにありと!!全ての世界に知らしめる為に!!!」


 これ以上の言の葉は必要ない。エルネスタは大きく剣を振りかぶり、目の前に横たわる醜い肉塊を力の限りに切り裂いた。


「‥‥!」


 確かに肉を切り裂いた。しかし…それは自らの意図する相手ではなかった。


「‥‥ごふッ」


 突如として間に割って入ったもう一人の女。彼女が盾となり、バドスの残りの命を僅かではあるが引き延ばしたのだ。


「パルミア…!!」


「“聖典・災禍の五、バスケス”」


 声にならない声で、パルミアは命を削って決死の一撃を放つ。教会に古くから伝わる七つの災禍の一つ“バスケス”。かの大悪魔の力を再現した破格の斬撃がエルネスタに襲い掛かった。


「ッ!?」


 斬撃とも刺突ともとれる槍斧の一撃は、絶大な衝撃と共に軽々とエルネスタを吹きとばす。瞬きの間に、忌まわしい騎士の姿は視界から消え去っていった。


「やっぱり‥‥かつてほどの威力は…発揮できません…ね…」


 バタリ、と倒れこむパルミア。瑞々しい紅に染まった身体は、何故生きているのか不思議なほどにボロボロであった。


「なぜ、庇った…」


 光を求める虫のように、バドスは使い物にならなくなった四肢を引きずりながら―――今にも生を終えようとするパルミアのもとに這いよった。


「―――」


「馬鹿だよ、お前は」


 何も答えないパルミアを前に、バドスは吐き捨てた。


「すまない、妾が―――妾が弱いばかりに」


 そっとパルミアの頬を撫でる。まだ彼女の体は暖かく、いつもの元気なパルミアの体温そのものであった。


「…まだ…貴女は負けていないでしょう……」


「?!」

「パルミア…!」


「私の血を‥‥吸ってください…そうすれば、貴女は…」


「そ、そんなことできるか馬鹿者!妾は一度、お前の血を吸っているのだぞ!」


 魔族の中でも吸血種と呼ばれる妾のような一族は、眷属を増やす為に血を吸う。一度血を吸われた者は本人の意志と関係なく吸血種に隷属する羽目になり、一生涯その関係から逃れることはできない。もし自由になれるとすれば、それは主である吸血種が死んだとき…若しくは、二度血を吸われた時だ。


 一度血を吸われた眷属がもう一度血を吸われると、主から与えられた力のすべてを失い、そのまま死に絶える。眷属の持っていた力は血と共に主の元へと還り、文字通り主の血肉となって生き続けるのだ。もし、妾がパルミアの血を吸ってしまえば彼女は間違いなく‥‥。


「鮮血公、貴女がこの町を作った理由は‥‥何だったのです?」


「!」


「人と魔物が共存できる楽園を作りたい、そんな建前上の理由ではなく…貴女自身の本当の願いとは、いったい何だったのですか…?」


 狼狽えるバドスに、パルミアは決断を迫る。


「それは―――」


 妾がこの町を作った理由。酔狂だ、無謀だ、無駄だと罵られ…馬鹿にされても決して諦めなかった理由。ただひたすらに、この町の存続を願い続けた理由。


「ああ、そうだ」


 妾の生きる糧、戦う意味、存在意義―――その全てをくれた“愛しいあの子”の帰る場所を…妾は作りたかったのだ。


「―――ようやく、目が覚めた」


 なりふりなど構っていられるか。我が愛しい娘の為ならば、妾は全てを殺す悪魔にでもなろう。そのためにどれだけの犠牲が生まれようと…妾は進む。


「ッ!」


 バドスは乱暴にパルミアの首元を押さえつけ、鋭い牙をつきたてる。力無くバドスを見つめる彼女の眼には赤い涙が浮かんでいた。


「――――愛していました、バドス様」


「――――ああ、妾もだ」


 満足げにほほ笑む彼女の首から、勢いよく血を吸いあげる。紅く蠱惑的な液体が乾ききった舌と喉を滑るように潤し、体中を満たしていく。何とも久しぶりの快感だ。吸血行為を封印してから数十年ぶりの獲物を前に、バドスの本能ははち切れんばかりに昂ぶっていた。


「‥‥」


 パルミアの血が喉を通るたびに、かつての力が取り戻されていく。幼女の体はみるみる成長し、妖艶な吸血鬼へ、愛らしい瞳は獲物を狩る悪魔の眼へ、可憐な佇まいは、全てを支配する女王のものへ変化していった。切り落とされた腕は時が戻ったかのように再生し、肉体は歓喜のあまり震え、鼓動は心の臓が破裂するほどに強い。ああ、これこそが鮮血公の本当の姿。かつて世界を襲った魔王ルドニールの腹心“終末の公王”の一角にして原種の血を引く恐怖の大悪魔。


 それこそが、妾“鮮血公バドス”である。


「ここに居よ、パルミア」


 名残惜しそうにパルミアから牙を抜くと、あらゆる攻撃から守護する結界を作り出し、バドスはその中に彼女をそっと寝かせた。


「ようやくやる気になったか、鮮血公」


「‥‥」


 背後を振り返ると、そこには堂々とした佇まいでエルネスタが立ち尽くしてた。パルミアの一撃は見事に命中したようだが…鎧に傷がついただけで、本人は全くの無傷である。


「パルミアの一撃を受けて意識すら飛ばんとは…頑丈だな」


「あの程度の凡庸な攻撃が、外征騎士に通用するものか。女が死んだのであれば、次は貴様が後を追う番だ鮮血公」


「‥‥」


「駆けろ、嘶く雷鳴(サンダラー)!」


 エルネスタはありったけの魔力をこめて、神の雷馬をバドスへと撃ち放つ。神話に曰く、雷神パログストゥスはサンダラーと呼ばれる(いかずち)のごとき神獣に跨って地上に現れたという。エルネスタは自らの魔力と祝福でその神獣を再現し、神話の生物の力すらも我が物にしてしまうのだ。


「‥‥」


 膨大な魔力と雷を纏いどこまでも疾走する神獣の一撃。その規格外の一撃が、バドス目掛けて疾走する…!


「ふん」


 しかし、その一撃は鮮血公を相手取るにはあまりにも脆弱過ぎた。


「存外、痺れるな」


 バドスは正面から攻撃を片手で受け止めると、そのまま何事も無かったかのように容易く握りつぶしてしまった。


「‥‥」


 嘶く雷鳴を破られたエルネスタは、ひどく落ち着いていた。いちいち驚く時間も惜しい、バドスが攻撃をかき消した瞬間から、彼女は次の攻撃へと行動を移していた。


「薙ぎ払う――!」


 雷を纏い、周囲の建物ごと鮮血公を切り捨てる。まずは四肢を狙い、機動力を落として…。


「遅いな」


 しかし、エルネスタの攻撃動作よりも速く―――バドスはエルネスタとの距離を自身の間合いにまで詰めていた。


「貴様…!」


 反撃の隙も与えず、バドスは思いっきりエルネスタの顔を殴りつけた。まるでレーザービームのような勢いで吹き飛ばされるエルネスタ。周囲の建物を次々と破壊し、外壁すらも突き抜けて町の外へと消え去っていった。


「―――三割といったところか」


 自らの拳を眺めながら、バドスは独り言のように呟いた。その瞬間、頭上で大きな音が鳴り響く―――雷鳴だ。


「鮮血公!!」


「もう戻ってきおったか」


 落雷と共にバドスへと斬りかかるエルネスタ。その一撃を予見していたかのように、彼女は剣の刀身をつかみとり、そのままエルネスタごと地面へと叩きつけた。


「ぐっ!」


 まるで隕石が落ちて来たかのように、衝撃で地面がえぐれていく。


「奔れ―――!」


 剣の切っ先から、刀身を握りしめているバドスの腕へと膨大な雷の魔力を走らせる。


「いてっ」


 力が緩んだ瞬間に彼女の腕を振りほどき、バドスから距離をとった。


「どうした?もうネタ切れか?」


「それはこちらのセリフだ鮮血公。今のが貴様の全力というのであれば、がっかりだと言わざるを得ないな」


「ほう、強がるではないか若造が。ならばさっさと妾に傷の一つもつけてみよ」

女王の血棘(デ・シュタッヘル)!」


 彼女の手から滴る血が、鋭い槍となってエルネスタを貫かんと襲い掛かる!


「ッ!」


 エルネスタの放つ雷撃をもってしても撃ち払うことはできず、彼女は迎撃ではなく回避を余儀なくされた。


「逃がすものか」


 防御に徹するエルネスタを追い詰めるように、無数の血の槍が彼女の心臓へと降り注ぐ。


「!」


 怒涛の剣戟で対抗するが、彼女の技量をもってしても全てを捌ききることはできず…。


「ぐっ!」


 頬からじわりと赤い血が零れ落ちる。かすっただけとはいえ、相当な威力だ。エルネスタは常に体の表面を雷の魔力でコーティングしているが、それを触れただけで易々と突破するほどの切れ味など想像したくもない。


「さっきの時とは威力が違うだろう?三割ほどしか力は戻らんかったが、貴様を仕留めるには十分なようだな」


 ニタリ、とバドスは悪魔のような笑顔で笑った。


「確かに貴様は強い。戦いが長引けば、こちらがパワー負けしてしまうだろう」


「フン、やけに素直ではないか。言っておくが、今更謝ったところで妾は―――」


「今のままでは、な」


 そう言って、エルネスタは静かに瞳を閉じると剣を地面に突き刺した。手を胸にあて、静かに祈りを捧げているようだ。


「冥土の土産に見るがいい鮮血公。正義の外征騎士エルネスタ、閃光と謳われた騎士の真の祝福を…!」


 エルネスタの周囲に、肌で感じるほど強力な魔力が恐ろしいほどに蓄積されていく。バチバチと稲妻が体中を駆け巡り、彼女の魔力と血肉をより強力に変化させた。今の彼女は最早人間ではない。自然現象そのものと融合した、雷の化身そのものだ。


「これが我が祝福の最奥“白光神威(びゃっこうかむい)”だ」


 今の一瞬で、エルネスタの魔力は何十倍にも跳ね上がった。完全ではない今の状態では、決して楽に勝てる相手ではない。一手判断を誤れば、こちらがやられる可能性は充分にある。しかし…そんな危機的状況においても、バドスの胸はえも知れぬ高揚感で満ち溢れていた。


「―――フ、ハハハハハハハ!!まだ妾と打ち合う気があるとは、面白いではないか!!」 

「ならば来るがいい、絶対に埋められぬ実力の差というものを嫌というほど味合わせてやろう!」


 いつの時代でも、妾の行く手を阻むのは(いかずち)の騎士か。全く‥‥何とも因果なことではないか。これではまるで質の悪い呪いのようだぞ。


「お主もそう思うであろう?我が愛すべき正義の騎士、レオナールよ」


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